バリ島.吉川孝昭のギャラリー内 


お気楽コラム


寅次郎な日々

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ご注意) このサイトの文章には物語のネタバレが含まれます。
まだ作品をご覧になっていない方は作品を見終わってからお読みください。



                 

第46作 亜矢ちゃん涙の別れ 動画再現(2015年6月9日) 

第46作 琴島ロケ地めぐり全踏破全記録 序曲(2015年5月26日)

「ガレリア」展覧会初日 リリーと寅が来場してくれました!(2015年5月1日)

光映子(ひかりえいこ)さん このシリーズを支えた脇役女優さん(2015年4月5日)

意外に千葉県ロケが多いこのシリーズ御存知でしたか?(2015年3月25日)

第27作「浪花の恋の寅次郎」安治川河口ロケ地めぐり完全踏破!(2015年2月23日)

最初で最後 寅と山田監督のツーショット(2015年2月8日)

全沖縄完全踏破「ロケ地めぐり3日目」完結編(2015年1月24)

全沖縄完全ロケ地踏破2日目 たがみ病院.牧志市場群.琉映本館.ホテル入船(2015年1月2日)

寅とリリーの蜜月の日々 第25作「ハイビスカスの花」 全沖縄完全ロケ地踏破(11月17日)

第25作「ハイビスカスの花」 沖縄全ロケ地踏破 序曲(11月13日)

柴又小学校の同窓会はやっぱり「川甚」だった(10月20日)

BSジャパン 土曜は寅さん !最終作品(9月21日)

米倉斉加年さんを偲んで  牛久沼の日々(8月27日)

第8作「恋歌」 六波羅貴子さんの『ローク』を訪問しました(8月10日)。

第32作「口笛を吹く寅次郎」 因島 一福屋食堂訪問記(7月29日)

第44作「寅次郎の告白」山陰本線ロケ地めぐり車窓も含めて完全制覇 後編(7月5日)

第44作「寅次郎の告白」山陰本線ロケ地めぐり車窓も含めて完全制覇 前編(6月14日)







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6月9日201


         お気楽コラム  【 寅次郎な日々 】  たぶん…一週間に一度くらいアップかな…




2015年6月9日

さらに号外!

第46作 亜矢ちゃん涙の別れ 
船からの全ルート動画再現に成功!


船ルート再現動画
https://youtu.be/bbzaJE01Inc





   



   



   



    







2015年5月26日

第46作「寅次郎の縁談」 瀬戸内 琴島ロケ地めぐり
全カット全踏破完全記録(世界初登頂15箇所含む)  



号外 &  序曲



5月6日、5月7日で
亜矢ちゃんと満男の青春の島
琴島(高見島と志々島)に行ってきた。
宿泊は丸亀。



メンバーは最強軍団 昨年の因島洗濯物再現3人衆。

小手寅さん
ちびとらさん



琴島=実際は高見島and志々島なのはおわかりになりますね。

2日間で高見島も志々島も
全てのロケ地、小さなB班風景まで全踏破したのだ!
世界初登頂だけでも15箇所以上という快挙だった^^



まずは、今回は「つかみ」なので
超難攻不落ゆえに、もう世界中の誰もがあきらめていた
「亀井おばあちゃんの家」を登頂した動画から行きましょう。




志々島 亜矢ちゃんが通う亀井ばあちゃんの家発見!!


もちろん 世界初登頂



実はこの家、本村(ほんむら)と言われる
集落の中ではなく、ちょっと離れたほうの小さな集落にあったのだ!






   このシーンから始まる亀井ばあちゃんへのお手伝い風景。

  
ここに山田組が持ってきた「琴島  原 籐治郎」と書かれた箕(み、みの)が
   置かれていた。
   原さんは当事のここの家主さん。すでに引っ越されていたが名義は原さんのままだった。


      

  


   






  
亀井さんはこの中で寝ていたのだ。↓
  
ハシゴや郵便受けなどは今も22年前の撮影当事と同じように存在している。

  



  



   小手寅さんは亜矢ちゃんに扮してくださいました ┐(~ー~;)┌↓

  



 本編の台詞通り、おばあちゃんの寝床から海が見える!
 
この離れの村は撮影当事は10人以上住んでいたが
 現在は3人だけ。


 


 




 
母屋もほぼそのまま残っていた!↓ 奇跡だ。

 撮影当事すでに空き家で、亀井久野さんは
 本村(中央の村)から呼ばれて、演技をしてくれたとのこと。

 
   

 




   
朽ちてはいましたが、20年以上経った今も全ての建物はほぼ同じ!

   


   



■ 発見の瞬間の動画↓
https://youtu.be/0hqSfiXtMZo



■ 斜め前の家の方にインタビュー

https://youtu.be/E4mG1K27t3k




■ 小手寅さん亜矢ちゃんに扮する!

https://youtu.be/mB-Vydqgj9o





   小手寅さんと私で事前調査を徹底的にしていた結果。
   亀井さんの家はここまで絞られていたのです↓

  




  本集落からは、離れた小さな集落にあったのです。 
            



次回からはひとつひとつのロケ地を紹介して行きます。









播州龍野 寅さんの聖地での展覧会




龍野「ガレリア」での風景画と染織工芸展覧会も今年で3回目を迎えました。




     5月のガレリア 水彩 吉川孝昭

     








  バリ島からの贈り物/籠・染・織 展&
  ジャワトゥバン地方の布・ローマングラス特集

  2015年4月30日(木)〜5月12日(火)


   【KAT BATIK  インドネシアの絣と更紗 吉川コレクション】

   2015年5月1日より図録発売開始

   龍野、つくば、宇奈月、越中八尾、柴又、高岡、京都
   それぞれの展覧会場にて直接販売します。

   フルカラー 全66ページ A4サイズ  価格1000円 限定300部




     
表表紙

      




      
裏表紙

      










      




       






2014年の展示風景
https://youtu.be/HncfZFfTqUo





「ガレリア」のホームページ↓

http://galleria-arts.wix.com/galleria-arts


http://galleria-arts.wix.com/galleria-arts#!artists/cfvg




昨年はお客様がガレリアで「男はつらいよ」のハーモニカ演奏をしてくださいました。
https://youtu.be/gpXno3YBZ6k






  ガレリアに集まった寅さん仲間(2014年)

   




   




  







橋の向こうは情緒あふれる龍野の城下町。
そして目の前にはこんもりとした鶏籠山がそびえ、
眼下には揖保川が流れる。

そんな龍野のシンボルが一望できる特等席に誕生したのが
「ガレリア アーツ&ティー」。


昭和初期に建てられた金融会社の事務所を修復したもので
店内に一歩足を踏み入れると、
西洋文化花盛りし頃を彷彿させるノスタルジックな空気が時間を逆行させ、
ふと窓の外を見ると『ハイカラさん』が闊歩していてもおかしくない、
そんな錯覚に陥ってしまう。
フロアにはギャラリーも併設、
ゆっくりアート鑑賞に浸るもよし、または流れる時間にただ身を委ねる、
そんな空虚な時を過ごすことも大切だと、この店はささやいているようだ




「タウンはりま」の記事より抜粋








ギャラリーオーナーの井上美佳さんのお知らせ文章↓

インドネシアのバリ島で家族と共に20年間暮らし、
現在は、東京柴又を拠点に制作活動をされている洋画家吉川孝昭さんの風景画展を開催いたします。

吉川さんのライフワークでもある寅さん映画のロケ地巡りが縁で、
龍野・ガレリアでの展覧会は今年で3年目になります。

吉川さんプロデュースによるオリジナル染織や、バリ島のアタ籠、シルクストールなどに加え、
今回は吉川さんが23年前から収集されてきたジャワ島東部のトゥバン布などのアンテーク布や
ローマングラスなども展示販売いたします。

新緑の龍野にお越しいただき、吉川さんの寅さん談議もお楽しみください。





というわけで

今年も男はつらいよの聖地のひとつ「播州龍野」で展覧会を開催します。

寅さんファンの皆様、今年もぜひ気楽にお越しくださいませ。

いろいろ寅さんの四方山話をいたしましょう。

絵画が20点ほど、染織工芸が200点ほど です。



http://galleria-arts.wix.com/galleria-arts#!artists/cfvg





     蔵の町をゆく 2014年 油彩

    
      









ところで先日のクイズ↓の答え



このシリーズを支え続けた
松竹専属脇役女優さん
光映子(ひかりえいこ)さんクイズの答えを書いておきますね。




第13作「恋やつれ」での温泉津温泉での芸者さんもしくは仲居さん。

     



第15作「相合い傘」のラスト。
函館市日ノ浜町ロケ。日ノ浜海岸での再会。キャバレー「未完成」のベッティ

      



第19作「寅次郎と殿様」青戸団地、堤鞠子さん宅の近所の主婦

      



第27作「浪花の恋の寅次郎」石切参道商店街のお店の呼び込みおばちゃん

    



第29作「あじさいの恋」加納作次郎行きつけの木屋町のお茶屋での芸者さん

    



第32作「口笛を吹く寅次郎」での備中高梁、ひろみちゃんのお母さんである白神商店の女将さん

    



第40作「サラダ記念日」小諸病院の看護士さん
 
    



第41作「心の旅路」鳴子温泉字新屋敷 付近
花園旅館
田舎の旅館の仲居さん

    



これはセリフが無いし、クレジットも無いが
第44作「寅次郎の告白」のOP。奥恵那峡の農業船の奥さん

    




最後の第47作「拝啓車寅次郎様」と
第48作「紅の花」では
満男の勤める光陽商事の事務の女性


    



以上です。




次回は光映子さんと同じくこのシリーズを支えた脇役女優さん
村上記代さんを紹介しよう。










私に関する記事

   
朝日新聞 夕刊 2014年5月21日

   


    
 朝日新聞デジタル版でも紹介されています。デジタル版では
      このように写真も大きく拡大できます。↓

 




号外その2:2014年6月5日夕方発売
「夕刊フジ」の「人生二毛作」という全国版連載コラムに
私に関する記事が掲載されました。

夕刊フジのこの記事はデジタルでも読めます。↓
http://www.zakzak.co.jp/economy/ecn-news/news/20140606/ecn1406060830003-n1.htm



    




   




    




   夕張の炭住をゆく車寅次郎  「男はつらいよ 寅次郎幸福の黄色いハンカチ」より


   




第43作 「寅次郎の休日」 ダイジェスト版http://www.yoshikawatakaaki.com/lang-jap/43newpagedaijyesut.html



吉川孝昭展  2012年10月13日(土)ー28日(日) 寅さん記念館 休憩室


       






        
裏表紙

        




      
 2ページ目と3ページ目↓

       








         
2012年正月元旦  吉川孝昭 「雪降る帝釈天」 お礼の年賀状の中の1枚

        





なお、お年玉代わりに、
昨年秋に息子が完成させました
「君の知らない柴又を見せたいFour seasons(完全版)」をアップしましたので
できるだけ高い画質の【720p】以上でご覧ください。
ネット上では初公開です。

前回の作品(冬と春)に、
新たに新緑と初夏と盛夏と秋と晩秋を加え【四季折々】の知られざる柴又を表現しました。


それではご堪能ください↓




2011年宮嶋龍太郎 制作  できるだけ高い画質の【720p】以上でご覧ください。








          

                「 宮嶋龍太郎+2 展 」中綴じパンフレット12ページ  表紙




      満月と立山連峰
      






                            雨降る江戸川風景  吉川孝昭   2011年4月3日 水彩  14cm.×24cm.

    

                                


                 
                          帝釈天本堂に上る夕暮れの月(自宅バルコニーより撮影)

       




                          矢切の渡し 2011 冬  (2月10日)

      
       

                       

 

    

     雪の日の寅次郎   RYOTARO





pos

            『男はつらいよ 寅次郎風の盆恋歌』のポスターが完成しました! 2010年制作


          


Art Direction  : 吉川孝昭
Design  : 吉川孝昭
Illustration  : RYOTARO
Computer Graphics  : RYOTARO





                 『男はつらいよ 寅次郎花へんろ』 オリジナルポスター 2007年制作
 

          



Art Direction  : 吉川孝昭
Design  : 吉川孝昭
Illustration  : RYOTARO
Computer Graphics  : RYOTARO







「寅次郎な日々」全バックナンバーはこちらから          


【 寅次郎な日々 】カテゴリー別バックナンバー【2005年11月〜2011年7月26日までの分】
寅次郎 さくら 名脇役たち タコ社長 満男 シリーズの流れ おいちゃん、おばちゃん 源ちゃん
とらや ロケ地探訪 山田洋次 各作品紹介 山田洋次以外の映画 メイキング映像
インタビュー&ポスター
マドンナ










585


         お気楽コラム  【 寅次郎な日々 】  たぶん…一週間に一度くらいアップかな…





2015年5月26日

寅次郎な日々 585

第46作「寅次郎の縁談」 瀬戸内 琴島ロケ地めぐり
全カット全踏破完全記録(世界初登頂15箇所含む)  



号外 &  序曲



5月6日、5月7日で
亜矢ちゃんと満男の青春の島
琴島(高見島と志々島)に行ってきた。
宿泊は丸亀。



メンバーは最強軍団 昨年の因島洗濯物再現3人衆。

小手寅さん
ちびとらさん



琴島=実際は高見島and志々島なのはおわかりになりますね。

2日間で高見島も志々島も
全てのロケ地、小さなB班風景まで全踏破したのだ!
世界初登頂だけでも15箇所以上という快挙だった^^



まずは、今回は「つかみ」なので
超難攻不落ゆえに、もう世界中の誰もがあきらめていた
「亀井おばあちゃんの家」を登頂した動画から行きましょう。




志々島 亜矢ちゃんが通う亀井ばあちゃんの家発見!!


もちろん 世界初登頂



実はこの家、本村(ほんむら)と言われる
集落の中ではなく、ちょっと離れたほうの小さな集落にあったのだ!






   このシーンから始まる亀井ばあちゃんへのお手伝い風景。

  
ここに山田組が持ってきた「琴島  原 籐治郎」と書かれた箕(み、みの)が
   置かれていた。
   原さんは当事のここの家主さん。すでに引っ越されていたが名義は原さんのままだった。


      

  


   






  
亀井さんはこの中で寝ていたのだ。↓
  
ハシゴや郵便受けなどは今も22年前の撮影当事と同じように存在している。

  



  



   小手寅さんは亜矢ちゃんに扮してくださいました ┐(~ー~;)┌↓

  



 本編の台詞通り、おばあちゃんの寝床から海が見える!
 
この離れの村は撮影当事は10人以上住んでいたが
 現在は3人だけ。


 


 




 
母屋もほぼそのまま残っていた!↓ 奇跡だ。

 撮影当事すでに空き家で、亀井久野さんは
 本村(中央の村)から呼ばれて、演技をしてくれたとのこと。

 
   

 




   
朽ちてはいましたが、20年以上経った今も全ての建物はほぼ同じ!

   


   



■ 発見の瞬間の動画↓
https://youtu.be/0hqSfiXtMZo



■ 斜め前の家の方にインタビュー

https://youtu.be/E4mG1K27t3k




■ 小手寅さん亜矢ちゃんに扮する!

https://youtu.be/mB-Vydqgj9o





   小手寅さんと私で事前調査を徹底的にしていた結果。
   亀井さんの家はここまで絞られていたのです↓

  




  本集落からは、離れた小さな集落にあったのです。 
            



次回からはひとつひとつのロケ地を紹介して行きます。









播州龍野 寅さんの聖地での展覧会




龍野「ガレリア」での風景画と染織工芸展覧会も今年で3回目を迎えました。




     5月のガレリア 水彩 吉川孝昭

     








  バリ島からの贈り物/籠・染・織 展&
  ジャワトゥバン地方の布・ローマングラス特集

  2015年4月30日(木)〜5月12日(火)


   【KAT BATIK  インドネシアの絣と更紗 吉川コレクション】

   2015年5月1日より図録発売開始

   龍野、つくば、宇奈月、越中八尾、柴又、高岡、京都
   それぞれの展覧会場にて直接販売します。

   フルカラー 全66ページ A4サイズ  価格1000円 限定300部




     
表表紙

      




      
裏表紙

      










      




       






2014年の展示風景
https://youtu.be/HncfZFfTqUo





「ガレリア」のホームページ↓

http://galleria-arts.wix.com/galleria-arts


http://galleria-arts.wix.com/galleria-arts#!artists/cfvg




昨年はお客様がガレリアで「男はつらいよ」のハーモニカ演奏をしてくださいました。
https://youtu.be/gpXno3YBZ6k






  ガレリアに集まった寅さん仲間(2014年)

   




   




  







橋の向こうは情緒あふれる龍野の城下町。
そして目の前にはこんもりとした鶏籠山がそびえ、
眼下には揖保川が流れる。

そんな龍野のシンボルが一望できる特等席に誕生したのが
「ガレリア アーツ&ティー」。


昭和初期に建てられた金融会社の事務所を修復したもので
店内に一歩足を踏み入れると、
西洋文化花盛りし頃を彷彿させるノスタルジックな空気が時間を逆行させ、
ふと窓の外を見ると『ハイカラさん』が闊歩していてもおかしくない、
そんな錯覚に陥ってしまう。
フロアにはギャラリーも併設、
ゆっくりアート鑑賞に浸るもよし、または流れる時間にただ身を委ねる、
そんな空虚な時を過ごすことも大切だと、この店はささやいているようだ




「タウンはりま」の記事より抜粋








ギャラリーオーナーの井上美佳さんのお知らせ文章↓

インドネシアのバリ島で家族と共に20年間暮らし、
現在は、東京柴又を拠点に制作活動をされている洋画家吉川孝昭さんの風景画展を開催いたします。

吉川さんのライフワークでもある寅さん映画のロケ地巡りが縁で、
龍野・ガレリアでの展覧会は今年で3年目になります。

吉川さんプロデュースによるオリジナル染織や、バリ島のアタ籠、シルクストールなどに加え、
今回は吉川さんが23年前から収集されてきたジャワ島東部のトゥバン布などのアンテーク布や
ローマングラスなども展示販売いたします。

新緑の龍野にお越しいただき、吉川さんの寅さん談議もお楽しみください。





というわけで

今年も男はつらいよの聖地のひとつ「播州龍野」で展覧会を開催します。

寅さんファンの皆様、今年もぜひ気楽にお越しくださいませ。

いろいろ寅さんの四方山話をいたしましょう。

絵画が20点ほど、染織工芸が200点ほど です。



http://galleria-arts.wix.com/galleria-arts#!artists/cfvg





     蔵の町をゆく 2014年 油彩

    
      









ところで先日のクイズ↓の答え



このシリーズを支え続けた
松竹専属脇役女優さん
光映子(ひかりえいこ)さんクイズの答えを書いておきますね。




第13作「恋やつれ」での温泉津温泉での芸者さんもしくは仲居さん。

     



第15作「相合い傘」のラスト。
函館市日ノ浜町ロケ。日ノ浜海岸での再会。キャバレー「未完成」のベッティ

      



第19作「寅次郎と殿様」青戸団地、堤鞠子さん宅の近所の主婦

      



第27作「浪花の恋の寅次郎」石切参道商店街のお店の呼び込みおばちゃん

    



第29作「あじさいの恋」加納作次郎行きつけの木屋町のお茶屋での芸者さん

    



第32作「口笛を吹く寅次郎」での備中高梁、ひろみちゃんのお母さんである白神商店の女将さん

    



第40作「サラダ記念日」小諸病院の看護士さん
 
    



第41作「心の旅路」鳴子温泉字新屋敷 付近
花園旅館
田舎の旅館の仲居さん

    



これはセリフが無いし、クレジットも無いが
第44作「寅次郎の告白」のOP。奥恵那峡の農業船の奥さん

    




最後の第47作「拝啓車寅次郎様」と
第48作「紅の花」では
満男の勤める光陽商事の事務の女性


    



以上です。




次回は光映子さんと同じくこのシリーズを支えた脇役女優さん
村上記代さんを紹介しよう。










私に関する記事

   
朝日新聞 夕刊 2014年5月21日

   


    
 朝日新聞デジタル版でも紹介されています。デジタル版では
      このように写真も大きく拡大できます。↓

 




号外その2:2014年6月5日夕方発売
「夕刊フジ」の「人生二毛作」という全国版連載コラムに
私に関する記事が掲載されました。

夕刊フジのこの記事はデジタルでも読めます。↓
http://www.zakzak.co.jp/economy/ecn-news/news/20140606/ecn1406060830003-n1.htm



    




   




    




   夕張の炭住をゆく車寅次郎  「男はつらいよ 寅次郎幸福の黄色いハンカチ」より


   




第43作 「寅次郎の休日」 ダイジェスト版http://www.yoshikawatakaaki.com/lang-jap/43newpagedaijyesut.html



吉川孝昭展  2012年10月13日(土)ー28日(日) 寅さん記念館 休憩室


       






        
裏表紙

        




      
 2ページ目と3ページ目↓

       








         
2012年正月元旦  吉川孝昭 「雪降る帝釈天」 お礼の年賀状の中の1枚

        





なお、お年玉代わりに、
昨年秋に息子が完成させました
「君の知らない柴又を見せたいFour seasons(完全版)」をアップしましたので
できるだけ高い画質の【720p】以上でご覧ください。
ネット上では初公開です。

前回の作品(冬と春)に、
新たに新緑と初夏と盛夏と秋と晩秋を加え【四季折々】の知られざる柴又を表現しました。


それではご堪能ください↓




2011年宮嶋龍太郎 制作  できるだけ高い画質の【720p】以上でご覧ください。








          

                「 宮嶋龍太郎+2 展 」中綴じパンフレット12ページ  表紙




      満月と立山連峰
      






                            雨降る江戸川風景  吉川孝昭   2011年4月3日 水彩  14cm.×24cm.

    

                                


                 
                          帝釈天本堂に上る夕暮れの月(自宅バルコニーより撮影)

       




                          矢切の渡し 2011 冬  (2月10日)

      
       

                       

 

    

     雪の日の寅次郎   RYOTARO





pos

            『男はつらいよ 寅次郎風の盆恋歌』のポスターが完成しました! 2010年制作


          


Art Direction  : 吉川孝昭
Design  : 吉川孝昭
Illustration  : RYOTARO
Computer Graphics  : RYOTARO





                 『男はつらいよ 寅次郎花へんろ』 オリジナルポスター 2007年制作
 

          



Art Direction  : 吉川孝昭
Design  : 吉川孝昭
Illustration  : RYOTARO
Computer Graphics  : RYOTARO







「寅次郎な日々」全バックナンバーはこちらから          


【 寅次郎な日々 】カテゴリー別バックナンバー【2005年11月〜2011年7月26日までの分】
寅次郎 さくら 名脇役たち タコ社長 満男 シリーズの流れ おいちゃん、おばちゃん 源ちゃん
とらや ロケ地探訪 山田洋次 各作品紹介 山田洋次以外の映画 メイキング映像
インタビュー&ポスター
マドンナ










リリー


         お気楽コラム  【 寅次郎な日々 】  たぶん…一週間に一度くらいアップかな…




号外

「ガレリア」展覧会初日 リリーと寅が来場してくれました!


寅次郎な日々584


さすが初日
夕方遅くまで本当に多くの方々がいらっしゃって
たくさんお買い上げになられました。ありがとうございました!

へとへとになりながらも間に合うように準備してくださった
井上さん、松本さん、若林さんに深く感謝ですm( __ __ )m

寅さんファンの女性の方も2人来てくださいました。

そして
なんと、リリーと寅が展覧会中のガレリアにやって来てくれました。

■寅はもちろん小手寅さんこと江見潮さん。

■そしてリリーは
 元宝塚歌劇団の女優さん千城恵(ちしろけい)さんです。
 彼女は現在千城アーティストアカデミーを主宰されています。
 第48作「紅の花」のリリーにそっくり!!

お二人が私のリクエストに答えていろいろな表情をしてくれました。
写真は全部で13枚あります。
クリックしてお楽しみください。

素敵なカップルですね(⌒-⌒)




   




   




   




   




   




   




   




   




   




   






2015年4月16日 寅次郎な日々584



播州龍野 寅さんの聖地での展覧会




龍野「ガレリア」での風景画と染織工芸展覧会も今年で3回目を迎えました。





     5月のガレリア 水彩 吉川孝昭

     








  バリ島からの贈り物/籠・染・織 展&
  ジャワトゥバン地方の布・ローマングラス特集

  2015年4月30日(木)〜5月12日(火)


   【KAT BATIK  インドネシアの絣と更紗 吉川コレクション】

   2015年5月1日より図録発売開始

   龍野、つくば、宇奈月、越中八尾、柴又、高岡、京都
   それぞれの展覧会場にて直接販売します。

   フルカラー 全66ページ A4サイズ  価格1000円 限定300部




     
表表紙

      




      
裏表紙

      










      




       






2014年の展示風景
https://youtu.be/HncfZFfTqUo





「ガレリア」のホームページ↓

http://galleria-arts.wix.com/galleria-arts


http://galleria-arts.wix.com/galleria-arts#!artists/cfvg




昨年はお客様がガレリアで「男はつらいよ」のハーモニカ演奏をしてくださいました。
https://youtu.be/gpXno3YBZ6k






  ガレリアに集まった寅さん仲間(2014年)

   




   




  







橋の向こうは情緒あふれる龍野の城下町。
そして目の前にはこんもりとした鶏籠山がそびえ、
眼下には揖保川が流れる。

そんな龍野のシンボルが一望できる特等席に誕生したのが
「ガレリア アーツ&ティー」。


昭和初期に建てられた金融会社の事務所を修復したもので
店内に一歩足を踏み入れると、
西洋文化花盛りし頃を彷彿させるノスタルジックな空気が時間を逆行させ、
ふと窓の外を見ると『ハイカラさん』が闊歩していてもおかしくない、
そんな錯覚に陥ってしまう。
フロアにはギャラリーも併設、
ゆっくりアート鑑賞に浸るもよし、または流れる時間にただ身を委ねる、
そんな空虚な時を過ごすことも大切だと、この店はささやいているようだ




「タウンはりま」の記事より抜粋








ギャラリーオーナーの井上美佳さんのお知らせ文章↓

インドネシアのバリ島で家族と共に20年間暮らし、
現在は、東京柴又を拠点に制作活動をされている洋画家吉川孝昭さんの風景画展を開催いたします。

吉川さんのライフワークでもある寅さん映画のロケ地巡りが縁で、
龍野・ガレリアでの展覧会は今年で3年目になります。

吉川さんプロデュースによるオリジナル染織や、バリ島のアタ籠、シルクストールなどに加え、
今回は吉川さんが23年前から収集されてきたジャワ島東部のトゥバン布などのアンテーク布や
ローマングラスなども展示販売いたします。

新緑の龍野にお越しいただき、吉川さんの寅さん談議もお楽しみください。





というわけで

今年も男はつらいよの聖地のひとつ「播州龍野」で展覧会を開催します。

寅さんファンの皆様、今年もぜひ気楽にお越しくださいませ。

いろいろ寅さんの四方山話をいたしましょう。

絵画が20点ほど、染織工芸が200点ほど です。



http://galleria-arts.wix.com/galleria-arts#!artists/cfvg





     蔵の町をゆく 2014年 油彩

    
      









ところで先日のクイズ↓の答え



このシリーズを支え続けた
松竹専属脇役女優さん
光映子(ひかりえいこ)さんクイズの答えを書いておきますね。




第13作「恋やつれ」での温泉津温泉での芸者さんもしくは仲居さん。

     



第15作「相合い傘」のラスト。
函館市日ノ浜町ロケ。日ノ浜海岸での再会。キャバレー「未完成」のベッティ

      



第19作「寅次郎と殿様」青戸団地、堤鞠子さん宅の近所の主婦

      



第27作「浪花の恋の寅次郎」石切参道商店街のお店の呼び込みおばちゃん

    



第29作「あじさいの恋」加納作次郎行きつけの木屋町のお茶屋での芸者さん

    



第32作「口笛を吹く寅次郎」での備中高梁、ひろみちゃんのお母さんである白神商店の女将さん

    



第40作「サラダ記念日」小諸病院の看護士さん
 
    



第41作「心の旅路」鳴子温泉字新屋敷 付近
花園旅館
田舎の旅館の仲居さん

    



これはセリフが無いし、クレジットも無いが
第44作「寅次郎の告白」のOP。奥恵那峡の農業船の奥さん

    




最後の第47作「拝啓車寅次郎様」と
第48作「紅の花」では
満男の勤める光陽商事の事務の女性


    



以上です。




次回は光映子さんと同じくこのシリーズを支えた脇役女優さん
村上記代さんを紹介しよう。










私に関する記事

   
朝日新聞 夕刊 2014年5月21日

   


    
 朝日新聞デジタル版でも紹介されています。デジタル版では
      このように写真も大きく拡大できます。↓

 




号外その2:2014年6月5日夕方発売
「夕刊フジ」の「人生二毛作」という全国版連載コラムに
私に関する記事が掲載されました。

夕刊フジのこの記事はデジタルでも読めます。↓
http://www.zakzak.co.jp/economy/ecn-news/news/20140606/ecn1406060830003-n1.htm



    




   




    




   夕張の炭住をゆく車寅次郎  「男はつらいよ 寅次郎幸福の黄色いハンカチ」より


   




第43作 「寅次郎の休日」 ダイジェスト版http://www.yoshikawatakaaki.com/lang-jap/43newpagedaijyesut.html



吉川孝昭展  2012年10月13日(土)ー28日(日) 寅さん記念館 休憩室


       






        
裏表紙

        




      
 2ページ目と3ページ目↓

       








         
2012年正月元旦  吉川孝昭 「雪降る帝釈天」 お礼の年賀状の中の1枚

        





なお、お年玉代わりに、
昨年秋に息子が完成させました
「君の知らない柴又を見せたいFour seasons(完全版)」をアップしましたので
できるだけ高い画質の【720p】以上でご覧ください。
ネット上では初公開です。

前回の作品(冬と春)に、
新たに新緑と初夏と盛夏と秋と晩秋を加え【四季折々】の知られざる柴又を表現しました。


それではご堪能ください↓




2011年宮嶋龍太郎 制作  できるだけ高い画質の【720p】以上でご覧ください。








          

                「 宮嶋龍太郎+2 展 」中綴じパンフレット12ページ  表紙




      満月と立山連峰
      






                            雨降る江戸川風景  吉川孝昭   2011年4月3日 水彩  14cm.×24cm.

    

                                


                 
                          帝釈天本堂に上る夕暮れの月(自宅バルコニーより撮影)

       




                          矢切の渡し 2011 冬  (2月10日)

      
       

                       

 

    

     雪の日の寅次郎   RYOTARO





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            『男はつらいよ 寅次郎風の盆恋歌』のポスターが完成しました! 2010年制作


          


Art Direction  : 吉川孝昭
Design  : 吉川孝昭
Illustration  : RYOTARO
Computer Graphics  : RYOTARO





                 『男はつらいよ 寅次郎花へんろ』 オリジナルポスター 2007年制作
 

          



Art Direction  : 吉川孝昭
Design  : 吉川孝昭
Illustration  : RYOTARO
Computer Graphics  : RYOTARO







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584


         お気楽コラム  【 寅次郎な日々 】  たぶん…一週間に一度くらいアップかな…






2015年4月5日 寅次郎な日々584



このシリーズを支え続けた
松竹専属脇役女優さん

光映子(ひかりえいこ)さん


渥美さんや主役級の人たちと
直接セリフを交わしながら多くの作品に出演され続けた
光映子(ひかりえいこ)さんと
村上記代(のりよ)さんを
中心に出演作品を紹介してみます。


まず今回は光映子さん。


彼女はほとんどの出演作で
重要人物とのやり取りがあります。
渥美さんとのやり取りも多い。

全部の出演作は紹介できないが
自分でも捜してみるとこのシリーズがもっと奥深くなるはず^^


それぞれの出演作品のタイトルをあえて書かないので
みなさんが答えてみてください。



まずはこの作品



     田舎の温泉町、みなさんこの作品はおわかりになるだろう↓^^

     







ある作品のラストで登場。このど派手な衣装。一発でわかる作品のはず↓

      






この作品では臨月の近所のママさん役。
マドンナとのやり取りがあった。さてこの作品は?

      





光さんにしては珍しい
なんと老け役での店員さん↓
後期に入りだすとこういう役もある。

お客さんの呼び込みしておられる。
どの作品かわかりますね^^↓

    





後期作品でもけっこう出演されている。
この作品では名優とのやり取りでのセリフがある。
作品の名前は?↓

    





これはわかるはず↓有名な食品店のお母さん。なんという作品?。

    





看護士さん役、作品わかるでしょ。↓
 
    





これは田舎の旅館の仲居さん、これはちょっと難しいか・・・↓

    





これはセリフが無いし、クレジットも無いが
明らかに光映子さん。なんと言う作品?。

    






さてここで
きちんとしたクイズ。


光映子さんは
最後の第47作と第48作でも
セリフをしっかりもらって、かつ、
重要人物とのセリフのやり取りもある。

どのような役かお分かりになられますか?




      

以上、

光映子さんの全ての出演作品と第47作、第48作の役がお分かりの方は
かなりの寅さんファンと言っていいと思います。


次回はb村上記代さんを紹介しよう。








私に関する記事

   
朝日新聞 夕刊 2014年5月21日

   


    
 朝日新聞デジタル版でも紹介されています。デジタル版では
      このように写真も大きく拡大できます。↓

 




号外その2:2014年6月5日夕方発売
「夕刊フジ」の「人生二毛作」という全国版連載コラムに
私に関する記事が掲載されました。

夕刊フジのこの記事はデジタルでも読めます。↓
http://www.zakzak.co.jp/economy/ecn-news/news/20140606/ecn1406060830003-n1.htm



    




   




    




   夕張の炭住をゆく車寅次郎  「男はつらいよ 寅次郎幸福の黄色いハンカチ」より


   




第43作 「寅次郎の休日」 ダイジェスト版http://www.yoshikawatakaaki.com/lang-jap/43newpagedaijyesut.html



吉川孝昭展  2012年10月13日(土)ー28日(日) 寅さん記念館 休憩室


       






        
裏表紙

        




      
 2ページ目と3ページ目↓

       








         
2012年正月元旦  吉川孝昭 「雪降る帝釈天」 お礼の年賀状の中の1枚

        





なお、お年玉代わりに、
昨年秋に息子が完成させました
「君の知らない柴又を見せたいFour seasons(完全版)」をアップしましたので
できるだけ高い画質の【720p】以上でご覧ください。
ネット上では初公開です。

前回の作品(冬と春)に、
新たに新緑と初夏と盛夏と秋と晩秋を加え【四季折々】の知られざる柴又を表現しました。


それではご堪能ください↓




2011年宮嶋龍太郎 制作  できるだけ高い画質の【720p】以上でご覧ください。








          

                「 宮嶋龍太郎+2 展 」中綴じパンフレット12ページ  表紙




      満月と立山連峰
      






                            雨降る江戸川風景  吉川孝昭   2011年4月3日 水彩  14cm.×24cm.

    

                                


                 
                          帝釈天本堂に上る夕暮れの月(自宅バルコニーより撮影)

       




                          矢切の渡し 2011 冬  (2月10日)

      
       

                       

 

    

     雪の日の寅次郎   RYOTARO





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            『男はつらいよ 寅次郎風の盆恋歌』のポスターが完成しました! 2010年制作


          


Art Direction  : 吉川孝昭
Design  : 吉川孝昭
Illustration  : RYOTARO
Computer Graphics  : RYOTARO





                 『男はつらいよ 寅次郎花へんろ』 オリジナルポスター 2007年制作
 

          



Art Direction  : 吉川孝昭
Design  : 吉川孝昭
Illustration  : RYOTARO
Computer Graphics  : RYOTARO







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寅次郎 さくら 名脇役たち タコ社長 満男 シリーズの流れ おいちゃん、おばちゃん 源ちゃん
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         お気楽コラム  【 寅次郎な日々 】  たぶん…一週間に一度くらいアップかな…






2015年3月25日 寅次郎な日々583

意外に千葉県ロケが多いこのシリーズ御存知でしたか?



昨日、バリ島から帰国して来たばかり。

ハードなジャングルでの生活をくぐり抜け、今回も何とか生きて戻ってこれたことは
ひとえに帝釈さまのおかげ。

そして今日は息子の東京藝大美術学部の卒業式だ。
無事卒業できたのも、一番は家の目の前にある柴又帝釈さまのおかげ。

4月6日は藝大の大学院映像研究科の入学式。

東北の震災であの年入学式ができなかった息子にとって、今度は初めての「入学式」となる。


光陰矢の如し。

こうしてバリ島から家族ともども戻ってきた私が柴又に住み始めて4年が過ぎた。


この4年間で実に多くの寅さんファンの方と知り合い、語り合い、一緒にロケ地もめぐって行った。
千人のように雲隠れして生きてきたバリ島の20年と比べて、ちょっと娑婆で暮らしている感じかな・・。


特に多くの寅友といろいろな土地をめぐらせていただいたのは思い出深い日々だった。
時には柴又から半日で行ける場所なら一人でどんどん出かけたりもした。

東京ロケや千葉ロケなどはよく一人で出かけたものだ。


ところでみなさん

全国47都道府県の中で「男はつらいよ」のロケが最も多く行われたのは
どこか知っておられるだろうか。


これはもうやはり北海道なのだ。

望郷編、忘れな草、相合い傘、翔んでる寅次郎、かもめ歌、旅と女と寅次郎、
夜霧に咽ぶ、知床慕情、

そしてみなさんが忘れがちなのが「噂の寅次郎」だ。
あの作品も実はちょろっと北海道が出てくる。


合計作品で北海道ロケが行われたのである。



その次が長野県


フーテンの寅、夢枕、純情詩集、ハイビスカスの花、噂の寅次郎、あじさいの恋、
恋愛塾、サラダ記念日、

合計8作品

(葛飾立志編のOPの小諸馬子唄を唄うシーンが小諸であるなら同点の1位で9作品)



静岡や長崎も各5作品と多い。


しかし実は第3位は静岡や長野ではない。


実は千葉県作品でロケがあるのだ。


千葉県ロケといえば誰もが思い出すのが第5作望郷編だが
それ以外にも5作品もロケがあることをご存知のファンはほとんどいない。

さてみなさんいろいろ思い出し、調べてみてください。
答えを見ないでわかる方は相当のファンの方でしょう。








それでは答えを書きましょう。



まずは第5作「望郷編」これは浦安ですね。これはメインです。


    








しかし実は第1作「男はつらいよ」でも千葉県の松戸市が出てくるのです。
え?そんなシーンあるのかって?

あるんです。




    





     現在はこの土手はこうなっている↓ まあ・・つまり今も同じ。

     




     向こうに金町浄水場の建物が見える↓
     と、いうことは寅が座っているのは江戸川の川向こう千葉県側松戸市矢切

     





     つまり「男はつらいよ」第1作はなん千葉県松戸市矢切からはじまるのだ。






     第4作「新.男はつらいよ」
     でもオープニングで川向こうの千葉県側から映像が始まるのだ。

      




       現在はこうなってる。

       









      第7作「奮闘編」これもオープニング。千葉県松戸市矢切からの眺め。

      




       現在はこうなっている↓

       








   第11作「忘れな草」オープニング これも川向こうの千葉県松戸市矢切。
    取水塔が向こうに見えるが当事は千葉県側にも取水塔があったのだ。
    これを柴又の取水塔だと思う人も多い。

    




    現在は北総線が橋を渡り鉄橋ができている。
    あの鉄橋をそのまま柴又の方にたどっていき、川を渡るとさくらの最初の持ち家があった場所にたどり着く。

       



このあと寅は渡し舟で江戸川を渡り、柴又へ入るのである。



    



そして第30作「花も嵐も寅次郎」はご存知、千葉の船橋や谷津遊園地がロケ地。


      



      






こうして千葉県ロケは6作品で存在する。


もっとも、寅が渡し舟で渡るシーンがあっても、
千葉県側の地面にカメラが入ってないと千葉県ロケとは言わない。
第13作「恋やつれ」や第42作「ぼくの伯父さん」などは江戸川までしか映っていないので
千葉県ロケとは言わないのである。



柴又という土地は、

金町の水元公園の貯水池向こう岸は埼玉県の三郷だし、
江戸川向こうは千葉県松戸だし、
23区なのに、けっこう県境にあるのだ。




それではまたね〜〜〜








私に関する記事

   
朝日新聞 夕刊 2014年5月21日

   


    
 朝日新聞デジタル版でも紹介されています。デジタル版では
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号外その2:2014年6月5日夕方発売
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夕刊フジのこの記事はデジタルでも読めます。↓
http://www.zakzak.co.jp/economy/ecn-news/news/20140606/ecn1406060830003-n1.htm



    




   




    




   夕張の炭住をゆく車寅次郎  「男はつらいよ 寅次郎幸福の黄色いハンカチ」より


   




第43作 「寅次郎の休日」 ダイジェスト版http://www.yoshikawatakaaki.com/lang-jap/43newpagedaijyesut.html



吉川孝昭展  2012年10月13日(土)ー28日(日) 寅さん記念館 休憩室


       






        
裏表紙

        




      
 2ページ目と3ページ目↓

       








         
2012年正月元旦  吉川孝昭 「雪降る帝釈天」 お礼の年賀状の中の1枚

        





なお、お年玉代わりに、
昨年秋に息子が完成させました
「君の知らない柴又を見せたいFour seasons(完全版)」をアップしましたので
できるだけ高い画質の【720p】以上でご覧ください。
ネット上では初公開です。

前回の作品(冬と春)に、
新たに新緑と初夏と盛夏と秋と晩秋を加え【四季折々】の知られざる柴又を表現しました。


それではご堪能ください↓




2011年宮嶋龍太郎 制作  できるだけ高い画質の【720p】以上でご覧ください。








          

                「 宮嶋龍太郎+2 展 」中綴じパンフレット12ページ  表紙




      満月と立山連峰
      






                            雨降る江戸川風景  吉川孝昭   2011年4月3日 水彩  14cm.×24cm.

    

                                


                 
                          帝釈天本堂に上る夕暮れの月(自宅バルコニーより撮影)

       




                          矢切の渡し 2011 冬  (2月10日)

      
       

                       

 

    

     雪の日の寅次郎   RYOTARO





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            『男はつらいよ 寅次郎風の盆恋歌』のポスターが完成しました! 2010年制作


          


Art Direction  : 吉川孝昭
Design  : 吉川孝昭
Illustration  : RYOTARO
Computer Graphics  : RYOTARO





                 『男はつらいよ 寅次郎花へんろ』 オリジナルポスター 2007年制作
 

          



Art Direction  : 吉川孝昭
Design  : 吉川孝昭
Illustration  : RYOTARO
Computer Graphics  : RYOTARO







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【 寅次郎な日々 】カテゴリー別バックナンバー【2005年11月〜2011年7月26日までの分】
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582


         お気楽コラム  【 寅次郎な日々 】  たぶん…一週間に一度くらいアップかな…






2015年2月23日 寅次郎な日々582




第27作「浪花の恋の寅次郎」
浜田ふみさんの弟ひでお君が生きた町
安治川河口ロケ地めぐり完全踏破!




第27作「浪花の恋の寅次郎」の
クライマックスは2箇所ある。

■ラストの対馬での二人の再会と

もうひとつは

■ふみさんの弟さんの物語だ。


ふみさんの弟
水上(みなかみ)ひでお君が勤めていた
大阪市港区波除にあった「山下運輸」。

かつてはこの真向かいに「三丁目渡し」の船着場があった。
本編でもふみさんの肩越しにその渡し船は映る。


寅とふみさんがたずねて行き
大村崑さん演じる親切な運転主任さんと出会うのだ。



     



再現動画
http://youtu.be/vFmLNrGRo8M





そしてその後アパートに行き
会社の仲間や婚約者の信子ちゃんに囲まれ
ひでお君が幸せだったことがわかる切ないシーンだった。


     




このエリアを私が最初に発見したのは2006年の5月ごろだった。
ストリートビューが開始されてまだ間も無いころだったと思うが
あの山下運輸のトイレの建物が見えたときの喜びは今も覚えている。
本当にストリートビューの出現はこの映画シリーズのロケ地めぐりの大きな分岐点だった。


そしてそれとともにタクシーが道を聞いた場所なども特定していった。
弟の水上ひでお君が住んでいた松風荘だけはちょっとてこずったが
当事の火力発電所の見え方からなんとか導き出したことを覚えている。
ただ、あのころはまだアパートの方まではストリートビューは行っていなかったので
航空写真だけで推定した記憶がある。
現在はもうストリートビューが全ての道に入っているので、あのアパート跡も
みなさんがわかるようになった。

私は大阪市が実家なのに、
地元のその名シーンの場所に行かないのは自分でもなぜかな・・?
と思うのだが、たぶん、地元と言うのはそういうものなのだろう。
後回し後回しになるのだ。

しかし、ここ数年、
なんだかあの大村崑さんの演技が印象深い山下運輸のトイレが壊されそうな気がして
もういよいよタイムリミットと言う勘が働き、寒い中でかけていったのだった。


私は大阪でひとり暮らしの父親に様子見がてら1年に4回ほど会いに行くが、
2ヶ月ほど前の、2014年の年末年始にも正月を共に過ごすため会いに行った。
大阪の実家に帰ったのが12月28日。

そして翌12月29日、曇り空の下ロケ地探訪を敢行。
徒歩7分の「鶴見緑地」駅から地下鉄に乗って35分の場所、
港区の安治川の河口、「弁天町」駅で下車し
徒歩で15分歩き現場に着いた。



まずは、そのレポートの前に阪神高速のシーン。
ここはストリートビューで十分だろう。

PCで本編の順番に探索して行った。


まず寅とふみさんは、生駒の「宝山寺」から南下して石切付近で
阪神高速に入り、一直線で西へ向かったのだろう。
船場JCTで、阪神高速環状線から阪神高速16号大阪港線へ左折する。


   



   






    


   






   


   






   



   




しかし


その直後、なぜかタクシーは逆戻りして、
目的地の港区からもっと東の
大阪城が見える青いドーム型の屋根近くを通っている。
スタッフ的にはおそらく大阪ロケなので一度は大阪城を見せたいのだろう。

それならば、最初にこの大阪城通貨を映して、その後船場JCTから左折という
まっとうな順序でもいいとは思うが、まあ、落ち着いてくるタクシーシーンの
中盤で大阪城を長めにしっかり入れたかったのだろう。

   



ここの大阪城付近の阪神高速道路はなぜかストリートビューが入っていない。
それゆえ国土地理院1985年航空写真で、あの青いドーム屋根が映っているので
そこからの天守閣の見え方を考えると下のようになる。
赤い矢印のとおりタクシーは走って行った。

   






ここからが現場でのロケ地めぐり




そしてタクシーは西区と港区の狭間、安治川河口の安治川橋梁付近に停車する。


そこはまさに宮本輝の「泥の河」の世界だ。


    タクシー運転手の「ねき」ですわ発言の周辺エリア。


    
    

    ここから歩いて数分の川上には「安治川トンネル」があって、川底を歩いて渡れる。



    「ねき」ですわエリアから山下運輸までの道と松風荘

    




    山下運輸エリア

    





    ふみさんが降りた側から背後を見た風景。わずかに左端に市営住宅が見える。

    




   その市営住宅は今も健在。手前のビルや倉庫は建て替えられたり、改築されている。

    





   今度は逆方向も映る。本編では当事から大阪市営住宅の高いビルが見えていた。
  
    




   今も市営住宅がはっきり見える。左にあった赤い郵便受けのある民家は、
   ビルになっていた。

    





   本編で安治川橋梁を渡る大阪環状線の赤い電車。
   その向こうに火力発電所の赤白の煙突

    




    現在も安治川橋梁付近の雰囲気は一緒。

    




    もちろん赤い色の大阪環状線も健在。

      




   安治川は海運のための運河。本編ではいろいろな船が行きかっていた。

    




    今も安治川も手前のコンクリートも健在ではあるが・・・
    川向こうの発電所はずいぶん前に完全に無くなっている。


    


安治川橋梁, あじがわきょうりょう.

橋梁形式, アーチ橋. 橋長 89.0. 幅員. 鋼重 416.
所在地, 大阪府大阪市此花区西九条1丁目〜西区安治川1丁目



寅とふみさんを乗せたタクシーはここでいったん道を聞くためにこの橋梁の付近でまず停まる。
ちょうど植え込みの近くの看板のある付近にタクシーは停車した。

    



   本編では橋梁の隙間から煙突が見えた。
   春日出火力発電所は2002年3月に廃止され、解体された。

    



    日本映画史上に残る名言 「ねきですわ」。

    向こうに見える安治川大橋のすぐ下あたりという意味。

    

    この山下運輸までの川沿いの道は結構当事の建物が残っていた。↓


    その後向こうに見える安治川大橋のネキまでタクシーはゆっくり進む。
    バックミラーに山田監督の顔が映っていることを私が発見したのは2006年のことだった。

    




     白い帽子をかぶった山田洋次監督がずっと映っている。
     第18作「純情詩集」での出演についで2回目の登場である。

     


    右側はずいぶん変わったが、左側の建物はまだまだたくさん面影が残っている。

    





    

    




    左側の建物は今も結構残っている。

    




    山下運輸の車庫の中からカメラが撮っているシーン。

    



    
許可を得て撮影させていただきました。

    





この波除シーンでもっとも印象深いのが、この山下運輸の車庫の出口にあるお手洗い。

道路向かいには当事あった「
三丁目渡し」の船着場の入り口も見える。(赤く囲った部分)

    



これは25年以上経った今もなんと健在!!
山下運輸はもうここにはないが、現在の会社のドライバーさんにこのトイレのことを
お聞きしてみたところ、寅さんでここがロケされたことは知っておられた。
そして2年ほど前にこれを取り壊して新しいトイレを作ろうとしたのだと証言された。
しかしリニューアルを決意した頃、また会社の利益が下がってしまい、
先延ばしになり・・・たまたま今日までこのままで来たらしい。

35年間!!このまま!!奇跡だ!!

    




    



    
    手を洗う再現
(許可を得て再現しました)

    




     撮影当事は火力発電所が見えていた

    




    2002年初頭まで稼動していた火力発電所。向こうに安治川橋梁が見える。

    




     今は川向こうは激変。

     





     そして、隣にある山下運輸の事務所の方に歩いていく。

     


     雰囲気はまだまだ同じ

     





さてここでは

あのトイレと手洗い場でのやり取りを動画で再現してみた。

ひょうひょうとした大村 崑さんの名演技。

山下運輸はあの映画のあと数年後に
ほかの場所に変わられた。



再現動画
http://youtu.be/vFmLNrGRo8M

撮影はもちろん今の会社の方に許可を得て再現。^^


ここは大阪の父親の家そばの地下鉄鶴見緑地駅から地下鉄で35分の場所。





ちょうど今の会社の方がトラックを洗いに来られて
たまたま倉庫も開いていた。
それで中からのアングルやトイレや敷地内などを許可を得て
撮影できたのだ。

インタビューも
公にしても差し支えのない部分をアップしてみよう。



トイレに関して驚きの事実が・・・^^

動画
 
http://youtu.be/p5lleIFCHmE





手洗い部分のアップ

動画
http://youtu.be/IN5Fzmt5K9A




ふみさんと寅を乗せたTAXIがいったん鉄橋のそばで停車し、
運転手さんは道を聞く。

寅さんの歴史に輝く

ネキですわ」 発言だ。

あのあたりは雰囲気が残っている。


動画
http://youtu.be/h_SRckA0aGY




赤い環状線が
今も走る安治川の鉄橋。

今度は本編映画と同じ
赤い色の大阪環状線^^

大阪環状線赤色バージョン動画
http://youtu.be/m8QGluiHA0o




タクシーはそのあと山下運輸まで
安治川沿いの道を1分ほど走る。

残っているビルも多く
当時の雰囲気は結構あった。


動画
http://youtu.be/h5k4bFw_


山下運輸の二階事務所は今はもう
というか、とうの昔に取り壊されている。

門の中のトラックの車庫も新しい物で
昔あった事務所の下の物はもうない。





山下運輸にタクシーが今まさに着いた瞬間。
高羽さんのカメラは
車庫倉庫の中から撮影されている。


今回許可を得て
倉庫の中から撮影することができた。




階段上がった
山下運輸の二階からの眺め。

もう今は山下運輸も二階の事務所もないので
映せない。

そこで


地上で三脚を思いっきり伸ばして
3,5メートル上から撮影してみた。



動画
http://youtu.be/WdItgAkFtd0



失意のふみさんは
とめどもなく涙を流し、窓の外を眺めるのだ。

川向こうの倉庫は今も唯一同じだが



あのような、
安治川を眺める場所はとうの昔に撤去されて
今はトラックなどの駐車場になってしまっている。


事務所がない以上
さきほどと
同じく三脚で
3、5メートル上空から撮影した。

ちょっと下向きに撮ってしまった^^;ヾ
本当は2階事務所なので
もちろん本編では
もっと高いところからの撮影。



動画
http://youtu.be/xsVlicb9Cxk




    



    撮影当事は道に近い位置に車庫兼事務所はあった。

    







    




    





 ふみさんが泣きながら窓の外を見る悲しみのカット。

 そこには大阪市名物でもあった渡し船
当事渡船場15箇所あった。現在でも8航路ある)が通って行く。
 安治川には当事たくさんの渡し船があちこちに運行していた。
 大阪市が確か無料で運行していたと思う。

 この渡し船は「
三丁目渡し」と呼ばれ、
 此花区西九条ー港区波除間を運行していた。
 橋や歩道橋の充実に伴い平成元(1989)年に廃止


   


    

  本編でのアングル
  実際はもう二階の事務所はなくなっているので三脚を長く伸ばして
  頭上にかかげて動画を撮った。
  川向こうのグレーの倉庫が今も健在!!

   



 安治川大橋から山下運輸と三丁目渡しを見た1997年の写真。
 船着場跡の名残がなんとか残っている。(現在はなにも残っていない)

   











さて 次は


弟のみなかみひでお君が住んでいた「
松風荘」だ。
この松風荘での物語は哀しみに満ちている。
しかし、哀しい中にもひでお君の人生が幸福だったことが想像できた
安堵のシーンでもあった。




今残っている歩道から下りてくる階段は
おそらく形からして同じ物がまだ使われてはいるが
ただし、位置は今のマンションの入り口に合わせて
やや坂の上手に移動している。

もともと「松風荘」があったころは
階段は約1メートル半ほど坂の下手にあったと思われる。




松風荘  

大阪市此花区
春日出南1丁目
2-75 フォルテ春日出


動画

http://youtu.be/nrz27VzraRA



また、それぞれの場所や地図は
私のサイトの本編完全版第27作の
本編の中にもかなり詳しく
書いてありますのでそちらも同時に参考にしてください。






    松風荘の昔と今

    



昔の建物はもうないが道路わきにある手すりが面影を残している。
あの歩道の手すりは実はちょっと移動している。かなり並べ替えられてはいるが
昔のままの材料を使い回ししているのが嬉しい。

    




    松風荘エリア

    





    春日出火力発電所はずいぶん前に取り壊されている。

    




   手すりは一見まったく同じように残っているように見えるが、
   実はよく見るとかなり順序が入れ替わっている。

    






    現在はこのようなマンションになっている。

    



    




    赤い線がかつてのアパート。マンションの位置とはずれがある。

    



    






これは↓マンションの前から三脚を伸ばして
地上から3,5メートルの高さで撮ったもの。


    当事と同じ家が今も残る

    



    道路向こうに見える家々の中で2軒今も同じ建物がある。
    それと左のビルも今もまだ同じ。

    一方、歩道から下りていく階段も一見同じ場所のまま見えるが、
    現在のマンションにあわせてずらされている。


    



    


    
    




    このようなアパート階段下への構図もあった

    



      



    

    




    4番が松風荘

    




取材途中、小雨が振り、その後また晴れ間が出た。

あの水上ひでお君が青春時代をすごし、
信子ちゃんや山下運輸の労働者たちとのふれあいがあった
この西区、港区、此花区にまたがった安治川河口ロケは
最後にもう一度山下運輸の前に戻り、
ドライバーさんにインタビューをさせていただき、無事終了した。(上にも添付はしてある)



動画 
http://youtu.be/p5lleIFCHmE





こうして年の瀬のロケ地めぐりは完全踏破で終了した。














■その次の予告(3月はじめごろ)

3月はじめ 第44作「寅次郎の告白」本編 
完結編アップ予定







私に関する記事

   
朝日新聞 夕刊 2014年5月21日

   


    
 朝日新聞デジタル版でも紹介されています。デジタル版では
      このように写真も大きく拡大できます。↓

 




号外その2:2014年6月5日夕方発売
「夕刊フジ」の「人生二毛作」という全国版連載コラムに
私に関する記事が掲載されました。

夕刊フジのこの記事はデジタルでも読めます。↓
http://www.zakzak.co.jp/economy/ecn-news/news/20140606/ecn1406060830003-n1.htm



    




   




    




   夕張の炭住をゆく車寅次郎  「男はつらいよ 寅次郎幸福の黄色いハンカチ」より


   




第43作 「寅次郎の休日」 ダイジェスト版http://www.yoshikawatakaaki.com/lang-jap/43newpagedaijyesut.html



吉川孝昭展  2012年10月13日(土)ー28日(日) 寅さん記念館 休憩室


       






        
裏表紙

        




      
 2ページ目と3ページ目↓

       








         
2012年正月元旦  吉川孝昭 「雪降る帝釈天」 お礼の年賀状の中の1枚

        





なお、お年玉代わりに、
昨年秋に息子が完成させました
「君の知らない柴又を見せたいFour seasons(完全版)」をアップしましたので
できるだけ高い画質の【720p】以上でご覧ください。
ネット上では初公開です。

前回の作品(冬と春)に、
新たに新緑と初夏と盛夏と秋と晩秋を加え【四季折々】の知られざる柴又を表現しました。


それではご堪能ください↓




2011年宮嶋龍太郎 制作  できるだけ高い画質の【720p】以上でご覧ください。








          

                「 宮嶋龍太郎+2 展 」中綴じパンフレット12ページ  表紙




      満月と立山連峰
      






                            雨降る江戸川風景  吉川孝昭   2011年4月3日 水彩  14cm.×24cm.

    

                                


                 
                          帝釈天本堂に上る夕暮れの月(自宅バルコニーより撮影)

       




                          矢切の渡し 2011 冬  (2月10日)

      
       

                       

 

    

     雪の日の寅次郎   RYOTARO





pos

            『男はつらいよ 寅次郎風の盆恋歌』のポスターが完成しました! 2010年制作


          


Art Direction  : 吉川孝昭
Design  : 吉川孝昭
Illustration  : RYOTARO
Computer Graphics  : RYOTARO





                 『男はつらいよ 寅次郎花へんろ』 オリジナルポスター 2007年制作
 

          



Art Direction  : 吉川孝昭
Design  : 吉川孝昭
Illustration  : RYOTARO
Computer Graphics  : RYOTARO







「寅次郎な日々」全バックナンバーはこちらから          


【 寅次郎な日々 】カテゴリー別バックナンバー【2005年11月〜2011年7月26日までの分】
寅次郎 さくら 名脇役たち タコ社長 満男 シリーズの流れ おいちゃん、おばちゃん 源ちゃん
とらや ロケ地探訪 山田洋次 各作品紹介 山田洋次以外の映画 メイキング映像
インタビュー&ポスター
マドンナ






581



  お気楽コラム  【 寅次郎な日々 】  たぶん…一週間に一度くらいアップかな…






2015年2月8日 寅次郎な日々581


最初で最後 寅と山田監督のツーショット




山田監督はこの長いシリーズで2度本編に登場している。

一度目はこの作品のこのシーン
(画像は部分です)
このシーンではなんと偶然にも寅とツーショットになっている。


みなさんどの作品かおわかりになりますか?




      




もうひとつは第27作「浪花の恋の寅次郎」

これは車の中で監督が映っている。

これはみなさん自力で見つけてくださいね^^



答えは、どちらの作品も実は・・
もうずいぶん昔から私の「本編完全版」に書いてあります。







■次回予告(2月中旬ごろ)

浪花の恋の寅次郎 
ふみさんの弟さんが居た大阪市の松風荘と山下運輸探訪記。



■その次の予告(2月下旬〜末ごろ)

2月末 第44作「寅次郎の告白」本編 
完結編アップ予定







私に関する記事


   
朝日新聞 夕刊 2014年5月21日

   


    
 朝日新聞デジタル版でも紹介されています。デジタル版では
      このように写真も大きく拡大できます。↓


 




号外その2:2014年6月5日夕方発売
「夕刊フジ」の「人生二毛作」という全国版連載コラムに
私に関する記事が掲載されました。

夕刊フジのこの記事はデジタルでも読めます。↓
http://www.zakzak.co.jp/economy/ecn-news/news/20140606/ecn1406060830003-n1.htm



    




   




    




   夕張の炭住をゆく車寅次郎  「男はつらいよ 寅次郎幸福の黄色いハンカチ」より


   




第43作 「寅次郎の休日」 ダイジェスト版http://www.yoshikawatakaaki.com/lang-jap/43newpagedaijyesut.html



吉川孝昭展  2012年10月13日(土)ー28日(日) 寅さん記念館 休憩室


       






        
裏表紙

        




      
 2ページ目と3ページ目↓

       








         
2012年正月元旦  吉川孝昭 「雪降る帝釈天」 お礼の年賀状の中の1枚

        





なお、お年玉代わりに、
昨年秋に息子が完成させました
「君の知らない柴又を見せたいFour seasons(完全版)」をアップしましたので
できるだけ高い画質の【720p】以上でご覧ください。
ネット上では初公開です。

前回の作品(冬と春)に、
新たに新緑と初夏と盛夏と秋と晩秋を加え【四季折々】の知られざる柴又を表現しました。


それではご堪能ください↓




2011年宮嶋龍太郎 制作 
できるだけ高い画質の【720p】以上でご覧ください。








          

                「 宮嶋龍太郎+2 展 」中綴じパンフレット12ページ  表紙




      満月と立山連峰
      






                            雨降る江戸川風景  吉川孝昭   2011年4月3日 水彩  14cm.×24cm.

    

                                


                 
                          帝釈天本堂に上る夕暮れの月(自宅バルコニーより撮影)

       




                          矢切の渡し 2011 冬  (2月10日)

      
       

                       

 

    

     雪の日の寅次郎   RYOTARO





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            『男はつらいよ 寅次郎風の盆恋歌』のポスターが完成しました! 2010年制作


          


Art Direction  : 吉川孝昭
Design  : 吉川孝昭
Illustration  : RYOTARO
Computer Graphics  : RYOTARO





                 『男はつらいよ 寅次郎花へんろ』 オリジナルポスター 2007年制作
 

          



Art Direction  : 吉川孝昭
Design  : 吉川孝昭
Illustration  : RYOTARO
Computer Graphics  : RYOTARO







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寅次郎 さくら 名脇役たち タコ社長 満男 シリーズの流れ おいちゃん、おばちゃん 源ちゃん
とらや ロケ地探訪 山田洋次 各作品紹介 山田洋次以外の映画 メイキング映像
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580


         お気楽コラム  【 寅次郎な日々 】  たぶん…一週間に一度くらいアップかな…






2015年1月24日 寅次郎な日々580




寅とリリーの蜜月の日々
第25作「ハイビスカスの花」 全沖縄完全ロケ地踏破


ついに完結!メインエベント 「ロケ地めぐり3日目」完結編



前前回は、旧国内線ターミナル、金武町、嘉手納基地


前回は、牧志市場群、ホテル入船、
たがみ病院、寅の車窓風景、だった。




今回は

リリーの下宿国頭郡本部。
海洋博記念公園。
今帰仁村与那嶺の電柱と慰霊碑。
オクマビーチのカーチャシー。




    



奮闘努力の再現動画
http://youtu.be/SF1IV6GDX_0



奮闘努力の再現動画2
http://youtu.be/z5nWM188WYo








さていよいよ3日目だ。


いつもの寅友の
吉川明さんがなんと日帰りで
一緒にお付き合いしてくださることになり大いに心強い。

彼は板橋に住んでいるのだが
もう二十年ほどの間に毎年沖縄に通っている沖縄フリークなのだ。
なぜそんなに沖縄が好きなのか聞いてみたが
やはりあの豊穣な心栄えに支えられた独特の柔らかさのようだった。



朝7時に羽田を発ち、9時過ぎに那覇空港に到着した彼は
さっそく牧志で待つ私と合流し、
ネットで予約してあった店で二人でレンタカーを借りて、一路本部へ向かった。

しかしまあ。。沖縄のレンタカーは安い!


本日は晴天なり!!


高速を走ること1時間半。


本部の漁港や瀬底島、そして家島が見えてきた。




本部到着
http://youtu.be/A0FpmAhrW7Y


本部のリリーの家に到着
http://youtu.be/9fyqCi_O09Q




     

  



     






    





    
 





まずは本部の目の前のさんご礁の海が映って


リリーがカーシビーを持って小道を歩いてくる。




      




リリーはDの位置から小道を歩いてCの方へ走って突き当たりの国頭(くにがみ)家にたどり着く。
しかし実際はロケの国頭家はAの位置にある。
Cの突き当りからぱっとAに変わる。これは山田組のトリックだ。

当時住んでおられたのは母屋の方に「平安山(へんざ)」さんご夫妻。
そして離れに実の娘さんが結婚されて
「金城」というお名前でご主人とお子さんとご家族で住んでおられた。




       








本部 リリーの国頭家からカーシビーの小道へ

http://youtu.be/JGxY4l-NpoU



再現動画 リリーのカーシービーの小道

http://youtu.be/IE9e9JE4ink





国頭家には外の門と内の門があった。


   カーシビーをおばさんに見せるシーン 国頭家の玄関門のそのまた内側の門


    






     
取材してわかったことだが、この撮影の後、父母さんたちは数年後に亡くなられたそうだ。
   娘さん家族はその後も15年か20年ほどは住み続け、壊されずにあったそうだ。


    






   そしてその日の夕暮れ時、蜩がないている。

   国頭家の門の所で寅の帰りを待つリリー。



    




     
吉川明さんがリリーのポーズをしてくれた。
    国頭家の塀は今もさほど変わってはいない。



    






   今度は吉川明さんは寅に扮しているところ。


    





    




第25作本部 夕暮れ時寅の帰宅とリリー
http://youtu.be/IJlVmCHH6PI




    




      
映画本編で後ろにいつも映っていた白いトタン屋根の小屋↓

     




      
この後ろに見える小屋が今も残っている↓

     





本部 ビール冷えてるかい?

動画  http://youtu.be/ZldCtRTOzgc




動画 ビール冷えてるかい?
吉川の再現 
http://youtu.be/5zoVeb_PGiU




国頭家は紫で囲った部分が敷地。
ピンクの囲みはリリーの離れ。
本編では一部屋と小さな台所となっているが
実際はもう一部屋奥にあったそうだ。


緑の矢印は寅が歩いて帰ってきた道。

黄緑の矢印はリリーが東京に戻ってしまった後
慌てて叫びながらリリーを追いかけて行った経路。

あも連絡線は

の場所が玄関。ここから入っていく。

母屋は黄色い囲みの部分。
その横にはお風呂や洗濯の場所があったそうだ。

の場所でリリーがおばさんにカーシビーを渡したり、
高志が網を修理していたり、
寅とリリーが腕を組んで歩いては行ってきたりした。




     





     






172.2mの城山(ぐすくやま)は本島からもよく見え、
伊江島タッチュー(イータッチュー)の愛称で親しまれている





     




動画 http://youtu.be/Vgiz0JXEUMw



   
夕暮れ風景はEから背底島と家島方面(赤い矢印の方向)をカメラは撮っていた。


     
     







  このような浜辺から海が見えるさまざまなシーン↓は
  地図上のDからFの黄色い囲みのあたりでほとんど撮影されている。



    



    



           






     
朝、漁を終えたサバニが帰ってj来るシーン。


    




     
うっすらと撮影当事と同じ恩納村あたりの地形が向こうに見える。

    



    





 
 この漁船が戻ってくるシーンはおそらくGのあたりから南方面を撮影していると思われる。


    
     






     
リリーが浜辺に来るシーン。いつものカーシビーの小道から出て来る。


     





     






同じく後日、寅が同じようにカーシビーの小道から出てきてしゃがみこむ。



    
寅がしゃがんでいたのはのあたり。

    




    




    






動画

寅のほうかぶり

http://youtu.be/8NQz3P1iFOM






   Dの位置

     




     





この浜崎漁港の上に添付した一連のシーンのほとんどは
DからFのあたりの狭い範囲(黄色い囲み)で撮影されている。
リリーや寅がCの細い地道を通ってDへ出てきて、おばさんに寅の居場所意を聞いたり、
逆にリリーの居場所を聞いたりするのだ。
海の風景を撮影する時もほとんどがDからFのどこか




    






イルカ娘のかおりちゃんと別れるのが国頭家の玄関
りりーがかつて寅を待っていた場所だ。




    



    




第25作 本部 イルカ娘のかおりちゃんと寅
http://youtu.be/7wQUtRb7MQw






     
このあと、カメラはの場所から撮っている。

    




    




    



    





第25作 本部 十九の春を歌う寅

動画 http://youtu.be/y--eh7bEpJ8






      
リリーの』離れの前の水場で調理するリリー。 部屋の中にも台所はある。


       



     






   そしてリリーはリリーから心が離れていく寅と決別する。





   
リリーに、東京に帰られて、寅は必死でリリーの後を追いかける。
   リリーは那覇空港まで車で行き飛行機を使ったのに対して
   寅は向かいの島(背底島)行きの連絡線にに乗ってしまう。



     



     





   走る 走る 懸命に走る・・・



    





     





動画 去っていくリリー、追いかける寅

動画 http://youtu.be/Jca8MwPlaOY




   




      もうこのような波除の堤防がバンバン作られてしまってるので
      昔のように連絡線から瀬底島が見えることはなくなった。

      もちろん瀬底大橋ができた今は、当然連絡線は廃止された。


    






      





       本編カメラのように右側から見た瀬底島
       もうカメラ位置だった場所はコンクリートで覆われた海岸になっている


      





       埋め立てられたピンポイントエリアをわざとずらして
       海が見える部分まで右に寄ったのがこの画像。↓


       



       
      黄緑の矢印が寅がたどった経路

      
       
       




       富子ちゃんの背景に広がる山の形は今も同じ。

       




     




      





本部の町でリリーのそばにいる寅、
今も近くにいて、話もするが、自分を親身に想って一生懸命尽くして
くれた最初のあの日々は戻ってはこないのだ。

もともと気ままな寅がリリーと向き合って日常をいつまでも生きていけるわけがない。
リリーはそのことを理屈ではとうに分かっているが、
寅と共にずっと人生を送りたいという気持ちを抑えることを
今回ばかりは出来なかったのだ。

リリーは寅に本気で恋をしていたのだから…。

自分との想いの違いに絶望し、沖縄を離れるリリー。
寅の近くにいるゆえに感じるすれ違いの孤独に
これ以上耐えられなかったのであろう。

一人取り残された寅が、今度は強烈な孤独に襲われる。
まるで初恋に夢中になった青年のようにリリーの後を追う寅。

いくら追いかけても、もうあの日々は帰らないし、
あのリリーもここにはいないのだ。
いつまでもリリーは自分を待っていてくれるそばにいてくれると思っていた寅。
失ったものの大きさを体でヒリヒリ感じながら、
灼熱の太陽の下で狂わんばかりに叫び、空回りする寅だった。



    






さて そのリリーの下宿は国頭家となっているが
実際に住んでいたのは「平安山(へんざん)」さん父母が左の母屋に。
そして離れはその娘さん夫婦と子供の「金城」さんが住んでおられたそうだ。
離れの中は何部屋かあったそうで家族がそこで暮らしていたということ。


撮影当時すでに金城さんはお子さんが2人ほどいらっしゃって
母屋に住んでいたおとうさんお母さんはその撮影から数年後に亡くなられていったということ。
そのあと、金城さんたち家族だけがしばらく住んでいたのだが

金城さんの息子さんがこの本部で建築会社(辰雄組)を経営されて
金城さんもあの海辺の家を閉じられて、大通りに引越し、
息子さん夫婦と暮らし、今に至っているそうだ。

あの浜辺の家は今から10年数年ほど前に老朽化が進んだことと
空き家が続いたので近所の子供たちが遊んで怪我をしてはいけないということで
壊されたそうだ。



それで、そのあと
辰雄組にでかけていったのだが
ちょうどお留守だったので、翌朝空港からお電話させていただき、
金城さんに直接お話をお聞きしたのだった。





     




     





道向こうの家の方たちに金城さんのことをお聞きしたインタビュー



動画 http://youtu.be/q3B-gSjt5qM











この時点で予定を1時間も超過してしまっていた。
あちゃ〜〜〜


急いで次のロケ地  本部から車で10分の





海洋博覧会記念公園とちゅら海 水族館





       













      地図上ではの位置

      






       






      




  寅は高志に水族館に連れて行ってもらうって言ってはいたが
  実際に寅が涼んでいたのは水族館ではなく「イルカショー」の館だった。




  地図上で「撮影当事のイルカショーの場所」の囲みの所。


     





     そもそもプールの位置がかなり変わってしまってるので一応参考写真ということで見てください^^;

     





     




    




    




    
これは「ちゅら海水族館」の中

    












見事なジンベエザメとマンタ

ちゅら海水族館


動画 http://youtu.be/yoI-KaQsAl8

動画 http://youtu.be/9KVM_4Waoe4






字際はイルカショーのプール自体が50メートル以上移動してしまっているので
ナンセンスなのだが、一応似た階段があったので撮ってみた^^:ヾ


   



     





こういう写真も場所が移動してしまっているので意味はないのだが一応似たように撮ってみた。

   




   




   




   







昔の水族館が映っている。↓
今も水族館の形や規模は拡大されて変わったがほぼ位置は一緒。


   これは地図のBの位置

   



   現在は新しい水族館に変わっている・

   




   







この丸い窓もプール自体の場所が変わってしまってるので参考写真として見てください。

   




    






では、いったい昔のイルカショープールはどこにあったかと言うと・・・↓


イルカショーの女性にかつてのイルカのプール場所を聞いた。

「そこから海沿いに約50メートル横の現在は芝生と茂みになっているところです」と
教えてもらった。


ここにかつてイルカショーのプールがあったのだ。

下の地図の青い囲みの部分がそれ。


     






     







これで海洋博記念公園ロケは終わった!





さあ、いよいよこのあと
このシリーズ最高のギャグ、
電柱とアイスキャンディの今帰仁村だ。



結局この海洋博覧会記念公園も時間が超過し、
1時間半以上遅れとなっていた。

私と吉川明さんは、すぐさま、電柱の場所に急いだ。


記念公園から車でさらに20分。
国頭郡今帰仁村与那嶺に着いたのはもう2時をとうに過ぎていた。

幸いなことに空はまだ晴れていた。



サトウキビ畑は34年の時を越えて、かなり残ってはいたが
当然ながらあの電柱も道もコンクリートに変わってはいた。

そして住宅を立てる計画があるのか、畑を更地にしている場所が増えていた。
この電柱横もトラックがしきりに行き来していた。
枝分かれの道はすでにアスファルトになっているところもあった。

「シーウインド今帰仁」というゴルフやダイビングリゾートライフを目的とした
セカンドハウス目的の14区画の宅地計画があり、
買い手を募る看板があちこちの電柱にくくりつけられていた。



歳月人を待たず。





     






     





     








奮闘努力の再現動画
http://youtu.be/SF1IV6GDX_0






奮闘努力の再現動画2
http://youtu.be/z5nWM188WYo






リハーサル動画 http://youtu.be/015W2q7OyE0





     






     






     
向こうに見える農業関係の倉庫も屋根の色は変わったが一応健在。


     
     




    光は午後だったので真逆だが、何とかそれらしく見える^^;


      




     






   
ストリートビューで調べた時の小屋と白い民宿のアップ。これが最後の決め手となって確定したのだ。


     







      で、現地に立つと、今も同じ建物と白い民宿。


     






2014年11月19日 午後2時45分 南西の風 3メートル。


寅福。 沖縄寅好き。 吉川明。 吉川孝昭。この4人で
「今帰仁村電柱のあるサトウキビ畑の道」世界初登頂宣言!!



動画 http://youtu.be/h40blxvjmm4







     
2年前撮影のストリートビューではまだ工事はされていなかった↓

    





吉川明さんは本来純粋な男はつらいよの「本編派」で、
こういうロケ地めぐりはされないのだが、今回はいろいろ再現も手伝っていただいた。


    





    

    






あの木の電柱は、34年後の現在当然ながらコンクリートに変わっていた。


      






     そして暑そうな寅の表情・・・オレンジ味のアイスキャンディ。



          





      





     





      








        
寅が持っていたオレンジ味の愛スキャンディも自分で作ってみた^^ヾ

      







    今帰仁村の慰霊碑と鳥居は・・・


      





慰霊碑は昭和24年に建立され、あの映画撮影時は「慰霊の塔」と称されていた。 

平成11年8月に大きく立派なものに改修され、人名も入れられ、名前も「慰霊碑」と改められている。



      






      
寅の行動を再現をしてみた。

      









     




    





    





    




    






     







      
高志の車が止まるシーンも再現。

    

     





    





     





    





     
遠く、向こうの丘の中腹(画像右側)に今帰仁村城があるのだ。


     





     








奮闘努力の再現動画
http://youtu.be/SF1IV6GDX_0



奮闘努力の再現動画2
http://youtu.be/z5nWM188WYo









高志の車のバックミラーに付いているエンゼルフィッシュのモビールを作ってみた^^ヾ




     






     







   寅が高志の車に乗り込みシーンも再現してみた。


    





    








   




サトウキビ畑も風前の灯。

シーウインド今帰仁の広告ページ

http://www.okinawa-sumu.com/p514.html




      




   

       






さてこの今帰仁村のロケ地の再現にさらに時間を割かれて
結局2時間半も遅れて・・・
今帰仁村を出発した時には3時半を過ぎていた。

このあとさらに北のオクマビーチに行く予定なのだが
片道30分はかかる。

そうなると往復で1時間かかって 

さらにその後、那覇まで戻るとなると
その夜7時発の飛行機には乗れないのである。

選択肢は2つ。


あの寅がイルカショーのメンバーたちとカチャーシーを踊っていたオクマを諦めて
このまま那覇に直行する。途中渋滞があるとはいえ、それも考慮しても
空港に6時調度に付くので、最終時間の6時半には十分に間に合う。



もうひとつは、
今夜の飛行機をチェックインの時間以前にキャンセルする。
チェックインより早めにキャンセルすれば翌日の便が席が空いていれば
チャージの2000円を払いさえすれば昼の便に乗れるのだ。
ただし、翌日の便の席が空いているかどうかは微妙・・・。
なんせ明後日から絵の展覧会の搬入が始まるのだ。


しかし、完全に沖縄のロケ地を踏破してきた身としては、
どうしてもオクマも行きたいのである。
翌日の昼と夜の便の席は電話で確かめたところ今のところまだ空いてはいるが
夜に私が那覇空港に行き、正式変更する時にまだ空いているかどうかは
約束できないとのこと・・・。
展覧会は絶対に穴はあけられないので明日の夜には東京に戻らなければならないのだ。


しかし、やはりオクマは行きたい!
完全踏破したい!

思い切って明日の便に賭けようと思いながら
吉川明さんにオクマに行くことを伝えたのだった。


吉川明さんは今夜9時の最終便を予約してあるので
大丈夫なのだ。




エイサー(旧盆の賑やかな民族舞踊)といえば『唐船ドーイ』と
いうくらい有名な唄と踊り。みんなで騒ぎかき回す『カチャーシー』の
際の代表曲。

カチャ−シーとは、三線の早弾きに乗せて、各自自分のスタイルで踊る、
その踊りのこと。お祝い事の席では、必ずと言っていい程、最後は
カチャ−シーを踊る。



場所は「JALプライベートリゾートオクマ」のプライベートビーチエリア。
本来ならレストランを利用するか何かしないとだめかもしれないエリアなのだ。

私たちが行ったのが完全なオフシーズンなのでフリーパスだった^^;

まったくなんの管理もなかった。





     





     




     




    




オクマビーチ、ピンポイント動画


動画 http://youtu.be/boaWlCnskaI





これですべての沖縄ロケは踏破した。


那覇へ帰る道は最後に渋滞が待っていた。(ノ_-;)ハア…

飛行機を1日延ばしたので時間に余裕ができ、

私のホテルの前の店で完全踏破を祝して乾杯!

一緒に奮闘してくださった盟友吉川明さんに感謝!


    



海にもぐるシーンはさすがに
遠くに島が見え、近くでは岩が見えるくらいなので
特定はちょっと難しかった。


ただ、翌日空港から本部の「辰雄組」にお住まいの金城さんに電話をした時
高志がカーシビーを舟から飛び込んで獲ったあの海の場所は
本部の海なのだが、
もういろいろなコンクリなどや橋の0建設によってなくなっているのではないか
とおっしゃられた。

あの舟(サバニ)は彼女のお父さんが持っていたものらしく
撮影時に貸してあげたそうだ。
だからあの小舟で浜崎漁港から漕いで行ける範囲に
あの海があったと思われる。

沖縄本島のロケ地めぐりは生涯で一度行けるかどうかの
大きなイベントだったので、いつにもなく緊張しながらの攻防だったが、
なんとか細かいシーンも含めて全部解明できたことは大満足だった。

めでたしめでたし^^









終わり







私に関する記事

   
朝日新聞 夕刊 2014年5月21日

   


    
 朝日新聞デジタル版でも紹介されています。デジタル版では
      このように写真も大きく拡大できます。↓

 




号外その2:2014年6月5日夕方発売
「夕刊フジ」の「人生二毛作」という全国版連載コラムに
私に関する記事が掲載されました。

夕刊フジのこの記事はデジタルでも読めます。↓
http://www.zakzak.co.jp/economy/ecn-news/news/20140606/ecn1406060830003-n1.htm



    




   




    




   夕張の炭住をゆく車寅次郎  「男はつらいよ 寅次郎幸福の黄色いハンカチ」より


   




第43作 「寅次郎の休日」 ダイジェスト版http://www.yoshikawatakaaki.com/lang-jap/43newpagedaijyesut.html



吉川孝昭展  2012年10月13日(土)ー28日(日) 寅さん記念館 休憩室


       






        
裏表紙

        




      
 2ページ目と3ページ目↓

       








         
2012年正月元旦  吉川孝昭 「雪降る帝釈天」 お礼の年賀状の中の1枚

        





なお、お年玉代わりに、
昨年秋に息子が完成させました
「君の知らない柴又を見せたいFour seasons(完全版)」をアップしましたので
できるだけ高い画質の【720p】以上でご覧ください。
ネット上では初公開です。

前回の作品(冬と春)に、
新たに新緑と初夏と盛夏と秋と晩秋を加え【四季折々】の知られざる柴又を表現しました。


それではご堪能ください↓




2011年宮嶋龍太郎 制作  できるだけ高い画質の【720p】以上でご覧ください。








          

                「 宮嶋龍太郎+2 展 」中綴じパンフレット12ページ  表紙




      満月と立山連峰
      






                            雨降る江戸川風景  吉川孝昭   2011年4月3日 水彩  14cm.×24cm.

    

                                


                 
                          帝釈天本堂に上る夕暮れの月(自宅バルコニーより撮影)

       




                          矢切の渡し 2011 冬  (2月10日)

      
       

                       

 

    

     雪の日の寅次郎   RYOTARO





pos

            『男はつらいよ 寅次郎風の盆恋歌』のポスターが完成しました! 2010年制作


          


Art Direction  : 吉川孝昭
Design  : 吉川孝昭
Illustration  : RYOTARO
Computer Graphics  : RYOTARO





                 『男はつらいよ 寅次郎花へんろ』 オリジナルポスター 2007年制作
 

          



Art Direction  : 吉川孝昭
Design  : 吉川孝昭
Illustration  : RYOTARO
Computer Graphics  : RYOTARO







「寅次郎な日々」全バックナンバーはこちらから          


【 寅次郎な日々 】カテゴリー別バックナンバー【2005年11月〜2011年7月26日までの分】
寅次郎 さくら 名脇役たち タコ社長 満男 シリーズの流れ おいちゃん、おばちゃん 源ちゃん
とらや ロケ地探訪 山田洋次 各作品紹介 山田洋次以外の映画 メイキング映像
インタビュー&ポスター
マドンナ











579


         お気楽コラム  【 寅次郎な日々 】  たぶん…一週間に一度くらいアップかな…






2015年1月2日 寅次郎な日々579




寅とリリーの蜜月の日々
第25作「ハイビスカスの花」 全沖縄完全ロケ地踏破


「ロケ地めぐり2日目」

寅の銀バス那覇市内の車窓風景。
牧志市場1つ残らず全シーン。
寅がずっと泊まっていたホテル入船とそこからの眺め。
たがみ病院全シーン(現在のオリブ山病院)


前回は、旧国内線ターミナル、金武町、嘉手納基地


今回は、牧志市場群、ホテル入船、
たがみ病院、寅の車窓風景、です。


前回の掲載では初日に空港、そして金武町を取材し、
その後嘉手納基地を取材。

嘉手納を出た後、長距離バスで国際通りまで戻った頃には
もう空は暗くなり、このあとは外の写真は撮れない。
もう聞き込みしかできない状況だった。

どうしても事前調査でわからなかった寅の車窓風景。
わずかに遠くに見える高架もしくは歩道橋。


   




   一瞬通り過ぎる映画館もしくは劇場らしき建物。

   



しかしかつてあった国際通り付近の映画館をサイトや書物でいくら調べても様子が違う。
ストリートビューで調べても似た風景が引っかかってこない。


    



インターネットや印刷物での調査はこの辺が限界。

もうあとは現地での聞き込みしかない。


そこで、嘉手納から牧志のホテルまでの間で、
県庁前であえて降りて、
そこから徒歩圏の「
沖縄タイムス」の本社ビルに思い切って入っていくことにした。

発作的にバスの中で決めたのでアポなしである。


受付の女性に事情を説明し、
当時をよく知っている記者さんや編集委員さんを
呼んでいただけないかと強くお願いしてみた。

それで、社内電話してくださって、石川さんという編集委員の方を
呼んでくださった。

1階に下りてきてくださった石川さんは私の見せた本編キャプチャー
画像を何枚か見られて、しばしいろいろ思い出されていたのだが、
「ひょっとしたら、これは歩道橋ではなくて
自動車の高架ではないでしょうか」

とおっしゃったのだ。


     赤い囲みで囲った橋は、橋ではなく自動車の高架だった!
    



そう言われてみればそういう風に見える。

で、石川さんはこうも続けられた。

「実はこの国際通りを北に進んで行くと
通りの終着点の先に「
安里三叉路」という場所があり、そこには
このキャプチャーのような高架が背後に見えます。」


そして、その曲がり角のあたりにかつて「
琉映本館」という映画館があった記憶がある
とおっしゃられた。

このキャプチャー画像のような映画館だったかどうかははっきり覚えていないけれど
確かに映画館はあったことは確かのようだった。

私は暗闇に一筋の光が差し込んだような思いで、メモを取り
明日の午後にそこを取材することをお伝えして、お礼を言い、おいとました。



最難関のひとつだった寅の乗る銀バス繁華街車窓風景が
なんとなく見つかる気配が見えてきたので、ここで一段落をつけようと、
お礼を言って、ビルを出て、ホテルに急いだ。
県庁前から予約した牧志のセントラルホテルは徒歩で20分以上かかったが
気分がよかったので歩いて行った。


ホテルにチェックインし、
荷物を置いて、すぐに今度は牧志市場の取材だ。
時刻はこの時点ですでに夕方6時半を過ぎていた。
レセプションの人の話では市場の店々は早ければ6時、遅ければ8時に閉まるそうだ。
少し早歩きで牧志市場に聞き込み取材に向かった。


この夜の聞き込みでその日のうちにわかった場所が2箇所あった。



ひとつはこの場所↓


    


    


牧志市場 上原果物店発見!!
http://youtu.be/iPmQQycdsKc



牧志市場中央通り
上原果物店 おばあ
http://youtu.be/wlLjO7yt1CQ






もうひとつはこの場所↓


      



   




牧志市場 市場裏(通称野菜市場) 野菜の店

動画http://youtu.be/g45N8PFcrm8

動画 http://youtu.be/qHf6_VVx9V8




なんとか初日に牧志市場で2つの場所をクリアできたので
ようやく落ち着き沖縄料理の店で島豆腐のサラダとソーキそばを食べた。

実はこの「
寅えもん」という店も、昔は「町田レストラン」と言って
この映画に少し映っているのだ。
そのこともあって夕食をこの店で食べたのだが、
いろいろ聞いてみると、そこの従業員の方が小さいころ「琉映本館」に何度か
言ったことがあるっておっしゃられたのだ。


     


で僕がチャプター画像を見せると、確かにこれくらいの間口で、
こんな雰囲気だったと断言された。




よし!明日は現地で最終確定だ!







さて翌朝・・・・





セントラルホテルの窓を開けると曇り空だったが、雨はまだ降ってはいなかった。
予報では曇り。


寅がホテル入船の窓を開けると、ピアノの看板があるビルが映るが
あのビルが当時から今でも残る唯一のビルなのだ。


   


私が吉川明さんの助言で宿泊した「那覇セントラルホテル」はホテル入船の道を
挟んで真向かいにある。

それゆえ、窓を開けたらホテル入船と同じエリアの風景が広がっているのである。




    この写真は僕の宿泊した部屋から見た風景だが、
    あのピアノの看板があったビルが今も残っているのがわかる。↓

       


  で、さっそく朝食の後、目の前のホテル入船跡に行ってみる。
  寅のすぐ後ろの角張った白いビルに注目!


    


  
今もまったく同じ!
  昨年吉川明さんが世界初登頂された時も
  この角張ったビルの存在が最終的な決め手になったのだ。
  そうなると、その前の丸いアールがついたここが元「ホテル入船」


  



  
名前は「ニューシティマキシ」

  





  
映画の構図的にはこうである↓電柱の位置はおそらく今も同じ。

  



  


  


ちょうど、住人の方が買い物から帰ってこられたので
事情を説明し、階段の踊り場からの撮影を5分ほど
させていただきたいとお願いし、許可をいただき、
共同階段のホテル入船二階あたりの踊り場から撮影したのがこれ。

  


拡大して見るとあのピアノの看板が見える。ピアノと言う文字も
うっすらではあるが残っている。↓あのビルが唯一今も残っているビル。


  



  



  






さて、ホテルに戻って朝食バイキングを食べた後、
今日2日目は、「たがみ病院」と「牧志市場群」を踏破し、
解明しなくてはならないのだ。



まずは、「たがみ病院(現オリブ山病院)」ロケ地めぐりへ話は移そう。




「牧志駅」から「首里駅」へモノレールで行き、
そこから地元の年配のタクシー運転手さんをオーダーし
あのたがみ病院があったオリブ山を見渡せる
眺めのいい丘を探してもらった。

西平さんという方だったが、
76歳を過ぎている方だったが、若々しくて驚いた^^;
彼はとても親切でかつこの地元の方なので
オリブ山をドーンと眺めれる場所はひとつしかないと知っておられた。

で、連れて行っていただいたのがこの場所。




    
那覇市との境、浦添市前田の高台

   



当時とは建物がほぼ全て違ってしまってはいるが、
方向は間違いない。
それ以外の場所もまわってもらったが、
ここからの眺めしかあり得ないだろうと思われた。

     



     


運転手さんとの会話
動画 http://youtu.be/W3mW-algP1A





    





当時とは建物がすっかり変わってしまっていたがこの丘だろう。




そして丘を降りて、車で走ること5分。
たがみ病院に着く。


寅はわざわざ嘉手納基地を通って首里の近くのたがみ病院にたどり着いているが
実際は那覇の中にある。首里から徒歩15分でオリブ山まで行けるのだ。

    




現在はバス停はないが、あとでスタッフさんにお聞きしたところでは
この位置にバス停があり、みなさんここから坂をもう少しあがって病院の本館に
行かれたようだ。


    





   さて、このたがみ病院だが、もう当の昔に大きく建て替えられている。


      





大きな病院ゆえ「アポイントがなければ案内は難しいです。」と、
受付でまず言われてしまったが、
ここですんなり引き下がれないと思い、
私が本日遠く東京から取材にやってきたこと、この現在は
「オリブ山病院」はいくつかの本やいくつかのサイトに
ロケ地として掲載されているが、ひとつとして正しい場所が指し示されていないこと。
それを今回私のサイトでしっかり訂正していきたい、ということを訴えていった。

その気持ちに少しは何かを感じてくださったのか
事務のスタッフさんで当時まだ「たがみ病院」の館が残っていた時期に入社した方が
15分ほどとても親切にいろいろ案内してくださった。






    本編ではこの建物↓

     





    それで、スタッフさんが教えてくださったのがここ↓

      




動画 http://youtu.be/vs-8aAZS9hA




     当時を知る事務の方の案内によると
    この矢印のように撮影当時の道は現在はビルの中を通っている。


     







    そして、本編で映る坂道

      






    今の建物的にはここの坂。↓

   






    この教会だけは位置が一緒だそうです↓


    






    教会の下からほぼ教会に対して垂直に伸びていた道↓

    


                           




    このような病院の建物が教会の前にドデンと建っているので、
   あえて言うと、この建物の真ん中を通っていたと言える。


     




教会からの道について

動画 http://youtu.be/z3P4PQdYswI


動画 http://youtu.be/fZTuiiySd5s




    

                        
 


  現在は教会の目の前の道はこのような病棟が建てられているので
  まったく消えてしまっている。↓

    






左に見えるのがたがみ病院本館。
遠く向こうに見える建物は手前に病院の建物が建っていて
まず教会からは何の眺めも見えない。
そしてその前に建っている建物のさらに向こうまで歩いて行って、ようやく眺めが見える。
その場所からの眺めでは、
今はほとんど残っていないがたったひとつだけ残っている建物があることがわかるのだ。




   この赤丸のビル(那覇市立石嶺小学校)


     





   教会から昔あった道をイメージしながら
   2つのビルを乗り越えてようやく見えたこの赤丸のビル(那覇市立石嶺小学校)。
   この小学校は今も同じ。本編でのカメラ位置はもう少し左だが、
   現在は、左手前に病院の西棟ビルがあるため
   この小学校風景が見れるのはここの位置からのみ。


    






いろいろなサイトにはこの道↓が
リリーと寅が歩いていた道だという風にかかれてあるが、
実は撮影当時はここの道は、道どころかその横のもう野球グランドの外だったのだ。↓
だからいかにもロケ地に見えるが、この道は実はロケ地ではないのである。

     





この地図の赤い矢印のように、寅とリリーが歩いていた教会から伸びる道は
今はビルの中に入り込んでいるのがわかる。
野球のグラウンドは赤い矢印の右側、同じく建物の中。


     




  今までのすべてをまとめるとこうなる↓野球をしていたグラウンドも今はビルの中。

   






さてこれでようやく今まであやふやに示されていた「たがみ病院」の
真実の場所が全て把握できたのである。



よし! たがみ病院は全て終わった!!




その足で、すぐタクシーを拾い、




昨夜、新しく見つかった寅の車窓風景「宮里三叉路」に直行した。
ここにはかつて「
琉映本館」があった場所。


昨夜ホテルの部屋で1960年代後半あたりの
「琉映本館」の画像を見つけることができていた。



タクシーの方が時間が短縮できるので、
思い切ってタクシーを使うことにした。

そのタクシーの中で高倉健さんの死を知らされたのだった。



動画 http://youtu.be/QCTNtmXjM7A



前日ネットで見つけた1966年の画像↓「唐獅子牡丹」も同じ年に公開

    



 今はマンションが建っている。

 



    



   車窓風景でも右のオレンジのマンション兼スーパーが建設中↓

    





さて、たがみ病院を完全踏破したあとは
そのまま、那覇の中心までUターン。

前日ほぼ判明したあの寅の車窓風景に映る
琉映本館」の場所に立つためだ。


     スーパー建設現場の横には「琉映本館」があった。↓

    




     




この沖縄滞在の最大の難攻不落だったあの車窓風景の
場所に立つことができて感無量だった。

そして高倉健さんの看板が掛かっていたこの場所に
高倉健さんの訃報の日に訪れるなんて・・・。

しかし、その東映専門映画館の琉映本館も今はない。




動画 http://youtu.be/ToLDjiy_Hwk

動画 http://youtu.be/5G12eHGpCLI





     





ここは先を急ごう。



この時点で午後1時。



国際通りに合流し、牧志までバスで戻る。


国際通りのB班本編映像をまずピンポイントで抑える!


  
地図のA

   寅がバスに乗って空港を出て行った直後の本編B班撮影。↓
   当時まだ、掛かっていた歩道橋「
むつみ橋」がある。

     





  右横の茶色のビルが今も同じ。その向こうの白いビルも
  色はオレンジに変わったが窓は同じ。
   
   
下の地図A

   



  地図A  むつみ橋 動画 http://youtu.be/ix4woKBN4IE




さていよいよ次は、牧志市場群の全踏破だ。



この市場群はいたるところで撮影していると思われ、
一瞬の撮影もあわせて十数か所ある。
この日この時点で不明の場所は・・・
昨夜2箇所何とか解明したので4箇所になっている。



そこで秘密兵器登場。


3日目に合流する沖縄フリークの吉川明さんから紹介された
むつみ橋横にある【那覇観光協会】那覇市観光案内所


私はここの事務所で、那覇のことなら今のことも一昔のことも
何でもご存知の那覇のコーディネーターガイドを勤める
柴井健司さんを紹介された。




    那覇の観光のことなら彼です!↓ なんでもご存知の柴井さん。

    



彼は本当にこの那覇のことをよくご存知だった。
琉映本館のことも知っておられたし、
この牧志市場の一昔前のこともよく覚えておられた。

私がまだ未解明の難攻不落のうちの大きなポイントになる2箇所を
見事に言い当てられたのだ。

柴井さんには本当に感謝です!











いよいよ滞在2日目の中で
最も仕事量の多い「
牧志市場全制覇



本編の時間軸どおりにひとつひとつ紹介しよう。




    



ほとんどがB班撮影。
寅の啖呵バイだけが高羽さん撮影。




■ その1  まずはここが映る↓

   牧志が映って最初の映像は平和通入り口付近だった。

  


これは上にも書いた、観光協会の柴井さんが
昔の
富士屋靴店の日よけの緑テントを覚えていらっしゃったのだ。
この場所は柴井さんのおかげ。




    よく見ると富士屋靴店と読める。

   



    富士屋靴店の女将さんに確認してもらい、
    ここの前だと確認。


      


動画 http://youtu.be/HSvX1p9_JPU


  




■2番目
  この建物は市場中央通り。
  当時はアーケードはなかった。
  よく見て下さい。
  アーケードができても当時の右側の建物は
  ずっとそのままなことがわかるでしょう。


  


  

動画 http://youtu.be/ampTv8awl_A







■3番目は「えらぶ」や香辛料、ダシなどを売る店。
  「えらぶ」は、ウミヘビを一度燻製にしたのち、
  戻してから煮込んで出汁をとることがメイン。
  その他、粉末などにして、生活習慣病改善の薬として飲むことも多い。

  ここも「
市場中央通り」。
  下に出てくる上原果物店からすぐの場所。
  このあたりの数軒はダシ類の店が並んでいたようだ。
  今も数件が残る。


  

市場中央通り」の上原果物店から20メートル東。
このあたりは、ダシや香辛料を売る店が今も多い。

  



動画 http://youtu.be/kkaLyf7Y13M











■4番目はここの細い路地の交差の場所。撮影のカメラはぐるりと
  左回りに店を映して行く。

    ここ↓はえびす通りとうずらん横丁が交差した場所。

   



いくら事前に探してもずっとわからないままだったが、
ここも上に紹介した那覇観光協会の柴井さんが
あ、これはえびす通りとうずらん横丁が交差する場所ですね
と速攻で答えてくださった場所なのだ。



           
右側の道がうずらん横丁だ。
  

  
左がえびす通り                         右がうずらん横丁
  


重要動画 http://youtu.be/F9AC6fqHheo


   
 本編でのえびす通り↓
   


   

   
金物を売っていた店
   

   
今は洋服の店に変わっている。
   

   
本編一番左端に見えるカーテンを売る店は今もある。
        












■5番目はこの直後に映る
  本編で子供服をたくさん売っていた店。
  商品しか映っていないのでさすがに確信は持てるわけはなかった。

   


市場中央通り」のこの店がもっとも有力と言える。↓
子供服の飾り方が似ているとも言える↓
なんせ商品とハンガーと価格の書き方くらいなので、
代替わりしてるし、確証は得られない。
上原果物店のそば。

   


 
上の店からちょっと2分ほど歩くと別の店で子供服専門がもうひとつあった↓

          











■6番目

  これは上にも書いた通り、前日の夜に当たりはつけてあった。

  この野菜売りの店は、3人のおばあの顔を覚えている方が複数いらしゃったので
  見つけることができた。
  ちょうど牧志公設市場」の裏で野菜を専門に売っている場所だった。

   


 
同じ扇風機がまだ使われている!!

    



動画 http://youtu.be/g45N8PFcrm8



動画 http://youtu.be/qHf6_VVx9V8




      彼女は撮影当時この現場に居合わせていた方↓

    











■7番目は、
  再度、今度は別の「えらぶ」の店。
 上に紹介した「えらぶ」の店の数メートル横。
 同じエリア。
 ちょうど「牧志公設市場」の前に出している店のひとつ。


   



この方は奄美大島から引っ越して来られた「いのりさん」という方だったそうだ。
この店の横の店(同じくダシの素材の店)のご夫婦がしっかり覚えていらっしゃった。
この付近は全体的にダシや香辛料の店が多い。






    











■8番目
  上にもすでに登場したが、前日に完全解明した店だ。
  今回よく
目印に使わせていただいた上原さんのお店。
  ここは今回この映画に映っていた市場の方の中で
  唯一話が直接できた上原さんが今もお孫さんと一緒に
  営業されている「
上原果物店」。「市場中央通り」にある。


     




     





     現在の上原さん↓ 86歳の今もお元気で店に出る!

     



牧志市場 上原果物店発見!!
http://youtu.be/iPmQQycdsKc



牧志市場中央通り
上原果物店 おばあ
http://youtu.be/wlLjO7yt1CQ













■9番目

  ここの店も同じエリア市場中央通りの店。「いのりさんの店」のほぼ真向かい。
  珍味「
スクガラス」の専門店。名前は「浦崎漬物店
  他の市場の人に聞いたら、
  ここの店だとみなさん即答してくださった。


   




  店の前にずらりと「スクガラス」が並べてあるのは今も同じ。

   




動画 http://youtu.be/H1PYsN8T2Mo











■10番目
  これは、魚行商のおばさんだったらしい。
  行商ゆえに、市場の店の方々は名前までは覚えていらっしゃらなかった。
  この位置は映像から察するに、
  おそらく市場中央通から折れる横道との交差の場所あたりだ
  ということだった。↓

  
上原果物店のすぐそば。

    



    


動画 http://youtu.be/jVRbMbviwJ8









■11番目
  これは、「川満宝石屋さん」のご主人にしっかり教えていただいた。
  よくみると「牧志公設市場」の建物の細い窓が左に見える。
  事前調査ではこれに気づかなかったが、教えられて目からうろこだった^^;ヾ。


   




   今も全く同じの公設市場の細い窓↓
  当時の服屋さんと今の服屋さんは違う経営者だそうだ。



   




動画 http://youtu.be/BxEoD7CiJ34




動画 http://youtu.be/G3tyLViDaY0












■12番目  下の地図でも目印12番


さてようやく寅の啖呵バイの場所。

 これは見た通りの場所。^^

市場中央通り」と「新天地市場本通り」の間でバイをしているのだ。

寅が立っている場所には今も当時の名残のある店がたくさんあるのでわかりやすい。





    




    まだまだ名残がたくさんある。

     




     




動画 http://youtu.be/VCdJUt5uoXo



   那覇高等美容学校は今も健在。

    




    





寅の向こうにある「市場中央通り」のビルが見える。現在はアーケードがかかっている。

      





お客さんたちの背後に見えていた中村商店の黄色いテントと文字↓

    





    現在も健在!中村商店!!

    



動画http://youtu.be/CpEG0pD3Iko





      








■13番目

  そして最後にカメラは高い位置から寅の啖呵バイを撮影する↓


   





  現在も当時と同じように上って行く階段がある。

   





商店街の事務所へ上がる螺旋階段の中へ許可を得て上らせてもらう。

    



動画 http://youtu.be/lljOf6FyvNA





  本編のカメラはそこから横の家々を写して行く。

   





  階段上のテントの隙間から無理やり撮ったので映画と同じ構図は難しい。
  手前のグレーの家の雰囲気と屋上への階段は今も健在。
  しかしそれ以外の建物はすべてなくなってしまっていた。


   





動画 http://youtu.be/jxupvWsuawk



商店街の事務所で撮影許可をいただいた時に当時の撮影の様子をお伝えしました。

動画http://youtu.be/M2l7yPbQiGQ


     




番外話題


聞き取りの合間に上原果物店の裏にある
自家製シークアサを作っているおじさんの生ジュースを飲む。
噂どおり美味しい。


  






牧志の市場は何でも売っている。
ソーキそばも350円で食べれる店がある。
人気があるらしくいつも混んでいる。
ちょっとお腹がすくとそこに入ってささっと食べる。


      









これで牧志市場群は全部クリアしたわけだ。






さて次回(1月10日過ぎにアップ予定)はいよいよ3日目!メインエベントだ。


吉川明さんと合流し、リリーの下宿の本部(もとぶ)と
あの電柱ギャグの今帰仁村に向かうのだ。



      





   今帰仁村では「動画での本編再現」を紹介いたします!

      







続く










私に関する記事


   
朝日新聞 夕刊 2014年5月21日

   


    
 朝日新聞デジタル版でも紹介されています。デジタル版では
      このように写真も大きく拡大できます。↓


 




号外その2:2014年6月5日夕方発売
「夕刊フジ」の「人生二毛作」という全国版連載コラムに
私に関する記事が掲載されました。

夕刊フジのこの記事はデジタルでも読めます。↓
http://www.zakzak.co.jp/economy/ecn-news/news/20140606/ecn1406060830003-n1.htm



    




   




    




   夕張の炭住をゆく車寅次郎  「男はつらいよ 寅次郎幸福の黄色いハンカチ」より


   




第43作 「寅次郎の休日」 ダイジェスト版http://www.yoshikawatakaaki.com/lang-jap/43newpagedaijyesut.html



吉川孝昭展  2012年10月13日(土)ー28日(日) 寅さん記念館 休憩室


       






        
裏表紙

        




      
 2ページ目と3ページ目↓

       








         
2012年正月元旦  吉川孝昭 「雪降る帝釈天」 お礼の年賀状の中の1枚

        





なお、お年玉代わりに、
昨年秋に息子が完成させました
「君の知らない柴又を見せたいFour seasons(完全版)」をアップしましたので
できるだけ高い画質の【720p】以上でご覧ください。
ネット上では初公開です。

前回の作品(冬と春)に、
新たに新緑と初夏と盛夏と秋と晩秋を加え【四季折々】の知られざる柴又を表現しました。


それではご堪能ください↓




2011年宮嶋龍太郎 制作 
できるだけ高い画質の【720p】以上でご覧ください。








          

                「 宮嶋龍太郎+2 展 」中綴じパンフレット12ページ  表紙




      満月と立山連峰
      






                            雨降る江戸川風景  吉川孝昭   2011年4月3日 水彩  14cm.×24cm.

    

                                


                 
                          帝釈天本堂に上る夕暮れの月(自宅バルコニーより撮影)

       




                          矢切の渡し 2011 冬  (2月10日)

      
       

                       

 

    

     雪の日の寅次郎   RYOTARO





pos

            『男はつらいよ 寅次郎風の盆恋歌』のポスターが完成しました! 2010年制作


          


Art Direction  : 吉川孝昭
Design  : 吉川孝昭
Illustration  : RYOTARO
Computer Graphics  : RYOTARO





                 『男はつらいよ 寅次郎花へんろ』 オリジナルポスター 2007年制作
 

          



Art Direction  : 吉川孝昭
Design  : 吉川孝昭
Illustration  : RYOTARO
Computer Graphics  : RYOTARO







「寅次郎な日々」全バックナンバーはこちらから          


【 寅次郎な日々 】カテゴリー別バックナンバー【2005年11月〜2011年7月26日までの分】
寅次郎 さくら 名脇役たち タコ社長 満男 シリーズの流れ おいちゃん、おばちゃん 源ちゃん
とらや ロケ地探訪 山田洋次 各作品紹介 山田洋次以外の映画 メイキング映像
インタビュー&ポスター
マドンナ













578


         お気楽コラム  【 寅次郎な日々 】  たぶん…一週間に一度くらいアップかな…






2014年11月27日 寅次郎な日々578




寅とリリーの蜜月の日々
第25作「ハイビスカスの花」 全沖縄完全ロケ地踏破

第1日目 

(旧国内線ターミナル、ドライブイン浜田、金武町新開地、嘉手納基地道路)





寅とリリーは第15作「寅次郎相合い傘」ではふたりの波長がピタリと一致し、
お互いの目を見つめ合うような最高の切ない「恋」をした。
そしてこの「寅次郎ハイビスカスの花」ではもう一歩踏み込み、
共に二人で生き、人生を共に歩もうとした。
たとえそれが真夏の夢の中の幻想だとしても…。



自己の美学の赴くままに奔放に生きる寅やリリーのような渡り鳥にも、
ふとしたタイミングで羽根を休め、
「定住の夢」を見るひと時もある。その夢は必ず、ないものねだりの夢。
そしてそうすることは渡り鳥である彼らの
気質の中では死を意味する。


夢から覚め、娑婆に戻ったリリーは、再び大海原に羽ばたく直前にこう呟く。

「私たち夢を見てたのよ、あんまり暑いからさ…」


     


この長いシリーズで寅は散々ふられるが、
逆に多くのマドンナたちも寅に恋をした。
一番寅を愛したのはこの第25作「ハイビスカスの花」のリリーである。

彼女の人生最大の悲しみの時を救ってくれた寅。
リリーはこの作品ではいよいよ本気で寅と共に人生を歩もうとしたのである。

そんな熱き想いを秘めたリリーと寅の蜜月の日々があの南国沖縄で
繰り広げられたのである。
そして、かつて、私が親元を離れ、東京に出てすぐに、
人生で一番最初に映画館でお金を出して観た「男はつらいよ」が
この第25作「ハイビスカスの花」なのだ。

1980年の夏だった。

だから私はあの寅とリリーの蜜月の土地になんとしても行きたかったのであるが
2つの障害があった。


ひとつは飛行機代が往復4万円ほどするのでなかなか行けなかった、ということ。
しかし、これは近年格安航空LCCが誕生したことによって、往復1万5千円に
なったので、クリア!!


もうひとつは、この沖縄ロケでとても重要なロケ地のひとつが
皆目わからなかったからである。
沖縄ロケ地は小さな場所は、私が先日コラムに書いた「ドライブイン浜田」をはじめ、
まだまだ不明な部分が10箇所以上残っていて
難攻不落の場所も多かったのだが、しかし実はそれらはおおよその見当はついているので
現地に乗り込めばなんとかなりそうな気配はするのである。

しかし、この沖縄はひとつだけ大物ロケ地もまだ解明されていなかったのだ。
それは、寅が暑い暑いとアイスを持ってうなりながら電柱の細い影に入り込もうとする
あの田舎のさとうきび畑の小道。
あそこがいまだに私も私の仲間も他のHPも本も雑誌も公式ページも誰もわからないのである。

このシリーズ最高のナンセンスギャグシーンとして、
今も多くのファンに語り継がれるあの名シーンが解明されないことには
あの遠い遠い沖縄には行くわけには行かないのだ。
ああいう何もない場所はなにも取っ掛かりがないので
何十年たってもいつまでも解明されないことも多い。


私も、数年前からなんとか見つけたいと思い、
いろいろな調査は行ってはいたのだがさとうきび畑と近くに見える鳥居の慰霊碑以外
なんにも映っていないので、どうにもこうにも見当がつかない。
唯一のヒントであるあの鳥居もサイトでは見つからない。

リリーの下宿先もストリートビューや聞き込みで調べてはみたものの、
なんのとっかかりもないまま時が過ぎていったのである。

そして今年の10月、親しい寅友である寅福さんから
SNS内で報告があり、なんとあのさとうきび畑が見つかったと言うのである。
寅福さんの運営する「男はつらいよ 飛耳長目録」というブログ(私とは昔から相互リンクの仲)で
「沖縄の寅好き」さんと言う方から貴重な情報をいただいたのだった。


内容はこうである↓

沖縄から失礼します。最近、男はつらいよを好きになった新参者です。
 何作か男はつらいよを見ていたら、沖縄県にも寅さんが来ていたことを知りました。
(寅次郎ハイビスカスの花)内容は、シリーズの中でもやはり人気度が高いだけあって、よい作品だと思いました。
 ところで、たまたまこちらのサイトを発見いたしました。内容をみていると、ロケ地の場所が特定されていないとの事で、
色々と調べてみました。恐らくですが、場所は、【沖縄本島北部、今帰仁村の与那嶺という集落にある慰霊碑】のあたりだと思います。googleマップで見たところ、この慰霊碑を左正面に見ると、写真の中央辺りにそれらしき建物(撮影当時の写真では屋根が赤茶っぽい建)が見えることと、慰霊碑を背中にして正面の山々見ると写真とほぼ同じような形をしているように見えたので、はっきりとは断定できませんが、恐らく、この慰霊碑の周辺だとおもいました。




そして、あの慰霊碑(今は新しいものに建て直されている)らしきものが出ている
ほかのブログを紹介してくださったのだ。


下記のURLが一番有力かなと思いましたので、ご参考
になればと思います。

あと、其の2の二枚目の写真で寅さんが座り込んでいる慰霊碑ですが、
平成8年に建て替えられており、当時のものとは形が違っているみたいです。
情報不足ですみません。(下記のサイトは現在の慰霊碑の写真が掲載されています)


http://phoenixexpress.ti-da.net/e6297852.html



「沖縄の寅好き」さんはストリートビューであの慰霊碑から見た風景が映画本編で出てくる
慰霊碑前の風景とピタッと一致すると言われたのだ。

そうなのである。なんとストリートビューも通っている場所だった!
近年のストリートビューはどんな田舎道も撮影してくれているからありがたい(T_T)
で、私も沖縄の寅好きさんと寅福さんからの情報をじっくり検証するうちに
100パーセント確信にいたったわけだ。

上の紹介してくださったブログ「碧血の島」は
今年2014年05月20日になってアップされたようなので
私や寅福さんが調査していたころはまだ立ち上げていなかったのだった。
こまめにいろいろなサイトをチェックし続けることの重要性を今更ながら再認識させられた。

諦めてはいけないのだ。



ストリートビューから見た現在の風景↓

    


本編の画像↓

     


この
さとうきび畑は今回の沖縄行きのメインエベント。

沖縄滞在の3日目(11月19日)に初登頂した。
そのことは親友の吉川明さんと一緒にめぐる3日目の日記で
同じ場所での
再現動画を掲載します!


    


上にも書いたように、今回は親友の寅友である板橋の
吉川明さん(私と同じ姓^^)も
最後の3日目の11月19日に合流する予定だ。
吉川明さんはかなりの沖縄フリークで
もうかれこれ30数回は沖縄に行かれていると思う。
私のこの計画を話すと、多忙の中、参加したいとおっしゃってくださったのだ。
3日目は
W吉川であの電柱のシーンの再現動画を撮影しよう、頑張ろうというわけだ。







さて11月17早朝 始発で柴又から成田へ。

寝過ごしたらアウトなので前日はほとんど寝ていない。

成田からLCCのジェットスターで出発だ。



こうして寅さん記念館での恒例の絵画展がもう目の前に迫った2014年11月17日、
私は成田から格安ジェットスターで2時間半、午前10時50分に私は
曇り空の那覇空港に到着した。

寅はあの作品では飛行機が苦手でヘロヘロになっていたが、
実は私も飛行機はかなり苦手だし、絵画制作が続いていて寝不足だったので
体力的にはかなりきつかったのだが、
ここは頑張るしかないと気持ちを強く持って踏ん張った。



さて、この
那覇空港国内線バスターミナルも当然ロケ地である。



しかし実は・・・那覇空港は5年ほど前にすっかり建て直して、
撮影当時の旧国内線ターミナルの場所と今の場所はかなりずれてしまっている。

寅が車椅子を押しながら銀バスになだれ込むように乗り込んだ
あの旧国内線バスターミナルは、今の新ターミナルから歩くと10分かかる場所だ。
今はなんと貨物のコンテナ倉庫が建ち並び、
一般の観光客は徒歩であろうが自動車であろうが
立ち入り禁止になっている。

あの本編で銀バスに乗り込む直前にちらっと見えた
灯台
(実際は米軍が戦後建てた航路標識搭)は、今も映画撮影時と同じ姿で近くに建っている。


    



沖縄戦場を調査したHPにはこのように記されている。↓

崎原(さきはら)灯台

崎原灯台は1986年(明治29年)に完成した灯台で、
崎原グスク上に高さ12mのレンガ造りの灯台や舎屋等が建設された。
残念ながら昭和20年6月4日からの小禄半島の戦闘においても
上陸海岸の一角にあったために攻撃目標となり徹底的に破壊された。

戦後も灯台は復行されることなく、米軍により
航路標識塔が建てられた。
現在もその航路標識塔が残されたままで、
周辺には破壊されたレンガ等が散乱する知られざる戦跡である。
ということだそうだ。


     



     現在の崎原灯台跡(航路標識搭)

     



なんとか、映画と同じアングルから撮影したいと思った私は、
あるアイデアが浮かんだのである。

実はこの一般の人が入れない貨物倉庫は一箇所だけ、
一部のLCC(バニラエアやピーチエア)の離着陸場所に利用されているのである。

つまりバニラやピーチの本当の乗客だけは専用のシャトルバスで
倉庫まで入れるシステムになっているようだ。

周りは貨物倉庫なのでシャトルバスを降りたらガードマンにすぐに中にはいるように
催促されるようなので、たとえ、乗客にまぎれてシャトルバスに乗れたとしても
降りた周りで画像を撮影できるかはきわめて疑わしいのである。

しかし、この方法以外にあの厳戒態勢の貨物倉庫にはいる道はない。

幸い、シャトルバスに乗る時にチケットの提示義務はないようだった。
第一関門突破!

そしてほんの5分で貨物倉庫前に着く。

鉄の扉が開いて、シャトルバスは敷地内に入って行ったのだった。

手にデジカメを持って下車と共にすぐさま撮影する準備を整える。
うろうろしていたらガードマンや係員が室内に入るように指示したり、
手でカメラをふさがれることもあり得るからだ。
チャンスはたった10秒〜20秒かもしれない。

バスがLCC専用の入り口に到着。

運の良いことに、なんと、このLCCの入り口は
まさにあの寅が車椅子を押していたバスターミナルのほぼピンポイントではないか!!
神様はいるんだなあ・・・と感慨が襲ってきた。

他の乗客はそのまま倉庫内のチェックインカウンターに誘導されていく。
私一人が倉庫に入らず、さっそく倉庫の前の道で動画を回し始める。

係員は私の様子を見てもさほど警戒したり、支持したり、止めようとはしない様子。
ガードマンもちょっと離れたところでこちらを見てはいるが、
別にこちらに歩いて注意をしに来るほどの緊迫した感じではない。
ジリジリとピンポイントに近い場所までずれながら、動画を撮っていく私。

そしてほぼこのあたりかなと思われる場所で膝を地面につけて
動画撮影と写真撮影。

マニアックなことを言えば、このあたりは全て一度完全に更地にしてから
建築しなおしているので、この現在LCCが使用している貨物倉庫の並びと
旧国内線ターミナルの建物は角度にして10度ほどずれているのだが、
さすがに現在トラックがせわしく走っている
倉庫エリアの道に飛び出すのは完全な違反行為でレッドカードものなので、
ここは半分妥協して角度がわずかにずれているLCCの倉庫のラインから撮影した。



ポイントはあの沖縄で最初に作られた灯台(航路標識搭)だ。↓


      




撮影を始めて2分以上経ったが、別段ガードマンも係員も
あいかわらず注意しにはやってこない↓
ご覧のように、灯台と建物との関係がわずかにずれてはいるがほぼここである。



    



  





撮影後にバスの運転手さんに旧国内線ターミナルのラインをお聞きしたが
現在のこのLCC使用倉庫ビル玄関口とはやはりほんのちょっと
十メートルほどのずれだけだそうだ。


当然ながら、新しい貨物ビルに生まれ変わってからは世界初登頂だろう。


動画http://youtu.be/dL2jEBoms5Y



後日、晴れた日に、同じ錬金術によって青空をバックに再度動画撮影したのがこれ↓



動画 http://youtu.be/ITLH-0DsNAA



グーグルアースの1978年と現在を比較してみるとよくわかる。↓


      



      当時の写真↓

      



      
      まだ旧国内線ターミナルが機能していたころの地図。

      



これらの写真と地図を見ると当時のターミナルと灯台の位置関係がわかる。


      



振り向くと倉庫のL字の角が見える。

このまままっすぐ延長して行くともうすぐ海だ。↓

かつて、このアングルで、寅が銀バスに乗って去って行ったのだ。


    



    





さて、撮影を7分ほどさせていただき、同じシャトルバスですぐさま空港ターミナルに戻る。
到着と同時にとなりのバス停に走り、今まさに出発しようとした金武町方面行き長距離バスに
乗り込む。

次に行く場所はあのリリーが歌を再開しようとした金武町キャンプハンセンの前の新開地だ。
ここは映画でもかなり多くのカットを費やしているなかなかやっかいな場所だ。

物語の通り進んでいくと、空港の次は国際通りやバスの車窓風景、嘉手納基地なのだが
長距離バスで金武町まで行ったほうが時間のロスがない。
車窓と嘉手納はそのあとにまわす。



金武町は、時代の流れと共にもうほとんどの店が閉じてしまっているが、
外観がそのままのビルも結構多い。


その前に私が事前調査で当たりをつけておいたあの「ドライブイン浜田」が
現在どうなっているかを調査するべく、
バスを降りたインターチェンジでタクシー(金武タクシー)を
オーダーする際にかつての新開地を知っている年配の方を手配してもらった。


優しそうなその年配の運転手さんは「ドライブイン浜田」という名前を覚えていらっしゃった。
その後「レストランKIN」になり、現在はなんとおしゃれな美容院になっているそうである。
ビルは完全に建て替えられたが、場所は数メートルずれただけで位置はほぼ同じ。


動画 http://youtu.be/hbUabeyO4pk




もともとこの土地を持っておられた前田さんと言う方がテナントで貸していらっしゃったのだが
自分の娘さんたちが美容院を経営するにあたって、ここを新しいビルにし、
1階を娘さんたちの美容院にしたらしい。
まだオープンして1年ほどだ。
中に入らせていただくと、そこには美人姉妹が働いておられた。
ここまでやって来た事情を説明し、当時の「ドライブイン浜田」時代のアングルから
店内や海を映させていただきたい
とお願いしましたところ、快くOKをだして下さって海が見える店の奥のベランダまで
案内してくださった。


この外が映る位置は、タクシーの運転手さんには無理を言いまして
このように「高志の停め方」をしていただきました(^^;)

    



    高志の車はニッサン・ブルーバードバン

     



この美容院「hair mint」はもともと金武町の街中にあったのだが、
ご家族の土地でもあるこの眺めのよい場所に移動されたのだ。

撮影当時はドライブイン浜田→レストランKIN→美容院 hairMINT


 動画 http://youtu.be/-dqIqtGZ-O8



      
「ドライブイン浜田」は赤い印の場所↓

    





美容院に入ると美人姉妹のオーナーさんが
親切にいろいろお店の中や眺めのいいベランダを案内してくださいました。

   








本編ではこの場所だ。
この場所もロケ地めぐりの意識を持つ人としては、世界初登頂でしょう。


   





    
逆から見たらこういう風景↓

    




    
これも高志君のほうから見たアングルだ。

     



動画http://youtu.be/1u9gNNeUuKY


地元の人には「浜田ドライブイン」と呼ばれていたようだ。




    
このアングルも本編で使われた↓

    




    
向こうに見える風景の広がりは今も同じ

    



 動画 http://youtu.be/a5dFW8hM0Sg





「ティーチなターチな」のカウンターのおばさんが映ったのがこの入り口へ向かっての方向。。


    



    




   厳密に言えばこのような低い目線でのアングル。↓

    





この最優秀エキストラ賞に輝く「ティーチなターチな」の
味わい深いおばさんは今も元気でこの店の近くでいらっしゃるそうだ。


    



動画http://youtu.be/mTFB2rWVcnw



ということで、ロケ地めぐりの意識を持った人としては世界初登頂だ。







先はまだ長い。



お礼を言って美容院mintを後にする。



さてこのあと、再びタクシーに乗って
キャンプハンセンのある「金武町」に入って行った。


    





    
地図上のAがこの白い建物。Bが信号の前のキャンプハンセンのゲート。↓

     





     現在はこうなっている↓

    




    リリーを乗せた車はゲートの道向こうを新開地に左折して行く。

    



   現在はこうなっている↓

   





   



動画http://youtu.be/CQlS9IWH_g8



動画 http://youtu.be/U5g_yjjIBiE





   現在はこの細い路地は車は通れない。歩行者のみ。

   




  3割ほどの建物は今も存在する。↓
  一番奥のシャングリラも建物は今も残っていて営業もしている。


   




   高志の車が停まっていた場所から見えた風景。地図上Dの場所。
  今もこの辺りの建物は名残を残している↓


    



    




 高志が車を停めていたこの「WASHINGTON ワシントン」「ユートピア」の店の前は
 今も面影が残っている。

    
   



    




   
ユートピアが見える側面も映る↓

   





   
まだ今も名残は残る。

   





   
「ワシントン」「ユートピア」の正面横でリリーを待つ高志↓

   





    
今も残る「ワシントン」

   






     これは一瞬映る町の風景↓「ハワイ」が右向こうに見える。

    




    
今も右向こうには「ハワイ」が残っている。↓

    



     この「ハワイ」が見える坂道は地図上Cから北へ(上へ)向けてのカメラ↓

       







    これも高志がリリーを待ってる間の風景描写↓
    
    




  
クラブ88やチャンピォンやパラスは今も建物が残っている↓

  



動画 http://youtu.be/APvULIbAquI



   
この88のクラブが見える坂道は地図上のFから北へ向けてのカメラ↓

       






   リリーが「ワシントン」から出てくる階段。↓

    




   ちょっと名残が残っている↓

    



動画http://youtu.be/ShrcsMRuaVI


    最初にリリーが入って行ったワシントンというクラブはDの場所

       





    リリーはもう一軒心当たりがあるからと次の店に向かう。

   




   「ピース」は今も名残が残っている↓

   






   
SILBER SPUR(銀の拍車)でたむろする米兵たち↓

   




  
今もシャッターのあり方が同じ↓
  ここは本編ではビルの階段から撮影している。
  今はその階段は鍵がかかって上がれないので、
  今回は三脚にカメラを固定して、手を上に上げて3メートル上から撮影してみた。

   






   





    これも三脚をおもいっきり伸ばして画像を撮ってみた。↓

    





     映画撮影時は向かいの建物の階段の上から撮ったと思われる↓

    






    




    





三脚を持ち上げ高羽アングルを狙った動画↓

動画http://youtu.be/zdlMfPMSYic





    





動画 http://youtu.be/GhcVxNxWpsk


動画 http://youtu.be/ShrcsMRuaVI



     この2番目にリリーが入った店は下の地図上の
Eの黄緑印

     






もうこれでドライブイン浜田から始まって95パーセント以上金武町のロケは解明した。



残るのはたった1カットのみ。


この3秒ほど映る「NEWYORK(ニューヨーク)」と書かれた店だけである。


   



しかし、これがなかなかわからない。
年配のタクシーの運転手さんと聞き込み調査をすること30分以上・・・



動画 http://youtu.be/Ipcod5xPAv0




嘉手納ロケ地も今日中に行きたいので、長距離バスの時間が近づき
かなり焦って来た・・。




なかなかみなさんもうろ覚えで場所が定まらない・・・

そんな時、私がニューヨークのことを聞いた方が
偶然この金武町の元金武町の「町長」さん吉田勝広さん(現県会議員)だったのだ。

吉田さんは私の事情をお聞きになり、ご親切にも協力してくれることになった。
「ニューヨーク」の場所を唯一知っているであろう、
このエリアの主のような長老おじいがいるとのことで
そのおじいのお孫さんにおじいの実家に電話してもらった。


    




偶然出会った県会議員の吉田勝広さんにいろいろ聞き込みを手伝ってもらう↓


     



動画 http://youtu.be/u6g_yuR2z8I


その金武町の大先輩であるおじいはここから徒歩3分の大通り沿いに
「ニューヨーク」があったことをはっきり覚えていた。





    




そして言われたとおり、今はカレー専門店(KARI-YA)になっている
その元クラブ「ニューヨーク」へ歩いていく。

中に入って、そのカレー屋さんの女将さんにお聞きしたところ、
確かに宮城さんと言う方がニューヨークと言うナイトクラブを長い間経営されていた
と言われた。

ここの以前の店のことはご主人がもっとよく覚えているということで、
ダメ押しでご主人にも電話していただき、最終確認を取ったのだった。



動画 http://youtu.be/Dvint-Z4kII


これで決定。

世界初登頂



建物はかなり直されているので当時のあの壁はもうないが
この上の壁あたりを撮影したらしい。


     





    





    



      
「ニューヨーク」は 地図の G の部分↓

      





これでこの作品の金武町のシーンは全カット解明し、踏破したのだった。





おまけ動画

金武町ナイトクラブを改造した元金武町町長さんの
吉田勝広さんの書斎


http://youtu.be/1Sz34gU8aQk






さあ、那覇方面の長距離バスが来るまであと8分!




運転手さんにちょっと飛ばしてもらい^^;バス停に時間の3分前に着いた(*^▽^*)セーフ!

1時間半お世話になった金武タクシーの運転手さんにお礼を言って
チップも多めに払って、
嘉手納を通るバスに乗り込んだのだった。


バスは一路那覇方面に戻っていく。

途中40分ほど乗ったところで
池武当(いけんとう)という場所で停まる。
そこが
嘉手納基地への道が走っているところである。

池武当で降りて、そこからタクシーを拾って
40分ほど運転手さんに付き合ってもらう。


嘉手納は寅がリリーの入院している病院に向かう途中で車窓に映るのだ。

実際は病院の位置と嘉手納基地はまったく別な場所で
那覇から病院に行く時にはぜんぜん通る必要がないのだが
山田監督はこの基地の風景や戦闘機の姿を、
つまり、沖縄の現実を作品に入れたかったようだ。


ここは事前調査でかなり掴んでいたので聞き込みは必要なかった。


    





    
向こうの丘もしっかり見える↓

    




そして


    寅は北のゲートを通過する。

    




このあたり一帯をピンポイントで押さえたのはおそらく世界初だ。
このポールたちはこのように今年真っ赤に塗り替えられたそうだ。

  





動画 http://youtu.be/DFdsHw0Vw7E


     





34年経ってもゲートのあり方と基地への道は同じ。


世界初登頂だ。



     






   あの映画撮影時はF15イーグルが飛んでいた。


   





私の取材時もジェット戦闘機がビュンビュン飛んでいたが、もちろんイーグルではなく
新型ステレス機の
F22Aラプターだ。米軍最強の部類の戦闘機。
この画像は私が実際にロケ地上空を飛ぶ戦闘機を撮った動画から切り取ったもの。



    
    



 戦闘機 http://youtu.be/ROmmvZ0k0CU






   あのゲートからわずか1分で、この曲がり角も通過する。↓


    



    




嘉手納基地の道路はこれで全踏破



さて、那覇の渋滞にひっかかりそうだったので、タクシーの運転手さんに
急いでバス停まで飛ばしてもらった。


なんとか、8分前について金武町バス停同様セーフ^^;

1日目は全て小さな車窓風景やB班撮影も含めて完全踏破だった。


さてこのあと、暗くなってからも、
寅が那覇空港を出た直後の車窓風景の解明のため
地元の有力紙、沖縄タイムス本社ビルへの突撃取材と
夜6時半以降の牧志の市場取材が待っているのだが、
それは1週間後に「ロケ地めぐり2日目」のアップの中で語るとする。




「ロケ地めぐり2日目」の掲載予定は

寅の銀バス那覇市内の車窓風景。
牧志市場1つ残らず全シーン。
寅がずっと泊まっていたホテル入船とそこからの眺め。
たがみ病院全シーン(現在のオリブ山病院)

12月11日ごろ掲載予定



続く











私に関する記事

   
朝日新聞 夕刊 2014年5月21日

   


    
 朝日新聞デジタル版でも紹介されています。デジタル版では
      このように写真も大きく拡大できます。↓

 




号外その2:2014年6月5日夕方発売
「夕刊フジ」の「人生二毛作」という全国版連載コラムに
私に関する記事が掲載されました。

夕刊フジのこの記事はデジタルでも読めます。↓
http://www.zakzak.co.jp/economy/ecn-news/news/20140606/ecn1406060830003-n1.htm



    




   




寅次郎音楽旅 寅さんの言葉




男はつらいよ 寅次郎音楽旅 【寅さんのことば】



友人の佐藤利明さんがプロデュースした作品。
もちろん彼が大きな骨格であるコンセプトを決め、曲や言葉をセレクトし、
そして全体を俯瞰的に監修された寅さん最新作CDだ。

寅次郎音楽旅の4作目。

いや、もう、4月からこのかたずっと4つの連続展覧会で多忙が続き、
ちょっとした合間の休日も仲間との「ロケ地めぐり」が続き、
そしてその事後処理とサイトへの記事アップが続き、


ようやくそれが一段落した今、
1ヶ月半間寝かせて熟成させておいた、この
男はつらいよ 寅次郎音楽旅 【寅さんのことば」を聴いている。

相変わらず使われているスチール写真は貴重で美しいものばかり。
佐藤さんの手にかけたものは、とにかく本の時もCDの時も常にスチールは絶品。
もうね、音楽聴く前に、このスチールだけでわかるでしょ、内容の充実が。



     



昔からまあ、寅さん名言集なるCDはいくつかは出ている。
しかし、佐藤さんはその名言とそれに関係した音楽を組み合わせた。
ここまで徹底した融合と数は日本初の試み。
こうしてセリフと音楽を混ぜて聴いていると不思議な臨場感に包まれていく。
なんだかこういうのは初めての体験。
これこそ映画の音楽(劇伴)の醍醐味なんだろう。

今回CDは2枚組み。
寅の「言葉」が本編から直接90箇所選ばれている。
そしてそれに関連させた音楽がオリジナル音源から108曲。
合計198トラックをCD2枚にちりばめている。200近い収録って、ものすごい数だ^^;


     


もとより、佐藤さんは佐藤さんの眼があり耳がある。
6歳からこの映画に親しみ、感覚を熟成させてきた言葉のセレクションがある。

たとえば第8作「恋歌」OPで、雨の日に旅の坂東鶴八郎一座を励ます寅の言葉、

まあ、こんなことはいつまで続くもんじゃねえよ。
今夜中にこの雨もカラッと上がって明日はきっと気持ちのいい日本晴れだ。
お互いにくよくよしねえでがんばりましょう


あのあと、大空小百合ちゃんとのやり取りの中で流れる曲ががいいんだな〜。名曲ですね。
もちろんその曲も収録されている。


    



そして同じく坂東鶴八郎一座とのささやかな再会と別れを描いたあの
第18作「純情詩集」で、別所温泉での早朝の別れのせつなの言葉。

おーい、
しっかりやれよお!
またいつか、日本のどっかできっと会おうな!



このあたりの旅人どうしの一期一会の地味な味わいを入れるのが佐藤さんの眼。

そしてコアなファンたちが待ちに待っていた
第23作「翔んでる〜」の布施明さんが歌う「
とまり木」のセレクト 
これもこの歌の詞の持つ重要さをわかっている佐藤さんの優れた感覚。



そしてこのシリーズの中でも出色の寅のセリフ。
第27作「浪花の恋の〜」の中で、失意のどん底のふみさんや弟の恋人を慰めるあの言葉。
あの言葉によって私たちはどれほど慰められたかしれない。

そら、今は悲しいだろうけどさ、ね、
月日が経ちゃあ、どんどん忘れていくもんなんだよ.
忘れるってのは、ほんとうにいいことだなぁ…



     




第29作の丹後伊根の波打ち際での、失意のかがりさんへの言葉。
あの言葉は万人の男女の胸にしみる。

そりゃ、こっちが惚れてるぶん、向こうもこっちに
惚れてくれりゃあ、世の中に失恋なんてのは
なくなっちゃうからな

 

     




また、第38作「知床慕情」ラストの寅のハガキ

暑中御見舞い申し上げます・・

これを渥美さんは

「しょちゅう・・・おんみまいもうしあげます」と独特の言い回しで渋くナレーションでつぶやく。

この味わいのある渥美さんの「しょちゅう・・・」のセリフを佐藤さんはなにげに拾うのだ。

この独特の言い方である 「しょちゅう・・・おんみまいもうしあげます」は
私もいつか誰かに必ず言ってみたいと昔から思っている言葉だ。



第47作「拝啓車寅次郎様」で寅がとらやで満男に鉛筆を売るバイを見せてやるのだが
その鉛筆の話の中で、母親の話をとつとつとするあの「寅のアリア」なども選ばれている。
あのアリアは私が大好きな話。
あの話の中の母親とは、実はさくらのお母さんとの思い出なのだ。
産みの母親に恵まれなかった悲しく孤独な寅に、血のつながりの有無を超えて
寄り添い、分け隔て無く育てたさくらのお母さん。

少年期のデリケートな寅の心のひだを垣間見る美しいアリアだった。

そのような寅の心の琴線を繊細な佐藤さんは必ず拾い上げてくれる。

そして嬉しいことに、
音楽も今回もまた
20曲近い本編未発表バージョンを惜しげも無く収録された。
この世の中に初めて出る約20曲を聴くためにだけこのCDを買っていいのだ。

今回も含めて、今まで出された「男はつらいよ 寅次郎音楽旅」の音楽CD4つは
昔から数々の音楽のプロデュースを仕事にされてる佐藤利明さんの結晶とも言える。
この仕事は、世の中での影響力も含めて
彼のこれまでのあらゆる仕事の中心のひとつとなる大きな仕事とも言えると私は思っている。


そういえば、大きな仕事と言えば、もちろん震災の年に始まって、もう3年以上続いている
文化放送の「みんなの寅さん」も確かに影響力のあるもの凄く大きな仕事だが、
かつて6年ほど前にCS衛星劇場「私の寅さん」で、佐藤さんは、2年間の長きにわたって
「男はつらいよ」の数々のスタッフやキャストに本質的な内容のロングインタビューをしていったのだ。
彼のあの腰が入った強い踏み込みによる濃密な仕事こそが、誰もできない佐藤さんならではの
偉大な仕事だったと今でもしみじみ思う。
山田監督へのインタビューにしても、
数年前に行ったNHKの「100年インタビュー」なんかよりCS衛星劇場での佐藤さんと山田監督の
やり取りのほうが山田監督がそれまで言わなかった隠された本質的な会話が多く、
その美しいキャッチボールを見ながら心が心底震えた記憶がある。
あの衛星劇場での数々のインタビューの仕事こそが歴史の長い淘汰にこれからも耐えていくだろう。

私もかつて自分のサイトでこのことは紹介した↓
http://www.yoshikawatakaaki.com/lang-jap/torajironahibi24.html#391


そして上にも書いたように
もうひとつの男はつらいよに関する濃密な仕事。
それがこの「男はつらいよ 寅次郎音楽旅」シリーズ 4つ(CDにして9枚)というわけだ。


深くこの男はつらいよシリーズを知りすぎたゆえの、愛しすぎたゆえの一人相撲に見える孤高、孤独。
そしてその積み上げたプライドを無理やり自ら打ち破り、格闘し、
彼が長い歳月をかけてこの映画から培った愛情のエキスを
この乾燥しきった世知辛く複雑な世の中にあえてわかりやすく優しく、
しかし深く深く本質をこそ何が何でも伝えようとする不断の錬金術的努力。
その結実が、あの歴史を作った衛星劇場の濃密な掘り下げインタビューであり、
みんなのための文化放送の番組であり、誰でも気軽に読める東京新聞の寅さん記事であり、
そして、明快なコンセプトのもと、膨大な音源を収録し続けているこの寅次郎音楽旅シリーズだ。
まったくこの映画が好きじゃないと到底できない凄まじいバイタリティと言えるだろう。

いったいどこまで行く気なんだろう。
ちょっと忙しすぎるのでお体を大切にしてほしい。
それにしても、数々の行動が早すぎて追いつけないよ まったく ふ〜〜〜 ┐('〜`;)┌















寅さんのことば


友人の映画評論家である佐藤利明さんが
昨年6月から10月にかけて、東京新聞、中日新聞、北陸中日新聞夕刊に連載した
寅さんのことば 風の吹くまま 気の向くまま」をバリに行く直前に手に入れた。
東京地区では東京新聞、中京地区では中日新聞と、
二つの版元から同一の書籍を刊行している。

佐藤さんの寅さん歴は長く、
6歳の時、ご家族と銀座の映画館で第一作『男はつらいよ』を観られたことがきっかけ。
だから彼の場合、寅さん歴がただ長いだけでなく、
柔らかな少年時代の「三つ子の魂」が入っている。

すでにたくさん巷にあふれている寅さん本とどこが違うかと言えば
「愛情」と「懐」の桁が違う。
深い内容を極力優しい言葉で実に的確に書いてあるのだ。
使われているスチールもかなり珠玉。このスチールだけで「懐」がわかる。
別に友人だからってあえて無理やり宣伝しているわけではない。

はっきり言って一般の新聞に書かれた内容なので、
特別マニアックなことや裏話をバンバン書いてある類の本ではないが
それぞれの作品や俳優さんのことを長く深く知り尽くしていないと言えない
「言葉」と「流れ」がそこにある。
ものごとを愛し、そしてきっちり骨の髄まで理解しつくすというのは
こういうことなんだなと思わせてくれる文章。

彼の音楽CDも、ラジオ番組も、この本も、1年や2年の付け焼刃じゃないところがいいのだ。
それゆえ、数々のCDはもちろんのこと、
この本も誰でもわかるように実にわかりやすく書いてあるにもかかわらず
かなりコアな寅さんファンがじっくり読んでも結構面白いのではないだろうか。

というか・・・

この本に他の寅本にない何かを感じない寅さんファンは偽者である。

この本は寅さんのマニアックな詳細情報や特ダネを見せびらかす本ではない。
実はなかなかおいしい情報やマニアックな内容もそれぞれ十分に入っているのだが
それよりも、もっと大きな流れを掴んでほしい。
一人のちっちゃな佐藤少年が、長い長い歳月をかけて
ある映画シリーズからはぐくまれた愛情と深い懐の軌跡を感じ取る本だと思う。



       










    




   夕張の炭住をゆく車寅次郎  「男はつらいよ 寅次郎幸福の黄色いハンカチ」より


   




第43作 「寅次郎の休日」 ダイジェスト版http://www.yoshikawatakaaki.com/lang-jap/43newpagedaijyesut.html



吉川孝昭展  2012年10月13日(土)ー28日(日) 寅さん記念館 休憩室


       






        
裏表紙

        




      
 2ページ目と3ページ目↓

       








         
2012年正月元旦  吉川孝昭 「雪降る帝釈天」 お礼の年賀状の中の1枚

        





なお、お年玉代わりに、
昨年秋に息子が完成させました
「君の知らない柴又を見せたいFour seasons(完全版)」をアップしましたので
できるだけ高い画質の【720p】以上でご覧ください。
ネット上では初公開です。

前回の作品(冬と春)に、
新たに新緑と初夏と盛夏と秋と晩秋を加え【四季折々】の知られざる柴又を表現しました。


それではご堪能ください↓




2011年宮嶋龍太郎 制作  できるだけ高い画質の【720p】以上でご覧ください。








          

                「 宮嶋龍太郎+2 展 」中綴じパンフレット12ページ  表紙




      満月と立山連峰
      






                            雨降る江戸川風景  吉川孝昭   2011年4月3日 水彩  14cm.×24cm.

    

                                


                 
                          帝釈天本堂に上る夕暮れの月(自宅バルコニーより撮影)

       




                          矢切の渡し 2011 冬  (2月10日)

      
       

                       

 

    

     雪の日の寅次郎   RYOTARO





pos

            『男はつらいよ 寅次郎風の盆恋歌』のポスターが完成しました! 2010年制作


          


Art Direction  : 吉川孝昭
Design  : 吉川孝昭
Illustration  : RYOTARO
Computer Graphics  : RYOTARO





                 『男はつらいよ 寅次郎花へんろ』 オリジナルポスター 2007年制作
 

          



Art Direction  : 吉川孝昭
Design  : 吉川孝昭
Illustration  : RYOTARO
Computer Graphics  : RYOTARO







「寅次郎な日々」全バックナンバーはこちらから          


【 寅次郎な日々 】カテゴリー別バックナンバー【2005年11月〜2011年7月26日までの分】
寅次郎 さくら 名脇役たち タコ社長 満男 シリーズの流れ おいちゃん、おばちゃん 源ちゃん
とらや ロケ地探訪 山田洋次 各作品紹介 山田洋次以外の映画 メイキング映像
インタビュー&ポスター
マドンナ




577


         お気楽コラム  【 寅次郎な日々 】  たぶん…一週間に一度くらいアップかな…






2014年11月13日 寅次郎な日々577



第25作「ハイビスカスの花」 沖縄全ロケ地踏破 序曲
沖縄、金武町 ドライブイン「レストラン浜田」の変遷


おばさん「ティーチ なん  ターチ なん? 


高志「
ターチ


おばさん「
ターチ、ハイ




     




     





あのおばさんのなんとも味のある言い回しが
いつまでも心に残るなかなか味わい深いシーンが
金武町の
ドライブイン.レストラン浜田でロケされたのだった。


     
     




第25作「ハイビスカスの花」

沖縄でのリリー。

彼女の心は「絶望」「喜び」「至福」そして「淋しさ」に変化して行く。






この名作の中で、リリーの心が「淋しさ」と変化して行く後半のメインのシーンのひとつ
「ドライブ イン レスラン浜田」でのあのリリーの横顔を覚えていない人は寅さんファンとしてはもぐりだ。

あのシーンは浅丘ルリ子さんの淋しげな表情がなんとも美しかった。


      




リリーは孤独な売れない歌手。

苦労に苦労を重ねても若いころから一人で踏ん張ってきた。
しかしその頑張りにも限界が来て、ついに沖縄で血を吐いて病気になってしまう。

死を間近に感じ、追い詰められたリリーは、なんとしても寅に会いたい思いで、
病室から寅に速達の手紙を書いてしまうのだった。

その手紙を柴又で受け取り、苦手な飛行機にしがみつき、
遠く沖縄那覇の病院に這うようにたどり着いた寅。

その寅の声を聞いたリリーは顔が華やぐ。
寅が来たとたん、いきなり血液がサラサラ流れ出すリリー。

そして寅の顔を見るなり寅にしがみつき泣き崩れてしまうのだった(T-T)



「淋しかったんだろ、ひとりぼっちでなあ…、もうオレがついてるから大丈夫だ」




       



そう励まし、カバンの中から真夏のサンタさんのように浴衣、川魚の佃煮、
トランジスタラジオ,お見舞金、おまけにフンドシまで出してリリーの「生きようとする気」を高めていく。
みるみる血色が良くなっていくリリー。

渥美さんも浅丘さんも絶好調なのがわかる。
この二人の相性の良さが鮮やかに見るものを楽しませる。


蜩が鳴く夕暮れ時、
おばちゃんの作った川魚の佃煮をリリーの口に運んでやりながら


「おまえも、沖縄まで来て、病気してよ…、どんな苦労したんだ、ん?」


と言いつつ優しくリリーを見つめる寅。
少し笑って何も答えないリリー。

数秒の沈黙・・・・

私がこの長いシリーズで必ず眼が潤んでしまうのがこのシーン。


世界の映画史上に残るであろう感動が静かに胸にこみ上げる名シーンである。

      




リリーの人生最高の至福はこの日から始まる。
そしてこのあと、退院して、静かな猟師町である国頭郡本部の海岸の下宿で
寅と蜜月の日々を始める前半まで続いていくのだった。



       






しかし、リリーの体が快復してくると、寅はいつもの浮気心とわがままが出始めて
海洋公園のイルカショーの若い女の子に入れ込み始めるのだった。

そんな寅の業を淋しく思いいながら暮らすうちに
いよいよリリーの貯金もしだいに少なくなってくる。

そして仕方なくリリーは金武町の米軍キャンプハンセンの歓楽街に行き、
ナイトクラブでの歌手の仕事を2ステージ8千円と言う安値で請け負うことになる。

至福の蜜月の日々からしだいに淋しさが募っていくリリー。

そんなリリーの淋しくつらい気持ちが表現されているのが、金武湾がすぐ向こうに
望めるこのドライブインレストラン浜田でのシーン。
仕事を休んで運転手をしてくれた高志とのやり取りだ。



   



店内は完全冷房って書いてあるのに
なぜかリリーは窓を開けちゃうんだよね^^;。

窓の向こうはキラキラ輝く金武湾


そのドライブインレストラン浜田の場所は、
キャンプハンセンからおそらく車で10分以内のどこかにあることはわかっていた。

しかしピンポイントでは私の寅さん仲間も、本も雑誌もサイトも
金武町のどこか・・・で止まっていた。


で、今回いよいよ11月17日から3日間沖縄に直接乗り込んで行くので
ドライブイン「レストラン浜田」も立ち寄ろうと思い、
重い腰を上げてまじめに本気で探すことにしたのだ。


本編では海が見えるので
金武町の海辺とレストラン,浜田で、
検索してみると一件だけひっかかってきた。

レストランKINという店。

レストランKINはまあまあ知ってる人がいるらしく
何枚かレストラン紹介のhpなどで画像が出てきたんです。

そこで、映画で出てきたレストラン浜田と
検索で画像が出てきたレストランKINを比較してみた。



   




上の画像にあるように、
4箇所以上で完全一致が見られるので
このレストランKINはかつてのドライブインレストラン浜田なのだとわかった。
看板だけ取り替えてはいるが、それ以外のところは
まったくkiNになってからも同じだった。


レストラン浜田は店の名前を変えながらしぶとく生き残っていたのだった。



レストランガイドの中でも店内が何枚か映っていた。
金武湾の向こうに見える「うるま市」あたりの陸の形も同じ


     



     




さてそのレストランKINは5年以上前にすでに閉店している
とあるサイトに書いてあった。

そこでストリートビュー(2014年撮影)で見てみる。




ありゃありゃ 2014年3月の時点で大きなビルが建築中・・・┐('〜`;)┌


ピンポイントの場所はこの地図↓参照。



     





このように
表も裏も大きな道路で囲まれてしまっているではないか。

リリーと高志が会話をしたあの店の美しい風景はどこへやら・・・

まあ遠めには海が見えるので意外にそう変わらないのかも^^;



で、いつごろ、レストランの裏手が変わってしまったのか
空中写真で調べて見ることにした。




下の画像が1977年の空中写真。映画撮影の3年前。
道路は無く裏は林と白浜だ。


上の方の画像が2009年3月のもの。裏はまだ道路は出きていないが、その予兆はある。


       


こうやって見るとあの作品を撮影する3年前の1977年の時は
あのレストラン浜田の裏はちょっとした繁みとその向こうに道はなく、直に白砂の浜辺が
あった事がわかる。

おそらく映画撮影時もこうだったのだろう。






ネットで見れる1981年(映画撮影の翌年)の
国土地理院地図でも
赤いマークのレストランの裏手は
繁みと白浜ですね!
大きな道路はまだない。


     




上の2009年3月の空中写真をアップにして、映画のアングル通りしてみるとこうなる

なんとなく繁みなくなって
道路らしきものを作る準備がされている。(黄色の矢印)

浜田(レストランKIN)の上に見える給水塔や横に
隣接されている屋上への階段なども空中写真で見れる。↓



      2009年3月の空中撮影

      

 


       この空中写真からわずか6ヵ月後↓



     2009年9月の空中撮影。 うわ!レストランが壊されている最中に撮影したんだ!

      



そして大きな道路が遂に完成し・・・


それから5年間ここは更地のままだった・・・ この空中写真は2012年のもの。


      







そして長い更地の数年間を経て、


そして先月の
2014年10月の空中写真では
あのストリートビューで建築中だったビルが完成していたのだった。


レストラン浜田の位置は厳密に言うと
このビルとぴったり一致ではなく
5メートルほどこの画像的に左にずれて
建てられていたことは忘れてはならない




      



時は過ぎ人も過ぎる。

全ては一瞬の夢物語ですね。






さて序曲はこれで終わり。




いよいよ4日後の11月17日から3日間
沖縄のロケ地を全シーン解明し確認すべく現地に乗り込んできます。
下の画像のサトウキビ畑の解明の物語も含めて
この【第25作ハイビスカスの花」・全沖縄ロケ地踏破奮闘記】は
22日からの絵画展の会期中に更新作業を行いますので
おそらく11月28日ごろにアップいたします。



      
       







終り






私に関する記事

   
朝日新聞 夕刊 2014年5月21日

   


    
 朝日新聞デジタル版でも紹介されています。デジタル版では
      このように写真も大きく拡大できます。↓

 




号外その2:2014年6月5日夕方発売
「夕刊フジ」の「人生二毛作」という全国版連載コラムに
私に関する記事が掲載されました。

夕刊フジのこの記事はデジタルでも読めます。↓
http://www.zakzak.co.jp/economy/ecn-news/news/20140606/ecn1406060830003-n1.htm



    




   




寅次郎音楽旅 寅さんの言葉




男はつらいよ 寅次郎音楽旅 【寅さんのことば】



友人の佐藤利明さんがプロデュースした作品。
もちろん彼が大きな骨格であるコンセプトを決め、曲や言葉をセレクトし、
そして全体を俯瞰的に監修された寅さん最新作CDだ。

寅次郎音楽旅の4作目。

いや、もう、4月からこのかたずっと4つの連続展覧会で多忙が続き、
ちょっとした合間の休日も仲間との「ロケ地めぐり」が続き、
そしてその事後処理とサイトへの記事アップが続き、


ようやくそれが一段落した今、
1ヶ月半間寝かせて熟成させておいた、この
男はつらいよ 寅次郎音楽旅 【寅さんのことば」を聴いている。

相変わらず使われているスチール写真は貴重で美しいものばかり。
佐藤さんの手にかけたものは、とにかく本の時もCDの時も常にスチールは絶品。
もうね、音楽聴く前に、このスチールだけでわかるでしょ、内容の充実が。



     



昔からまあ、寅さん名言集なるCDはいくつかは出ている。
しかし、佐藤さんはその名言とそれに関係した音楽を組み合わせた。
ここまで徹底した融合と数は日本初の試み。
こうしてセリフと音楽を混ぜて聴いていると不思議な臨場感に包まれていく。
なんだかこういうのは初めての体験。
これこそ映画の音楽(劇伴)の醍醐味なんだろう。

今回CDは2枚組み。
寅の「言葉」が本編から直接90箇所選ばれている。
そしてそれに関連させた音楽がオリジナル音源から108曲。
合計198トラックをCD2枚にちりばめている。200近い収録って、ものすごい数だ^^;


     


もとより、佐藤さんは佐藤さんの眼があり耳がある。
6歳からこの映画に親しみ、感覚を熟成させてきた言葉のセレクションがある。

たとえば第8作「恋歌」OPで、雨の日に旅の坂東鶴八郎一座を励ます寅の言葉、

まあ、こんなことはいつまで続くもんじゃねえよ。
今夜中にこの雨もカラッと上がって明日はきっと気持ちのいい日本晴れだ。
お互いにくよくよしねえでがんばりましょう


あのあと、大空小百合ちゃんとのやり取りの中で流れる曲ががいいんだな〜。名曲ですね。
もちろんその曲も収録されている。


    



そして同じく坂東鶴八郎一座とのささやかな再会と別れを描いたあの
第18作「純情詩集」で、別所温泉での早朝の別れのせつなの言葉。

おーい、
しっかりやれよお!
またいつか、日本のどっかできっと会おうな!



このあたりの旅人どうしの一期一会の地味な味わいを入れるのが佐藤さんの眼。

そしてコアなファンたちが待ちに待っていた
第23作「翔んでる〜」の布施明さんが歌う「
とまり木」のセレクト 
これもこの歌の詞の持つ重要さをわかっている佐藤さんの優れた感覚。



そしてこのシリーズの中でも出色の寅のセリフ。
第27作「浪花の恋の〜」の中で、失意のどん底のふみさんや弟の恋人を慰めるあの言葉。
あの言葉によって私たちはどれほど慰められたかしれない。

そら、今は悲しいだろうけどさ、ね、
月日が経ちゃあ、どんどん忘れていくもんなんだよ.
忘れるってのは、ほんとうにいいことだなぁ…



     




第29作の丹後伊根の波打ち際での、失意のかがりさんへの言葉。
あの言葉は万人の男女の胸にしみる。

そりゃ、こっちが惚れてるぶん、向こうもこっちに
惚れてくれりゃあ、世の中に失恋なんてのは
なくなっちゃうからな

 

     




また、第38作「知床慕情」ラストの寅のハガキ

暑中御見舞い申し上げます・・

これを渥美さんは

「しょちゅう・・・おんみまいもうしあげます」と独特の言い回しで渋くナレーションでつぶやく。

この味わいのある渥美さんの「しょちゅう・・・」のセリフを佐藤さんはなにげに拾うのだ。

この独特の言い方である 「しょちゅう・・・おんみまいもうしあげます」は
私もいつか誰かに必ず言ってみたいと昔から思っている言葉だ。



第47作「拝啓車寅次郎様」で寅がとらやで満男に鉛筆を売るバイを見せてやるのだが
その鉛筆の話の中で、母親の話をとつとつとするあの「寅のアリア」なども選ばれている。
あのアリアは私が大好きな話。
あの話の中の母親とは、実はさくらのお母さんとの思い出なのだ。
産みの母親に恵まれなかった悲しく孤独な寅に、血のつながりの有無を超えて
寄り添い、分け隔て無く育てたさくらのお母さん。

少年期のデリケートな寅の心のひだを垣間見る美しいアリアだった。

そのような寅の心の琴線を繊細な佐藤さんは必ず拾い上げてくれる。

そして嬉しいことに、
音楽も今回もまた
20曲近い本編未発表バージョンを惜しげも無く収録された。
この世の中に初めて出る約20曲を聴くためにだけこのCDを買っていいのだ。

今回も含めて、今まで出された「男はつらいよ 寅次郎音楽旅」の音楽CD4つは
昔から数々の音楽のプロデュースを仕事にされてる佐藤利明さんの結晶とも言える。
この仕事は、世の中での影響力も含めて
彼のこれまでのあらゆる仕事の中心のひとつとなる大きな仕事とも言えると私は思っている。


そういえば、大きな仕事と言えば、もちろん震災の年に始まって、もう3年以上続いている
文化放送の「みんなの寅さん」も確かに影響力のあるもの凄く大きな仕事だが、
かつて6年ほど前にCS衛星劇場「私の寅さん」で、佐藤さんは、2年間の長きにわたって
「男はつらいよ」の数々のスタッフやキャストに本質的な内容のロングインタビューをしていったのだ。
彼のあの腰が入った強い踏み込みによる濃密な仕事こそが、誰もできない佐藤さんならではの
偉大な仕事だったと今でもしみじみ思う。
山田監督へのインタビューにしても、
数年前に行ったNHKの「100年インタビュー」なんかよりCS衛星劇場での佐藤さんと山田監督の
やり取りのほうが山田監督がそれまで言わなかった隠された本質的な会話が多く、
その美しいキャッチボールを見ながら心が心底震えた記憶がある。
あの衛星劇場での数々のインタビューの仕事こそが歴史の長い淘汰にこれからも耐えていくだろう。

私もかつて自分のサイトでこのことは紹介した↓
http://www.yoshikawatakaaki.com/lang-jap/torajironahibi24.html#391


そして上にも書いたように
もうひとつの男はつらいよに関する濃密な仕事。
それがこの「男はつらいよ 寅次郎音楽旅」シリーズ 4つ(CDにして9枚)というわけだ。


深くこの男はつらいよシリーズを知りすぎたゆえの、愛しすぎたゆえの一人相撲に見える孤高、孤独。
そしてその積み上げたプライドを無理やり自ら打ち破り、格闘し、
彼が長い歳月をかけてこの映画から培った愛情のエキスを
この乾燥しきった世知辛く複雑な世の中にあえてわかりやすく優しく、
しかし深く深く本質をこそ何が何でも伝えようとする不断の錬金術的努力。
その結実が、あの歴史を作った衛星劇場の濃密な掘り下げインタビューであり、
みんなのための文化放送の番組であり、誰でも気軽に読める東京新聞の寅さん記事であり、
そして、明快なコンセプトのもと、膨大な音源を収録し続けているこの寅次郎音楽旅シリーズだ。
まったくこの映画が好きじゃないと到底できない凄まじいバイタリティと言えるだろう。

いったいどこまで行く気なんだろう。
ちょっと忙しすぎるのでお体を大切にしてほしい。
それにしても、数々の行動が早すぎて追いつけないよ まったく ふ〜〜〜 ┐('〜`;)┌















寅さんのことば


友人の映画評論家である佐藤利明さんが
昨年6月から10月にかけて、東京新聞、中日新聞、北陸中日新聞夕刊に連載した
寅さんのことば 風の吹くまま 気の向くまま」をバリに行く直前に手に入れた。
東京地区では東京新聞、中京地区では中日新聞と、
二つの版元から同一の書籍を刊行している。

佐藤さんの寅さん歴は長く、
6歳の時、ご家族と銀座の映画館で第一作『男はつらいよ』を観られたことがきっかけ。
だから彼の場合、寅さん歴がただ長いだけでなく、
柔らかな少年時代の「三つ子の魂」が入っている。

すでにたくさん巷にあふれている寅さん本とどこが違うかと言えば
「愛情」と「懐」の桁が違う。
深い内容を極力優しい言葉で実に的確に書いてあるのだ。
使われているスチールもかなり珠玉。このスチールだけで「懐」がわかる。
別に友人だからってあえて無理やり宣伝しているわけではない。

はっきり言って一般の新聞に書かれた内容なので、
特別マニアックなことや裏話をバンバン書いてある類の本ではないが
それぞれの作品や俳優さんのことを長く深く知り尽くしていないと言えない
「言葉」と「流れ」がそこにある。
ものごとを愛し、そしてきっちり骨の髄まで理解しつくすというのは
こういうことなんだなと思わせてくれる文章。

彼の音楽CDも、ラジオ番組も、この本も、1年や2年の付け焼刃じゃないところがいいのだ。
それゆえ、数々のCDはもちろんのこと、
この本も誰でもわかるように実にわかりやすく書いてあるにもかかわらず
かなりコアな寅さんファンがじっくり読んでも結構面白いのではないだろうか。

というか・・・

この本に他の寅本にない何かを感じない寅さんファンは偽者である。

この本は寅さんのマニアックな詳細情報や特ダネを見せびらかす本ではない。
実はなかなかおいしい情報やマニアックな内容もそれぞれ十分に入っているのだが
それよりも、もっと大きな流れを掴んでほしい。
一人のちっちゃな佐藤少年が、長い長い歳月をかけて
ある映画シリーズからはぐくまれた愛情と深い懐の軌跡を感じ取る本だと思う。



       










    




   夕張の炭住をゆく車寅次郎  「男はつらいよ 寅次郎幸福の黄色いハンカチ」より


   




第43作 「寅次郎の休日」 ダイジェスト版http://www.yoshikawatakaaki.com/lang-jap/43newpagedaijyesut.html



吉川孝昭展  2012年10月13日(土)ー28日(日) 寅さん記念館 休憩室


       






        
裏表紙

        




      
 2ページ目と3ページ目↓

       








         
2012年正月元旦  吉川孝昭 「雪降る帝釈天」 お礼の年賀状の中の1枚

        





なお、お年玉代わりに、
昨年秋に息子が完成させました
「君の知らない柴又を見せたいFour seasons(完全版)」をアップしましたので
できるだけ高い画質の【720p】以上でご覧ください。
ネット上では初公開です。

前回の作品(冬と春)に、
新たに新緑と初夏と盛夏と秋と晩秋を加え【四季折々】の知られざる柴又を表現しました。


それではご堪能ください↓




2011年宮嶋龍太郎 制作  できるだけ高い画質の【720p】以上でご覧ください。








          

                「 宮嶋龍太郎+2 展 」中綴じパンフレット12ページ  表紙




      満月と立山連峰
      






                            雨降る江戸川風景  吉川孝昭   2011年4月3日 水彩  14cm.×24cm.

    

                                


                 
                          帝釈天本堂に上る夕暮れの月(自宅バルコニーより撮影)

       




                          矢切の渡し 2011 冬  (2月10日)

      
       

                       

 

    

     雪の日の寅次郎   RYOTARO





pos

            『男はつらいよ 寅次郎風の盆恋歌』のポスターが完成しました! 2010年制作


          


Art Direction  : 吉川孝昭
Design  : 吉川孝昭
Illustration  : RYOTARO
Computer Graphics  : RYOTARO





                 『男はつらいよ 寅次郎花へんろ』 オリジナルポスター 2007年制作
 

          



Art Direction  : 吉川孝昭
Design  : 吉川孝昭
Illustration  : RYOTARO
Computer Graphics  : RYOTARO







「寅次郎な日々」全バックナンバーはこちらから          


【 寅次郎な日々 】カテゴリー別バックナンバー【2005年11月〜2011年7月26日までの分】
寅次郎 さくら 名脇役たち タコ社長 満男 シリーズの流れ おいちゃん、おばちゃん 源ちゃん
とらや ロケ地探訪 山田洋次 各作品紹介 山田洋次以外の映画 メイキング映像
インタビュー&ポスター
マドンナ


576


         お気楽コラム  【 寅次郎な日々 】  たぶん…一週間に一度くらいアップかな…






2014年10月20日 寅次郎な日々576


柴又小学校の同窓会はやっぱり「川甚」だった



前田武彦さん 二人の「柳」について


3日前にバリから戻ってきた。

昨夜、夕食の食材を買って帰る最中、偶然六波羅朋子さんにお会いした。
以前、このコラムに書いたので覚えておられる方も多いと思うが
あの第8作「恋歌」のマドンナ池内淳子さん演じる六波羅貴子さんの
モデルになった当時の喫茶店ロークのママさんだった方。

数年前にNPOの小山さんの紹介で知り合い、
昨年も私の展覧会にも何度も来てくださったり、
その後もいろいろな場所でみんなでお会いして親睦を深めさせていただいている。


      


で、六波羅さん曰く、ちょうど昨日は小学校の同窓会だったそうだ。
彼女はこの柴又で育ち、柴又小学校へ通っていたのだ。

同窓会は数年に一度必ずやっているそうだが、場所はなんとあの「川甚」!

やはり「柴又小学校」の同窓会は「川甚」なんだなあとしみじみ思った。

もう賢明な方々はおわかりだと思うが、第28作「紙風船」の序盤で、
寅はよせばいいのに柴又小学校の同窓会に出席する。
その同窓会会場が「川甚」なのだ。
川甚といえば第1作でさくらが結婚披露宴をおこなった場所でもある。

あの同窓会の顛末はとても悲しいイメージが残っている。
なぜかというと、寅が結局小学校当時から今までずっとその学年の完全なつまはじきだったことが
露出してしまう結末なのだ。


唯一寅に「しらみ」とあだ名されて可哀想ないじめ方をされていた気弱な安男だけは
意外にも寅に最後まで付き添って酔っ払った寅を介護しながら
深夜にとらやまで連れてかえって来てくれた。
しかし結局は寅の心ない発言がきっかけになって
心優しい安男にさえ最後は「おまえみたいなやくざな男」と言われてしまうのだった。
身から出た錆とは言え寅にはなんとも辛くシビアな夜だったのだ。


ここでみなさんにどうしても白黒はっきり主張しておきたいことがある。


それはあの時同窓会に出席していた前田武彦さんのことだ。

彼は12作「私の寅さん」で
柳文彦として登場する。あだ名は「でべそ
この第28作でも同窓会のメンバーの「
」と言う名前で登場する。
あだ名は「
かわうそ



それゆえ、この第28作の「かわうそ」は、
第12作「私の寅さん」に登場するあの柳文彦の「でべそ」と同じ人物のように一見思えるが
寅にまったく会いたがっていないし、寅がやって来たら帰るとまで言って毛嫌いしているので、別人なのだ。
なぜなら第12作の柳文彦なら寅のことが好きだし絶対に寅に会いたがるはずだからだ。


    



第28作も同じ柳だし、同じ前田武彦さんだが、人物は似て非なるものだと考えて良いだろう。

だいたい上にも書いたように柳文彦のあだ名が第12作では『デベソ』なのに対して、この第28作では
『かわうそ』になっている。山田監督は同じ前田武彦さんなのでついつい安直に柳にしてしまったのだが
実は別人なのだ。だからこそ「車寅次郎ー・・・、いたいた!」なんて何十年も会っていない設定になっているのだ。

実にややこしい…、
山田監督も「柳」ではなく、別の名前にしたら混乱しないのになんて思ってしまう。

こういうところが山田監督のどうも雑なところ。
第12作「私の寅さん」のあの柳文彦を大事に思っている多くのファンの心を失望させてしまうことに
山田監督は鈍感になってしまっている。


このような中途半端な使い回しで大失敗したのが第37作「幸福の青い鳥」での大空小百合ちゃんだろう。
岡本茉利さんを大事に大事に思っている多くのファンの心を考えないで設定してしまったのだ。
あれはスターだった志保美悦子さんを使うことはもちろん問題ないので、
「大空小百合」と言う名前さえ使わなければファンの失望は起こらなかったこと。
あれはとても残念だった。


で、この「柳」だが・・・

絶対に第12作と第28作は別人(というか時空が違うという感じ)なので、
はっきり認識していただきたいと思う。

『かわうそ』とはご存知の方々も多いと思うが前田武彦さんの仲間内で呼ばれていた本来のあだ名である。
ちなみに、脚本では柳のあだ名は「ひょうたん」になっていた。

一方、大工の茂は、同じく第24作「春の夢」で登場する大工の棟梁の茂だと思われる。これは第24作でも
寅にいろいろいじめられていたので、こちらの方は同一人物だと考えていいと思う。
こういうちぐはぐがファンの心を戸惑わせてしまう。困ったものだ┐('〜`;)┌


なぜこうもくどくど書くかと言えば、私はあの第12作のお人好しでナイーブなあの柳文彦が実に好きなのだ。
幼少期にさくらに惚れていて、妹さん思いでいつもりつ子さんを心配して様子を見に来ていた。
そして一見癖のある寅の本当の良さもちゃんとわかっていた。
寅と一緒にりつ子さんのアトリエで「柱のキズ〜〜はキリギリス〜〜」と陽気に思い出の替え歌を歌う
あの柳文彦が愛おしい。

それゆえ、あの柳文彦と寅の友情の物語を崩したくないのだ。




     



     





中川の土手を笑いながら歩いて行くあの柳文彦は断じて第28作の「かわうそ」ではないのである。


     





今日10月19日は柴又帝釈天のお会式でした。

家の前なので動画を撮って来ました。


柴又帝釈天お会式 http://youtu.be/S7w_YRsFb7c







終り






私に関する記事

   
朝日新聞 夕刊 2014年5月21日
   


    
 朝日新聞デジタル版でも紹介されています。デジタル版では
      このように写真も大きく拡大できます。↓

 




号外その2:2014年6月5日夕方発売
「夕刊フジ」の「人生二毛作」という全国版連載コラムに
私に関する記事が掲載されました。

夕刊フジのこの記事はデジタルでも読めます。↓
http://www.zakzak.co.jp/economy/ecn-news/news/20140606/ecn1406060830003-n1.htm



    



   




寅次郎音楽旅 寅さんの言葉




男はつらいよ 寅次郎音楽旅 【寅さんのことば】



友人の佐藤利明さんがプロデュースした作品。
もちろん彼が大きな骨格であるコンセプトを決め、曲や言葉をセレクトし、
そして全体を俯瞰的に監修された寅さん最新作CDだ。

寅次郎音楽旅の4作目。

いや、もう、4月からこのかたずっと4つの連続展覧会で多忙が続き、
ちょっとした合間の休日も仲間との「ロケ地めぐり」が続き、
そしてその事後処理とサイトへの記事アップが続き、


ようやくそれが一段落した今、
1ヶ月半間寝かせて熟成させておいた、この
男はつらいよ 寅次郎音楽旅 【寅さんのことば」を聴いている。

相変わらず使われているスチール写真は貴重で美しいものばかり。
佐藤さんの手にかけたものは、とにかく本の時もCDの時も常にスチールは絶品。
もうね、音楽聴く前に、このスチールだけでわかるでしょ、内容の充実が。



     



昔からまあ、寅さん名言集なるCDはいくつかは出ている。
しかし、佐藤さんはその名言とそれに関係した音楽を組み合わせた。
ここまで徹底した融合と数は日本初の試み。
こうしてセリフと音楽を混ぜて聴いていると不思議な臨場感に包まれていく。
なんだかこういうのは初めての体験。
これこそ映画の音楽(劇伴)の醍醐味なんだろう。

今回CDは2枚組み。
寅の「言葉」が本編から直接90箇所選ばれている。
そしてそれに関連させた音楽がオリジナル音源から108曲。
合計198トラックをCD2枚にちりばめている。200近い収録って、ものすごい数だ^^;


     


もとより、佐藤さんは佐藤さんの眼があり耳がある。
6歳からこの映画に親しみ、感覚を熟成させてきた言葉のセレクションがある。

たとえば第8作「恋歌」OPで、雨の日に旅の坂東鶴八郎一座を励ます寅の言葉、

まあ、こんなことはいつまで続くもんじゃねえよ。
今夜中にこの雨もカラッと上がって明日はきっと気持ちのいい日本晴れだ。
お互いにくよくよしねえでがんばりましょう


あのあと、大空小百合ちゃんとのやり取りの中で流れる曲ががいいんだな〜。名曲ですね。
もちろんその曲も収録されている。


    



そして同じく坂東鶴八郎一座とのささやかな再会と別れを描いたあの
第18作「純情詩集」で、別所温泉での早朝の別れのせつなの言葉。

おーい、
しっかりやれよお!
またいつか、日本のどっかできっと会おうな!



このあたりの旅人どうしの一期一会の地味な味わいを入れるのが佐藤さんの眼。

そしてコアなファンたちが待ちに待っていた
第23作「翔んでる〜」の布施明さんが歌う「
とまり木」のセレクト 
これもこの歌の詞の持つ重要さをわかっている佐藤さんの優れた感覚。



そしてこのシリーズの中でも出色の寅のセリフ。
第27作「浪花の恋の〜」の中で、失意のどん底のふみさんや弟の恋人を慰めるあの言葉。
あの言葉によって私たちはどれほど慰められたかしれない。

そら、今は悲しいだろうけどさ、ね、
月日が経ちゃあ、どんどん忘れていくもんなんだよ.
忘れるってのは、ほんとうにいいことだなぁ…



     




第29作の丹後伊根の波打ち際での、失意のかがりさんへの言葉。
あの言葉は万人の男女の胸にしみる。

そりゃ、こっちが惚れてるぶん、向こうもこっちに
惚れてくれりゃあ、世の中に失恋なんてのは
なくなっちゃうからな

 

     




また、第38作「知床慕情」ラストの寅のハガキ

暑中御見舞い申し上げます・・

これを渥美さんは

「しょちゅう・・・おんみまいもうしあげます」と独特の言い回しで渋くナレーションでつぶやく。

この味わいのある渥美さんの「しょちゅう・・・」のセリフを佐藤さんはなにげに拾うのだ。

この独特の言い方である 「しょちゅう・・・おんみまいもうしあげます」は
私もいつか誰かに必ず言ってみたいと昔から思っている言葉だ。



第47作「拝啓車寅次郎様」で寅がとらやで満男に鉛筆を売るバイを見せてやるのだが
その鉛筆の話の中で、母親の話をとつとつとするあの「寅のアリア」なども選ばれている。
あのアリアは私が大好きな話。
あの話の中の母親とは、実はさくらのお母さんとの思い出なのだ。
産みの母親に恵まれなかった悲しく孤独な寅に、血のつながりの有無を超えて
寄り添い、分け隔て無く育てたさくらのお母さん。

少年期のデリケートな寅の心のひだを垣間見る美しいアリアだった。

そのような寅の心の琴線を繊細な佐藤さんは必ず拾い上げてくれる。

そして嬉しいことに、
音楽も今回もまた
20曲近い本編未発表バージョンを惜しげも無く収録された。
この世の中に初めて出る約20曲を聴くためにだけこのCDを買っていいのだ。

今回も含めて、今まで出された「男はつらいよ 寅次郎音楽旅」の音楽CD4つは
昔から数々の音楽のプロデュースを仕事にされてる佐藤利明さんの結晶とも言える。
この仕事は、世の中での影響力も含めて
彼のこれまでのあらゆる仕事の中心のひとつとなる大きな仕事とも言えると私は思っている。


そういえば、大きな仕事と言えば、もちろん震災の年に始まって、もう3年以上続いている
文化放送の「みんなの寅さん」も確かに影響力のあるもの凄く大きな仕事だが、
かつて6年ほど前にCS衛星劇場「私の寅さん」で、佐藤さんは、2年間の長きにわたって
「男はつらいよ」の数々のスタッフやキャストに本質的な内容のロングインタビューをしていったのだ。
彼のあの腰が入った強い踏み込みによる濃密な仕事こそが、誰もできない佐藤さんならではの
偉大な仕事だったと今でもしみじみ思う。
山田監督へのインタビューにしても、
数年前に行ったNHKの「100年インタビュー」なんかよりCS衛星劇場での佐藤さんと山田監督の
やり取りのほうが山田監督がそれまで言わなかった隠された本質的な会話が多く、
その美しいキャッチボールを見ながら心が心底震えた記憶がある。
あの衛星劇場での数々のインタビューの仕事こそが歴史の長い淘汰にこれからも耐えていくだろう。

私もかつて自分のサイトでこのことは紹介した↓
http://www.yoshikawatakaaki.com/lang-jap/torajironahibi24.html#391


そして上にも書いたように
もうひとつの男はつらいよに関する濃密な仕事。
それがこの「男はつらいよ 寅次郎音楽旅」シリーズ 4つ(CDにして9枚)というわけだ。


深くこの男はつらいよシリーズを知りすぎたゆえの、愛しすぎたゆえの一人相撲に見える孤高、孤独。
そしてその積み上げたプライドを無理やり自ら打ち破り、格闘し、
彼が長い歳月をかけてこの映画から培った愛情のエキスを
この乾燥しきった世知辛く複雑な世の中にあえてわかりやすく優しく、
しかし深く深く本質をこそ何が何でも伝えようとする不断の錬金術的努力。
その結実が、あの歴史を作った衛星劇場の濃密な掘り下げインタビューであり、
みんなのための文化放送の番組であり、誰でも気軽に読める東京新聞の寅さん記事であり、
そして、明快なコンセプトのもと、膨大な音源を収録し続けているこの寅次郎音楽旅シリーズだ。
まったくこの映画が好きじゃないと到底できない凄まじいバイタリティと言えるだろう。

いったいどこまで行く気なんだろう。
ちょっと忙しすぎるのでお体を大切にしてほしい。
それにしても、数々の行動が早すぎて追いつけないよ まったく ふ〜〜〜 ┐('〜`;)┌















寅さんのことば


友人の映画評論家である佐藤利明さんが
昨年6月から10月にかけて、東京新聞、中日新聞、北陸中日新聞夕刊に連載した
寅さんのことば 風の吹くまま 気の向くまま」をバリに行く直前に手に入れた。
東京地区では東京新聞、中京地区では中日新聞と、
二つの版元から同一の書籍を刊行している。

佐藤さんの寅さん歴は長く、
6歳の時、ご家族と銀座の映画館で第一作『男はつらいよ』を観られたことがきっかけ。
だから彼の場合、寅さん歴がただ長いだけでなく、
柔らかな少年時代の「三つ子の魂」が入っている。

すでにたくさん巷にあふれている寅さん本とどこが違うかと言えば
「愛情」と「懐」の桁が違う。
深い内容を極力優しい言葉で実に的確に書いてあるのだ。
使われているスチールもかなり珠玉。このスチールだけで「懐」がわかる。
別に友人だからってあえて無理やり宣伝しているわけではない。

はっきり言って一般の新聞に書かれた内容なので、
特別マニアックなことや裏話をバンバン書いてある類の本ではないが
それぞれの作品や俳優さんのことを長く深く知り尽くしていないと言えない
「言葉」と「流れ」がそこにある。
ものごとを愛し、そしてきっちり骨の髄まで理解しつくすというのは
こういうことなんだなと思わせてくれる文章。

彼の音楽CDも、ラジオ番組も、この本も、1年や2年の付け焼刃じゃないところがいいのだ。
それゆえ、数々のCDはもちろんのこと、
この本も誰でもわかるように実にわかりやすく書いてあるにもかかわらず
かなりコアな寅さんファンがじっくり読んでも結構面白いのではないだろうか。

というか・・・

この本に他の寅本にない何かを感じない寅さんファンは偽者である。

この本は寅さんのマニアックな詳細情報や特ダネを見せびらかす本ではない。
実はなかなかおいしい情報やマニアックな内容もそれぞれ十分に入っているのだが
それよりも、もっと大きな流れを掴んでほしい。
一人のちっちゃな佐藤少年が、長い長い歳月をかけて
ある映画シリーズからはぐくまれた愛情と深い懐の軌跡を感じ取る本だと思う。



       










    




   夕張の炭住をゆく車寅次郎  「男はつらいよ 寅次郎幸福の黄色いハンカチ」より


   




第43作 「寅次郎の休日」 ダイジェスト版http://www.yoshikawatakaaki.com/lang-jap/43newpagedaijyesut.html



吉川孝昭展  2012年10月13日(土)ー28日(日) 寅さん記念館 休憩室


       






        
裏表紙

        




      
 2ページ目と3ページ目↓

       








         
2012年正月元旦  吉川孝昭 「雪降る帝釈天」 お礼の年賀状の中の1枚

        





なお、お年玉代わりに、
昨年秋に息子が完成させました
「君の知らない柴又を見せたいFour seasons(完全版)」をアップしましたので
できるだけ高い画質の【720p】以上でご覧ください。
ネット上では初公開です。

前回の作品(冬と春)に、
新たに新緑と初夏と盛夏と秋と晩秋を加え【四季折々】の知られざる柴又を表現しました。


それではご堪能ください↓




2011年宮嶋龍太郎 制作  できるだけ高い画質の【720p】以上でご覧ください。








          

                「 宮嶋龍太郎+2 展 」中綴じパンフレット12ページ  表紙




      満月と立山連峰
      






                            雨降る江戸川風景  吉川孝昭   2011年4月3日 水彩  14cm.×24cm.

    

                                


                 
                          帝釈天本堂に上る夕暮れの月(自宅バルコニーより撮影)

       




                          矢切の渡し 2011 冬  (2月10日)

      
       

                       

 

    

     雪の日の寅次郎   RYOTARO





pos

            『男はつらいよ 寅次郎風の盆恋歌』のポスターが完成しました! 2010年制作


          


Art Direction  : 吉川孝昭
Design  : 吉川孝昭
Illustration  : RYOTARO
Computer Graphics  : RYOTARO





                 『男はつらいよ 寅次郎花へんろ』 オリジナルポスター 2007年制作
 

          



Art Direction  : 吉川孝昭
Design  : 吉川孝昭
Illustration  : RYOTARO
Computer Graphics  : RYOTARO







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【 寅次郎な日々 】カテゴリー別バックナンバー【2005年11月〜2011年7月26日までの分】
寅次郎 さくら 名脇役たち タコ社長 満男 シリーズの流れ おいちゃん、おばちゃん 源ちゃん
とらや ロケ地探訪 山田洋次 各作品紹介 山田洋次以外の映画 メイキング映像
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         お気楽コラム  【 寅次郎な日々 】  たぶん…一週間に一度くらいアップかな…






2014年9月21日 寅次郎な日々575


BSジャパン 土曜は寅さん ! 

いよいよラスト
『男はつらいよ 寅次郎紅の花』



みなさんご存知のように、
ここ1年BSジャパンで「土曜は寅さん!」が放送されている。

全部1本ずつ毎週見せてくれたのは
一昔前は地上波のテレビ東京、ちょっと前はNHKBS、CS衛星劇場、

それゆえ、私のサイトもこの1年土曜日になると、他の曜日の2倍以上アクセス数がある。
「あ〜〜、みなさん観てるんだなあ・・・」とその上がっていくアクセス数を見ながら
DVDにはない、テレビ放送の力というものをつくづく感じていた。

今時、映画を観ようと思ったらレンタルで100円〜250円払えば観れる時代となった。
コピーしてPCに入れ込んでいる熱心なファンもいるだろう。

だから、わざわざテレビで寅さんを見なくたっていつだって見れるのである。

しかしなぜだろうか
ついついこのテレビ番組をあえて観てしまうのである。

まあ、なぜ観てしまうか、その理由をあえて考えると
現在只今この日本でまさに何万人の人々が同時にその作品を見て
同じシーンで笑い、しんみりし、勇気付けられている、という仲間意識からかもしれない。

これがまたさらに、実際に町の映画館で「男はつらいよ」を観るとさらに一体感が生まれる。
自分の周りで同じように笑い声が聞こえるのはとても幸福な気持ちになれる。
だから、私が大学に入った時に映画館で観た
第25作「ハイビスカスの花」以降リアルタイムで
「男はつらいよ」を常に映画館でのみ観てきたことは本当に幸運だったと思う。

当たり前だが、本来はこの作品は「映画館」で観るために制作されたものである。
それゆえ、自分で勝手な時にDVDなどで観るより、テレビ放送で観たほうが
他の人たちとの一体感を間接的にはあるがなんとなく感じられ、
みんなと感動を共にする映画館の状態にやや近いのかもしれない。
(ただしノーカットに限る)
私の家は50インチなので、さらに映画館に近いとも言えるだろう。

だから自分で個人的に気まぐれでPCなどで映画を観るよりは
テレビといえども日本中で一斉に観るわけだから、
ちょっとした一体感を感じれるのである。

その後、誰かとインターネットのSNSや
はたまた直接会ってその話をするかどうかはわからない。
それよりも今この瞬間に日本中で同じ映画を観ていることがちょっと気分がいいのである。

そしてそれも一応 今日で終わり。

48本はとてつもなく長いけど
こうやって観ていけばあっという間であったなあ・・・。


   



   







終り





    







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2014年8月27日 寅次郎な日々574



米倉斉加年さんを偲んで


家族の居場所 富永健吉 牛久沼の日々





今日は記念すべき映画版「男はつらいよ」が封切りされた日なのだが
その前日である昨夜、8月26日、
名優米倉斉加年さんが滞在していた福岡市内のホテルで
具合が悪くなり、午後9時半すぎに腹部大動脈りゅう破裂のため、
福岡市内の病院で亡くなられた。

満年齢で80歳。



合掌




山田監督のコメント↓


「この春、米倉さんに出演してもらった映画『小さいおうち』のパーティーでお会いしたときは
とても元気で、この次は喜劇の舞台をやろうねと、その話で盛り上がり、
実際、僕はその気になっていたので、あまりの突然で言葉もありません。
心から師の宇野重吉さんを尊敬した人でした。
ぼくは彼がうっとりした表情で宇野さんの話をする姿が好きだったし、
その姿がいつのまにか宇野さんに似てきたような気がしたものです。
柔軟な感性と表現力、その奥に硬質な思想がでんと座っている、
すばらしい役者がこの国から一人消えたという思いです」






米倉さんの人生の最後に当たっての決意文がある― ↓


芝居のはじまりファースト・ステージは、
師宇野重吉について全国の旅公演からでした。

そして、いま、ラスト・ステージ人生の最終章を、
仲間と共に私は、全国の旅回りで・・・・生きたいと思っています―――

舞台の完成は観客の目によって仕上がります。
いい芝居はいい観客が創り上げる。
私は本当の観客を求めて旅に出る・・・・

いい芝居とは、観る人、創る人の生きる喜び、
哀しみ、怒り、楽しみが―――

それぞれの人生がそれぞれの心の中に燃える―――

これが現実で生きる力となる。

そんな舞台をもって旅に出る―――

みなさんとお目にかかれる日を心より願っております。









米倉さんのことを今思い出している・・


そう・・・やはり

米倉さんは、このシリーズではなんといってもまずは第10作「夢枕」だろう。

第10作「夢枕」、東大で理論物理学(素粒子論)を研究する岡倉金之助助教授役を
思い出す方が多いはずだ。

高名な数学者である小倉金之助さんをもじって山田監督が名前をつけた
この岡倉金之助助教授も後には優れた研究をすることが約束された天才だ。
こういう「偏った変人型天才」を演じると米倉さんは凄みが半端なく出るから面白い。


    




とらやの二階でクラシックを聴く、岡倉さんのなんともいえないこの目この表情^^;↓

    


後半での寅との二階での「顔」の言い争いも名シーンだ。



またOPの夢でもちょくちょくちょい役で友情出演されている。

第15作「相合い傘」の海賊タイガーの手下。

   



第16作「葛飾立志編」の荒野の酔いどれガンマン&轟巡査

   




第16作本編での轟巡査は、ちょい役とは言え、


    OPで順子ちゃんと絡んだり、

   

  

   とらやにやって来たり

   



   さくらと絡んだり、礼子さんと絡んだり、

   



   なぜか公務をほっぽらかして昼間っから野球の審判をしたり、

   



勉強する寅を応援したり、
そして旅立つ寅を寅を駅まで見送ったりと大活躍だった。
実は、私はこの一途な轟巡査が大好きなのだ。




   第20作「寅次郎頑張れ」でも第16作同様またもや轟巡査で再登場!
   猛スピードでとらやに突入!

    



   しかし、基本は心優しい朴訥な人柄

   




第26作「かもめ歌」ではなぜか名前も変わって青山巡査┐('〜`;)┌

そしてとらを誘拐犯人と思い違いし、怒った寅と大立ち回り。

   




そしてあの当たり役


第34作「真実一路」 シリアスな役柄の富永健吉課長

そして寅の密かな心の裏側の恋敵役としての意味もある。




上野の居酒屋でふとしたきっかけで親交が始まった寅と富永健吉。

      



しかし、後にそれが静かなる「恋敵」になってしまうなんてことは
寅には予見できるはずもなかった・・・。
寅が珍しく自分の心と向き合う作品とも言える。

    




ハードな仕事に明け暮れ、家族との時間も何もなく
精神を病んでしまった富永健吉が、牛久沼の自然の中で蘇生していく様子が
ラストで描かれるが、あの牛久沼の釣り場は私にとって「聖地」だ。

    




2012年12月富永健吉さん家族の居場所 牛久沼 ピンポイント  世界初登頂

    





美しい大原麗子さん演ずる富永ふじ子さんは
自転車で水筒などを届けるため夫と子供の釣り場へ急ぐのだ。

   




ふじ子さんの自転車を真似て エア自転車^^;↓ 2012年12月 世界初登頂

   




がふじ子さんが自転車で走った農道。ピンクが釣り場&3人での写真場

   


そして今まさに魚が釣れ大はしゃぎの父子とともにふじ子さんもまた、
ゆったりとした日々を3人で暮らすことの幸せをかみ締めていくのだった。

家族がみんなでささやかな喜びを分かち合う瞬間以上に、この世の中での至福はない。
第32作「口笛を吹く〜」のラストの洗濯物同様、この第34作ラストの牛久沼の釣り風景も
この長い映画シリーズの隠されたクライマックスなのである。


       


この先ずっと、富永健吉は故郷薩摩の水辺にも似たこの牛久沼を愛し、
この地でゆったりと生きていくのだろう。
そんな富永健吉役がこのナイーブな米倉さんの当たり役だった気がする。

あの家族団らんの釣りのシーンを思い出しながら
旅人(たびにん)である私は、2012年の晩秋に、紆余曲折の末、ついに
私の絵のパトロンさんの生芝さんと世界初登頂したのである。


当時の日記↓
http://www.yoshikawatakaaki.com/lang-jap/torajironahibi29.htm#537


2012年12月25日  寅次郎な日々 その537


ついに発見!第34作「寅次郎真実一路」
牛久沼、富永ご家族の幸福の釣り場。

つくばでの集まりと執念の牛久沼探索






     生芝さんが米倉さんの役をして竿を持つポーズをしてくれている。

     









   本当にやっとやってきた幸せの日々。

   




   ここからようやく富永さん家族の第一歩が始まっていく。

   


これらの心を開放したおおらかな演技は米倉さんの真骨頂とも言えよう。
これぞ米倉斉加年の当たり役。



あの幻想的な牛久沼の湖畔に立っていた大原麗子さんも米倉斉加年さんも、
今はもういない。

でも、私の心の中では今もなお
米倉さんは富永健吉さんのままで
あの休日の牛久沼でのんびり釣りをしているような気がする。
そして大原さんもふじ子さんになって今もまたあの農道を、水筒を持って
自転車で走ってくる気がしている。

またいつか晴れた晩秋にあの地を訪れ、お二人を偲ぼうかな。

   




米倉斉加年さん、数々の思い出と感動をありがとうございました。


合掌




終り






私に関する記事

   
朝日新聞 夕刊 2014年5月21日
   


    
 朝日新聞デジタル版でも紹介されています。デジタル版では
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号外その2:2014年6月5日夕方発売
「夕刊フジ」の「人生二毛作」という全国版連載コラムに
私に関する記事が掲載されました。

夕刊フジのこの記事はデジタルでも読めます。↓
http://www.zakzak.co.jp/economy/ecn-news/news/20140606/ecn1406060830003-n1.htm



    










    




   夕張の炭住をゆく車寅次郎  「男はつらいよ 寅次郎幸福の黄色いハンカチ」より


   






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         お気楽コラム  【 寅次郎な日々 】  たぶん…一週間に一度くらいアップかな…






2014年8月10日 寅次郎な日々573


第8作「恋歌」 六波羅貴子さんの『ローク』を訪問しました。




ようやく、3年半宿題にしていた念願の『ローク』に入って鰻重を食べた。
喫茶店ロークにはもちろん鰻重はあるはずもなく、
もう30年以上前からロークは閉じられ、ビルはその後ロークのママさんの六波羅朋子さんの弟さんが
「宮川」といううなぎ屋さんを経営されているのだ。


残念ながら喫茶店ロークはこのシリーズの第31作を最後に
本編から姿を消した。つまりそのころにお店を閉じられたのである。

その後六波羅朋子さんは同じ場所に「志の木」という和物の店を開店させ、
長く続けておられた。
その店もシリーズの最後の方には参道の私のマンションの1階の店に移転され、
そのあとに朋子さんの弟さんが「宮川」といううなぎ専門店を出されたのだ。

だから私は『ローク』がかつてあった場所に行ったと言えば正確なのかもしれない。


私一人では入る勇気がないので、葛飾の仲間たち3人に付き合ってもらった。
第8作「寅次郎恋歌」のマドンナは六波羅貴子さん。
その貴子さんのモデルになったのが当時本当にあの場所で喫茶店ロークを
経営して数年経ったばかりの若き
六波羅朋子さんだったわけだ。

当初「六波羅」という珍しい名前をなぜマドンナに使用したのか不思議だったが
本当にあの喫茶店のママさんが「六波羅」さんだったわけだ。


いつもお世話になっているNPO『地域の会』の小山さんを通して、
初めて六波羅朋子さんにお会いし食事を共にしたのが昨年の10月だった。

実は六波羅さんの経営する「ローク」は、第1作が始まった翌年の
1970年の第5作「望郷編」の頃にはすでに開店していた。
「望郷編」の本編ラスト付近にもすでに店が映っているのである。
そして月日は流れ、1983年の第31作「旅と女と寅次郎」のころにはもう店を閉じていたらしいので、
だいたい12年〜13年間ほど喫茶店を営業した事になる。



   

      





その後11月の寅さん記念館における絵画展にも2度も来ていただき、
さらにいろいろなそのころの柴又のお話も伺えた。


       




ちょうど、寅さん大好き少年であり、私の親友でもある吉野秀尋(ほつね)君も来てくれてみんなでお話をした。


       
 



で、話は戻って・・・


そのようにマドンナ貴子さんのモデルになった元ロークのママさんの
六波羅朋子さんと懇親になったこともあり、
かつてロークがあった場所のお店に入ってみようということになった。



そもそも、ロークがあったあの場所は、帝釈天の側面を通る土手に行く道を挟んで真向かいなので
映画で使われる前から映りっぱなしだったのだ。



第1作の「予告編」(1969年6月撮影)で本編では見られない映像が映る。↓
さくらの結婚式の日、仲人のタコ社長を探す寅と登の姿を見る事が出来る。
このシーンは「脚本」にはしっかり書いてあるので、最後の編集で尺の問題でカットされたようだ。
赤い丸で囲んだ部分に「ローク」がこの1年後にできる。



       





これは、第2作「続男はつらいよ」(1969年10月撮影)での本編映像。
第1作の長屋風の店は取り壊され、新しい建物が建築中である。
この建物が「ローク」



          





この第4作「新男はつらいよ」の本編(1970年1月撮影)ではもう建物は完成しているが、まだロークはない。


   





そして第5作「望郷編」(1970年7月撮影)で初めてロークがすでに開店している事がわかる。


       




そして第8作「恋歌」(1971年10月撮影)では赤いテントのひさしに換え、
池内淳子さん演じる六波羅貴子さんを向かえるのだ。↓
このシーンは外から店内のカウンターなどがしっかり見える貴重な資料。

 



店内は全て大船のセット。しかしかなり当時のロークの店内を
正確に再現してあるそうだ。カーテンも窓もカウンターもそっくりだ。


 


当時28歳だった可憐な六波羅朋子さん。実にお若い!!
後にここでうなぎ屋を営む弟さんと池内淳子さんとの記念撮影の写真が現在のうなぎ屋さんの
店内にも飾ってある。


   




そして、月日は流れ・・・

いろいろな寅さんシリーズ本編で、「ローク」はいつも健在だったが、

1983年の第31作「旅と女と寅次郎」のころにはもう店を閉じていたらしい。
この映像は第31作でのローク。
赤いロークのテントは見えるが、実際はちょうどこの頃すでに閉店していたようだ。




   




そしてさらに月日は流れ、
この第36作「柴又より愛をこめて」では、六波羅朋子さんは以前から思っていた『志野木』という
和物の店に換えられて開店していたのだ。



      




そしてシリーズの晩期の20年ほど前からは上にも書いたように今の水色のビルに変わり
うなぎの店が映像に現れるのである。
この時代からすでに弟さんが「宮川」といううなぎ屋(赤丸で囲んだ部分)を経営している。↓
この映像は第46作「寅次郎の縁談」。



ちょうど電柱は昔の位置なのでビルの右側が昔ロークがあった位置だと思われる。


この作品でも映るが「志野木」はこのうなぎ屋さんのビル2階で営業していたようである。



    





そしてさらに月日は流れ、
「志野木」は参道の私のマンション1階で長く店を開いた後、10年ほど前にお店を閉じられた。

2014年現在の「宮川」はこうなっている↓



    





宮川の道を挟んで向かいに寄付で作られた帝釈天の石の柵があるが、
その中にわずかに六波羅朋子さんの名残を残している。


       






で、「宮川」の中はこんな感じ。ロークの時と違ってビル全体を一つの店として幅広く使っている。


       




店にはこのようなパネルが飾ってある。
おそらくローク時代からのパネルだと思われる。


   




ロークが閉じられる30年ちょっと前、まだ私は学生だった。
未熟な若者ゆえ、寅道をまい進するようなことはなかった。
それゆえ、柴又参道に遊びに行く事はあってもロークには立ち寄らなかったのだ。



    
 








ああ・・・ロークの営業中に行きたかったあ〜。
私は30年以上遅れてしまったというわけである。



   



 
終り






私に関する記事

   


    
 朝日新聞デジタル版でも紹介されています。デジタル版では
      このように写真も大きく拡大できます。↓

 




号外その2:2014年6月5日夕方発売
「夕刊フジ」の「人生二毛作」という全国版連載コラムに
私に関する記事が掲載されました。

夕刊フジのこの記事はデジタルでも読めます。↓
http://www.zakzak.co.jp/economy/ecn-news/news/20140606/ecn1406060830003-n1.htm



    






    




   夕張の炭住をゆく車寅次郎  「男はつらいよ 寅次郎幸福の黄色いハンカチ」より


   





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         お気楽コラム  【 寅次郎な日々 】  たぶん…一週間に一度くらいアップかな…






2014年7月29日 寅次郎な日々572


第32作 因島 一福屋食堂訪問記


6月に紹介した第32作「口笛を吹く寅次郎」のラストシーン。
因島ロケを覚えていらっしゃるだろうか。
風にたなびく洗濯物風景の現場を訪れ、再現したのだった。






  1984年 正月 因島大橋が見える工事現場の飯場で風にたなびく家族3人の洗濯物

       




動画
http://youtu.be/XCG6rqgj65k

youtubeの画質は「高画質モードHD」で。






そして因島には、寅がおでんを食べていたあの「一福屋食堂」があるのだ。

ということで、映画にも出てきた一福屋食堂の女将さんである酒井福枝さんに会い行った。



    



    



    



食堂は今年4月に、寅友でありロケ地めぐりの天才でもある寅増さんが
この一福食堂に行った時にはもう閉じておられて
「店をやめられていたようだ」ということを聞いてましたので
会えないかなって思ってはいたが、私たち小手寅、ちびとら、龍太郎、私の
洗濯物再現メンバー4人衆は一応それでも映画のアングルを確かめるためにも
一福屋食堂に寄ってみた。

一福食堂と洗濯物干し場との距離は車でたった数分。

店は寅増さんの言うように閉じていたが、表のガラス引き戸は奇跡的に開いていた。
女将さんは、ちょうど元店の中で「夏みかんジャム」を作る作業をしてらっしゃったので
運よくお話を聞くことができたのだ。




     





詳細はすべて動画でご覧ください。


動画


http://youtu.be/ns3g_njzmuc


http://youtu.be/MouyDgUaHVY


http://youtu.be/eRtqPi8C_pM







あの当時

渥美さんはここに座ってなにを考えていたのだろうか・・・

なんてしみじみしてしまった。


座ろうかな・・・

って思ったが、

なんとなくまだ渥美さんが
いるような気がしてちょっと気後れした。




    



    






動画
http://youtu.be/zDaZsGtVSkA





  






小手寅さんは一福屋食堂の前の電話ボックスあとを発見!!

電話ボックス跡は小手寅さんが鳥取駅でも発見。


     



     






一福屋食堂の例の看板は、
今はもうない・・・



     




     



そのかわり小さな看板がちょろっと取り付けられていた。
しかし店をやめてしまった今はその小さな看板も用無しだ(T_T)


    




店から出た前の道はもちろん桟橋も何もかもなくなってしまった。
道向こうには白砂が敷かれ、夏は美しい海水浴場になっている。

向こうに小さく見える島の形は今も同じ...( = =) トオイメ


    





    





今も向こうの島の山々は同じ。
渥美さんの芝居を龍太郎に演技指導するベテランのロケ師ちびとらさん


    





    




   





   



寅とレオナルド熊さんはこの天文学的確率の再会を喜ぶのだ。

今は海はもう少し沖になり
上にも書いたように、海水浴ができるように砂浜になっている。





    




    




    





店から見える風景の中には
振袖着物の女性は出て来ないが、

背後に丸正青果の倉庫が映る
レオナルド熊さんたちと寅がしゃべってるシーンでは
遠くに振袖の女性が映っている。

こうして、寅とレオナルド熊さんはこの天文学的確率の再会を喜ぶのだ。

今は海はもう少し沖になり
このあたりは海水浴ができるように砂浜になっています。


そして桟橋を渡る時にあき竹城さんは

「あれ〜〜!!! 」と叫ぶのだ^^;



動画 フェリー乗り場250度撮影
http://youtu.be/ETV1RVVoK44






3人が歩いて行ったあの桟橋もすべてなにもなかったようになっている。

今はこのように白い砂浜に変わり
夏には海水浴客で賑わうらしい。



    





さて、息子に記念写真(集合写真)をお願いして
一福屋食堂の酒井福枝さんのお宅をおいとました。

酒井さん、ありがとうございました。


  








終り





 朝日新聞夕刊に連載中のコラム「これでいいのだ!」に掲載された私に関する記事

   


     朝日新聞デジタル版でも紹介されています。デジタル版では
      このように写真も大きく拡大できます。↓


 




号外その2:2014年6月5日夕方発売
「夕刊フジ」の「人生二毛作」という全国版連載コラムに
私に関する記事が掲載されました。

夕刊フジのこの記事はデジタルでも読めます。↓
http://www.zakzak.co.jp/economy/ecn-news/news/20140606/ecn1406060830003-n1.htm



    







    




2011年宮嶋龍太郎 制作  できるだけ高い画質の【720p】以上でご覧ください。











「寅次郎な日々」全バックナンバーはこちらから          


【 寅次郎な日々 】カテゴリー別バックナンバー【2005年11月〜2011年7月26日までの分】
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571


         お気楽コラム  【 寅次郎な日々 】  たぶん…一週間に一度くらいアップかな…






2014年7月5日 寅次郎な日々571


第44作「寅次郎の告白」
山陰本線ロケ地めぐり車窓も含めて完全制覇

後編  河原町と山陰本線車窓





さて

満男と泉ちゃんは寅の昔のマドンナが経営している
鳥取南部にある河原町の「新茶屋」に滞在する。

昼ご飯を食べてすぐの寅と泉ちゃんのシーンは
実際に新茶屋の二階からロケ撮影しているのだ。


新茶屋は今はもう廃業してしまって
二階には上がれませんが1階の真下から撮影しても
さほどかわらないのでその写真を紹介しよう。

まあ、一応・・・


世界初登頂
でしょう この土手が入ったアングルは。



      





     








     





     




小雨振る中小手寅さんは車を降りた聖子さんの役をしてくださいました(*^.^*)

動画http://youtu.be/Ue3kA1RFAIU


幸せに暮らしているはずの聖子さんは
実はご主人を鉄砲水で失っていた。

急遽お墓参りをすることになった寅は
眺めのよい高台のお墓に案内される。


このお墓は撮影時とちょっと地面の位置が変わってしまっている。
ひょっとして大きな改築工事が行われた可能性が高い。

高羽アングルを撮影できる場所が現在は空中かもしれない。

それゆえちょっと数十センチ高い場所から撮影した。


背景の山々や川 近場のお墓との関係からこの位置あたりだと
いうことはわかりますね。

墓石もかなり変わっていますので
一度土砂崩れか何かがあった可能性もある。


        




        



       おそらくこのお墓の位置あたりが聖子さんの家のお墓があった場所。

       




お墓から下りたらもうこの道。

だからこの道は理屈として整合性があるのだ。



カメラは川を正面からゆっくり捉えて行く。

結局この時聖子さんが提案した翌朝のマツタケ狩りは
満男の不始末によりできなかった(T_T)


      





       墓への道がこのアングルからしっかり見える。

      





      




       しきりに翌朝のきのこ狩りを誘う聖子さん。

    



    



で・・・、その夜はバカな満男が池に落ちてしまう。(ノ_-;)ハア…




翌早朝

ここは前をしっかり一度は通っていたけどなかなか気付かなかった場所。

小手寅さん&ちびとらさんの達人コンビが世界初登頂を確定させるのでした。


早朝  ほんの一瞬の風景


     



     



     





そしてここ

夢にまで見た鮎おじいさんの現場。




鮎料理の「ことぶき」さんへのインタビューに成功し
ここの位置だということが判明!!



世界初登頂!!




発見の瞬間(ロングインタビュー)

動画
http://youtu.be/mfqQKNfGza8




動画
http://youtu.be/XPY5MV1Gp2Y

http://youtu.be/_BWMO9J87zM







     




      
再現を協力してくださった小手寅さん↓

     




     








聖子さんに言われ
念のために病院に行った二人。


ここ「森下医院」は小手寅さんが世界初で見つけられた貴重な場所。



     




今はもう開業していないようだ。玄関の柱や全体の有り方は今も同じ。


     








自転車に乗って川原の方に行く二人。



この時はかなり雨が降ってきていたので
すばやく動画を撮ってすぐに車に乗り込んだ。



     




                    
     




     




この日

雨がこの時間はまだやんでおらず
水かさが増えていたため
川の中の島には入れなかった。



     



    




     





     





 
川の中の島に入れないので、橋の上から撮った。

     








河原町  新茶屋の裏手


動画

http://youtu.be/Gw5hzya_Uo8




そして

なにかほとんど物語が濃ゆくならないまま、聖子さんと寅との別れがやってくる。
この作品もマドンナとの関係が実に淡白だ。


出会い橋横のバス停は松竹があつらえたものだった。

手前の花壇のようなものは今もなお残っている。



        





       





いよいよ

バスが来る直前。


寅の後ろの家々はちょっと変わって来いるが、わずかに面影もある。



     





      
もうずっと雨。小手寅さんは寅の位置^^;


     





     
このあたりの家々は面影がまだある 


     





     
後ろの家々は全く同じ。


     





寅と聖子さん、相変わらず逃げ腰の寅ゆえ

ちょっと淋しい別れだった。

出会い橋
を渡らずにまっすぐに川に沿ってバスは進んで行く。




「出会い橋」は工事中だった↓


      






      





      




動画
http://youtu.be/fu7CCXZA3cY





そしてその直後のシーン。



バスの車窓の画像だ。


寅はやや悲しい気持ちで聖子さんとの昨夜を思い出している表情・・・。

ある意味この短いバスの中の寅は大事なシーン。



川原町の北。鳥取市円通寺町

お墓があるエリアのちょっと北


これは、世界初登頂


      




      




      








動画
http://youtu.be/JkyMWWOAaGg




そしていよいよ寅との別れ。




寅は泉ちゃんを満男に託し
鳥取駅で大阪行きの【はまかぜ】を見送るのだった。



      




      




そして寅は泉ちゃんを満男に託し
鳥取駅1番ホームで大阪行きの【はまかぜを見送る。


みかんとグリコアーモンドチョコと午後の紅茶ミルクティをキヨスクで
買いこんで寅は発車前の大阪行き特急「はまかぜ」の泉ちゃんと満男のもとへ。

1番ホームのキヨスクの横にかつては緑色の公衆電話があった。

キヨスクのおばさんの証言も取った。^^

電話発見による
ピンポイントとしては
たぶん世界初登頂でしょう。



     





     





電話跡を見つけるのが物凄く得意な小手寅さん^^;

     





寅は泉ちゃんに
母親の淋しさをわかってあげてほしいと言う。



     



     
小手寅さん、寅の役ありがとうございます!

      






      





      
本編と同じ位置に汽車が停まっていまた。

      




やがて・・・汽車は鳥取駅を出て行った。


1番線の一番後ろは今も面影が残っている。



     







     






満男と泉ちゃんの山陰本線車窓風景の前に



この鳥取駅から徒歩7分にある
寅の啖呵バイ場所に行ってみよう。


若桜街道 若桜橋 南 近く


さて、ここで物語をちょっと前に戻して 鳥取駅近くのロケ地に歩いてみた。


     






      
薬の吉田一陽堂は今も健在。

     





     
雛人形の人形の澤田明誠堂ビルもまだ健在


     「
拝啓・・・彼岸も過ぎ・・・

     




     



動画
http://youtu.be/wrM6EqUCYRk





     
 しゃんしゃん踊りの若桜街道の大通り

     




      
今も同じビルも少しは残っている。

     




動画

http://youtu.be/E3bkV21gex4





動画
http://youtu.be/wrM6EqUCYRk





     








さて、また物語を進めよう。


満男と泉ちゃんと別れた寅は
鳥取駅の北側を歩く。

本編で出てきた
「幸鮨」はもう店じまいし、売りに出されていた。

そして角を曲がった寅は今日の宿を探す。




寅が泊まりたがった「旅館豊楽」は居酒屋になっていた。

その向こうの「桐の家旅館」は今もなお建物が残っている。




   




   




「空室あります」ってスタンド出てたのに「部屋いっぱいです」って。ヽ(´〜`; ォィ


   




    
変わってしまった物と変わらない物

    



小手寅さんが寅に扮して再現演技してくださいました。



動画

http://youtu.be/I3FG6vfsByg





      





さてここからいよいよ山陰本線の車窓風景。

まず泉ちゃんと満男の乗った
「はまかぜ」は

倉吉の北海岸 
泊漁港の東「小浜」付近を通過。


ここからは、すべて世界初登頂




   上は私が乗った車窓から写した映像。
   下は映画本編。

     




  上は私が乗った車窓から写した映像。
  下は映画本編。

  





   上は私が乗った車窓から写した映像。
   下は映画本編。


    



山陰本線「小浜通過」の再現動画

動画
http://youtu.be/DalgVszhB5E




そのあと、歩いてもみました。


動画
http://youtu.be/Dfv8cqj2tLo




さてそのあと

泉ちゃんはグリコアーモンドチョコレートを取り出し食べ始める。
あの形のグリコアーモンドチョコはもう製造中止

この時の車窓はかなりぼけているが

なんとさきほどの
小浜より西の泊漁港なのだ。


そして、この泊漁港は
二人が手を握り合ったあと
なんともう一度車窓に映る。

この美しくピントがあってます。





同じ場所を2度使っているので
当然ながら1秒か2秒ほど映像は重なっている。
ボケてはいるがこのように
明らかに泊漁港にある建物と同じものが出てくるのだ。



   




    




その直後
大きなビルが現われます。

泉ちゃんのチョコ食べのバック。
この本編のバック映像はボケボケではありますが
間違いなくこの泊港のビルです。



世界初登頂

    





下は車窓から僕の撮った映像↓


    











そして手を握り合った後の
ピントがあった
同じ泊漁港車窓


すべて世界初登頂

上は僕が車窓映像を
撮った時の静止画。

下は本編映像の時の静止画。


   



  




車窓風景泊駅近くの
泊漁港「前半」
再現動画


動画
http://youtu.be/UbT9HoogyCA



     





右の黄緑囲いが小浜

左の黄緑囲いが泊



そして・・・

この2つの泊漁港映像
(ボケボケとシャープ)の間に

寅友であり、ロケ地の鬼才であり、
私のサイトにリンクも貼ってある寅福さん
最後YOUTUBEで最終確認し
世界初登頂された宝木駅直前の河内川鉄橋で、
満男が泉ちゃんの手を握るあの川の映像が挟みこまれる。





いよいよ


宝木駅までもう数百メートル
河内川を渡る直前

このワイヤーが見えますね。

これも大きなポイント。



私が撮った映像↓


     




      
ボケてはいるが斜めのワイヤーが見える

     




     
そしてついに川にさししかかる。運命の河内川

    





私が撮った映像。

   





   
小手寅さんが橋の上で赤い風天号を停めて手を上げています。わかるかなあ・・・

    





今まさに河内川を渡るその瞬間
満男の手は黄色いハンカチを持つ泉ちゃんの手をすっと握るのだった。

   




   
このあたり↓

    





    







  
右に折れて行く細い地道は今も残っている。

  細い道が伸びて行っている。


    




  この本編の最後の画像の右端を
  クリックしてよく見ていただきたい。


  実は細い川に沿った塀の断面が見えている。


   
しかしその直後違うシーンに変わってしまうのだ。

   





 
本当はあの0、5秒後にこのような細い川が見えていたのだ。
    







それでは

満男と泉ちゃんの幸福の黄色いハンカチ。

山陰本線車窓  
宝木川駅手前 河内川 です。
 


寅福さんが汗と苦悩で発見され、
私と小手寅さんと息子が実地検分をした世界初登頂の場所。



動画


http://youtu.be/oIlKPLY4V2I





橋から風天号を降りて
手を上げていた小手寅さんが
スマホで動画を撮っていました。


動画中
オレンジの山陰本線の先頭車両後方部
の中に私と息子が乗っています。
そして私は寅福さんの想いをも車窓動画に
乗せて撮影していました。




動画
http://youtu.be/r918sxsHR2A





私の息子もひとつ隣のボックス席で同じ風景を撮影してくれました。


動画
http://youtu.be/WCAdJD4gLD4



動画
小手寅さんとの会話 宝木駅前


http://youtu.be/6whombrrLcU



動画
鉄橋付近を歩く。


http://youtu.be/LJEUEl5kCpI


http://youtu.be/Ct6OXq2l7tM


http://youtu.be/QbxfPdr3DzA



河内川鉄橋 まとめ解説映像

http://youtu.be/jtiMtGnQCAM





そしていよいよ最後の車窓風景



兵庫県豊岡市竹野切浜海岸の車窓風景。

この風景は昨年
2013年春にYOUTUBEを駆使し
泊漁港ととワンセットで世界初登頂した場所。



http://www.yoshikawatakaaki.com/lang-jap/torajironahibi.htm#550



この日は午前中からやや曇り気味ではあったが
なんとか雨は降らずにすんだ。
ガラス窓に水滴が付くことはなかったた(*´∇`*)



    この2枚は本編の山陰本線の車窓の最後の数秒↓

    




    






    これは私が撮影した同じ場所の映像↓

    





なお、私がこの竹野の切浜海岸ロケ地を発見したあと、
寅友でありロケ地めぐりの達人である
ちびとらさん父子が
昨年夏にこの海水浴場に降り立ちロケ地を確認されている。


    




それでは

兵庫県豊岡市竹野 切浜海岸の車窓風景 動画です。


動画

http://youtu.be/7QSeYw1nftg




    切浜海岸の真横、このように本編で映る宿屋「よどや」さん↓。


     





現在は車窓からは
木が繁って見えにくくなっていましたので、
徒歩で線路を歩いて木を避けながら撮影した。


     





一人でまず坂を登り 線路に上がった。

「線路を横断しないでください」と
書いてあったので
確かに横断は危ないからやっちゃいけないんだと心に決め
線路を縦断して行った。

途中山陰本線がカーブで遭遇した。
事前に音がしましたので、なんとか線路の横に非難できた。




     





動画
http://youtu.be/7CVffYylcr0







線路を縦断する
小手寅さんの
青春18きっぷの動画映像。


動画
http://youtu.be/A-5tbG1k-KA





そしてこの遥かなる山陰の旅を
締めくくる映像をどうぞ


小手寅さんの背中とともに
映画本編の再現BGMが蘇る。



動画
http://youtu.be/ksN9gdP4qfs







次回は、「第32作『口笛を吹く寅次郎』因島ロケ地めぐり をアップします。


このあと羽田からバンコクに行き、しばらく滞在し、その後バリに入ります。
今回は短い海外です。7月25日に日本に戻ってきます。







終り





 朝日新聞夕刊に連載中のコラム「これでいいのだ!」に掲載された私に関する記事
  
     朝日新聞デジタル版でも紹介されています。デジタル版では
      このように写真も大きく拡大できます。↓


 




号外その2:2014年6月5日夕方発売
「夕刊フジ」の「人生二毛作」という全国版連載コラムに
私に関する記事が掲載されました。

夕刊フジのこの記事はデジタルでも読めます。↓
http://www.zakzak.co.jp/economy/ecn-news/news/20140606/ecn1406060830003-n1.htm



    




なお、お年玉代わりに、
昨年秋に息子が完成させました
「君の知らない柴又を見せたいFour seasons(完全版)」をアップしましたので
できるだけ高い画質の【720p】以上でご覧ください。
ネット上では初公開です。

前回の作品(冬と春)に、
新たに新緑と初夏と盛夏と秋と晩秋を加え【四季折々】の知られざる柴又を表現しました。


それではご堪能ください↓




2011年宮嶋龍太郎 制作  できるだけ高い画質の【720p】以上でご覧ください。



pos

            『男はつらいよ 寅次郎風の盆恋歌』のポスターが完成しました! 2010年制作


          


Art Direction  : 吉川孝昭
Design  : 吉川孝昭
Illustration  : RYOTARO
Computer Graphics  : RYOTARO





                 『男はつらいよ 寅次郎花へんろ』 オリジナルポスター 2007年制作
 

          



Art Direction  : 吉川孝昭
Design  : 吉川孝昭
Illustration  : RYOTARO
Computer Graphics  : RYOTARO







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         お気楽コラム  【 寅次郎な日々 】  たぶん…一週間に一度くらいアップかな…






2014年6月14日 寅次郎な日々570


第44作「寅次郎の告白」
山陰本線ロケ地めぐり車窓も含めて完全制覇

前編  倉吉と鳥取砂丘





さて、いろいろ展覧会が重なり、
アップが遅れましたが、5月のGW直前に2日間に分けて
めぐった山陰の全てを2回に分けてレポートして行こう。



       1991年秋 泉ちゃんを想いながら鳥取砂丘の馬の背のてっぺんで海を見る満男

   



   
   2014年5月 同じ場所で再現を試みる私の息子(龍太郎)

     




今回の2日間の内
4月28日は、兵庫県竹野切浜海岸の山陰本線車窓、安部駅、聖子さんの川原町、鳥取駅周辺は
おなじみ私のサイトにも何度も登場しているロケ地めぐりの達人【小手寅さん】と私の二人。

4月30日は倉吉、日本海の泊、青谷、宝木、あたりの山陰線車窓、鳥取砂丘は小手寅さん、私、そして東京から
龍野へ展覧会に訪れた息子の龍太郎の三人。

2日間で450キロ走破。
ミラノレッドのホンダ風天号を飛ばしまくった(*´∇`*)

結局この滞在中山陰と因島全部あわせて風天号の走行距離は750キロメートルになった。



      






さて、まずはどこから紹介するかな・・・
本編の順番に行きましょうか。




最初は、第44作の物語通り 美しい白壁の町「倉吉」行きましょう。


ロケ地めぐりは4月30日

まずは、倉吉 打吹公園での悲しみの泉ちゃんです。

泉ちゃんが悲しみを抱えてるのは銀座の山野楽器への就職に失敗したからではない。
母親の心の変化が唐突で、無神経だからなのだ。
確かに泉ちゃんも言うように、かつて父親に捨てられてしまった母親は、
新しい男性と幸せになる権利はある。
しかし、ものには順番があり、手続きがある。
泉ちゃんが心底納得でき、母親を祝福できるまで母親は結婚を急ぐべきではないのだ。
第43作から第48作まで続く泉ママのあのような自己本位な無神経な言動は泉ちゃんを
傷つけ続けたのではないだろうか。


倉吉シーンの一番最初の俯瞰映像は
ふしみ屋の裏手、
美容院を経営されている林さんという方のビルの屋上から撮影したものと今回判明。

二つともまったく同じ位置から方向だけを変えて撮影しているのでとても分かりやすい。



     



     






私たちが行った日は林さんのお店はものすごく混んでいまして
靴を脱いでおじゃまして屋上に上がっての撮影を
お願いできる雰囲気はなかった。

地上からの写真はこういう感じ ↓


   





   




    
蔵沿いに歩いてふと振り返ると白いビルが見える。これが林さんのビル。

    





そして・・・



     俯瞰が終わって吹打公園内での泉ちゃんが映る。

      


     息子の龍太郎が泉ちゃんのいた場所辺りにたたずんでくれています。

    




      母親に恋人ができてしまった泉ちゃんはなんだか傷ついてしまい山陰への旅に出かけたのでした。

    




     
同じく息子が寂しい後姿を演出してくれています。

    



動画

http://youtu.be/e9_5NfOqA60



NG動画
http://youtu.be/a9ov1b0QD7M




泉ちゃんは葛飾高校時代の満男との思い出を回想していくのだった。
好きなんだね満男のことが・・・

     



     



     




     

 


        この場所は世界初登頂ですね^^

      






    







    そのあと泉ちゃんは鍛冶屋の「ひろせや」を見学する。

   



    ひろせやは現在大きな道が現在は横切っています。↓

   



    




向こうの家々も電柱は同じかもしれませんが
当時を思わせる家はないですね。
僕が取材した日はあの味わいのある看板は取り外されていました。

廃業したのか休業なのかは不明です。

このひろせやがここから移転していないことがわかる
貴重なアングル
(これも一応高羽アングル)↓


     


    




       ひろせやを通過した泉ちゃんが伏見屋さんの前にやってくるのです。


    




     



そして

ふと「ふしみ屋」という駄菓子屋で足をとめるのです。(実際は店ではなく普通の民家)

そこにはテレビ版寅さんのおばちゃんが住んでいたのでした


      



現在は「
赤煉瓦3号館」の建物になっている。

      







      




      





      




     




ふしみ屋でアンパンを食べている時に
洞察力の鋭いおばあさんに夕食を一緒に食べようと勧められ、
いきなり豆腐を買ってきてくれと頼まれます。

普通はありえない展開ですが
おばあちゃんの洞察力が鋭敏なので泉ちゃんの心が読めたと解釈しましょう。


      




今は、ふしみ屋はもう閉じています。
っていうよりあのふしみ屋はもともと普通の家を山田組のスタッフさんが
駄菓子屋さんにしたてたという話だ。
今はふしみ屋ロケがあった民家の引き戸に男はつらいよのロケ時のスナップ写真が貼ってある。

      







      







      




で、泉ちゃんは、このように豆腐を買いに行くのだが
実は、実際は、あのふしみ屋から徒歩で20分はかかる場所に豆腐屋さんはあるのだ。

      




      




  



        豆腐屋さんは今はそこだけ無くなっていました(T_T)

      




         豆腐屋さんは今はそこだけ無くなっていました(T_T)

       





         その横の家は今も同じ。

       





         三角のずいぶん狭い空間にあの店があったことがわかる。

       




       隣の家の軒先や向こうの電柱などはそのまま

      






      



「すいません、お豆腐ください」

「自分で取ってください」


「・・・はい」



       
    




じつはこれも本編と同じアングル(高羽アングル) 電柱付近を見てください。同じでしょ^^

    
       




豆腐屋への道 動画
http://youtu.be/2LZ8Aa-jrCI





  




そしてとぼとぼと、泉ちゃんは豆腐が入った鍋を持ちながら伏見屋に戻っていくのです。

このシーンの撮影は伏見屋から徒歩3分で、
かなり近い場所です。

つまりあのお地蔵さんと豆腐屋さんだけが遠いんですね。^^;


この川辺の小屋は今もあります。




     
     



     


この日は前日の雨の直後で川の水が多かったこともあり川の中に入り、
子供たちの再現はやめました。




そしてここで寅登場!


      
もの凄い偶然で^^;寅と泉ちゃんの再会

     



      
小手寅さんが寅の役をしてくださいます。

     





柿の木や

向こうに見える家の窓など
面影がまだある。


    




    柿の木は大きくなった。

    





驚いた泉ちゃんは
我を忘れて寅の元に走っていくのだった。

    




独りぼっちだった泉ちゃんは嬉しかったんだろうね(*´∇`*)

  



泉ちゃんの走りを再現してみた。


採用動画 テイク3

http://youtu.be/j5-BUb-9Tu8





不採用動画 テイク2

http://youtu.be/xdJZ4GL6_e4




この場所及び柿についての簡単な解説動画

http://youtu.be/QzjBHIq2wy4





おじいちゃんが現れてNG

動画 テイク4


http://youtu.be/t0Ru1NOL7u8




   




   




      
息子は欄干をうまく乗り越えて鍋を川に落としてくれた↓

     



映画撮影当時はこの小さな橋に欄干はなかったが
現在は安全の事を考えてこのようなかなり高い欄干がある。

それゆえ、再現時にはナベを真下に落とすというより
斜め横に放り投げるに近い動きが必要だ。

そしてこれだけは何度も撮影がしにくいので
ぶっつけ本番で1回で決めた。

息子の龍太郎がナベを欄干の外に投げながら
小手寅さんに抱擁する段取り↓

1回でOKがでました。

本当はもう少し引いて撮影されているのだが
せっかくのぶっつけの演技なのであえて
アップでお見せしようと思い近くで撮影した(*´∇`*)

やってみるとわかるが、抱擁する形のままナベを高い欄干越しに投げるのは
なかなか難しいのだがなんとか息子は上手に欄干の外に落としてくれた。


この日は前日が雨で水量が多く流れもあったので
ナベにタコ糸をつけて流されるのを防いだ。





再現動画↓

泉ちゃんと寅 涙の再会 抱擁シーン 。

そのあとのナベだけのシーンもあえてカットしないでそのまま撮影している。


涙の鍋落し再現動画成功!

http://youtu.be/YTs5U8s3fH0




このシーンでは豆腐(ゲキオチ君)が
ナベからはみ出して失われる可能性が
非常に高かったため豆腐は入れていない。

豆腐をナベに入れたのはナベだけが落ちるシーンから。

ナベが大きな音をたてて水面に落ちたため
鯉たちが寄ってきているのが見えるでしょ。

この衝撃で
ほんの少しですがわずかに小さくナベがへこんだ^^




なお、別のカットで鍋だけがポチャンと落ちる
短いカットもある。


この動画はその鍋だけのカットの撮影↓。


     本編

    



     再現

     




豆腐落とし 鍋だけのメイキング動画
http://youtu.be/m50mfdoqIAM



そのあと安心したのか泉ちゃんは寅の胸で泣きじゃくるのだった。




      





再現動画

http://youtu.be/gZVejdCmDes




予告編では 橋から落ちるときに豆腐は
こなごなになっていたが
本編ではカットを変えてなんとか豆腐は
鍋の中で助かっていた^^

子供たちが豆腐が入った鍋を持ち上げて助けてくれるのだ^^

なかなかいいシーンだった。



     




     





     




        地図上Aがふしみ屋 Bが鍋落としの橋

     





さて

話は進んで

翌朝の朝の風景  女子高生自転車通学

とにかく山田監督はどの作品でも
この手の朝の高校生通学を
100パーセント入れる┐('〜`;)┌


ふしみ屋のあの横の路地をずっと歩いて行って
つき抜けた四つ角から逆にカメラを伏見屋の方へ向けた時の撮影。
ふしみ屋から蔵沿いを歩いていくだけ。徒歩4分。


     






      




       






このエリアの全体説明動画

動画
http://youtu.be/elCZvQjO7xQ






で、早朝 ワゴン車が伏見屋さんにやってくるわけだ。

そんなに早く来て

満男が朝っぱらから砂丘にいるのかなあ・・・

倉吉から1時間半以内で砂丘に着いてしまうけどねえ・・・


      





    



そして

寅と泉ちゃんを乗せて砂丘へと出発して行く。



すばらしき杉山とく子おばあちゃん。
一人の娘さんの人生を救ってくれた人生の達人。

    




    




見送る杉山とく子おばあちゃん。

泉ちゃんにとっては
観音さまのようなおばあちゃんでした。



さらば倉吉。


僕らの旅も日本海へと移りましょう。



さて、泉ちゃんと寅を乗せたワゴン車は
遂に日本海沿岸に到達します。

まず、「魚見台」がロケ地になっています。



    

 

   



   





動画

http://youtu.be/oYdJRYmwOxE



BGMつき歩き動画

http://youtu.be/iySQUaCZPEg







そのあとのシーン。





丸い岬が見えてきます。


ここは、世界初登頂



    



    

  


    






動画
http://youtu.be/SSGSosmFwBQ







次に


鳥取砂丘に着く直前のシーン。

気高中学校の目の前。


ここも、世界初登頂


          




     





   





遂に泉ちゃんは鳥取砂丘に到着する。

小手寅さんはこの石碑は移動しているんじゃないかっていうが
移動していない可能性もあるのでは・・・と思っている。

石の積み方
小山との関係などが似ているからだ。

     




     





      茶色の建物は今もそんなに変わらない。

     




     





満男は鳥取砂丘の一番高い場所である「馬の背」のてっぺんで待っていたことが分かる。 


    




    





     1991年秋 泉ちゃんを想いながら鳥取砂丘の馬の背のてっぺんで海を見る満男

     



      2014年5月 同じ場所で再現を試みる私の息子(龍太郎)

     







      





  




      




   







   




   




   


こけ方がうまく行かなかったがかなり雨が降ってきたので
1回でやめた。
それゆえ、走りよるところまでの動画にしますね^^;


動画 
http://youtu.b
e/kmk_0HIrsvM









そして今回の大きな収穫

泉ちゃん、悲しみの絵ハガキ 回想シーン。

これは本編ではなくなんと【予告編】から映像を取り出して
徹底的にストリートビューや数々のサイトで調べ上げた結果
事前に見つかったのだ。


ここも世界初登頂



これね、ちょっと見たら普通に波打ち際に見えるのだが、

実はね、海から10メートル以上高い位置なのだ。

動画で説明↓



動画 

http://youtu.be/HxfsQd8W1TY






   





   




       砂丘の中にもストリートビューは徒歩で入っていた!

    




    




今回はこのあたりでお開きとしましょう (^_^)



次回6月下旬更新は、鳥取駅周辺と
満男と泉ちゃんが手を握り合う山陰本線車窓風景再現と
聖子さんの住む川原町、その後の安部駅などを紹介。





続く^^;
     




 朝日新聞夕刊に連載中のコラム「これでいいのだ!」に掲載された私に関する記事

   


    
 朝日新聞デジタル版でも紹介されています。デジタル版では
      このように写真も大きく拡大できます。↓


 



終わり





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            『男はつらいよ 寅次郎風の盆恋歌』のポスターが完成しました! 2010年制作


          


Art Direction  : 吉川孝昭
Design  : 吉川孝昭
Illustration  : RYOTARO
Computer Graphics  : RYOTARO





                 『男はつらいよ 寅次郎花へんろ』 オリジナルポスター 2007年制作
 

          



Art Direction  : 吉川孝昭
Design  : 吉川孝昭
Illustration  : RYOTARO
Computer Graphics  : RYOTARO







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【 寅次郎な日々 】カテゴリー別バックナンバー【2005年11月〜2013年6月18日までの分】
寅次郎 さくら 名脇役たち タコ社長 満男 シリーズの流れ おいちゃん、おばちゃん 源ちゃん
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