バリ日記バックナンバー

                                                          
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                                                           05年4月〜06年12月
                                                           04年5月〜05年3月
                                                           03年4月〜04年5月
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                                                                 その他の吉川孝昭の作品(U) 
                                                                 略歴 リンク Miyajima Noriko 作品
                                                                 4コママンガ 男はつらいよ覚え書ノート
                                                                  おわら風の盆スケッチ

04年10月16日サーバーが変わりました。
新URLは
http://www.yoshikawatakaaki.com/です。


かな?




虹の向こうは

虹の向こうは晴れなのかしら あなたの街のあのあたり



    仕事でバリ島に行ってきた。

    バリ島はちょうどサカ暦の「お盆」だった。
    バリのお盆は『ガルンガン』と言う。

    私の同い年の親友の彫刻家でもあるアグン・ライが亡くなってからもう15年も経ってしまった。
    彼は毎回お盆の時に戻ってくる。

    バリを発つその当日、ドライバーでもあるW君の家の二階から虹がダブルで出た。
    中学生の頃に流行った天地真理の歌謡曲をなぜだか思い出した。
    天国のアグンライがあの虹を渡って降りてくるのがうっすら見えたと言ったら信じてもらえないかな。

    右に見えるのはお盆に飾るペンジョールという竹でできた笹のオブジェ。

     





    上の写真にもあった、ご先祖さんを招き入れるペンジョールと言うオブジェが村々の家の前に建てられる。

     






     敷地の前の友人がお盆の儀式料理のおすそ分けをしてくれた。極旨!

     






    私の敷地のアトリエもずいぶん古くなって来た。

       





     私の敷地の庭。 母屋や寝室の棟の方から上のアトリエを望む。

     






    ちょうどバリは雨季の終わりで、毎日必ず1〜2時間は雨が降っていた。
    私の敷地の向こうには渓谷が広がり、眼下を鳥が飛ぶのだ。


      




    台所の前で焚き火をする息子。

    息子は小さいころからこの場所で焚き火をしていた。
    東京の大学院を卒業してフリーランスの作家となった今もバリに戻ると、ここで焚き火をする。

     








     滞在の最後は毎回友人の家に泊まる。彼が空港まで送ってくれるのだ。

     















2017たつの

吉川孝昭 展 2017
バリ島からの贈り物 絵画と染織籠

ガレリア アーツ&ティー

2017年4月22日(土)−5月9日(火)
11時ー18時
 水曜日は定休日



まだ播州龍野の展覧会まで1ヶ月ありますが
このあとバリにしばらく行ってしまいますので
お知らせいたします。

吉川孝昭 展 2017...
バリ島からの贈り物 絵画と染織籠

ガレリア アーツ&ティー

2017年4月22日(土)−5月9日(火)
11時ー18時 水曜日は定休日

私は4月24日〜27日まで九州にロケ地調査に行きますが
 それ以外の日は全て展覧会場に終日おります

  たぶん^^;

どうぞお気楽にお越しくださいませ。
まだ一度も来られたことのない方もお気軽にお越しください。
男はつらいよに関心の無い方もお気軽にお越しください。
男はつらいよにしか関心の無い方もお気軽にお越しください。

今年で5回目です。
龍野ガレリアはとても過ごしやすい場所です。



       写真は2016年の展覧会

       






                 






        
        






        






        






        






        











iemon2017



サントリー 緑茶 伊右衛門」 リニューアル 

【京都福寿園227年目の革新】 ひとつ上の、伊右衛門





     



まず、最初に、
私はサントリーの回し者ではないので一切サントリーの商品を宣伝しているわけではない。





で、それとは別に

現代の良質なCMを昨日見ることができたので
このささやかな日記にも紹介しておこうと思う。

このCMが、今までの『サントリー伊右衛門』の制作と同じように
HAKUHODO DESIGN(博報堂関連のデザイン会社)の代表である永井一史さんが
携わっているのかどうかは今はまだ私には不明だが、
今までのCMとはかなり見た時のイメージが違っていた。
一番違うのはこの2分CMの間には膨大な0,5秒〜1,5秒ほどの珠玉のカットが多数あることだ。
そして、それらひとつひとつの極端に短いカットのひとつひとつのこだわりがただものじゃないということだ。



    



簡単な物語もこの2分間CMには存在する。

18世紀、江戸時代中期、京都の宇治で茶摘の女性たちによって摘まれた茶葉が
数々の工程と携わる職人たちのこだわりの手を経て、船で運ばれ、荷車で運ばれ、製造元から問屋へ、
そして茶人や武士や町衆や農民の口にふくまれるまでの長い長い
茶葉の旅を表現している。

それぞれのカットがとても短く0,5秒〜1秒なので120秒見ると若干目が疲労気味になるが、
制作者たちのを受け取っていただきたい。
利潤追求のCMなれど、くれぐれもあなどるなかれ、なのだ。


    



コンセプトとしても、中の技法としても斬新な気をてらうものは何もない。
むしろ保守的な、というか昭和期から受け継がれているオーソドックスなコンセプトと技法だといえよう。
ただし、映像機器はもちろん最新機器。
CG、合成もわからないようにではあるが使われている気配はする。

そしてなによりも撮影におそろしく手間をかけている。
0,5〜1秒秒ごとの短いカットにを粘って粘って作りこんでいる。
決して編集作業だけでごまかしているわけではないことが映像からわかる。
販売目的のCMなので当然いくばくかの「あざとさ」は残るし、「けれん」はあるが、
それを越えるピュアで奥深い印象も与えているのも事実である。

まあ、サントリーの50年以上前からのきわめてよくある常套手段ではあるが、
そのような芸術的な映像にも似たものが逆に見る人に購買意欲を刺激させるのだ。



     




目的が購買意欲の発生を目指すゆえに、
技術が前面に出てアート作品のような個人的な制作者の心の叫びが入り込む余地はないし、
だいたい制作者個人の心の叫びなどCM撮影には逆に足かせになるだろう。


しかし、とは言え
いったい世界のどれくらいアーティストが、オーソドックスでおそろしく緻密なこのCM以上のインパクトを
自分の作品の中におりこむことができるのだろうか。






商品名 サントリー緑茶 伊右衛門 タイトル 『二二七年目の革新(ティザー)』篇



オンエア開始日 2017年03月04日


ナレーター 本木雅弘








動画は高画質で見てください↓

https://www.youtube.com/watch?v=AmJHPdKAHUw







      



      



      



      



      



      



      


 
      



      



     



      



      



     



     



     



     



     



     



     



     



     



     



     



      



      



      



      



      



      



      



      



      



      



      



      



      



      



     



     



      



      



      



      



      



     



     



     



     



     



     




     




     
     



     



     



     



     




     そして歳月が過ぎ



     



     



     



     



     


 
     



     















2017 新年


2017年1月1日 謹賀新年 


新年 あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

わたくし、昨年の日々は
思い起こすだに恥ずかしきことの数々、
今はただ、後悔と反省の日々を
過ごしておりますれば、
みなさまにもご放念下されたく、
恐惶万端ひれ伏して、
おん願い申し上げます。

末筆ながら、みなさまの幸せを
遠い浪花の空からお祈りしております。 



大阪の実家にて

吉川孝昭 拝





        息子の宮嶋龍太郎がさきほど描いてくれました。

        

          http://www.yoshikawatakaaki.com/lang-jap/4koma.htm



息子はこの3月に大学院を卒業し、
制作一筋に厳しい厳しい数年間を送ります。
この機に、彼女も今までの人間関係も
思い切って一度きれいに清算し、更地にして
こころ新たに広い荒野に向かって歩きはじめるようです。









絵画展2016

2016年12月20日




「寅さん記念館」吉川孝昭 絵画展

大事なお客様たちのスナップ写真





今年も年間展覧会のラスト行事として
東京葛飾柴又の寅さん記念館「休憩室」にて絵画展を開催させていただいた。



今年は昨年以上に多くの作品(総合計130点、内新作80点)を展示できて質量ともほぼ満足できるものだった。




11月23日まで行われた寅さん記念館での絵画展2016のスナップを紹介しよう。
どんなに会場で忙しくても、絵を買われた方たちとはここ5年はかならず記念撮影をしている。

それゆえ、このスナップの写真の9割は絵を買ってくださった方々だ。

2年前からからプライバシーのことを考えお名前は書かない場合もあるがご了承願いたい。

小さな水彩画を買われても、おしゃべりに気持ちが行ってしまって
時々最後の記念写真を撮影するのを忘れてしまった方たちも
やはり今年も少なからずたぶん・・・7〜8人ほどいた。

どうかどうかお許しください。


今年はタブローの油彩画、水彩画を買ってくださったコレクターさんは6人。
今回もほんとうにありがとうございました。
複数枚買われた方も何人もおられて恐縮でした。

そして小さなスケッチ水彩画やエスキースを買ってくださった40人余りの方々、
ほんとうにありがとうございました。

今回もたくさんの方々のおかげでなんとか年を越せます。


それでは順不同で写真シャッフルしてご紹介しましょう。








私の人生を支えてくださっているコレクターさんたち 左が医師の生芝幸夫さん。 右が会社経営の高藤平さん。お二人とも私の絵をたくさんお持ちです。







いっぺんに絵が映らなかったので後日再訪されたおりにもう1枚撮影。









兵庫県川西市から毎回各地の展覧会の時に来てくださるピアノ調律士の矢尾さん。彼は私の上級クイズもほとんど答えました。
絵を何と4枚も買われました。w( ̄▽ ̄;)w






野暮を承知で、初級、中級、上級と、合計約50問ほど私が考えたクイズを矢尾さんにやっていただきました。

絵画展期間中30人くらいのかなりコアな寅さんファンの方にのみ、これらのクイズを出しましたが
矢尾さんは、今までのどの方よりも正解が多いだけでなく、迷ったり、思い出すのに時間がかかることもほとんどなく
謙虚ではありますが確かな間違いのない言葉で、上級の最後の問題までほぼすべてをクリアされました。

一般的には9割の方はなにも答えられません。初級のクイズでさえもまずほとんどの方が正解出来ません。









私の大学時代の無二の親友であり絵の仲間であり、私の絵のコレクターでもある櫛橋隆朗。絵の眼力は最高水準。







息子も一緒に記念撮影。かつて、櫛橋は、まだ赤ちゃんだった龍太郎を何度もだっこしてくれたことがあるのだ^^
富山の私の自宅でも何度も宿泊したし、私も何度も彼の自宅でおじゃました・・・そういう運命共同体。








いつもお世話になっている千葉のコレクターの吉野さん。毎回いろいろ助けていただいている。
昨年も今年も私の手放したくない絵を買ってくださった目利きさんである。









福島市の「おきな旅館」の若旦那夫妻 金子さん。 超コアな勢いのある「男はつらいよファン」でもある。川、渓流専門の釣り師でもある。
そして絵を完全注文される私の絵のコレクターさんでもある。旅館のレセプションには私の絵が何枚か飾られている。








熱烈な寅さんファンであり、私の絵のコレクターさんでもある吉川明さん。多岐に渡って応援していただいている。









名古屋の中島さん。絵画展を開催すると東京であろうが龍野であろうが名古屋から来てくだる凄い方。
中部地方では中島さんよりコアで博識な寅さんファンはまずいない。

それほど内容的にも情熱的にも精進が凄いです。また「結寅会」という男はつらいよを見る映画サークルも名古屋で作っておられる。








私のクイズにも8割の正解率!寅さん道を精進されています!









葛飾の仲間2人とその女性のお母さん。 みんないつでもどこでもしょっちゅう集まる。絵も買ってくださいます。









私の教え子たちも早いものでもう40歳になった。いや〜〜〜、 馬上少年過ぐ。光陰矢のごとし。(真ん中にいるのは私の息子)









柴又在住では数少ないコレクターさんの一人。八野(はちの)さん。絵を買う行為を続けている人生の人なのだ。









台東区の小橋さんと八ツ代さん、八ツ代さんは男はつらいよが好きでリリーが好きでリリーの絵を買ってくださった。









父子ともどもかなりコアな寅さんファンである市川のOさん。今回は3回も来て下さり、2枚買ってくださった。時々「菜花」で歓談することもある。










切り絵作家の高橋登君。毎回どこで展覧会をしても東京なら必ず来てくださって、じっくりしっかり見てくださいます。大切な絵描き仲間。
彼の絵はセンス抜群で温かいのでファンがたくさんいるのです。









なんと!島根県松江からはるばるやって来てくださった熱烈な男はつらいよファンの山本昌美さん。今回一番最初のお客さん。









ご存知「寅さんロケ地めぐり」と言えばもうこの会社経営されてるちびとらさんとちびとら君。
おそらく日本で彼が一番多くのロケ地を回られている。ミスターロケ地めぐり^^; 絵も複数枚買ってくださる。










知る人ぞ知る男はつらいよの鬼才である福井さん。僕らは寅福さんと呼んでいる。
時々敬意をこめて「コンシェルジュ」とも呼ばせていただいてる。
ロケ地めぐりの時絶対に必要な人。つまり難しい井戸を掘り当てる名人なのだ。







福井さんにもクイズをしてもらいました。正解率7割弱(○ ̄ 〜  ̄○;)ウーン・・・微妙












私の寅さん仲間の中で唯一「男はつらいよ」本編に映ったのがこの宮崎さん。千葉から2時間半かけて毎回必ず来てくださる。
宮崎さんがご自分で作られたらっかせいをいただくのがひそかな楽しみになっている^^ヾ。











寅さん記念館の飛び込みの方ですが2枚も買われました。w( ̄▽ ̄;)w!










みなさんご存知の三郷にお住まいの清水さん。全国的には「月虎さん」の名前で知れ渡っているキャリア豊かな男はつらいよ研究者さん。
世間広しと言えども男はつらいよを長年愛しているのは誰だと言うと、やはりこの方なのだ。









人類史上最初にロケ地において「高羽アングル」に徹底的にこだわったのがこの後藤さん。本編が大好きな方。
小さな絵だけでなく大きな絵の注文もしてくださいます。
神奈川の西部秦野市郊外から片道3時間かけて毎回来て下さる強い肉体の持ち主。空手道場の先生でもあります。










私の大学時代の絵の後輩の星野さん(左)と星野さんのバレイダンス友人の菊川さん。もう何年のつき合いでしょうか長いです^^









左から六波羅貴子さんのモデルになられたロークのママさん六波羅朋子さん。彼女にはもう本当にずっと6年間お世話になっています。
吉野秀尋(ほつね)君はもう14歳になった。男はつらいよについてはピカイチのセンス。
そして上にも紹介した名古屋の結寅会代表の中島さん。









津山から来られたサミット参加の金田さんと森西さんお二人とも津山市市会議員。 やはり岡山のロケ地を描いた水彩画を買ってくださいました。






サミット当日の金田さん↓ 市会議員だって誰も思わないだろう^^;









アマオケでヴィオラ担当されている、私の長年の寅さん仲間、田村さん。私たちは「ラビオ」さんと呼んでいる。
必ず毎回来てくださってお買い上げになる。ありがとうございます。









寅さん記念館の副館長石井さんにもお世話になりました。











左がコレクターの植村さん。右が葛飾の仲間の大淵さん。6年間お世話になっている。大切な方々。
ちなみに植村さんはこの写真の一番左の壁に壁にかかっている女性の絵のお母さま。










葛飾の仲間。松本さんと小山さん。 真ん中の小山さんは私の葛飾区の身元引受人さんです。小山さんの人脈は凄いのです。









葛飾の仲間の野城(のしろ)恵子さん。机に敷いてあったタイの山岳民族の布を買ってくださった!w( ̄▽ ̄;)wワオッ!!









寅さん記念館の飛び込みのお客さんも時々買ってくださいます。









寅さん記念館の飛び込みのお客さんも時々買ってくださいます。









葛飾の仲間の木全(きまた)さん。亀有から毎回自転車でさっそうと来られる。絵も必ず毎回買ってくださいます。









寅さん記念館の飛び込みのお客さんも時々買ってくださいます。










寅さん記念館の飛び込みのお客さんも時々買ってくださいます。








北海道から仕事で東京に来られている福士君。と先輩。この若さで男はつらいよの情熱と知識はかなりなんです!











高砂在住の狩野さん。男はつらいよが好きで好きで自分の取材記事などをまとめて寅さん冊子も発行されている。
ご病気を押して2回も来て下さいました。








寅さんの日に毎月「さくら」役をされている荒野(こうや)さん。そして全国的にお馴染みの柴又仲間でもある野口寅次郎さん。
荒野さんは、絵画の造詣が深く、集中して私の絵をご覧になっていた。ご自身も絵を展覧会に出されています。









「菜花」の常連さんでもある船橋の相澤さん。









野口さんと吉野秀尋(ほつね)君








秀尋君とこの寅さん記念館の企画展担当の和田さん。








寅さん記念館の飛び込みのお客さんも時々買ってくださいます。








寅さん記念館の飛び込みのお客さんも時々買ってくださいます。









沖縄出身の金城君と新垣君。右の髭の新垣君がコアな寅さんファンなので幼馴染の金城君はしぶしぶ来たんです ははははは。









展覧会が終わって、うな重を食べていたときに川千家で知り合った矢代さん夫妻。お二人とも男はつらいよの知識が尋常ではなかった・・・^^; これは番外編。










以上です。

遅くなってすいませんでした。














2016年松江

2016年11月1日 なんと松江から展覧会に来てくださいました。




今日はまだ搬入日だったのだが
なんと島根県松江から飛行機で寅さんファンの女性がわざわざこの展覧会にやってきてくださった。

山本昌美さん。松江のキャリアウーマンさん。

もともとはご両親がこの映画を少し好きだったのだが
ご本人は現在そんなご両親をはるかに超え、独自にこの映画の深みにはまっているようだった。

いわゆる寅さん大好き女子ではなく、きちんと映画として本格的に本編を探求されているのが好ましく感じられた。

映画本編鑑賞はもちろん、その事前や事後に、私のサイトを隅々まで詳細にご覧になられている方で
私のサイトを発見した7月以降、ここ3ヶ月ほどは毎日私のサイトのなにかを読むのだそうだ。
このような読まれ方をするとほんとうに励みになりますね〜〜〜。(T-T)

映画鑑賞も、レンタルやコピーで済まさず、きちんとひとつひとつDVDを買われているところが
浮ついてなくて素晴らしい。




    





買い物とか出張とか、そういうなにかのついでではなく
私の展覧会と柴又散策とが目的で来られたそうだ。

昨日午後に東京に来られて都心で2泊して明日夕方に
羽田から出雲空港に戻られるので、搬入日の今日しか1日あかない。
で、思い切ってだめもとで搬入の今日来られたのだ。


上にも書いたが、今年7月に私のサイトを発見したことをきっかけに完全にもうスイッチが入ったようで、
ぐんと「男はつらいよシリーズ」を掘り下げようとされている人だった。
とはいえ、本格的に鑑賞と考察をはじめてから何年も経っているわけではないのでやはりまだまだ発展途上ではあるが
「葛飾立志編」と「恋やつれ」が好きだっていうのは、なかなか渋いところをつくなって思った。

「恋やつれ」は島根がロケで出ているから好きというわけでもないそうだ。
作品そのものが好きだとおっしゃっていた。

たまに、BGM代わりに「寅次郎と殿様」をよく見るそうだ。
重くなくて軽くて笑いも多くて見やすいらしい。

なるほどなるほど。そういう鑑賞の仕方はありだ。
私も満男シリーズなどはそのようなBGMのように鑑賞することは時々ある。

たかが映画なので、好きか嫌いかとかフィーリングでいいじゃん って思うのも勝手だが
されど映画なのである。彼女も私もきちんと噛み砕いてあの奥深い映画のエキスを血肉としたいタイプと言うわけだ。



松江の彼女の生活仕事エリアでは、こういう「男はつらいよ」の話をできる同年齢はほとんどいないそうだ。

展示中だったので、私の展示作業がほぼ終わるまで
江戸川土手矢切の渡しを1時間半ほど散歩してもらって
そのあと記念館に戻られて2時間半ほど歓談した。

飛行機とはいえ、遠路 島根からようこそ! 励みになります!


ただ・・・

このような人は過去にも何人かおられたが、
その後数年以内に自分の中の覇気ややる気が薄らいでいく人も何割かおられた。

さて、山本昌美さんはどうだろうか。

彼女が今後この48本の映画をどのように探求をされるか期待をこめて応援したいものだ。






     






午後に展示が完了した。合計作品数約140枚 明日から11月23日(水祝)まで (15日は休館日)

     












2016秋ベランダ帝釈天


2016年10月21日   秋に自宅ベランダから帝釈天を望む



今日20日は気温が高かったので夕暮れ時にはとてもすごしやすい気温になった。
もうそろそろ寒くなってきたので、ベランダでの休息は無理かなと思っていたが
制作を一時とめて、久しぶりに1時間ぼーっと物思いにふけった。

今年最後の暖かな日だった。



寅さん記念館の絵画展まであと10日。

ほぼ制作は終わったが、もう数枚くらいは描いてみようとは思っている。




明日からは冷えて6度も下がるらしい。

さあ、いよいよ本格的な朽ち葉色の秋に入って行く。





    







    




追記


2016年10月25日 スケッチ↓



     












2016絵画展





2016年10月14日




吉川孝昭 絵画展

2016年11月2日(水)〜11月23日(水.祝)
葛飾柴又「寅さん記念館」休憩室ギャラリー
9:00〜17:00(11月15日(火)は休館日)





今年も年間展覧会のラスト行事として
東京葛飾柴又の寅さん記念館「休憩室」にて
絵画展を開きます。





     バリ島 チャンプアン風景

    


2011年から葛飾区の企画展示として始まった
この絵画展も今年で6回目となりました。
こんなに続けていただくとは夢にも思っていませんでしたから
とても嬉しいですし、企画してくださっている
葛飾区および寅さん記念館の方々にも本当に感謝です。



     龍野醤油工場をゆく

     





会期中は毎年、絵画関係者たち、コレクターさんたち、
寅さん仲間たち、大学の友人たち、教師時代の教え子たち、
葛飾の仲間たち、など、かけがえのない方々が来てくださいます。


もちろん「寅さん記念館を観にこられたお客さん」とも
一期一会の出会いも少なからずあります。



     津和野風景 

     





再度記しますが、今年の会期は以下の通りです。


吉川孝昭展
寅さんが歩いた日本の風景

2016年11月2日(水)〜11月23日(水)
午前9時から午後5時まで。

入館は4時半までにお願いいたします。

■【注意事項】期間中、11月15日(火)は休館です。

なお、11月13日(日)は、
前の「光の庭」で
午前10時から午後2時まで大きな行事があり、
やや記念館全体がこみますので
13日午後2時までにお越しになられる方はご理解くださいませ。

昨年から今年の夏までに旅をした 
播州龍野、瀬戸内の島々、北海道、信州上田市、岐阜多治見、瑞浪、津山、勝山、
神戸、備中高梁、温泉津、益田、津和野、奥琵琶湖、余呉湖
長浜、越中八尾・・・のスケッチを水彩画と油彩画で
約50点展示いたします。

また、バリ島での油彩画も何点か展示いたします。

大小あわせて総合計60枚になります。

スケッチの絵は、
ほぼすべて、ここ2年以内の制作のものを展示しました。

絵画好きな方はもちろんですが
特に一度もまだ会場に来られてないコアな寅さんファンの方を
熱烈に歓迎いたします。
絵に興味が薄くても、「男はつらいよ」に強い興味がある方々
どうかお気軽にお越しくださいませ。

お越しになられたら必ずお声をおかけください。
いろいろお話がしたいです。



       



       













2016suwamati



2016年8月27日   「2016 おわら風の盆」がやって来ました




2016年の今年も雨が多い。

そして雨とは関係なく晴れた日でさえ前夜祭からとても静かな風の盆だ。
今年もというか、ここ数年間ツアーバスが本当に少ない。
そして個人で来ている人も10年ほど前の半分ほど。
昨年もけっこう少なかったが今年はさらにお客さんが少ない。十数年前の3分の一ほどかな。


私は上新町の自宅アトリエの前のほうで生業の絵画と染織工芸の展示をしているので、
お客さんが少ないのは実は死活問題でほとほと困るのだが
本来の踊りや演奏を見に来ている人々にとっては人があふれた昔と比べて
ちょうど混み合わないでいいころあい。

八尾の路地はどこもかもせまいので十数年前のように現在の倍以上来てしまうと
お客さんが道の両端にあふれるともうどうしょうもなくなるのだ。
これからはもうあの十数年前のようにバスが大量にお客さんを連れてくることも
なくなっていくだろうから、踊り手も見る側もゆったりと自分のスペースを確保できているようだった。



    今年の新作のひとつ

    油彩「越中八尾 深夜の諏訪町」2016年8月26日

    



    油彩「越中八尾 夜明けの諏訪町」2016年8月27日

    







     諏訪町通り町流し
    






    









ichiro2016


2016年8月8日   イチローの涙の意味




日米合算の安打を打った時、インタビューで「常に笑われてきた歴史だった」と言いきったイチロー。

今年日米合算が批判も含めいろいろ話題になった。

このメジャー3000本安打は誰も文句は言わないだろうし、
世界のすべての人が心から祝福するだろう。

イチローは27歳でようやくメジャーでのキャリアをスタート。

3000本安打、通算打率3割、500盗塁、ゴールドグラブ賞10回以上(それも連続)は、
あたりまえだが世界で今も昔もそしてたぶんこれからも…イチローしかいない。


野球に対する真摯な態度と野球愛は他の追随を全く許さない。
高いプライドと、それに反比例するような深い屈辱、その後の孤独、
心の中で生まれ続けたそのような引き裂かれた状態の継続もまた突出してしまっている。
間違いなくこの「負」の感覚も、世界のどの野球人の追随をも許さない。


だからこそ、現存する人間たちの中でイチローだけが流せるある種類の涙がある。

それは決していわゆる「長い道の先の達成感を伴ったうれし涙」だけ・・
というような単純なものではない。

大勢の方々への感謝の気持ちと大いなる達成感が8割 しかし 2割は負の意識へのリベンジ。
この涙の負の部分を心底理解できる人間はこの世界にはそうはいないだろう。





   





それでもやはりこう言わせてほしい。

「イチロー選手おめでとうございます。
あなたと同時代に生きることが出来てよかった。
あなたを心から誇りに思います」と。













bali2016nen7gatu



2016年7月22日   ちょっと今、バリ島ウブドに戻っています。






バリ.僕は猫をみていた
http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=2dU5WfsKnM8
youtube上では、720p以上の高画質で見てください。










7月15日からちょっとだけですがバリ島の自宅に戻っています。
日本で展覧会を控えているため短い滞在ですが、心がまったりします。


自宅の敷地からの風景を中心に撮ってみました。






    敷地から歩いて5分のライスフィールドです。風が気持ちがいい、良く絵を描きに来る場所です。

    







     私の敷地に咲く花々

     







     17年目を迎える私の敷地の一部です。

     





     台所で料理をする息子です。台所はこのようにすべてこの敷地にある竹や萱、石などの材料で作りました。

     







     私の敷地の植物

     





    家から歩いて5分の路地です。夕方の光は美しい。

     






      私の母屋のテラスの向こうに月が出ました。向うの丘との間に深い渓谷があります。

     





     グリーンスネークが久しぶりに私の敷地に現れました。
    こんな美しい色ですが、ハブと同じくらいの猛毒を持っています。
    バリ島では毎年多くの人々がこの蛇により死んでいます。

    卵を産むととんでもないことになるので格闘の末昇天させました


     






     古くからの仕事仲間の家です。

     














つくばうちあげ




2016年5月27日   つくば市の展覧会の様子と打ち上げの写真です。

つくば市の『ギャラリーSaika・(彩花)』での絵画と染織工芸の展覧会も盛況のうちに千秋楽となり、
コレクターさんたち、寅さん友達、お客さんたちが集まってくださいました。
皆様本当にありがとうございました。





美しいフォルムの「ギャラリーSaika」







展覧会の様子









展覧会の様子








展覧会の様子








真ん中がオーナーの海老沼彩花さん








コレクターさんたちや寅さん友達が千秋楽に集まってくださいました。感謝です!m(_ _)m











ガレリア2016


2016年3月22日   吉川孝昭展2016 播州龍野「ガレリア」


ようやく春が来ますね。
今年も播州龍野のギャラリー「ガレリア」で
絵画と染織工芸の展覧会を開催いたします。



吉川孝昭展2016

バリ島からの贈り物 絵画と染・織・籠 

4月23日(土)−5月10日(火)
11時ー18時(水曜日は定休)

※ただし染織工芸の展示は
 最終日の前日の5月9日まで


5月の 3日 4日 7日は、
私は、ロケ地調査のため
ギャラリーには居りませんのでお気をつけください。



今年は龍野風景水彩画はもちろんのこと
バリ島で制作した大きな油彩画を中心に
10枚ほど展示します。
早いもので、今年でもう4回目になりますが、
例年以上の見ごたえのある内容になると思います。
みなさん、面識のある方も、
まだお会いしたことがない方も
どうぞ超お気軽に「ちょっと立ち寄ってみようかな」気分で
こいのぼりたなびく新緑の龍野にお越しください。

「男はつらいよ」ファンの方でまだお会いしていない方も
お気軽にお話にお越しくださいませ。



    






以下の文章 ↓ は
ガレリアのオーナーである井上美佳さんが
DMに書いてくださったあいさつ文です。




東京柴又在住の吉川孝昭さんの絵画展を、
今年もゴールデンウイークにガレリアにて開催いたします。
寅さんの大フアンである吉川さんが、
映画のロケ地である龍野を訪れたのがご縁で2013年に初めて開催し、
今年で4回目になります。吉川さんはインドネシア・バリ島でご家族と共に20年間暮らし、
その昔ながらの情景を油彩で描き、作家活動を続けておられます。

現在は葛飾柴又を拠点に、バリ島にも行き来しながら、
ライフワークでもある寅さん映画のロケ地巡りをして、
寅さんが歩いた風景のスケッチを描かれています。今回の展示では、
バリ島で制作された油彩25号〜4号までの作品を10点、
そして龍野の風景スケッチを10点展示いたします。

また、染織の宝庫であるインドネシアでの暮らしを通じて、
各地のバッティックやイカットなどアンテイーク布のコレクターとして、
昨年は『インドネシアの絣と更紗 吉川コレクション』を刊行されました。
アタ籠を作って生活の糧にしているインドネシア人との交流も長く、
今回もバリ島の贈り物と称して、アタ籠、アンテーク布、ストール、ローマングラス、
民族調の服など約200点展示販売いたします。


皆さま、どうぞ新緑の龍野にお越しいただき、
吉川孝昭展2016をお楽しみくださいますよう、ご案内申し上げます。


2016年5月

ガレリア アーツ&テイー 井上 美佳





      





      











ペンジョール2016



2016年2月11日



美しきバリ島ウブド
ガルンガン ペンジョール 2016ヴァージョン



バリ島はガルンガンの真っ最中だ。

ただいま、バリ ウブドの自宅に滞在中。

ガルンガンとは、日本のご先祖さまを向かい入れるお盆にあたる。
この、長い竹で作った美しき「ペンジョール」を目印にご先祖様たちが家々に帰ってくるのだ。





2016年ヴァージョンペンジョール動画

https://youtu.be/_jrDI11_-Y0


     





ガルンガンの夜には必ず子供たちのお小遣い稼ぎの
「バロンダンス」の門付がどの村でも行われる。
私も動画撮影のお礼にお布施を渡す。


     






おまけ動画



前の敷地で共同の豚を飼う龍太郎

https://youtu.be/iAv4SsOoDjo





前の敷地の犬とおばあちゃんと龍太郎

https://youtu.be/eDhUxDX6w88




自宅のナンカ(ジャックフルーツ)の大木

https://youtu.be/h2Skagvq6mM


自宅近くの大通りにて、ペンジョールを作る若者たち
https://youtu.be/0Z4by9qRepg











2015記念館スナップ



2015年12月24日





「寅さん記念館」吉川孝昭 絵画展

 絵を買ってくださった方々のスナップ写真




ようやく私も年末正月休みだ。

11月末日まで行われた寅さん記念館での絵画展のスナップを紹介しよう。
このスナップの写真の大部分は絵を買ってくださった方々だ。

昨年からプライバシーのことを考え名前は書かないで紹介する。

時々写真を撮影するのを忘れてしまった方たちもやはり10人ほどいた。
どうかお許しください。


タブローを買ってくださった4人のコレクターの方々。
今回もほんとうにありがとうございました。

そしてスケッチ水彩画を買ってくださった30人余りの方々、
ほんとうにありがとうございました。

今回もたくさんの方々のおかげでなんとか年を越せます^^;ヾ



それでは写真をシャッフルしてランダムに紹介していこう。






























































































































































































































































































































































































2015寅さん記念館


2015年10月23日

吉川孝昭 絵画展

2015年11月20日(金)〜11月29日(日)
葛飾柴又「寅さん記念館」休憩室ギャラリー
9:00〜17:00(期間中は休館日なし)





     




恒例となりました
葛飾柴又、 寅さん記念館での絵画展も
今年でなんともう5回目になります。

2011年に柴又帝釈天前にアトリエを構え、
毎年四季折々の柴又や江戸川の風景を描くとともに
「男はつらいよ」で寅さんが旅した日本各地をめぐり
それらの名作の風景を5年間スケッチしてきました。

今年はバリ島で描きました大きな絵も5点ほど展示いたします。
また、今年回りました北海道、信州、瀬戸内の離島、北関東などの
風景画も新作として展示いたします。

新作は20点余になると思います。
合計40点を超える展示となります。

どうぞお気軽にお越しくださいませ。

私は毎日朝10時から夕方16時半まで会場である「休憩室」で
詰めております。

(11月29日(日)だけは同じ休憩室で午後2時半時まで、
 他のイベントが重なります。
 展示絵画は全部見ることができますが、
 休憩室自体がざわざわとしてますので、
 29日しか来れない方は、
 なるべく29日の10時から2時半までは
 避けてください)











ダンス



2015年8月15日 嗚呼栄冠は君に輝く ダンスダンスダンス





九州新幹線以来のCM感動でス。

私の母校の隣の高校

同志社香里高校(大阪府寝屋川市)の
ダンス部員らが出演し、

ダンス&ボーカルユニットのDream5が
歌う大会歌「栄冠は君に輝く」に合わせて
学校などで軽快に踊ります。

振り付けも同校ダンス部が考案したんですって!!。

これ本当にすばらしい振り付け!!

さすが 高校ダンス日本一3連覇!!


そしてなによりも

歌がやっぱり名曲です(T-T)



そして


編集の勝利!!


https://youtu.be/ysdGyW0zezY

https://www.youtube.com/watch?v=ysdGyW0zezY















花火2015


2015年7月21日 葛飾納涼花火大会を自宅ベランダから観る。


7月21日 自宅ベランダ帝釈天寄りからの花火の眺め動画

  
https://youtu.be/PlzBNVgfr5c



バリ島行きが近いこともあって
ここ数日は事務手続きで多忙だった。
夜になって眼下がざわつき始めたので思い出したのだが、
昨日7月21日はあの葛飾納涼花火大会だったのだ。

夕方5時ごろからどんどん浴衣姿の人々が増えてきて
6時ごろからものすごい人波が柴又駅前から江戸川土手まで
埋め尽くされた模様。

私にとってはもう5回目の花火大会なのでさすがに飽きてはいるが
せっかくなので昨年同様、
自宅のベランダから帝釈天の二天門越しに20分ほど眺めていた。

今年は花火打ち上げ時間1時間10分で1万3千発の玉。すごい数^^;

    


   












2015年7月7日  澤 穂希とアビー・ワンバック




澤 穂希とアビー・ワンバックは宿命のライバル。そして強い友情で結ばれている。

米プロリーグのワシントン・フリーダム時代に同僚だった2009年から交流が続く。
二人とも、国の、そして世界の女子サッカー界の象徴。
お互いに「リスペクト」している。

そして、最後の試合 2015年 ワールドカップ  決勝




   
後半 ワンバックがゲームに入ってきた直後、さりげなく手でタッチ

   



   
試合後、ハグをする二人。  お互いのワールドカップ人生が終わった。

   



    この二人が、この試合で最も印象に残った光景だった。








コレクション蛙鳴舎 終了


2015年6月11日 

IKAT BATIK インドネシアの絣と更紗
  吉川コレクション展 
無事に終了いたしました。




中日新聞の取材があり、翌日大きく取り上げられたこともあり、
美術館、博物館の学芸員さんやコレクターさんたち、目利きさんたちなどの
招待された約60人のお客さん以外にも、
関心のかなり高い方々や染織の作家さんなどが
金沢や富山や、時には遠く名古屋からこの山深い里までやって来られました。
ありがとうございました。



中日新聞の取材記事のweb版(簡略版)はこちら↓
http://www.chunichi.co.jp/article/ishikawa/20150603/CK2015060302000045.html







      







      





      





         





      





      







        





         





      





      





      





        





        





      





      





      





      





      





      













コレクション

2015年5月28日 金沢郊外 にて

IKAT BATIK インドネシアの絣と更紗
  吉川コレクション展 


2015年5月30日〜6月8日(月) 10時半〜17時 会期中無休



中日新聞の取材記事のweb版はこちら↓
http://www.chunichi.co.jp/article/ishikawa/20150603/CK2015060302000045.html




     








      








     






      






この館は
私が23年間展覧会を企画していただいている骨董屋さんのご主人のとっておきの館。

名だたるコレクターさんたちを養成し続けているこの骨董屋さんのご主人が
自宅の土地を更地にしてに5年ほど前に秘密の工房兼勉強教室兼
とっておきのイベント場所をご自分と大工さんと2人で作り上げた館。
招待された数寄者だけが訪れる修行の場でもある。




     




     






     







     






     






     











    5月28日29日は搬入だった。↓

       





     このスンバの大布から展示は始まった。↓


      





    表の看板も頑張って作った。
    黒のボードはご主人のアイデア。


      




   明日から初日。10日間。

   目利きや興味が強くある方々だけがお知らせを受けて来るので百人とかは来ない。
   おそらく1日に2人〜4人くらいだと思うのでせいぜい40〜50人ほど。


      





       茶室に飾るジャワ更紗。

       








       







       






          










つくば

2015年 5月21日 

つくばの「ギャラリー彩花」で展覧会中です。 



    今年で4年目。

    オーナーでもあり陶芸家でもある彩花さんが毎年主催してくださっている企画展です。


    

   
バリ島からの贈り物展  絵画 染織 籠

   5月15日から5月25日まで開催。
   午後1時から午後6時まで。




    つくば駅から徒歩10分
    教会の形をし、天窓がおしゃれなギャラリーは、ハイセンスなつくば市の建物の中でも目立つ存在です。



     






     今回は絵画も商品もより一層充実させました。



     






     赤い服を来たオーナーの彩花さんとご友人で藍染めの服を来た書家の加藤菜摘さんです。


      






     18日の夜は長いお付き合いをさせていただいている絵画のコレクターさんや応援者の皆様との会合兼飲み会がありました。
     東京や関東での展覧会では必ずみなさん来てくださり、応援してくださいます。本当にありがたいです。



     











2015図録



2015年4月18日 



播州龍野 寅さんの聖地での展覧会




龍野「ガレリア」での風景画と染織工芸展覧会も今年で3回目を迎えました。





     5月のガレリア 水彩 吉川孝昭

     








  バリ島からの贈り物/籠・染・織 展&
  ジャワトゥバン地方の布・ローマングラス特集

  2015年4月30日(木)〜5月12日(火)




      





       





【IKAT BATIK  インドネシアの絣と更紗 吉川コレクション】

2015年5月1日より図録発売開始

龍野、つくば、宇奈月、越中八尾、柴又、
それぞれの展覧会場にて直接販売します。

フルカラー 全66ページ A4サイズ  価格1000円 限定300部




     
表表紙

      




      
裏表紙

      












2014年の展示風景
https://youtu.be/HncfZFfTqUo





「ガレリア」のホームページ↓

http://galleria-arts.wix.com/galleria-arts


http://galleria-arts.wix.com/galleria-arts#!artists/cfvg




昨年はお客様がガレリアで「男はつらいよ」のハーモニカ演奏をしてくださいました。
https://youtu.be/gpXno3YBZ6k






  ガレリアに集まった寅さん仲間(2014年)

   




   




  







橋の向こうは情緒あふれる龍野の城下町。
そして目の前にはこんもりとした鶏籠山がそびえ、
眼下には揖保川が流れる。

そんな龍野のシンボルが一望できる特等席に誕生したのが
「ガレリア アーツ&ティー」。


昭和初期に建てられた金融会社の事務所を修復したもので
店内に一歩足を踏み入れると、
西洋文化花盛りし頃を彷彿させるノスタルジックな空気が時間を逆行させ、
ふと窓の外を見ると『ハイカラさん』が闊歩していてもおかしくない、
そんな錯覚に陥ってしまう。
フロアにはギャラリーも併設、
ゆっくりアート鑑賞に浸るもよし、または流れる時間にただ身を委ねる、
そんな空虚な時を過ごすことも大切だと、この店はささやいているようだ




「タウンはりま」の記事より抜粋








ギャラリーオーナーの井上美佳さんのお知らせ文章↓

インドネシアのバリ島で家族と共に20年間暮らし、
現在は、東京柴又を拠点に制作活動をされている洋画家吉川孝昭さんの風景画展を開催いたします。

吉川さんのライフワークでもある寅さん映画のロケ地巡りが縁で、
龍野・ガレリアでの展覧会は今年で3年目になります。

吉川さんプロデュースによるオリジナル染織や、バリ島のアタ籠、シルクストールなどに加え、
今回は吉川さんが23年前から収集されてきたジャワ島東部のトゥバン布などのアンテーク布や
ローマングラスなども展示販売いたします。

新緑の龍野にお越しいただき、吉川さんの寅さん談議もお楽しみください。





というわけで

今年も男はつらいよの聖地のひとつ「播州龍野」で展覧会を開催します。

寅さんファンの皆様、今年もぜひ気楽にお越しくださいませ。

いろいろ寅さんの四方山話をいたしましょう。

絵画が20点ほど、染織工芸が200点ほど です。




http://galleria-arts.wix.com/galleria-arts#!artists/cfvg





     
蔵の町をゆく 2014年 油彩
    
      















2015春BBQ




2015年3月28日 

バリとバンコクの疲れを癒すために葛飾の仲間と一緒に恒例のBBQin 水元公



バリとバンコクの疲れを癒すために葛飾の仲間と一緒に恒例のBBQin 水元公園



昼から20度を超えるポカポカ陽気and快晴




     




     




     




     




     




     




     




     




     





      スモークも旨かった〜〜〜〜!!

     













帝釈天に祈る

2015年3月3日  あれから4年後、再び帝釈天に祈る息子





もうあれから4年経った。

それは2011年3月14日。大地震の3日後だった。

あの日、前年暮れに20年住んだバリを引き上げ、
東京で、私と同居し始めた息子(宮嶋龍太郎)は、幸いにもというか奇跡的にというか、東京藝術大学美術学部に合格した。
彼は映像系(アニメーション、メディア、写真)なので「先端藝術表現学科」という学科。


そして4年後の今日

2015年3月3日 ひな祭りの日。

今度は東京藝術大学大学院映像研究科 修士課程アニメーション専攻に合格した。

学部生も東京藝大は各学科が20人〜40人と少数精鋭だが、
大学院は当然外部の大学や社会人も多く受験するにもかかわらず、
どの大学院学科もさらに人数を絞って15人〜20人しか入学させないという厳しさ。つまり超少数精鋭。
特に息子の受験したアニメーション専攻科は16名しか合格しないのだが、
それゆえ、課せられた試験の種類も多岐に渡り受験試験のボリュームが半端なかったようだ。

まず、4年間の学部成績証明書提出と40ページにも渡るポートフォーリオファイル提出と10分間の過去のアニメーション作品提出に始まり、
会場での一般教養筆記試験、専門分野筆記試験、その後会場での2時間の枚数無制限の人体ドローイング(デッサン)、

ここまでが1次試験 そして10日後1次の合格発表


そしてさらに1週間後、

2次試験は、2000文字以上の会場での論文試験、そしてその後200枚以上の会場でのアニメーション絵コンテ制作、


そして最後の関門が全員の教授たちの前での面接。


そのような幾重もの関所を通過して無事入学することができたのだ。



家の前にある題経寺(柴又帝釈天)は学業の神様ではないが、受験時から息子の願いをいつも聞き入れてくださった。
今回、美術学部先端芸術表現科の大学院も、映像研究科アニメーション専攻の大学院も、両方合格できたのは、自分の実力だけでなく
ひとえに帝釈様の最後のご利益のおかげだと息子は思っている。
実際に帝釈様のご利益はハイパワー。
4年前の学部入試の時も私立大学、国立大学全て合格させていただいたので、今回の2つの大学院合格も含め全戦全勝パーフェクトなのだ。


合格を知った後、彼はさっそくお礼にお参りしていた。


長く手を合わせる息子・・・


信心深いバリ島の人々の中で20年も育った息子は、信仰心が厚いのだ。






   2015年3月3日 東京藝大大学院 映像研究科に合格し、再びお礼に帝釈堂に向かって長く長く手を合わせる息子↓

     







     これは、ちょうど4年前、2011年3月14日 東京藝大美術学部先端芸術表現科に合格した時の写真↓

      






こうして、また、彼の人生は新しい扉が開かれたのだった。


当然だが、ここからは大人としてのプロのアニメーション作品制作。

学歴とは関係なく、才能に基づいたセンスとひらめき、アイデア、そしてモチベーションを伴った根気だ。
彼は、これからの茨の数年間を知っているのだろうか・・・












卒業式



追伸  バリ島から日本に戻った翌朝

     3月25日は快晴。卒業式日和



     東北の震災で入学式がなかった分、どの学生もひとしお感慨が深かったに違いない。

     






      もうこの二人は4年目に入るのかな。肥後沙結美さんと一緒に。

      
      




そして息子は4月6日は藝大大学院映像研究科の入学式だ。
彼女も藝大大学院先端芸術表現科に入学する。


      



      






      美術学部の前庭で、木漏れ日と共に

      







    謝恩会場にて

   







 卒業式後に集まった謝恩会。東京藝大美術学部先端芸術表現科卒業生と大学院卒業生と3年生の有志たち、そして教授たち。
















はくたか


2015年3月1日

さよなら 特急「はくたか」




特急「はくたか」

今までに何十回乗ってきたことか・・・。

北陸新幹線開業に伴い、3月14日この特急は姿を消します。


名残を惜しむように、顔の部分をなでてやりました。



         2015年2月27日 雪積もる 越後湯沢駅にて 「はくたか」をなでる私

       




       2015年2月25日 富山駅にて「はくたか」をなでる息子

       






          なぜ、冬に「はくたか」に乗ったかと言うと、2月26日、高岡でアンティーク布Collection展の図版を制作するために200枚の中から88枚を選び撮影したのです。

       












edogawayukigesiki2015


2015年1月31日

江戸川に雪が降る。静かな日でした。




午前中の3時間ほど雪が降り夕方遅くまで雪が積もった。
午前10時から2時間ほどスケッチ取材と写真たくさんと動画少々。



     



     



      



     



     



          







          
















KINOUKYOUASU



2015年1月12日


昨日 今日 明日 






パリで1月7日、風刺週刊紙『シャルリエブド』の本社で起こった銃乱射事件を受け、
SNS上では同業のアーティストたちによる追悼の絵が続々と投稿されている。





そのひとつ。








        















torasann2014


2015年1月7日

寅さん記念館絵画展のお客様スナップ写真



2014年11月下旬から開かれた寅さん記念館での絵画展は昨年同様多くのお客様が来てくださった。




    







いつもお世話になっている大事なコレクターの方々。
今回はじめて絵を買われた方々。
私の学生時代からの親友。
私の学生時代の後輩。
私の教師時代の教え子たち。
東京や関東や名古屋や関西から遠路遥々来られた寅さん仲間。
柴又でお世話になっている方々。
葛飾区の仲間たち。
絵描き仲間たち。
ギャラリー関係の方々。
前回の展覧会で深いご縁のあった方々。
私のホームページをいつもご覧になって来られた方々。
そして報道テレビの方。

等々である。



しかしついつい撮影を忘れたり、お客様がダブった時などは
撮影できないままになってしまったりで、
今年も昨年同様2割〜3割ほどの友人や知人の撮影ができなかった。
生来の無精者ゆえどうかお許しください。

今年は順序不同で写真だけを紹介いたします。



寅さん記念館のお客さんで熱心に見てくださり、お話もさせていただいた方々も
たくさんおられましたが、膨大な分量になってしまいますので
今回はご紹介を割愛させていただきます。
ご了承ください。

また画像サイズや色補正などがマチマチになっていますが
そのつど、適当に保存したため不統一になっています。
ご了承ください。





    
コレクターの方々

    



    



    


     

   
   

     


    


    


     



     



    






    
学生時代からの親友たち

    


    


    
息子と

    




    

  

    



    



    






    
教師時代の教え子たちも東京のみならず関東や愛知から遠路来てくださいました。

    





       何時間もかけて来てくださった実に多くの寅さん仲間たち(全員撮れなくてごめんなさい)

    



    



    



    




    



    



    



    


       
    



    



    



    


    



    



    



    



    



    



    



    



    




        葛飾区や柴又で長年お世話になっている方々

    


    




    



    



    



    



    



    



    



    



    






       






       







        









      帝釈天で

      この背広は渥美さんが第46作で着ていた本物
      松竹の小林さんのご好意でしばし身に付けることができた。
      ちょっと至福^^

      




   
画家関係、美術関係 ギャラリー 絵を買われた方々 特別ご縁のあった方  報道の方

    
       


    



    



    




    



        





         






         






         






          





          






          













BBQ山田監督銅像

               
2014年11月10 日 ちょっと息抜きBBQと山田監督の銅像


寅さん記念館での絵画展準備が進んでいるが息抜きも必要だ。

NPOの小山さんたちが、そんな缶詰になってる私を見てかわいそうだと思われたのか
今回も1年い5回ほどやってるBBQに誘ってくれたので
お昼の4時間を水元公園で遊びながら葛飾の秋を味わった。



    




    




3時半ごろに寅さん記念館の山田洋次ミュージアムにみんなで立ち寄ったら
この日が山田監督の銅像の除幕式で山田洋次監督も来て
この銅像の前で同じポーズをとっていたそうだ。


     




   










入来2014




2014年11月4日 やっぱ「お天道様はみていなさるねえ〜!!」




「野球小僧」の苦労人が、あの魂の投球を若鷹に授ける。

ソフトバンクの3軍投手コーチに、
入来祐作さんが招聘された。

若き育成選手たちにいつものあの口調で
熱く賢く優しく指導される
彼の姿が今から眼に浮かぶようだ。
若き人材育成は彼の天職。

3軍の育成枠から巣立って行き、1軍で活躍してる
千賀、牧原、山田、飯田、など、ホークスには
育成枠からの1軍選手がたくさん出てきている。


よかった。

ほんとうによかった。



      







もうとにかく
あの入来にもう一度ユニホームを着させてやりたい。
僕はここ数年横浜で用具係りを一生懸命続けている
彼を時々映像やYOUTUBEで見ながら
そう思っていた。



     





SBが日本シリーズで勝った時よりも
今回の入木さん入閣人事の方が嬉しい(T-T)

ひさしぶりに胸に込みあげるものがあった。




      





入来さんはドラフト1位で巨人に入団。

気迫十分の魂の投球と浮き上がるような直球で、
2001年にはチーム最多の13勝(4敗)、
防御率3・71をマーク。この年が絶頂期だった。

その後トレードで日本ハムへの移籍したが、
06年には海を渡り、
メッツなど米大リーグで夢を追ったが
3Aで終わってしまった。

08年に横浜(現DeNA)で戦力外通告を受けるまで、
怪我や故障もあって波瀾万丈の選手生活を送った。


彼はどうしても野球から離れられなくて
最後の球団の横浜から戦力外通告された時に
フロントさんに頼み込んで、バッティングピッチャーをやった。
その後、自分に合ってるということで1軍用具係りに変わって
現役時代のピッチングと同じように「魂の入った」用具係りとして
裏方に徹してた。

でも、自分の分をわきまえ、
決してでしゃばらずに
黙々とそして一生懸命に用具係りの仕事をしてこられた。

やっぱり見てる人は見てますね。

寅さんは言ってるよ

お天道様は見ていなさるネエ〜〜」って。


入来さん!グランドをトンボで黙々と整備する姿
僕には最高にかっこよかったです!


やっぱ、みんな見てるんですよね〜↓

 サントリー BOSS CM


http://youtu.be/WrkWNweNicU




CMメイキング

http://youtu.be/7DHhcwJiWmU





      




横浜の「はまれぽ.com]が入来さんの用具係の
日常をインタビューしている。

なかなかしっかりとしたいいインタビューだった。


http://hamarepo.com/story.php?page_no=0&story_id=2394



こんな映像もあります。

用具係りを黙々とそして集中力を持ってされている彼の姿。

ファンの方もちゃんと見ているんですね〜〜。

いい映像でだった、これは。

http://youtu.be/LWLe6n8mS5g















2014バリ10月


2014年10月8日 バリ島は今最もいい季節です。


10月1日からバリに滞在している。

今バリは暑くもなく寒くもない。そして雨季にはいたっていないので
毎日ほとんど晴れてくれる。

私の敷地に咲く花


    



今日は満月だった。家の前にも、道端にもお供え物がびっしり。↓

     



今夜は満月。村々のお寺で宗教儀式が深夜まで行われている。

    




バリで一番うまい料理はタガス村にあるワルンタガスのナシチャンプル。
一見普通のお店だけれども、デンパサールやウブド近辺からどんどんやって来る。

私も滞在中3回は食べる。

日本滞在中、私はこのナシチャンプルの禁断症状にかなり悩まされ続けている。



    



    


そして・・・


ヤングココナッツの白い固形胚乳は格別にうまいのです。

    


    



    




        
        







もちろん仕事もしっかりしてます。

今回もオリジナル染織工芸のオーダー品が出来上がって25箱ほど船便で送った。
すべての箱に息子の「SEAMAIL ART」を描き入れるのだった↓


      










竹富島2014


2014年9月27日  龍太郎今昔物語 11年後の八重山諸島竹富島





ここに1枚の絵がある。

これは今から11年前に私が連れ合いの宮嶋紀子と息子の龍太郎と3人で八重山諸島の竹富島に長逗留し絵画制作を
行った時の1枚である。




     竹富島の午後 油彩  2003年9月

    





その時、
かつて連れ合いの宮嶋紀子が一度一人で絵画制作にこの島を訪れ、
1週間ほど泊まったことがある「泉屋さん」の離れのかやぶきの家が私も気に入り、
そこで自炊しながら再度今度は家族全員で長く生活したのだ。



     竹富島2003年9月下旬

    



    

    南風の通り道  油彩   2003年9月

    
    




     離れの裏は風情のある通りとなっていた。  2003年9月下旬  龍太郎14歳

     
     





   その時連れ合いが泉屋の前で紅型着物で記念撮影したのだが、当時14歳の息子にも洒落で紅型着物を着させて
   3人で記念撮影したのがこれ↓


   当時息子は14歳で、まだまだ少年だったので女装が似合ったのだ。
   彼はさすがに嫌がってはいたが、渋々記念撮影に応じてくれたのだった。
 
    






そして2014年9月 



 息子はちょうど丸11年後の2014年9月下旬、大学4年生の同じ季節に、
 芸大の美術学科のクラスメートでもあり、もう3年間付き合ってる彼女と
 1週間の旅行&作品制作にでかけたのだった。この二人のこの季節の旅行は恒例となっているようだ。


 11年前とまったく同じ風景の泉屋の前の石垣とブーゲンビリア。
 11年前は家族3人で撮影したが、今度は新しい連れ合いさんと記念撮影。月日はめぐるのである。

    







     私たち家族が2003年に滞在した泉屋さんの離れのかやぶきの家は今も健在! 2014年9月 息子たちが撮影↓


     








      竹富島の茅葺の家 油彩 2003年9月

     





     この茅葺の家で滞在していた私 2003年9月

     






       2003年9月 竹富島コンドイビーチで貝を探す龍太郎やっぱ少年だねえ^^

      






      2014年9月 同じくコンドイビーチで、11年後もやはり同じく熱心に貝を探していると思われる龍太郎 ┐('〜`;)┌ 

      








    珊瑚礁を砕き白砂をまいた「白い道」が特徴的だった竹富島  2003年9月
   
当時の龍太郎のあらゆるTシャツはすべてジムトンプソン。
お気に入りだった。


    




    この小さな島の桃源郷は、龍太郎も気に入ってニコニコ

    





    2014年9月 11年たってもやはり同じように口を開けてニコニコ笑っている龍太郎 ( ̄∇ ̄;) 

    








猫中島だらけ^^;(島中猫だらけ)だったので、龍太郎はずっと猫と遊んでいた。 2003年9月コンドイビーチ 

     






11年後も、このように↓ 猫中島だらけ(島中猫だらけ)なので┐('〜`;)┌ 龍太郎は今回も猫いじりに興じていたようです。


     2014年9月 コンドイビーチ

     






    彼女が履いているのは、バリ島の私の工房で作ったオリジナルバティックパンツ。↓たぶん息子がプレゼントしたんでしょう^^ 2014年9月

    







     というわけで


     2003年9月のこの14歳の幼かった少年が



      









     24歳になって竹富島を再訪したというお話でした。 2014年9月


     







おしまい












風の盆2014


2014年9月2日  今年も「おわら風の盆」がやって来ました。




今年は前夜祭からとても静かな風の盆だ。
なぜかツアーバスが少ない。
そして個人で来ている人も10年ほど前の半分ほど。
昨年もけっこう少なかったが今年はさらにお客さんが少ない。


私は上新町の自宅アトリエの前のほうで絵画と染織工芸の展示会をしているので、お客さんが少ないのは困るのだが
踊りや演奏を見に来ている人々にとっては人があふれた昔と比べてちょうど混み合わないでいいころあい。
八尾の路地はどこもかもせまいのでお客さんがあふれるともうどうしょうもなくなるのだ。
今年は踊り手も見る側もゆったりと自分のスペースを確保できているようだった。



夕方雨が降ってどうなることやらって思ったが、夜の8時ごろからは雨も止み、お客さんのために踊りが行われた。
そして本当のおわら風の盆は、十一の旧町で有志たちがパラパラ家から出て町を流す深夜以降のその姿だ。

この深夜のおわらは深夜午前1時から始まり午前4時過ぎまで続く。






深夜の有志たちによるそれぞれの町流し。


この時間が唯一のこの町の人たちの楽しみ。




     以下の画像はすべて 2014年9月1日深夜26時 諏訪町通り
    





    






    






    





夕方は3時間ほど降ったが、夜7時から夜中の3時まで雨が止んでよかった。



今日9月1日は、私のパトロンであるつくば記念病院の整形外科部長の生芝さんがつくばから今年もまたはるばる来られた。
富山大学医学部卒業の生芝さんは風の盆暦は30年近くになる。
そしてもうかれこれ20年近く私の風の盆の展示会にも必ず顔を見せられ、絵を買ってくださる。
このアトリエの2階に泊まっていただいたこともある。


今回生芝さんが買われた絵は昨年の寅さん記念館絵画展のポスターに使った「帰郷」


     




 この絵は私も気に入っていて作品集にも掲載しているし、全国の染織工芸と絵画の企画展にも巡回させた作品だ。
 気に入っているゆえに油彩並みのかなりの高額をつけていたのだが、生芝さんはいつものように静かに「『帰郷』をいただきます」と
 言われたのだった。

今年の11月下旬からの寅さん記念館での絵画展に、生芝さんから「帰郷」をお借りして飾らせていただこうと思っている。



    
「帰郷」  水彩  2012年
    








また、寅さん記念館の絵画展や京都での絵画と染織工芸展にも来てくださった生芝さんの仕事の仲間である
京都山科の徳岡さん夫妻もサプライズで長女さんを連れて生芝さんと合流され、風の盆に来られた。


     
はるばる京都から来られました、徳岡さん夫妻。
     




そしてもう一組 同じくサプライズゲストとして
バリで知り合い、その後私の連れ合いの紀子さんがバリ舞踊を砺波の神社に奉納した時の禰宜でる酒井晶正さんも17年ぶりに来られた。
バリの幼稚園園児だった息子が大学4年生になっていたので深い感慨をいだかれていた。
彼は高岡関野神社の禰宜もされている。
音楽に造詣が深い彼は、今回、来年春から始まる新幹線高岡駅の乗り降り時メロディのアートディレクターもされたらしい。


     





そして驚いたことに^^;もう一組

葛飾区のNPOの仲間でありとても深いお付き合いをさせていただいている
私の絵のコレクターさんの植村さんと大淵さんが午前中から2日の朝方にかけて夜通し風の盆を見に来られた。
風の盆は夜流しこそがメインなので深夜の夜流しを見逃さないように私は強く助言した。

いつも柴又でお会いしてるのでこんな日本海の山深い場所に来られて・・・奇妙な感じではあった^^;   息子と記念撮影。


    



夜7時から深夜3時までは雨がほとんど降らなかったので、とにかくみなさん夜流しを見聴きできてよかった…。











誕生日

2014年8月17日 家族3人同時誕生日祝い




とにかく今年は多忙なのだ。

二日前も富山県黒部市宇奈月の「烏帽子山荘」での大きな企画展の搬出を終わらせたばかりだ。

私と息子と連れ合いの3人が一緒に過ごせる日々が今年はそんなにない。
私と連れ合いはまだそれでも時々一緒に入れるが、それに息子が加わるとなったら本当に少なくなる。

それゆえ、昨日8月16日に、
8月18日の連れ合いの誕生日の祝いも 息子の9月24日 私の10月14日も全て兼ねて祝うことになった。

8月18日は息子が特別集中講義で東京にいったん戻ってしまうし、9月24日は私と息子がいったん東京だ。
10月14日は私が日本を離れ2週間バリ島にいる。

それゆえ、昨日8月16日に連れ合いの母親も交えて3人分いっぺんに祝ったっていうこと。
祝うって言ったって別段大きなプレセントを上げるでもなく何をするでもない。

4年前までは誕生日のたびにバリ島で手作りケーキを半日かけて作っていたが、
日本を中心に暮らすようになってからはそれも難しくなり、そしてついに今年はそれどころじゃない忙しさなので
とりあえず自宅から車で10分の所にある富山でも一番おしゃれでおいしいと言われるケーキ屋さん(やかもち蔵)で
いろいろ注文してケーキを食べた。
ここはテイクアウト専門の店だが、店の中に自由にケーキを食べてもいいセルフのコーナーがあり
コーヒーもお代わり自由で飲み放題なのだ。
このコーナーは私も連れあいも気楽なので前々からお気に入りでよく利用している。

2人いっぺんに誕生祝いをしたのは何度もあったが、3人いっぺんははじめて。

まあ、そういうのもいいでしょう。






     







      食後 息子が手を伸ばして自撮り。↓

     







さあ、いよいよ風の盆前夜祭が始まる。
私も越中八尾の自宅アトリエで展覧会だ。


      案内はがきも例年通り全て手描きの水彩画。全て違う絵。↓


      







白い花2014


2014年7月30日 バリ島の白い花とアグンライ




今回のバリ滞在は1ヶ月に満たなかった。
過去23年間でもっとも短い滞在だ。


私の親友だったアグンライが亡くなったのは、私が剱岳に登っていた2002年の晩夏だった。

この家を建てる時に二人でああいでもないこうでもないと工夫して、大工さんたちをコントロールしたものだ。
それから毎年アグンライが亡くなる1年前にポットに植えていった白い花が
毎年毎年私の滞在中に限って不思議に毎年何輪もの花を咲かせてくれる。

あの白い花が咲きはじめ、散り終わるまでの数日間、彼が地上に降りて私の家に滞在するのだ。
誰に話しても相手にされないが、私は勝手に大まじめにそう決めている。
そして熱帯ゆえに、水と肥料さえ普通にやっていると毎年咲き続けるものだと思っていた。

しかし7年前にその根っこがだめになってしまって、枯れてしまった。
彼が亡くなる前の年に植えたのでその当時ですでに5年近く咲いてくれたのだが、
こういうのも寿命というものがあるのか、土が固くなったのか、肥料が足らなかったのか、
よく分からないが、とにかく枯れたのだ。昨年から水はけが悪くなったので根腐れしたのかもしれない。


なんとか再生させようと、息子と二人で土を入れ替え、肥料を撒きなおして、丁寧に世話をしたら
枯れてから1年後、なんと奇跡的に完全復活してくれた。
そして数日前に花が次々に咲いたのだ。
それが2007年だったかな。

そして奇跡の復活からさらにまた7年が過ぎた2014年7月・・・・

夜にそっと月の光に咲き始めた白い花。

こんな短い滞在によくぞ咲いてくれた。
なにやら、アグンライがまた訪ねて来てくれたようで嬉しかった。深夜に感慨が押し寄せてきた。

42歳で死んでしまったが、彼が生きていたら私と同じ54歳。

今回のバリは乾季の真っ最中で夜は肌寒いほどだった。
彼の彫った彫刻は今も私の敷地のいたるところでたたずんでくれている。



      




      




      








2014年7月27日 お帰りなさい 大隣憲司投手




私は父子2代に渡るホークスのファンだが、
杉内や和田が去って以来、ホークスには慢性的に左のエースが不十分なのだ。
しかし、本当は2年前までは一人強靭な左腕若武者が存在した。

それが
大隣憲司投手だった。

ソフトバンクの左腕エースであり、かつ、2013年のWBCの先発投手でもある大隣憲司投手。
一次ラウンドのキューバ戦と二次ラウンドのオランダ戦に先発登板した凄い投手なのだ。
マウンドから消えたのは昨年6月1日。
国指定の難病・黄色じん帯骨化症の症状が現れ、下半身が麻痺してきたのだ。
「左足の感覚がなかった。温かいとか冷たいとか、それを感じることが出来なくなっていました」
と彼は言っていた。

昨年6月1日に登録抹消され、同21日にすぐに手術を受けた。

それから400日以上リハビリを続け、その間、大隣投手は1軍のマウンドに上がる事はなかった。
そして今年春からゆっくりゆっくり病気からのからの復帰を目指す。


ウエスタン・リーグでは6試合で3勝0敗、防御率2・13と結果を出し、
今日(11日)に中継ぎ要員として約1年1か月ぶりに1軍登録される。

そしてついに本日2014年7月27日ついに先発で7回を見事に3安打1失点に抑えたのだ。


間違いなくソフトバンクの左のエースが本格的に復活を果たした。
彼の球は球威があるうえに杉内や和田同様、
微妙にタイミングがずれ打者があわすことが出来ない。
調子のいい時の彼は凄いのだ。乗ってくるともう誰も打てない。


それにしても、彼の復活は大きい。









      




      




      




      




お帰りなさい大隣投手。











2014年5月22日 播州龍野日記




龍野ガレリアでの展覧会に
寅さん仲間がたくさん来てくださいました。
ありがとうございました。



朝日新聞夕刊コラム 「これでいいのだ!」


龍野のガレリアでの展覧会の会期も残り少なくなったある日
寅さんつながりの友人である小泉信一さんが
夕方突然わざわざ大阪の朝日新聞本社
から車を飛ばして駆けつけて下さった。
彼は見た目は↓のようにカジュアルな寅さん風の下町紳士だが
実はれっきとした朝日新聞本社の編集委員なのだ。
2011年に寅さん記念館での個展に来てくださったのをきっかけに
品川での展覧会も来てくれ、いろんな寅さん話も際限なくし合える仲だ。

会いに来てくださっただけでなく
きちんと新聞取材も長くしてくださって嬉しかった。

それで、その取材の結晶がこの文章である↓

   



 朝日新聞夕刊に連載中のコラム「これでいいのだ!」に掲載された私に関する記事

   



       朝日新聞デジタル版でも紹介されています。

       「朝日新聞 これでいいのだ」で検索すると出てきます。
       デジタル版ではこのように写真も大きく拡大できます。↓


 



 
   小泉さんはガレリアの二階からの眺めを気に入っておられた。

    


第48作「紅の花」での石倉ベーカリーのモデルになった
石倉さんご夫婦と娘さんたちや従業員の方たち。そして小泉信一さん
そしてその右横が私で、
私の右隣はずっとお世話になったガレリアのオーナーさんである井上さん。
石倉さんのご主人はごらんのように
長田の寅さんとして
寅次郎の格好で来てくださいました(*^▽^*) 





    
石倉さんご家族と私

    


石倉さんたちは龍野の町を私と散歩されました。
ご主人の寅さんは龍野の風情のある町並みに見事に
はまっていました。


   


龍野市の栗原市長さんも副市長さとともに訪れてくれました。
寅さんのロケ地に龍野の町が使われたことに
とても興味を持たれ、龍野の町並み保存のことや
「寅次郎夕焼け小焼け」の話題で大いに盛り上がりました。

    


    


息子醤油蔵をモチーフにした2分のアニメーションも興味深く観てくださいました。

    

龍野市長のHP
http://www.city.tatsuno.lg.jp/shisei/shichou/shityonoheya.html



そして以下↓の写真たちは
僕の展覧会のために遠くから駆けつけてくださった全国の
果てしなく
ディープな寅さん仲間の方々です。
一部しか紹介できませんが写真を取り忘れた方々続出ですいませんm(_ _;)m
しゃべるのに夢中で写真はどうしても忘れるのです^^;ヾ


   
 左端は今回アニメーションをこの展覧会で発表した息子の宮嶋龍太郎
   

   


    


     


     


      


      


       


       


       


       


          
  インドネシアの青年たちとの深夜の交流もありました(^ー^)ノ

        




            ロケ地めぐりの達人たちと2日かけて750キロの山陰ロケ地制覇の夜に乾杯

 


     

みなさん ほんとうに遠くからありがとうございました。



また、今回龍野滞在中に休日を利用して
第44作の兵庫と鳥取と倉吉のロケ地を小さなシーンや車窓まで完璧に制覇し、
別の日に今度は第32作の因島のロケ地も完全制覇した。
これらは6月中旬までにアップする予定。






















2014年5月13日 播州龍野日記

一期一会  雨にけむる鶏籠山とハーモニカの音色


兵庫県龍野市、揖保川のほとり
ギャラリー「ガレリア」での日々も明日が最終日。
本当に多くの人々が来てくださり感謝以外の何ものでもない。
ガレリアの馴染みの多くのお客様方、
龍野の町で知り合った私の仲間の方々、
ほぼ毎日、特に遠くから来てくださったたくさんの寅さんファンの方々、
そして長い付き合いの全国から来てくださった私の多くの寅友たちや記者さん。
毎日がんばってくださったオーナーの井上さん、お兄さんの若林さん。
セコンドであり、縁の下の力持ちの松本さんをはじめ若いスタッフの方々。
そして、私をいつもしっかり支え続けてくださった地元龍野の寅友の小手寅さん。
本当にありがとうございました。
こんなにいろいろな方々に支えられるなんて予想だにしてなかったので
驚きの毎日であり、そしてなによりも凄く楽しかった。


     今回は私の息子の宮嶋龍太郎も新作発表をガレリアで行った。↓

   


本日は最終日の前の日
雨にもかかわらずはるばる堺や赤穂から寅さんファンの方が来てくださった。

赤穂の方はなんとハーモニカ演奏をしてくださり
そしてなんと「
男はつらいよ」を演奏してくださったのだ!
やさしくしっとりとした彼女のハーモニカの音色は旅を続けている私の心に沁みた。

雨けむる龍野の町と鶏籠山を遠くに眺めながら
3度4度と演奏してくださった。

ガレリアでの演奏動画
http://youtu.be/gpXno3YBZ6k


ハーモニカを演奏する赤穂の小河由美さんと雨にけむる鶏籠山




今回来られた方々のお写真(一部です)は数日後にまたアップします。
また、今回龍野滞在中に休日を利用して
第44作の兵庫と鳥取と倉吉のロケ地を小さなシーンや車窓まで完璧に制覇し、
別の日に今度は第32作の因島のロケ地も完全制覇した。
これらは5月末までにアップする予定。















浅田真央


2014年3月1日 バリ日記  


浅田真央 運命の直前6分間練習

起死回生のカタルシス   「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」



       





       






浅田真央のフリー演技・・・


地獄と天国

不思議だ・・・




ほどほどにSPがよくて
そしてフリーもまあまあよくて
4位あたりを取る時よりも
この落差が感動を呼ぶなんて・・・

今回は上位3人がSPもフリーも高レベルだったので
浅田真央は納得のSPで今季最高の点数をだしたとしても
つまりSP、フリーともども最高でも3位ではあったのだ


でもそれとは別に
SPとの落差が大きかった彼女の自己最高のフリーの演技が
大きなカタルシスとともに世界に感動を呼び起こすできごととなる・・


メダルとは関係なく・・・

というより、
メダルを獲れなかったからこそ、
今後何十年も語り継がれ、心に残り続ける
素晴らしい名シーンを作り出すこととなったのだ。


SPの地獄をみんなで味わった事で
今日のフリーは世界中のみんな、少なくとも日本中のみんなが
救われ、そして、感動したのだ。

この「救われた」と言う気持ちは
SPの地獄なしにはありえないことだった・・・

なんとも皮肉なことだ。

一寸先は闇 一寸先は光なのだ。



フリー演技の直前・・・

もうメダルは遠のき、
残るのは、浅田真央が最後個人として大きく救われること。

全ての観客は、もうそこ一本。

これこそみんなの一番の願いだったのはひしひし伝わっていた。

もちろん私も、願いはそれだけ。

浅田真央が演技した直後は
伝えきれない大きな心の震えが訪れ、もうそれは至福だった。



実は私は7年ほどずっと浅田真央を応援してきた。
彼女の国際大会はほぼ全部生放送で観てきた。

浅田真央は氷の天才なのだと7年前から確信し、その滑りを追いかけてきた。
私たちの心を震わせて開放させてくれるアーティストだと。


韓国のキム・ヨナは美しい線を寸分狂うことなくトレースする
有能な絵描きさんの才能に似ている。
再現能力が素晴らしい。


それに対して

浅田真央は自分で思い切って線を描く感じと言えばいいだろうか。
だから彼女が調子がいい時は観ている私の予想をはるかに超え、鳥肌が立つ。

キム・ヨナには感心し感服する。凄いって唸る。
浅田真央には心が開放され感動する。

ロシアの優勝したアデリナ・ソトニコワは若いせいか
体が軽いゆえにジャンプの滞空時間が長く
回転もしっかりしていた。
競技的に、そういうことが「加点」になる競技なのだ。


もちろん採点において、ホームのエコヒイキはそれなりにあると思う。

ないわけがない。

キム・ヨナとアデリナ・ソトニコワのフリーの差
5・76点は開き過ぎなのは世界の皆さんが思うとおりだ。


でも・・

そのアドバンテージを差し引いてもやはり2点ほどの差で
ロシアのアデリナ・ソトニコワさんが僅差でやはり勝ったと思う。


キム・ヨナはバンクーバーより抜群に美しかったが
スタミナがちょっときつそうだった。
後半特に微妙にステップやスピンでの開放感が弱かった。


コストナーは実に優雅で美しかった。
さすがの真のアーティストだった。

だから
この順位は「競技」である以上妥当だと思う。




もうちょっとこの「競技」について補足すると

たとえば男子では誰でもできる高くて大きなジャンプを女子がやってしまうと
大きくそのたびにできばえ点が加点されて行くるのがこの競技なのだ。
結局「男子」をやってしまうと勝てるわけだ。

だからアデリナ・ソトニコワがキム・ヨナに勝ってしまう。

つまり女子フィギアスケートはやはりバレエダンスや
芸術演技の競争ではなく
体操競技と同じく筋肉やバネ、瞬発力勝負の部分が大きいわけだ。

でも・・・

キム・ヨナが敗れたのはやはりそれだけじゃないと思う。

なんていうか・・・

生命力の差とでもいうのか・・

芸術性はまだまだ低くても
やはり生き物として輝いていたのは
アデリナ・ソトニコワだったのだ。

しつこく言うが

極めて正確なトレースの線と
生のフリーハンドの線の違いと言うのは
絵画においては本質的なものでもあるわけだ。

もちろん
どんな選手もみんな
コーチの振り付け通り練習して来ているのは同じなんだが
おそらく人生観がでる。
それを私は「生命力」と言いたい。


キム・ヨナは絶対に安全な足し算しかしない

絶対に間違わないくらい練習を重ねた確かな足し算。
もちろん芸術的にはかなり高いレベルだが・・・

「身を捨てない」のだ。

「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」という行為の中で
成功体験をしたことがないのだろう。

韓国と言う国のお国事情がそうさせたのかも知れない。

キム・ヨナはメダル授与後のインタビューのあとで
気持ちがようやく軽くなったって号泣したそうだ。



とまあ、
このように美を競う反面「スポーツ競技」でもある以上
アデリナ・ソトニコワだけでなく、浅田真央もまた、
今回のフリーは究極のプログラムで臨んできたのだ。

それが「
8トリプル

「8トリプル」とは、文字通り、3回転ジャンプを「8つ」跳ぶこと。
浅田真央のいつものフリープログラムでは、
トリプルアクセルを2回入れていたため、
コンビネーションジャンプは、「3回転半+2回転トゥループ」になっていた。
3回転ジャンプは7つ。

しかし、ソチ五輪フリーでは、トリプルアクセルを1つに減らし、
いわゆる3回転+3回転のコンビネーションジャンプ
(「3回転フリップ+3回転ループ」)に変更。

これで、3回転ジャンプが「8つ」になった。

トリプルアクセルを2回から1回に減らしたのは、
プログラムを易しくするためでもリスク回避でもない。

3回転+3回転のコンビネーションを入れることで、
逆に基礎点を上げる作戦だった。
むしろ難易度は上がっていた。

浅田真央のソチでのフリープログラムの基礎点の結果は66.34。
ソトニコワ(61.43)、キム・ヨナ(57.49)、コストナー(58.45)を
大きく上回ったのだ。






さて


話は戻って・・・



あの19日、魔のSPの地獄のあと
翌日もまぶたを腫らし あきらかに寝不足の顔で昼の練習に臨んだ浅田真央の映像は
冴えが全くない状態だった。

その直後の佐藤コーチandお姉さんの舞さんからの電話での
びっくり水「渇」と昼練習後の睡眠and赤飯

そして決定的に浅田真央を生き返らせたのは
本番直前6分間の練習。

間違いなく地獄のSPからの100年の歴史に残る
起死回生の24時間だった。



深い奈落から遥か上の空が見えて

もうメダルを意識しないですむんだと思った時
はじめて自分の追い求めたスケートができると思ったのだろう。
ここまで落ちてようやく「覚悟」ができたのだ。
あとはもう「自分が心から納得できればいいのだ」と。

そして最後の6分間練習で、今までちぐはぐだったすべての「タイミング」が
ピタっと完全に合致したのだ。
「身を捨てる」ことにより幼虫から蝶へ脱皮した。
あの最後の6分間の練習で彼女はおそらく理想としていた未来が
パーッと見えたんだと思う。

私は生放送であの6分間練習をしっかり見ていた。

なんとトリプルアクセルも3回転連続ジャンプも
静かにしかし完全に自信に満ちながらスイーッと決めていた。

会場がざわめく・・・・


昼の練習が最悪だと聞いていたので
この6分間練習は信じがたい光景だった。

これのどこが最悪なんだ・・・?

すべての雑音が消え、タイミングが見事に合っている。


あの6分間練習が全てだったと思う。
目に力が蘇り、顔に全く迷いがないのがありありと見えた。
なんという回復力。
彼女の類まれな才能がプレッシャーを超えていったのをまざまざと見せつけられた。

もうこの時点で、

実は私は成功をかなり確信した。
そう思わせてしまう何かがこの6分間練習にはあった。



運命を大きく分けた
2月20日フリー演技直前の6分間練習は
ゆっくりではあったが見事に体が動いていたのだ。
完全に24時間前の浅田真央ではなかった。


彼女は「身を捨てた」



フリー演技直前の6分間練習に向かう浅田真央。
この時点で目に大きな力が感じられる。↓

   





そして奇跡が起こり・・・


  




浅田真央が泣いた。


7年間見てきて・・・彼女はちょっとやそっとじゃ泣かない人。


その浅田真央が感極まって「喜びの涙」を見せた。



結局私は

浅田真央のこの顔をLIVEで観るために7年間応援して来たんだなって
しみじみ思った。




     

    





     






     







     






     







      









      









      







「何かあったら、僕が助けに行くから」


そう言ってリンクに送り出した佐藤信夫コーチ。







今までにない大きな演技で滑り終えた浅田真央を感動の顔で見つめる佐藤信夫コーチ。
私はこの佐藤コーチの表情を忘れない。

    









「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」







本当にありがとう 真央ちゃん。





        















バリ島




2014年2月8日 バリ日記 バリ料理とドゥリアン三昧の日々


バリ島は現在雨季。

到着の日も夕方からスコールだった。

   



そして、もうすぐドゥリアンの季節が始まるのだ。

ほぼ毎日食べている。


バリ島では私の敷地でマンゴスティンと
ドゥリアンとジャックフルーツが採れる。
息子が指差しているのはマンゴスティンの木。

   


   


動画 
http://youtu.be/C5AnKqwNtNo




到着して翌日

ちょうど二十年来の友人である岐阜県の加納さんが
バリに長期滞在中だったのでお会いした。

十数年前、当時パソコン嫌いの私にパソコンの良さを教えてくれて、
熱心にホームページを制作する事を勧めてくれた人だ。

「男はつらいよ第9作『柴又慕情』」の難攻不落のロケ地を
世界で始めて発見し、初登頂した人でもある。
もちろんこの映画のファンでもある。

彼もバリ島に家を持っている。


     




禁断症状が出ていたバリ料理をすぐに食べに行く。おなじみナシチャンプルの旨い店。
ナンカのスープも旨い。


     



バリ滞在中は週に3回は食べるタガス村のナシアヤム。ウブドで一番旨い店。
店主とは23年間の仲。


     



スマトラ・パダン料理も日本滞在中ずっと禁断症状が出ていた料理。
特に息子はこの料理を大好きで、ずっと日本にある間禁断症状で苦しんでいた。


     






おなじみ ブタに餌をやる息子


動画
http://youtu.be/xJ1CD4ZCJ3o













2014年2月2日バンコク日記

非常事態宣言下の動乱のバンコクに滞在中。
どうなる2月2日本日総選挙






現在染織工芸の仕事でタイのバンコクに滞在中だ。

ちょうど私の定宿の近くがこういう状態↓




      





      




動画

http://youtu.be/xr8X69NXK8M




2010年に同じような事をしてバンコク中心街で
90人以上の死者が出てるので
今回はカッカはさほどしてなくて
盛り上がっているふりをしているというのが「本音」。

それでも与党側を応援している急進派もいるので負傷者は続出・・・


タイの総選挙(本日2月2日におこなわれます)は、もう慢性的に


タクシンさん一族による
お米の買取りと言う与党のばら撒き制作に甘える
膨大な数の農村部、農民たち

VS

まともな民主選挙をしてほしいゆえに手段を選ばない
バンコクや都市部を中心とした
中間層や新興勢力や知識層



の対決が続いている。


このようにもうハナから「構造的な問題」がある。


つまり一生懸命いろいろ考えて総選挙行っても政権与党
(タクシンさん一族をバックにした農村に膨大な票田を持っている与党)
がどうしても勝つのだ(;´д`)トホホ

民主的に決めるのが「選挙」なのに政権与党が
国家予算の1割以上も使って
膨大な数の農村部票田を持ってしまっているので
民主的な選挙にはなりにくいというわけ。

で、デモを長く続けて、なんとか「選挙以外の方法」で
自分たちの主張を政策に取り入れさせようとしているわけだ。

5,6年前にそういう長期化した大きなデモが発端で
軍部が政権与党を追い出した経験があるもんで、
そういうことも狙ってるのかもしれない。
しかし今回は軍部も散々過去に批判を浴びたので、
上層部でも意見が別れているらしい。
それゆえ、大きく動く気配はないと思う。

そして

反政府側は、
本日2月2日(日曜日)の選挙日はなんとしても
国民に選挙に行ってほしくないわけだ。
農村部や地方では選挙結果は見え見えだからね。

と、いうわけでここのところずっと 
本日選挙の日もバンコクの中心部などで
大きなデモが行われるのだ。

でも本日は総選挙の投票所を占拠しようとするかもしれないので
その場合相当の負傷者が出る可能性がある。


私は仕事上かなり広範囲に動いているが、
今のところ仕事に大きな影響は出ていない。

ただ、いつも使っている流しのタクシーは使えないので
メトロとモノレールと徒歩でまかなっている。
それでも時間的にはそんなにロスはない。
荷物を自力で担ぐのでそれが大変かな(;´д`)トホホ

あ、でも、今日は荷物が重かったのでタクシーを使ってみた。


で、夜はようやくリラックス。

2日前の夜は近くの屋台でナマズのから揚げを
1人2匹とパパイヤサラダととり肉サラダともち米ごはん。

私のの背後に横切っている大通りは昼大きなデモがあった道路だが
夜はひっそりしている。



      




昨夜は大きな魚をフライにしてもらった。それと中華風野菜炒めとチキンサラダ。

      





追伸


さきほどの夜のニュースでは

ドンムアン空港そばの投票所近辺で
銃撃戦を含む小競り合いが続き
有名なアメリカ人カメラマンが負傷したようだ。

本日も午前中から仕事でいろいろ遠くまで出歩くので
さすがにちょっと心配・・・(;´д`)トホホ










絵画展2013

2013年12月22日 




寅さん記念館絵画展のスナップ写真

2013年 寅さん記念館絵画展 
展示風景動画

遠方ゆえ、
来られない方のために「動画」を撮ってみました。
ほぼ展示してある絵は見れます。

http://youtu.be/4WhxZNSGCjM




    




絵画展にお越しくださいましてありがとうございました。

絵のコレクターさん、美術関係の方々、親友、映画人、
寅さん仲間、大空小百合ちゃん(岡本茉利さん)
葛飾区の仲間たち、記念館のみなさん、等々
80人ほどが私の絵のために遠路来てくださいました。

その他記念館のお客さんたちで、飛び込みの方々は
それこそ数百人ご覧になられました。



写真の説明は極力少なくしまして
順不同でランダムにお顔を紹介いたします。
記念撮影しました方々の全員は載せる事は出来ませんが
どうかご理解いただければと思います。




    
大空小百合ちゃんこと岡本茉利さん
    




    



    
代表作「寅次郎恋歌」の台本を持つ岡本茉利さん
    


2013年 寅さん記念館にて岡本茉莉さんと 
第37作の大空小百合ちゃんについて

動画
http://youtu.be/Rx2KzVRpNas


2013年 寅さん記念館での絵画展と岡本茉利さん
第18作の別所温泉ロケについて

動画
http://youtu.be/8XV8uIcsArs





    
私の絵を30数枚お持ちのコレクターの生芝さん。
           今回も大変お世話になりました。

    




    




    
毎回お世話になっていますコレクターの高藤さん
    



    
学生時代からの大親友 櫛橋君 彼は昔からコレクターでもあります。
    



    
長年お世話になり続けているのコレクターの渡邊さん
    




    



         いつも頻繁にお世話になっているコレクターの植村さん
    



    
六波羅貴子さんのモデルになられた「ローク」のママさんだった六波羅朋子さん。
          何度も来てくださいました。

    


 
     
3年間応援し続けてくださった村上館長さんと。
             ありがとうございました。

     






以下大勢の皆様 ↓

お写真のみ添付させていただきます。
会場でお写真を撮らせていただいた方々は大勢いましたが
その一部をランダムに載せさせていただく事をご理解ください。



    




    





    



    




    




    




    




    




    




    




    




    




        




    




    




    




    




    




      

   



     




     




     




     




     




     




     




     




     




     




     




     




     




     




     




     




     




     




     



     
     




     




     

   


     




     




     




     




     




     




     




     




     




      




      




      


みなさん 本当に遠路、ありがとうございました m(_ _)m


終わり









作品


11月15日 柴又日記


「吉川孝昭 作品集」のお知らせ


訂正事項: 会期中休館日はありません。毎日休まず開催します。


どの週も
日曜日
は時としてイベントや行事がこの会場(休憩室)で同時進行してしまいます。
それぞれの
日曜日に来られる方々は平日に比べてご鑑賞がややしづらいです。
そのことをご理解ください。


今回の寅さん記念館での絵画展に際して
来場者の中で知人、友人、美術関係者、コレクターの方々に
今回のために新たに制作した「作品集」をプレゼントいたします。

今回新たに作りましたこの作品集は
今までの中で最もページ数も作品数も多いものです。

ここ20年間の作品たちから自選した29作品。
中綴じ形式、B5サイズ(大学ノートの大きさ)
全20ページフルカラー 
280線の高精細印刷採用 全ページ厚手コート紙

限定200部

どうぞ会場にお越しください。直接お渡しいたします。



   
表紙                            裏表紙 生芝コレクション 蔵
  




    中のページ(16ページ目と17ページ目)アグンライ美術館コレクション 蔵
  




  
 中のページ(4ページ目と5ページ目) 生芝コレクション 蔵
  


もっと詳しい中身は会場で直接ご覧ください。














11月BBQ


11月5日 柴又日記  久しぶりに水元公園でBBQ

訂正事項: 会期中休館日はありません。毎日休まず開催します。

寅さん記念館での絵画展まであと約25日あまり。

制作の合間に、いつもお世話になっている葛飾区のNPO法人
小山さんが呼びかけた恒例の水元公園でのBBQ。
私は今年で3回目の参加。

2週間ほど缶詰だったので
久しぶりに外で開放的な気分になる。

運動不足だったので、ちょっと助かったって感じ。

水元公園はすっかり秋模様だった。
特に駐車場の楓の木が見事に紅葉し美しかった・・・





     











10月28日 柴又日記


蒼穹の江戸川


吉川孝昭 展     蒼穹の江戸川 




葛飾柴又寅さん記念館 休憩室 にて
11月28日(木)より12月15日まで開催します。



訂正事項: 会期中休館日はありません。毎日休まず開催します。




      




(ご注意事項)
12月1日(日)は
展覧会会場で別のイベントが同時にあり
会場内は若干ざわついたり、他のイベント展示のために
壁面に飾った絵が観にくい事もありますが
寅さん記念館のフリースペースはここの「休憩室」だけですので
どの週も
日曜日は時としてイベントや行事がこの会場(休憩室)で同時進行してしまうのです。
どうかそれぞれの
日曜日に来られる方々は平日に比べてご鑑賞がややしづらいです。
そのことをご理解ください。






約30点の作品を展示
油彩画10点
水彩画20点




新作は合計約20点。
旧作は約10点です。



開館時間は9時から17時までです。

会期中の休館日はありません。

私は平日は雨が降っていなければ午前10時すぎに参ります。
雨の日は午後から参ります。
お昼1時ごろから1時間ほどいませんが、そのあとは夕方5時まで会場におります。

土曜日日曜日は10時から会場に参ります。
同じく1時ごろに1時間ほどおりませんがそのあとは5時まで詰めております。


どうぞお越しくださいませ。







         



訂正事項: 会期中休館日はありません。毎日休まず開催します。
         












斉藤和巳


2013年9月28日  ありがとう 斉藤和巳 背番号66





とにかくオーラが違った。

野茂よりも桑田よりも松坂よりもダルビッシュよりも田中よりも大きく輝くオーラ。
これぞプロの最強のエース。
こんなかっこいい投手がほかにいるだろうか。

素晴らしい身体能力、しなる腕、すべての球が一流、見事なマウンド度胸、フィールディング、

「男の中の男」

絵になる選手とは斉藤和巳のことを言うのだ。

沢村賞2回をはじめとして

数々の記録、タイトルと表彰


日本プロ野球界のエースの中のエース

背番号66

私たちはあなたを忘れない。




すべての引退セレモニーが終わり背番号66はベンチ裏へ去った。これで本当に最後。













龍野


2013年9月25日  龍野取材旅行 1週間すべて快晴。



11月末の寅さん記念館での個展と来年5月のGWに開催する龍野の「ガレリア」個展の2つを兼ねて
今回1週間滞在した。

今回もガレリアの井上さんとお兄さんの若林さんには大変お世話になり本当に感謝!

東京からやって来た息子とも合流。

息子は藝大学内での制作発表(展覧会)が12月にあるのでそのための取材(アニメーション制作)




    


    



到着した翌日は「中秋の名月」ガレリアの上にも満月。

    



今回は
息子と小手寅さんとで
6メートル50センチの竹でデジカメをくくり付けて
映画とまったく同じ高さから動画撮影をした。


みなさん、このカット覚えておられますか。
第17作「夕焼け小焼け」、寅の龍野滞在二日目の夕方。
『赤とんぼ』が流れる中、夕焼け風景がいくつか映りこむ。
その中のひとつがこのカット。

このカットを特定するのは絶対不可能と言われてきた。
難攻不落の大城
夕闇迫る龍野風景
屋根と丘の上の昔の赤とんぼ荘。

   


ところが
今年のGWの展覧会滞在時に奇跡的に見つかったのである。
きわめて偶然に撮影時に店の3階ベランダをお貸しされた証人の奥様と出会い
一気に発見まで至った日記を5月にアップしたことはまだ記憶に新しい↓。
http://www.yoshikawatakaaki.com/lang-jap/torajironahibi.htm#552


町のハズレにとても魅力的な元質屋さんがあり
その家を小手寅さん、寅増さん、僕で眺めていると
そこの奥様がたまたま通りかかられて
今は空き家になってしまった当事の質屋さんの
3階ベランダからこの夕焼け風景を撮影したことをおっしゃってくれたのだ。

たつの市龍野町門の外40付近

    


    

    
しかしこの質屋さんの3階は床や階段が崩れ掛けているため、建物にはもう入れない。

あれから4ヶ月・・・

私と小手寅さんと息子で外から6メートルの竹に小さな三脚を付け、一番先にデジカメを差し込む。
二人がかりでそっと持ち上げ、映画本編と同じ高度からの動画撮影を試みたのだ。

まず午後4時にリハーサルを遂行。見事成功!


        

     

     

そして夕焼けが出始める頃、撮ったのがこれ↓

2013年9月20日午後6時05分動画撮影↓
37年の歳月を飛び越えて見事に同じ風景が蘇ったのだ!


     




 映画本編での映像↓

     





まずは2つの動画のうち
本家本元の風景撮影の動画から


動画

http://youtu.be/XyqKaSnvanU







動画第2段
見守り隊
動画。

http://youtu.be/wDwWbJDikRo







光と影が変化するたびにイメージが変わって行く。息子も精力的にスケッチと撮影。


     
     





今回、いろいろガレリアの井上さんのご配慮で、醤油蔵の中でもめったに人が入れない場所も取材させてもらった。


     




     






取材に疲れたら「ガレリア」でランチandアイスコーヒー

     





くららベーカリーのくららさんがやって来た。総勢38人w( ̄▽ ̄;)w この日は暑かったが、でも楽しかったです。
あの第48作「紅の花」で石倉ベーカリー(大助花子さん)がでてくるが、その石倉ベーカリーとは実はこのくららさん夫妻のこと。
あの映画ではご夫婦でエキストラとしても出演されている。

     
  




寅さんがやって来た!


「なんでえ?」

「決まってるじゃないかよ、
おまえと所帯を持つために来たんだよ」

17作「夕焼け小焼け」参照^^



    




実は寅さんは上にも書いた私の友人であるくららさん(石倉さん)と一緒にやって来られたのだ。
やっぱり何度言っても凄い総勢38人!・・w( ̄▽ ̄;)w

それゆえ結構大変な1日だったが・・なんだか不思議に楽しい思い出が残っている。




    













風の盆がやって来た2013


2013年8月28日 越中八尾日記 今年も風の盆がやって来ました。



バリから帰ってきた8月17日はまだまだ猛暑で、バリの高原で涼んでいた私にとっては地獄の暑さだった。
そのあと3日ほどはものすごい猛暑だった。
前夜祭が始まった8月20日はこれはもう倒れるんじゃないだろうかと思うくらい暑かったが
その次の日から雨が3日間降ったこともあり、一気に涼しくなり、
ここ一週間はとても涼しく、夜などは毛布を掛けるくらいだ。

今来ている台風がちょっと気になるが9月1日あたりは富山は直撃しなさそうだ。


本番3日間はなんとか天気もってくれ・・・たのんます。(-∧-)


動画 今年の前夜祭 鏡町と西町取材
http://youtu.be/buwBvsZFEEc







ところで

新作のおわらの水彩画の中でまあまあ気に入ったのがこの2枚。






       おわら踊る娘2013

            







         風の盆夜流し2013

        


















アグン2013


2013年8月12日 バリ日記 霊峰アグン山を久しぶりに見る





8月17日は独立記念日なので村のいたるところに数日前から国旗が掛かってる。

      


        




どの家も国旗。


        





息子は犬好きなので近所の犬はみんな彼に慣れている。

        






ウブド村は、どの家も番犬を飼っている。

        




       犬の外来種も近年は激増。


        



動画
http://youtu.be/9Oh37TE-B40





今日は晴れていて風が強かったので「霊峰アグン山」が見えた。


       


動画

http://youtu.be/3J1Qx2Dt28I








私の村ではもうすぐ47人のお葬式が行われる。
8月18日なので私はちょうどバリにはいない。
この大規模なグループ葬には私が20年間散々お世話になった
この敷地の土地の持ち主である「アグン ライ」翁も入っている。
彼をモデルに私や連れ合いはいったい何枚絵を描いただろうか・・・



お葬式準備の取材。

動画
http://youtu.be/MxsFJaDf2nM
















2013年8月3日 バリ日記 バリ島は今けっこう涼しいです




ようやく、バリ島での染織工芸の引き取り仕事&郵送仕事がほぼ終わった。

ここから約10日間は絵の制作にあてることができる。

それにしても、今バリ島は涼しい。
熱帯といえども南半球なので7月8月は気温が5度ほど下がる.
夏の軽井沢の高原なみに涼しいのだ。




       家から歩いて7分。買い物帰り、夕方4時半 光がきれいだった。


        吉川孝昭撮影 「バリの日々」

      




近所のワルンで子犬と戯れる龍太郎↓

http://www.youtube.com/watch?v=Tdy6sqOR16k





前回オーダーしていた染織工芸品を引き取り、船便を次々に荷造りして送っている。
息子は毎年のように、船便の白いビニールカバーに「sea mail art」をほどこす。
文字通り一発で決める行為なので、インスピレーションに裏づけされた決断力と運動神経。
つまりこれを続けていると「地力」がつく。



     



   




動画

http://youtu.be/tMXMGy1p-iE





        宮嶋龍太郎撮影  「どこまでも」

       









BBQ


号外 2013年7月11日 

葛飾NPOの方々や美術家さんたちとBBQ 動画付き




暑いけれど、思ったより汗はかかなかったですね。
1年に数回開かれる恒例の水元公園のBBQです。


参加されたみなさま 動画をお楽しみくださいませ。



動画 http://youtu.be/Ng8295rU31E



動画 http://youtu.be/oAiSnnz2RAo







      





      






      






       






       


















黄色いハンカチと寅次郎

2013年7月11日 幸福の黄色いハンカチについての3つの話


号外!
男はつらいよ 寅次郎幸福の黄色いハンカチ

現在龍野や高梁や伊根のロケ地めぐりの発表の最中だが
もう1回「号外」をださせていただく。


1977年10月に公開され、
あらゆる世代の観客を集め大ヒットを記録。
その年の映画賞を独占した、
日本映画史に残る不朽の名作
「幸福の黄色いハンカチ」の
スピンオフ作品として
翌年に公開されたもう一つの名作

男はつらいよ 寅次郎幸福の黄色いハンカチ」
の名場面を水彩画にしてみた。

  



物語は

勇作が刑務所を出所し、紆余曲折の後
光枝の待つ夕張の家に戻り、涙の再会をし、
その1週間後・・・・

寅は夕張でバイをしていた。


遠く黄色いハンカチがはためく風変わりな風景に
惹かれた寅が勇作たちの家を
ちょいとなにげに覗いてみるのだった。



竿の下で黄色いハンカチを見上げている寅。

食事中の光枝さんがちょっと玄関から外に顔を出す。


寅「よ」

光枝「・・・ あ、・・・何か?」

寅「あ、ごめんよ おかみさん、
  めしの途中におどろかせしちゃって」

光枝「いえ」

寅「いや、オレは旅のものなんだけれども
  こんな殺風景な場所に黄色いハンカチが
  パタパタいっぱいはためいていたんで
  ついつい惹かれてふらっと見に来ちまったんだ」



勇作も玄関から顔を出す。


勇作「渡辺さん・・・・」

寅「あ、旦那さんかい」

勇作「渡辺さん・・・じゃないですか?」



この渡辺係長に関する会話から
3人の不思議な物語が
はじまっていくのだ。

寅の陽気な気質に気を許し
ついつい中に上がらせて盛り上がる3人。

勇作は恩人である渡辺係長そっくりの寅に
妙に親近感を覚えて行くのだった。



まあ、この続きはいずれまた^^


(もちろんこのような映画は本当は存在しませんからね)





話は、変わって・・・・ 2つ目の黄色いハンカチ

それはそうと「東京家族」の本編にも黄色いハンカチ群が出てくるのだが
みなさんご存知だろうか。


この、妻夫木君が屋根瓦を動かしているシーンで、遠くに映るのだ。
映画館ですでに気づかれた人もいると思う。

    



メイキングDVDではしっかりと紹介されている↓

    



    



この特典メイキングDVDでは柴又の参道ロケでの取材も取り上げられていて
私がちょうど山田監督を動画に撮っているところがたまたま映っていた。
薄紫のシャツが私。↓

    



黄色いハンカチの話題ついでにもうひとつ。

3つ目の黄色いハンカチ。

本家本元の「幸福の黄色いハンカチ」のクライマックスシーンで
黄色いハンカチがあるかどうか不安に思いながらも
3人を乗せた勇作たちの車が光枝さんが住む夕張炭住の銭湯の前に停車するのだが・・・
停車する直前に、実はあの黄色いハンカチの場所が1秒か2秒見えるのである。
しかし、そこには「黄色いハンカチ群」はない!


    


次に車を降りた欽也と朱美がぐるぐる見渡すシーンで、実は欽也の顔の向きがあのハンカチ群に
向いてしまう瞬間がある。
彼はすっと視線をそらして見つけられていない感じを出すが、普通はあれだけのハンカチ
見つけられないわけはない。
つまりこれらはすべて映画の進行上のトリックなのだ。
映画館で見ている限りはまったくこのあたりは気にならないし、
お客さん自体もそこまで空間把握はできない。
だからこれで成功なのである。

    



で、欽也は車の中で怖がって頭を抱えている勇作に向かって何か話しかけようとしたそのせつな、
欽也の背後に黄色いハンカチ群がぼんやり、しかし誰もが分かるように映るのである。
欽也は気づいていない。朱美も勇作も。

つまり映画館の観客が最初に気づく。
さりげなくぼんやりとではあるが観客が1回でギリギリ気づくように作られているのだ。
最高の演出。

    



あの1977年ごろは
山田監督の感覚が最も冴え渡っていた時期だったのかもしれないと、
このような見事な演出を見ながら、今こうしてしみじみ思い返している。
前年に、シリーズ屈指の名作「寅次郎夕焼け小焼け」を制作している。
全盛期といって良いだろう。

          見事な高羽カメラマンのシュート回転ズーム。↓
     




     夕張の炭住をゆく車寅次郎  「男はつらいよ 寅次郎幸福の黄色いハンカチ」より

   











iemon





サントリー緑茶 伊右衛門『二二七年目の革新』cm


サントリーのCMは大昔からどのCMもかなりセンスが良いのだが
特に日本茶の伊右衛門のCMは何年も前から私は気に入っている。

株式会社HAKUHODO DESIGNを立ち上げた
クリエイテイブディレクタター永井一史さんの手腕によって数々の良質のCMが作られてきた。

今回始まった新しいCM『サントリー緑茶 伊右衛門『二二七年目の革新』は
永井さんが制作したのかどうかはわからないがかなりの手間がかかっている。

物語は京都の宇治の茶畑で夜が明ける暁の時間から
お茶の歌を歌いながら茶摘の女性たちによって摘まれた茶葉が
数々の工程を踏み、船で、陸で、問屋さんに運ばれ、お茶席にたどり着き
封を開けられ、臼で磨られ、お湯にくぐさされ、香りとともに人々の口に運ばれるまでの
長い長いお茶の葉の旅を2分で描いている。(30秒のCMもある)



ひとつひとつのカットがかなり短いので目がやや疲れはするが
CMならではの息つく暇もない良質の映像を重ねて行くそのこだわりの映像は
見る人の購買意欲をそそるCMならではの「矢継ぎ早のいいとこ取り」になっている。




一応参考までに 今回の「伊右衛門」のリニューアルの中身は以下の通り↓

「伊右衛門」は、2004年の発売以来、京都の老舗茶舗「福寿園」の茶匠が厳選した国産茶葉を使用した旨み豊かな味わいの緑茶として、
多くのお客様からご好評をいただいています。2016年の販売数量は5,540万ケース(前年比106%)と引き続き好調に推移しています。

今回、緑茶市場の伸長と、茶葉(リーフ)で淹れたお茶からペットボトル入り緑茶への移行が進んでいることを背景に、
お客様が求める本当においしいお茶を目指し、中味・パッケージを大幅にリニューアルします。

日本全国のリーフ茶を集め、2,000人以上の方への試飲調査を実施し、
理想のお茶とはどのようなお茶なのかを探求しました。そのお客様が理想とするお茶の色・香り・呈味を、
ペットボトルのお茶で実現すべく、革新を図りました。



●中味について

福寿園の茶匠が厳選した国産茶葉を100%使用し、
伊右衛門本体史上最大量の一番茶を贅沢に使用することで、
鮮やかな深緑の液色、鼻から抜ける清々しく爽やかな香り、うまみのある上質な味わいを実現しました。
また、発売時からの技術“微粉砕茶葉制御技術”を活用し、従来の抹茶微粒子に加え、
新たに煎茶粒子を加える事で、口当たりのよいコクと心地よい余韻を引き出しました。



●パッケージについて

今までの竹をモチーフにしたボトルデザインを継承しつつ、
上質なお茶の水色(すいしょく)そのものをグラデーションで表現し、
京都福寿園のお茶であることが一目で分かるシンプルなデザインに仕上げました。

525mlについては竹をイメージしたデザインバーコードを採用しています。



●プロモーションについて

“京都福寿園227年目の革新 ひとつ上の、伊右衛門。”をキーメッセージにして、
伊右衛門が新しく生まれ変わったことをTV−CMを中心に大々的に訴求していきます。


また、「伊右衛門」のリニューアルに先立ち、“ひとつ上の伊右衛門 先行体感キャンペーン”を1月23日(月)より実施します。


だそうだ。


まあ私はサントリーの回し者でもなんでもないので
これを読んだ方々が別に「伊右衛門」を買う必要はない。

ただ、このCMを見ていただければ現在の日本のCM映像の最高峰が見て取れるということなのだ。

めまぐるしくカットが変わるので目が少々疲れるがご容赦いただきたい。




https://www.youtube.com/watch?v=AmJHPdKAHUw











グンデル

2013年6月15日 バリ日記 

天国の声 ― グンデルワヤンの師匠 逝く


7月末にまたバリ島に行くのだが
その打ち合わせのために、バリの家を管理してくれている
アグンラカに電話したら、先月同じ敷地に住んでいる叔父さんのグンデルワヤンの師匠が亡くなったという。
彼らの家は私の家から最も近い家だ。私の家の土地の持ち主でもあった。

彼は私の絵「バリの農夫」のモチーフになってくれたあのアグンライの
一番上のお兄さんだった。80半ば過ぎだったと思う。

4人兄弟で一番上のお兄さんが結局一番長生きした。

彼はお坊さんでもあったので私の家を建てた時もお祈りをしてもらったのだ。

そしてなによりも彼はグンデルワヤンという楽器の名演奏者だった。

2年前(2011年)に私は彼が自宅のテラスで村人に教えている光景を写真と動画に撮っている↓

動画 
http://youtu.be/QBNqNi1-frM



       





グンデルワヤンは数あるバリ島のガムランの中でも
昔からある楽器で16世紀以前からバリにあったといわれる楽器のひとつ。
音盤は青銅で出来ている。

ワヤンクリットという影絵芝居の伴奏音楽として使われ、通常は4台で演奏。
ワヤンクリットの伴奏のほかにも祭事の伴奏音楽として使われる。

グンデルはバリの人々から「天国の声」(suara sorga)とも呼ばれている。




合掌




              昨年8月になにげに彼を後ろから撮影したのが最後の写真となった。

         














ガレリア


2013年4月29日 播州龍野日記



しかし龍野じゃなあ〜・・・

吉川孝昭夕焼け小焼け
播州龍野のロケ地ギャラリーで展覧会を行います。





吉川孝昭龍野風景スケッチ展を開催します。


同時開催 バリ島からの贈り物 オリジナル 籠・染・織 展


GALLERIA ARTS&TEA



2013年5月2日(木) ー 5月14日(火)

11:00 - 18:00

5月8日定休日


      




南国バリ島で暮らされて来た洋画家の吉川孝昭さんが播州龍野を訪れたのは
昨年のまだ春も浅いころでした。
寅さんの映画が大好きな吉川さんは、映画のロケ地である龍野の町やガレリアの洋館を
とても気に入られ、あれよあれよという間に展覧会の話が進んで行ったのでした。

今回は、吉川さんの描かれた数々の龍野の風景スケッチはもちろんのこと、
もうひとつのお仕事であるオリジナル染織工芸デザインの作品二百点を、
お求めやすいお値段で即売いたします。
洋服、シルクストール、寵かばん、タペストリー、布かぱん、小物、
そして二十年以上現地で収集され続けているアンティークのイカット、バティックなど、
多種多様な東南アジアの染織工芸の世界をお見せできると思います。

GALLERIA ARTS&TEA





       

       
    Phone 0791(63)3555


ガレリアについて & アクセス


http://www4.ocn.ne.jp/~galleria/index.html




吉川孝昭 最新作 龍野風景ポストカードも同時発売します。↓

 





    




      



     






     











スケッチ展


2013年4月14日 


蒼穹の江戸川風景  吉川孝昭スケッチ展


今日は葛飾区の行事に参加した。
と、言っても、なんのことはない、「寅さん記念館」でのフリーマーケットに出店したのだ。
今回は開催準備と片付けもお手伝いさせていただいた。

この行事は年に4回ほどあるが私は毎回楽しみにしている。
『臨時収入』と言うものはとても心地が良い。
もちろん数万円入っても無駄遣いなど一切する気は無いが、やはりそれでも
臨時収入と言うものは嬉しいものだ。


     




昨日の準備作業中に、今年11月の寅さん記念館での絵画展を館長さんと相談して
決めていただいた。




蒼穹の江戸川風景 吉川孝昭スケッチ展 
(仮題)

2013年 11月29日(土)より12月15日(日)まで

葛飾柴又 寅さん記念館 休憩室 にて



今のところの予定としましては
新作油彩画 水彩画 を中心に25点以上出す。
(水彩画が8割)

柴又 江戸川風景 が6割

寅さんが歩いた各地の風景が4割

ほとんどが2013年に描いた&描く予定の新作


昨年のような総合的な絵画展ではないが
そのかわり、8割以上が2013年に
描いた&描く予定の作品。

また秋頃にきちんとお知らせいたします。


     



で、今日のフリーマーケットでは久しぶりに写真家のFさんが来てくださった。
Fさんは、
同じ町内(柴又7丁目)に昔からずっと住まわれている生粋の柴又育ちのアーティスト。
記念館の休憩室でお昼ご飯を一緒に食べながらしばし歓談した。

Fさんは以前、そう、あれはあれはちょうど2年前、
寅さん記念館での私の個展の時にも来てくださって
第9作「柴又慕情」のロケ現場の写真を、寅さんファンの私に1枚下さったことがあった。

     


     



Fさんは、その時に撮ったものはほとんど紛失してしまったらしいのだが、
コンタクトプリント、つまり「ベタ焼き」の一部が彼の家に残っていて
それをわざわざ、私に今回あらためて見せに来てくださった。

そして、第9作「柴又慕情」だけでなく、第10作「夢枕」のロケも写されていたのだ。
なんととらやの斜め向かいにあったパーマ屋「アイリス」前でのロケだ。
Fさんに手で持っていただいて、素早く私のデジカメで接写させていただいた。
どれもこれもとても凄まじく貴重な写真だった。



どうぞみなさん 写真家Fさんの、思い出のベタ焼きの数々(一部)をご堪能ください。↓


なんと、第9作でも、寅と歌子ちゃんと源ちゃんで江戸川舟遊びをしていたのだ!↓ 本編では使われなかった。
結局第13作「恋やつれ」でこのシーンのアレンジ版が使われることに!

     




     



                              




 




  






     




     




   




    





おまけの写真。

今日、フリーマーケットで私の真向かいで出店していたあるお嬢さんが
こんな雑踏、喧騒の中、静かなたたずまいで、絵になる雰囲気をかもし出していた。
Fさんも、彼女は写真になると直感したらしく興味をもたれ、写真を撮らせてほしいと
お願いされていた。
で、私も便乗して、絵描きであると言って、彼女のポートレートを数枚撮らせていただいた。
聞いてみると、彼女は現在ある国立大学の理科系院生なのだが、
お母様がフリマに出店しているので
勉強の気分転換にちょっとお手伝いに来られたようだ。
さすがにフリマ中ゆえ、ごったがえしていて
鉛筆でのスケッチはかなわなかったが、なんとかこの数枚の写真をイメージにして
自分なりの小さなタブローにしてみたいと思っている。


      


















BBQ2013

2013年3月30日 柴又日記 ちょっと休息日


この10日間、
大阪で父親のさまざまな手伝いを2週間したので、
東京に帰って、ちょっと今日は柴又で休息。

日ごろお世話になっている友人、恩人、コレクターさんたち、の
水元公園でのバーベキューに参加させていただいた。
これは恒例になっていて年に3〜4回開かれる。

肉、野菜、焼き鳥、魚 などのバーベキューの後、特製焼きそば、
そして、焼きおにぎり、味つけゆでたまご、
紅白なます、
いちご、特注ロールケーキ 、レギュラーコーヒーと続いていく。


私にも休息の日は必要。


今日の日記は絵の話題や映画の話題ではないですがお許しください。




動画 ちょっとした休息日 葛飾区のNPOのみなさんとBBQ in 水元公園

動画 葛飾区のNPOのみなさんとBBQ in 水元公園 その2 





       




       




       












伊賀国日記


2013年3月28日  伊賀の国 埋葬の山に立つ。



「映画監督は、無理」
「でも時々ね、オレたちの好きな映画と、
今自分たちが作っている映画が、繋がってるんだなって・・・」



母親の納骨のために父親、連れ合い、息子ともども
三重県の名張市南古山に3月25日に行ってきた。
私には20年ぶりの帰郷だった。
私の母親はこの村で私を産んだ。
つまり私はここで生まれたのだ。
連れ合いと息子にとっては、はじめての三重県だった。
一昔前までこのあたりの村々はみな土葬だった。
私も祖父や祖母の棺おけを大人に混じって担ぎながら埋葬の山に登ったものだ。

15年ほど前からは過疎が進み、その山の埋葬地では土葬は行わず、
お骨を掘った穴に埋めるようになってしまった。
他の地方のように墓の中にお骨を収めるのでなく、
土に入れてしまう。
やはりそう言う意味では今でもまだ土葬だといえる。


帰りには、母親の実家である、南古山から里山をひとつ越えた伊賀市大滝にも行って来た。

     


この山奥の過疎の村「大滝」と「南古山」にいずれ数十年後、私も分骨してもらおうと思っている。
私にとっての唯一無二の故郷だ。


     




そういうわけで、ここのところ約10日間ほど絵も描けなかったし
映画も観れなかった。

で、昨夜26日、夜遅く東京 柴又に帰ってきて、ようやく映画らしい映画を観た。

ここからようやく映画の話。

   


「桐島 部活やめるってよ」吉田大八監督  神木隆之介 主演

田舎町の県立高校で映画部に所属する前田涼也は、クラスの中では静かで目立たない、
ピラミッドの最下層に位置する。つまり、クラスメイトには相手にしてもらえない存在。
そんなある日、バレー部のキャプテンを務める学校のヒーロー的な桐島が
突然部活を辞めたことをきっかけに、
各部やクラスの人間関係に徐々に歪みが広がりはじめ、
それまで存在していた校内のヒエラルキーが崩壊していく。という物語。

私流に解釈すると、
学校で、どうでもいいような虫けらのようなやつらと思われていたある生徒たちが
一見ルックスも良くて華やかで青春を謳歌しているように見えた連中よりも、
実は自分の歩むべき道をブレることなく、
そして仲間のヒーローに自己を依存することも無く、独立独歩で歩んでいたんだと、
もう一人のイケメン主人公である菊池宏樹が気づいていく映画だ。

高校生向けのただの青春映画に見えて、実は大人の映画。
逆に言うと、高校生が見ても、自分たちの現在のメモリーと照らし合わせれるのは
クラスや学校での残酷なピラミッド構造や男女の恋愛物語などのマニアックなディテールにとどまる。
それらも面白いが、やはりこの物語の本質はそこにはない。
その先にある人生の「核」の闇と光を彼らが想像することは難しいだろう。
一部を除いて未だ継続してその苦しみと恍惚を体験していないからだ。


    

冴えない映画研究会のメンバーである前田君役が神木隆之介君。
彼はあの「風のガーデン」で大きな長丁場の修羅場をくぐっているから、
若いが最強の俳優。



その彼が、この映画のラスト付近で将来映画監督になるのか
って聞かれて答える台詞がこれ。
ラスト付近での「上層だと思っていた者(菊池宏樹)」と「下層に置かれていた者(前田涼也)
その二人の主人公の会話。



「将来は映画監督ですか?」

「え? んー・・・・、どうかな・・・」

   


「女優と結婚ですか?」

「えー・・・いやあ〜〜〜、ん〜〜〜」

「アカデミー賞ですか?」

「ん〜〜〜・・・・、でも・・・・それはないかな」

「え?」

「映画監督は無理・・・・」


    


「じゃあ・・・なんで・・・こんな汚いカメラでわざわざ映画を・・・」

それは、んー・・・、でも、時々ね、
俺たちが好きな映画と、今自分たちが撮ってる映画が繋がってるんだなあ・・
って思うときがあって、・・ほんとにたまになんだよ、たまになんだけど、
いや、それが、こう、なんか、フフフ
、」


    


このあと、菊池宏樹は涙を浮かべる。

彼は気づくのだ。

自分の中が空洞だったことに。




そしてもうひとつ。

前田君が、自分が監督をするささやかなゾンビ映画のシナリオの中で、主人公に言わせる台詞。

闘おう、ここが俺たちの世界だ。
俺たちはこの世界で生きていかなければならないのだから



    



誰もが大きな才能を天から授かっているわけではない。
だから天才は千歩歩めるところを、才能薄き私たちはたった10歩しか歩めないかもしれない。
それでも歩む方向と目的地は同じだと思いたい。
目指す同じ目的地を見つめていることが重要なのだから。

山田洋次監督も小津安二郎監督を遠く見つめながらそのような気持ちでいると思う。
渥美さんも、笠さんも、同じ目的地を見ていたと思う。
絵を描こうが 映画を作ろうが
無謀を承知で、人生の闘いの切符だけはこぶしの中に握りしめて
先達と同じ方向を向き歩んでいき、1つでも2つでも作品を残したいと切に思うのだ。

















東京家族黄色いハンカチ


2013年3月11日

東京家族の中で「幸福の黄色いハンカチ」を発見!


今日はあの震災から丸2年経った日。


現在私はバリ島からバンコクへ再度来ている。

3週間前にもバンコクに滞在したが、また仕事で立ち寄っているのだ。
それで3月12日にバンコクを発ち、13日の朝に成田に着く。

飛行機が少しでも遅れたら息子はそのまま柴又へは戻らず、
その脚で、午前中から行われるデザインコンペの表彰式に出席するために
麻布へ急がなければならないそうだ。帰る早々ほんと大変^^;
彼は「大賞」をとったので間に合わないとシャレにならないようだ。
彼の旅行荷物は誰が持つ 私か・・・(T T)

http://miyajimaryotaro.com/





まあ今回は1ヶ月の旅。
短めの長旅だった。



そういえば、第12作「私の寅さん」で留守番をする寅が、
九州旅行から帰ってくるさくらたちを心を込めて迎えてやるが、
ああいうやり取りは実に心温まるものだ。

寅は旅人なので、誰よりも旅の心労は骨身にしみているのだ。


寅「あーあ、久しぶりの長旅から帰ってきて家の中が
 カッ散らかってると気分が悪いからなー、なあ、社長」

寅「いずれそのうちにその入り口からおいちゃん、
 おばちゃん、さくらがよ、
 こんな大きな荷物を抱えて、
 あーあー、くたびれたくたびれた、
 家が一番いいよー、
 なんて言って帰ってくるんだよねー」


     


寅「そのときの、この迎える言葉ってのが大切だな。
 『あ、お帰り疲れたろう?さあ、上がって上がって』ねー!

 熱い番茶に、ちょっと厚めに切った羊羹のひとつも添えて出す。

 ホッと一息いれたところで、
 『風呂が沸いてますよ』っと手を差し出す。


     


 長旅の疲れを、すっと落とす。出てくる。

 心のこもった昼飯が待っている。ねー!
 温かいご飯!しゃけの切り身 山盛りのお新香 
 『どうだい、旅は楽しかったかい…?』
 たとえこれがつまらない話でも『面白いねー』って
 聞いてやらなきゃいけない。

 長旅をしてきた人は
 優しくむかえてやらなきゃナー…」

     


なんともいいアリアだね。名場面だ。



ところで、

老夫婦が瀬戸内から東京まで長旅をする映画「東京家族」は今も映画館で上映中だが、
私の寅友であり、相互リンクしていただいている播州龍野在住の「小手寅」さんは
この映画を気に入って4回も観に行かれている。

そして4回も観に行くといろんなことに気づくそうだ。
もちろん私が7秒も映っているのはとうの昔に彼はチェック済み^^;ヾ

彼が本編の中で気付いた興味深い仕掛けをここに記してみよう。


・昌次の車のナンバーが妻夫木君の誕生日
・犬童一心監督が出演 スカイバスで昌次の隣の席
・ちいさいおうち 本屋で紀子が手にする絵本 小さいおうちは監督次回作
・正蔵「どーもすいません」「たいへんなんですから、もう」
・昌二が屋根で瓦を直している背景の街並みに黄色いハンカーチーフ群が映る。



ちなみに私は試写会と本番で2回観たが黄色いハンカチはまったく気付かなかった・・・。
小手寅さんはできる!

で、ちょっと検索してみると・・・

老夫婦の家があったロケ地広島県犬崎上島 (おおさきかみじま)では
その時の撮影を記念して今も黄色いハンカチを掲げているということだ。



       


もう一度観に行こうかなあ・・・

















バリ日記2013

2013年2月25日  バリ島に着きました。バリ動画日記



2月20日にバリ島に着いた。
夜の10時ごろに自宅の敷地を手抜きで撮った。
真っ暗なのでよくわからないかもしれないが
川の音や虫の音が聴こえると嬉しいのだが・・・



動画

http://youtu.be/1SaNsfe2qJY





      






昨日のお昼ご飯は定番のナシチャンプル。
20年通い続けている。
バリで一番うまい店。
遠くからでも人がやって来る。

外国人はさほど来ない店。



動画
http://youtu.be/UQE6EiGOhoU






今日は近くのワルン(よろずや)の犬と遊ぶ龍太郎の動画を撮った。
バリの犬は普通は番犬で飼うのだが
ここの家はゴールデンレトリバー(イギリス原産)を飼っている。
賢さ及び忠誠心を兼ね備え、穏和な性格の犬種

息子は猫も好きだけど犬も大好き。
仕事上移動が多く、どこでも飼えないのでかわいそうなんだけどね。



動画
http://youtu.be/pnTSJ0j5Epk






いつもお世話をしてくれる前の敷地の家族は豚を飼っている。

息子はそこの豚にえさをあげるのが趣味↓



動画
http://youtu.be/WLjshmevO4U








徒歩18分の大きなスパーに行く時は徒歩が多いが
たま〜にパブリック・ベモに乗ることもある。

ベモとは、バリ島のおばあちゃんたちや行商人たち、
中学生たちがよく使う乗合自動車のこと。

バリに最初に行った1987年ごろは
ベモの全盛期だったが
今はもうみんなバイクや車を持っているので
ベモの運ちゃんは死滅状態になってしまっている。
みんな廃業してしまって
全盛期の十分の一くらいしか営業していない。



動画
http://youtu.be/UAxuQu-uUPc








バリ島の自宅のテラスを、今日の夕方に撮影してみた。

雨が夕方遅くから降ったが
この時はまだ晴れ間が時々あった。



動画
http://youtu.be/pcPjAEQGyj0





動画

http://youtu.be/kIw1ztytezQ












バンコク

2013年2月19日  バンコク滞在日記 数々の動画。


ただいまバンコクに一週間滞在し、染織工芸のオーダーと引き取りの仕事をしている。
まあ、仕事自体は粛々とこなしているだけだが、
昼や夜に食べる屋台やホーカーズでのタイ料理が絶品だ。



今回は、いろいろバンコクの「食」を紹介してみましょう。


バンコクの一番の繁華街の一つ。スクンビット エンポリアム界隈。


    



デザインをオーダーするいつもの工房にて。

ここのデザインの把握力、実現力はバンコクでも有数。
日本でも通用するおしゃれなデザイン工房。間違いなく圧倒的な質。
ここのオーナーさんは昔ロイター通信タイ支社の支社長秘書をしていた才女。

3人の娘さんたちはみんな優秀な人たち。
特にこの三女さん↓はパリの美術学校で勉強していた新進気鋭のデザイナー。
息子とも美術関係どうし、歳も近いのでFACEBOOK仲間。


    



グランド ハイアットエラワンソゴウは熱帯のホテルの佇まい。

    



で、動画で「食」を紹介してみよう。バンコクの屋台。

古今東西、値段が高い店が美味いのはあたりまえ。

バンコクは庶民の店やホーカーズ、そして世界一屋台が美味い街。





■タイ名物『タイスキ』 牛肉と野菜の素焼き牛鍋 



動画です

http://youtu.be/uH4D2XrliTA









■やっぱり定番、『トムヤムクン』のスチームボート

http://youtu.be/dYTBHYH-kK0


トムヤムクンとはタイを代表する料理の1つで、
世界三大スープの1つとして数えられている。
トムとは『煮る』、ヤムとは『混ぜる』、クンとは『海老』を意味している。
海老を中心に、香辛料で味付けをしたスープである。辛味があり、非常に酸味が強い。
味に深みがあり、慣れてしまうと香辛料の旨みや海老の旨みにやみつきになってしまう。



動画です

http://youtu.be/dYTBHYH-kK0














■のどが渇けば『ココナッツジュース』

http://youtu.be/_tv80UjH1bw

のどが渇いたら路上の屋台でココナッツの実を割ってもらって、
中のジュースと果実の液状胚乳を食べます。

動画です

http://youtu.be/_tv80UjH1bw













■やみつきになる『ドリアン』は屋台が新鮮and安い。

新鮮なドリアンは臭くなく、バニラアイスとバターと甘いアボガドを混ぜた味。
日本ではろくなドリアンが輸入されて来ないが、ここでは新鮮そのもの。

     



動画です。

http://youtu.be/1AQPAIJBCz0










■タイの奥深さは町の普通の『グリーンカレー』を食べるとわかる。


動画です
http://youtu.be/GTtEJmtOI-g


タイ料理の中でも辛さはかなりのものだ。
数多くの香辛料やハーブをすり潰したペーストを炒めてココナッツミルクやナムプラー、
砂糖、具になる野菜(豆ナス、タイナス、赤ピーマンなど)、肉、エビや魚を加えて煮込んで作る。
コリアンダー(パクチー)やキダチトウガラシの一種プリック・キー・ヌーを
未熟の青いときに収穫して加えるなど緑色のハーブ類を用いているため緑色となる。
未熟な唐辛子にも辛味はあるので、見た目が緑色でも辛味はしっかりとある。














■タイの奥深さ。その2 『ココナッツプリンの生菓子』

動画です
http://youtu.be/4rCrbioBFFg


カノムトゥアイ

もち米、ココナツミルク、パームシュガーで作る牛乳プリンのようなお菓子。
カノムトゥアイ。  
カノム=おかし 
トゥアイ=陶器のコップ


その名の通り、陶器の小さな皿や
おちょこのような入れものに入れて作る。
タイの伝統のお菓子。
タイの喧噪の市場で、
空いた場所を見つけてはバイクで移動しながら
カノムトゥアイを売る屋台





バリに行く前の予備日。
分野違いではありますが、

チャイナタウンに行って来ました。

十数年ぶりです。

動画

http://youtu.be/_M8f--N3ZZY




動画

http://youtu.be/418H9UMY3nw



動画

http://youtu.be/DZNKE2NowEw





動画

http://youtu.be/iglJj_bxSjw



動画

http://youtu.be/f_VMFxKZHBA



動画

http://youtu.be/Sh4RRlGvAdo




動画

http://youtu.be/hXZDExIMjeQ





チャイナタウンの
ココナツ売りのおじさんは親切。



http://youtu.be/u_pCqrSMENM






さて、このあとはバリ島に入ります。

















龍野スケッチ


2013年1月27日  「ああ・・・しかし、龍野じゃなあ・・・」

龍野水彩スケッチ


私は一人息子ではあるが、自分の考えと母親の考えの違いから来る齟齬には
若いころから悩んでいた。
母親は何事においても完璧主義で、いつも静かに叱咤激励されてきた私には重荷だった。
だから、大学の第1希望も第2希望も大阪から遠く離れた東京を選んだ。
大学に入って芸術学の坂崎乙郎先生と出会ってからは
ますます親と考え方がずれて行き、大学3年あたりからは、
親には1年に数日しか会ってこなかった人間だ。
そういうこともあってか、一時期自分の生き方を強く批判していた母親と、
さほど連絡を撮らない時期もあった。1年間まったく会わないことも何度かあった。
そのあと、ゆっくり、次第に10年後、15年後と・・・
母親はようやく自分の絵のライフワークには理解してくれるようにはなったのだが、
やはり帰省するたびに、今度は・・・、私の息子の教育方針について説教されるのが煩わしかった。
私は、息子を日本の中学や高校には1日も行かせなかったのだ。
日本の中学高校はいじめと規律の巣窟なので、百害あって一理なしだと当時は思っていた。
もちろん今もそう思っている。
大学に行きたければ大検を受けて大学に入学すればいいだけの話だ。
そういうこともあって、またもや実家には遠ざかりぎみになっていたのだ。

そして、少し転機があったのが3年ほど前、
両親の結婚50周年に2枚の両親の肖像画を贈った。
これが私の和解の気持ちだった。
すでに、母親は病気だったが、まだ少し元気だったころの面影で肖像を描いたので、
母親はその絵をとても気に入り、大いに喜んで、すぐさま飾ってくれたことを思い出す。
この2枚の絵は今も、父親だけが住む実家の一番メインの場所に大切に飾ってくれている。
そのうち息子が大検を受けて翌年春に東京芸大美術学部に入学したので母親は大喜びだった。
ここからは母親と私は仲が戻った感じで、ちょくちょく帰省し、話をするようになった。
まあ、なんとか和解が間に合ったのである。
そして母親がいなくなってしまった今から考えると本当にこれは救いだった。
世間様が言う「親孝行」などという概念は、当時も今も私にはさほど実感が持てないものだが、
母親とよく会うようになったことがなによりも私には心の安定につながっていたのだ。

昔から母親は、私が東京に戻って行く時に必ず、
マンションのベランダからいつまでも手を振ってくれたものだ。


           





現在、東京に戻ってきてはいるが、
やはり毎日何度も母親を思い出す。
これはなかなか悲しく・・心のバランスが悪い。
まあ一種の修行ではある。

気を紛らわそうと5月のGWに2週間開催する兵庫県龍野の展覧会のDM用のポストカードを
作成したりしている。
昨年4月のコラムにも書いたが、寅さんが取り持つご縁でロケ地にもなったギャラリー「ガレリア」で
展覧会を企画していただいたのだ。

コラム517 豪腕小手寅さんとめぐる播州龍野 全ロケ地制覇!
2012年4月14日  寅次郎な日々 その517



これからしばらく、バリ島に行ってしまったりして留守にしてしまうが
龍野 ガレリアでの展覧会もあることだし、
また大阪に2週間ほど長期滞在して、老いてしまった父親としばし住もうと思う。

龍野では水彩スケッチが3割、オリジナル染織工芸品が7割の割合で
展示しようと思っている。

寅さん関係の仲間たちも何人か九州や京都や東京から遠路来てくださる。

昨年末から淋しい思いで生きているが、その5月2日から14日までの
龍野での展覧会を励みになんとか前を向いて行きたい。
なんせあの名作「寅次郎夕焼け小焼け」のメインロケ地なのだ。
楽しくないわけがない。


           
          播州龍野をゆく寅次郎 水彩スケッチ
     




          
      播州龍野 醤油工場レンガ煙突が見える風景 水彩スケッチ
     













吹雪

2013年1月17日  寅次郎な日々 その540



吹雪の柴又・江戸川土手 ついに動画撮影に成功


先日の雪、江戸川土手はかなりの吹雪だった。


朝のうちは雨。
しばらく制作してたら、窓を観ると真っ白。
たった1時間で一面銀世界。

昼食の後、取材に出かける。


苦労して時間かけてなんとか江戸川土手に上がってはみたが、
今回はスケッチどころの話じゃなかった。
強風で傘は壊れるし、手は動かないし、
とりあえず画像と動画は何とか撮った。


   


それにしても、
あまりにも風が強くて江戸川土手にほとんど誰もいない。


  


みんなわいわい雪遊びするのかなと思いきや、
あそこまで吹雪くと自重するんだね
さすがにねえ^^;

まずは、
江戸川金町取水塔の動画。

動画 その1
http://youtu.be/WKxuXF27vT4


江戸川土手金町取水塔 

 
ちょうど、なにやら看板がありましたので
くだらないこと言ってます((((^^;ヾ

寒いのと風が強いのでもう参っている感じ。

動画 その2
http://youtu.be/7LZk3yyyJsA




かわいい小鳥達があの寒空の中いた。

動画 その3
http://youtu.be/Vi9knUh4kQw





江戸川 矢切の渡し


ここまでは誰も歩いて来ていないので
シュールではあった。


  


とにかく風がきつくてきつくてなかなか逆風側が撮影できなかった。

それでもここまでなんとか歩いて良かったと思える幻想的な風景だった。


動画 その4
http://youtu.be/3dVgcaTVmT4


まあなんとか、町まで戻って、再度参道を通って駅に行った。

踏切から柴又駅の高砂方面ホームを撮影。

48作品で反対側の金町方面は一度も使われたことがない。
これは不思議・・・

動画 その5
http://youtu.be/N9NBA6hfuvk


柴又駅前の続き。

誰かが寅さんの像に
マフラーを掛けて上げたのだろうか・・・。


動画 その6
http://youtu.be/IIwUwHissX0


参道と境内も何度か歩いた。


動画 その7
http://youtu.be/-1wx1cxWHeY


もう一つ、お昼ころに参道を歩いた動画もあった。

これもついでにアップ。

まだこの時間帯は人が多かった。

雪もどんどん降っていた。

動画 その8
http://youtu.be/VfVqhyDkdVo



ところで・・話は変わって


渥美さん&倍賞さんが出た徹子の部屋
youtube にアップされていた。


実に良くしゃべる渥美さん。


■浅草でのメロン騒動の反応

■クランクインの数日前から撮影所から
 5分の宿に泊って通う。

http://youtu.be/-WpZYLdPhTY













大空小百合



2012年1月6日  大空小百合ちゃんとの出会い、そして母親との別れ。


                

     


    


昨年末から何度か「銀座シネパトス」に寅さんを始め山田洋次作品を観に行っている。

この日は岡本茉利さんが初出演された第8作「寅次郎恋歌」と彼女のトークがあるのだ。
「馬鹿まるだし」との2本立て。

まず「馬鹿まるだし」を観た。
馬鹿まるだしは
ラストの木蓮の安五郎の告白シーンと
マドンナの涙が圧巻なんだけど
その話は僕の昔のコラムを読んでいただくとして・・


http://www.yoshikawatakaaki.com/lang-jap/torajironahibi20.htm#325




満足して

休憩していると

栗原さんにお会いした。

栗原さんは僕の展覧会にも来てくださった方で
あの有名な「カルトクイズ」のTV番組の寅さんの回で
渋い回答の連続で活躍されたツワモノ。



        手前の白い服が栗原さん。

       




以前、月虎さんのSNSで知り合ってからのご縁。

彼は数人で「21世紀寅さん研究会」を作っておられる。

そのお仲間の小林さんと2人で来られていた。

例の、11月に松竹企画旅行で小諸や別所温泉を回られた動画を
僕に見せてくださった。

一緒に同行された岡本茉利さんが、大空小百合ちゃんの役で
別所温泉でセリフを言っているのを動画に撮られていたのだ。

これは、僕も以前に柴又のかなん亭で佐藤利明さんに見せてもらったことがある。
私は、その時の別所温泉の様子を佐藤さんがかなん亭で
いいだろーってにやつきながら見せつけるので
うらやましいおばけがでそうだった。

栗原さんと小林さんも同じことを私にされるので、
またもやうらやましいおばけがでそうになった。

「いいですね〜〜 僕も岡本さん来るの知っていれば
一緒に行ったのになあ〜」

「今度行きましょう〜」

なんて楽しい会話をしていると
いよいよ岡本さんのトークが始まりますと案内の声がした。


司会は佐藤利明きさん。


岡本さんがまだ高校生の時にすでに男はつらいよは3本4本と作っていたので
高校では禁止されていたのだが
池袋名画座に「寅さんまつり」を密かに観に行って一気にこの映画が
好きになったとおっしゃっていた。。

大空小百合ちゃんの役をしていた岡本さんが
その後、本当に旅をしながらの芝居三昧の暮らしに入って行った
その運命と必然を感慨深く話してくれる岡本さんも
聞いている僕らもしみじみ感慨にふけってしまった。





今日、その時の再現として

あのセリフ

「先生!車先生!」

を大きな声であの時のままに言ってくださった。

聞いていた130人くらいのお客さんはもうみんな大感激。

私もその時だけは そっと数秒だけ動画撮影をしてしまった^^;ヾ




そのあとも、第16作で伊豆の連絡船の車掌さんをやった時に
山田監督から桟橋から船にジャンプしろって言われて困ったそうだ。

結構きついスカートだったので
足が動きづらくて危ないからできない〜〜って
悩んでいたら
船長さんが「そんな危ないことは許可できない」って
お流れになってほっとしたということ。

第16作あたりからスタッフさんとして
記録係などもして欲しいって
いわれていたため、ロケ地に同行していたんだそうだ。
だから第19作なんかも大洲であんなチョイ役でも
ロケで出演できたんだ。

なるほどね、それで17作、19作、24作など
いろんな「ロケ地」で出ているわけか!納得納得。

そのあと、抽選会などで盛り上がって
35分のトークショウはお開きとなった。


先生!車先生!の
瞬間動画です。



http://youtu.be/2AWauSWzYqo


トークの後、休憩が15分あった

岡本さんと佐藤さんは楽屋の方に行かれたが
私は行かなかった。

それぞれの立場があるので
ここは、一ファンとして、分をわきまえようと思ったからです。

でもね、寅さん物まねの野口さんがちょうど来られて、
私の所に来て
「岡本さん楽屋にいますよ」って言われた。

私は

「そうですね、
ほんとは挨拶したり、写真撮らせていただきたいんですけど
関係者じゃないからあつかましいので遠慮しておきます」

って遠慮したら

「一緒に楽屋行きましょう。
僕も行きますよ」

ってささっと歩いていかれるので

僕は「え〜〜・・・」

と、言いながらも、腹を決めました。

そして、楽屋で名前を名乗り、ご挨拶して

岡本さんの大ファンだということ。
柴又が好きで帝釈天の前に住んでしまったことと
先日行った大空小百合ちゃんと寅が出会った
三浦半島の三崎ロケのことなどを
手短にたどたどしく小さな声で・・・話した。((^^;
それでも内容は過激なので
岡本さんはとても興味を持って聞いてくださった。

佐藤さんは、
僕がこの前のツアー小諸と別所温泉の旅行は仕事の都合で
参加できなくて残念がっていたことを
岡本さんに伝えてくれた。


私の気持ちを知ってくださっている野口さんが気を利かせてくださって
僕のデジカメをパッと取って、
写真を2枚ほど撮ってくださった。


1枚目は岡本さんも普通にされてたが


       


2枚目はそっと僕に寄り添ってくださった!
僕は恐縮してしまって
こんな意味不明の顔になってしまったのだ。



それがこの写真。↓

          緊張してしまってこのようなへんな表情になっています。

       




次の映画「寅次郎恋歌」が始まりそうだったので
みんなで館内に戻り、映画を好きな場所で観たわけだ。



小百合「先生ー!!」



トラック停車。


寅、よおく顔を見る。

小百合「先生!私です。
     いつか四国でお会いした小百合です!」



         





寅、気づいて


「あー!、小百合ちゃん!
 雨の降った日の!」



        




小百合満面の笑みで「はい」


        


座長助手席から降りてきて「これはこれは!」


寅「よおーっ!」


座長「いつぞやのお情け深いお客様」


寅「いやぁ、座長さん、その後元気で。
 座員のみなさまも達者でいなさるかね」


座長「はい、お陰さまでこのとおり
   巡業を続けさせていただいております。



        



寅「そうかい…、よかったー…、本当によかった…」


座長「先生、お乗りになってください」


寅「いや、俺はここで…」


座長、座員一同「どうぞ、どうぞ!」


座長「むさ苦しいところではございますが、どうぞ!」



荷台に乗った寅。


若い座員が助手席に乗り、座長は寅と一緒に荷台に。



座長「今夜のお泊りはどちらへ」


寅「なに、鼻のむくまま気のむくまま気楽な旅でございますよ」


座長「今夜は是非私どもと同じ町にお泊りくださいまして、
    私どものお芝居を楽しんでいただきまして」


寅「あー!、それは結構ですね、
  結構毛だらけ猫灰だらけ、お尻の周りはなんとかだらけ!」



一同どっと笑う「ハハハハ!!」



         





寅たちを乗せたトッラクは田舎道をどこまでも走って行く。


遠く富士山が見える。

         

         



映画が終ると、

私は2列後ろでご覧になっていた岡本さんに挨拶に行った。

第8作のスケールの大きさにあらためて感動したことを
自分の言葉で彼女に伝えた。

彼女もこの第8作をひさしぶりに大きな劇場のスクリーンで観て感動しておられた。

そして最後に握手をしてもらい
お別れをした。

その後、友人の吉野ほつね君が観にやって来たので
しばし佐藤さんや奥様も交えていろいろロビー付近で
5分ほど歓談し、僕は一足先にお別れをした。

思い出深い一日となった。

やはり名作は大スクリーンで観ると違う。


その後

12月27日に第10作「夢枕」と第22作「噂の寅次郎」の上映も見に行った。

このシリーズの2大美女。
第10作も第22作も、これもまた大きなスクリーンで観るのは25年ぶりくらいじゃないだろうか。


なんせバリ島に住み始めてからはほとんどその年の
寅さんの新作しか映画館で観ていなかったのだから。
旧作2本立ての類は先生時代まで。


今から思うと

ちびとらさんや寅福さんと行ったあの第8作の三浦半島、そして
そのロケ地で輝いていた岡本茉利さんとお会いできたことは
ご縁としか言いようがない。


どうせ誰も信用しないと思うが、僕は長年、どの有名なマドンナさんよりも
あの大空小百合ちゃんを演じられた岡本茉利さんに会いたかったのだ。








追伸

12月28日に母親が亡くなりました。

新年のご挨拶を失礼させていただきますことをお許しくださいませ。

母親が亡くなって、アルバムを整理してましたら
若き日の彼女の写真が何枚もありました。

母親の青春を息子の私は知りません。

彼女にも確実に輝かしき青春の日々はあったのです。



       





敬愛する亡き母にこの歌を捧げます


Stardust


And now the purple dusk of twilight time
Steals across the meadows of my heart
High up in the sky the little stars climb
Always reminding me that we're apart

You wander down the lane and far away
Leaving me a song that will not die
Love is now the stardust of yesterday
The music of the years gone by

Sometimes I wonder why I spend
The lonely night dreaming of a song
The melody haunts my reverie
And I am once again with you
When our love was new
And each kiss an inspiration
But that was long ago
Now my consolation
Is in the stardust of a song

Beside a garden wall
When stars are bright
You are in my arms
The nightingale tells his fairy tale
A paradise where roses bloom
Though I dream in vain
In my heart it will remain
My stardust melody
The memory of love's refrain


動画↓
http://www.youtube.com/watch?v=i9SD8uYgIo0



        









朝日印刷


2012年12月26日  
山田洋次ミュージアム&朝日印刷

松竹さん【努力賞】
 



寅さん記念館のリニューアルOPEN



12月15日の初日は、つくばで仕事をしてたので残念ながら
寅さん記念館のリニューアルOPENの日には行けなかった。

で、翌16日午前中一番で観に行った。


OPEN記念で15日、16日のお客さんはみなさん

本物の予告編フィルム6コマをいただいた。



      



まず、どう変わったかというと・・・


とらやのセットの裏に「朝日印刷」の工場が今回から設置されている。



どーせ、適当にお茶を濁してるのかなって思っていたら、
結構頑張っていた。

これは、葛飾区が設置したのではなく、松竹さんが設置したのだ。

なかなか努力賞ものです。

一見の価値アリ。

いやいや、松竹さんさすがです。なかなか粘っている(^^)

見た目はこう言う感じ↓




      




向こうの部屋には印刷工場の中も再現してあり
凸版印刷機がおいてあった。

初日は職人さんが動かしたそうです。


外からの朝日印刷と

中に入った朝日印刷。

ね、欲を言えばキリがないけど
これはなかなか「努力賞」。


内はあくまでも「イメージ」にとどまってはいるが、雰囲気は出している。



     




よかった、とらやがへんになってなくて。
朝日印刷が入った分、とらやが狭くなってしまうのかな・・・
って思っていたのだ。

とらやセットはそのままで朝日印刷が増えていました。

そのかわりメイキングビデオのコーナーが
なくなっていた・・・

うーん これはちとさみしい。

メイキングビデオは非常に貴重なものが
含まれていますのでそのへんが松竹さんは甘い。

適当な展示物が多いのでそちらを減らすほうが
よかったと思う。


ほんとうは他の部分でずいぶん削れるところ
あるんだけどなあ・・・



まあ、とにかく朝日印刷はそれなりに満足

こだわりは細部に宿る。





よし、次は


休憩室の 映画館上映における映写機の展示



迫力あるなあ・・・

まあこういうのも興味ある人はさほど多くはないかも・・・

なかなか形が美しいですね。




      




      







とらやと朝日印刷の動画



動画はあくまでもメモリーとして撮ったものだ。
自分がうろうろ見ながら撮っているので
いろいろせわしかったりぶれていたりしているのでご了承ください。


http://youtu.be/svHc71Ri2Sc






フィルム缶の「
第1作男はつらいよ 予告編

     




室内に凸版印刷機があるので工場の外と内両方が表現されている。職人さんがいれば実際に動かすこともできる。

     




細部もなかなかこだわりがある↓

     





     





     
     









光の庭横の休憩室も行ってみよう。



これは、休憩室に2月まで置いてある映写機↓ 迫力がある。




      





山田洋次ミュージアムは、

「隠し剣」、「母べえの手紙」など。。
貴重な小道具がいくつか展示されていたのがよかった。
内容的にはレアなものは少ないが、良いデザイナーが入っているので
狭い空間を上手に使っていた。天井も取り外し、現代的な要素を取り入れ、おしゃれな空間になっていた。

「ミュージアム」というネーミングはちょっと合わない気もするが、
思ったよりも心地よい空間になっていた。
今までのメインの作品たちを数分ずつモニターで見せてくれるのも嬉しい。


      





フィルム缶を大量に使ったオブジェを館内の3箇所に展示し、撮影機や編集の機械も置いてある。
フィルム映画が皆無になりつつある今、これはかなりメッセージ性のあるコンセプトだった。


      





山田洋次ミュージアム 動画


その@

http://youtu.be/azfeL0KJadA



そのA

http://youtu.be/H4G2bg7NBOA





500円で、とらやと朝日印刷 そして 山田洋次ミュージアム。
これは以前より格段のお得感だ。

記念館が開館して15年経つがようやく友人知人にこう言える。

ようやく入館に値する、
 500円以上の値打ちがあるものができたよ
」ってね^^










牛久沼



2012年12月22日   
つくばでの集まりと執念の牛久沼探索





12月14日、15日と、つくばでの集まりに参加してきた。

もう、何年も前から毎年コレクターさんたちが、年末の大きなパーティの会場に私のコーナーを
作ってくださり、十数種類もの私の絵のポストカードを売ってくださってくれている。
今年は、私にもお誘いがあり、ぜひ一緒に盛り上げましょうということで、僭越ながらパーティ会場に
入らせていただいた。

今年は私も来るとあっていつになくみなさんが熱心に準備をしてくださり、
私もそれに応えるべく、がんばって当日は百数十人以上のお客さんに説明をさせていただいた。

今まででもっとも盛り上がった夜だった。



     







私の絵だけでなく、寅さん名セリフポストカード、越中おわら風の盆、坂本龍馬、土方歳三、力石徹・・・など
すごいラインナップだった。おちろんこちらのほうは差し上げる形。




       


        


                            

                          






なかなかお客さんの写真を取りタイミングがなかったのだけれども、何枚かあるので掲載しますね。

     




     




     





翌15日(土)は夕方6時から文芸部の「イチゴ(以智悟)の会」に特別参加させていただき、
「オスカーワイルド「サロメ」と画家ビアズリー」について
みなさんで喧々諤々3時間半以上もキャッチボールをした。みなさんインテリで、大変な読書家なので
とても中身のある白熱の時間だった。


     





この2つの集まりはとても刺激的で印象深いものだったが・・・


それとは別腹で


実は15日の昼間が私の最大の「正念場」だった。

つまり第34作「真実一路」のロケ地めぐりである。





第34作「寅次郎真実一路」のラスト近くに映し出される牛久沼の釣り場と
大原麗子さんが自転車をこいでいたあの農道に、常総平野の主とも言えるパトロンのY.Iさんが
連れて行ってくださることになっていたのだ。


大原麗子さんの自転車農道はちょっとどこかは手がかりもないが、
あの釣り場のほうは大体見当がついていたのだ。
そうでないと、Y.Iさんもどこに行けばいいかわからないからである。

Y.Iさんは、寅さん映画はDVDマガジンを全作品もっていらっしゃるくらいにお好きなのだが



まずこの2枚の写真を見てみていただきたい。




    



    





所は龍ヶ崎市庄兵衛新田

この要素にまどわされた(/□≦、)


ある牛久沼の地元を紹介するサイトに、
この第34作のあの釣り場のロケ地は
この「龍ヶ崎市庄兵衛新」だと
なんとなくですが書いてあったのだ。

そのサイトは昨年発見して、同じ住所にあるこの島だろうと一人合点し、
1年間ここだろうと勝手に思ってたわけだ。


ちょっとした知り合いからの情報がまずあり、
ちょっと形が合わないと・・・。

後ろの対岸の見え方を考えていくと、なるほど、一見の見た目は似ているが
ちょっと合致しない点が多々ある。


なによりも、手前の岸辺の形、農道の有無などで
だんだん疑惑が強くなってきた。


12月15日に Y.Iさんが
この場所に連れて行って下さることになっていたので
余計に心配になってきたのだった。


彼は、とても親切で
前回の牛久沼森の里団地の時も
第39作「板橋不動尊」の時も
同じく第39作「常総橋」の時も
私のこだわりにお付き合いくださり、
一緒に楽しまれた。

これは、私のコラムにも掲載している。



私が柴又に長期滞在するようになってからは
寅さんDVDも全作品集められて、
かなり、この映画のファンになって来られている。



このままでは

全く見当違いの場所を案内させてしまう!
と、思い、前前日に僕一人で、おおよその真実を
掴みたいと牛久沼まで柴又から
乗り込んで行ったわけだ。

柴又から牛久沼の最寄の駅「佐貫駅」まで
50分で着く。

あっという間って感じ。

この時点で午後1時。
日没は4時半くらいなので
まだまだ時間はある。

まあ、ふじ子さんの自転車農道は全く違う場所の
可能性があるので今日は見つけられないかも
しれないが、




      





せめてあの釣り場だけは
是が非でも見つけたいと思ったわけだ。


      


庄兵衛新田は、飛び地もある。
でもこの飛び地は稲荷川沿いなので
ああいう広がりのある眺めではない。

で、佐貫駅に着いて徒歩12分ほどで
牛久沼が見えてきた。

例の疑わしい「島」も見えてきた。

20分ほどで沼のほとりに到着しましたが、
なんとどれだけ歩いても、第34作のような
沼への自転車が通れるような農道がない!

それどころかひとつとして沼への道というものがない。

しょうがないのでとりあえず、草の間をがさがさと
歩いて沼の畔まで行った。

そして撮影したのがこの写真。↓



    



   
    





違うね、これは。

島の形も違うけど
なによりもあの農道らしき道がこのへん一帯どこにもない。



    




この草むらは昔からあったもの。

おそらくあの映画が作られた昭和59年(1984年)
から変わっていないはず・・

の農道が全く消えてしまうことは考えられない。


   




それに沼のすぐ横を国道が通っているので、もうこれはかなり違う雰囲気。
地図で見てみると映画が作られた1984年にはもうこの大きなバイパスは作られていた。

これは違う。

     



この当たり一帯を1時間もくまなく歩いたが
道はまったくない・・

時計は午後2時半になっていた。

手ぶらで帰るわけには行かない・・・
明後日はY.Iさんとそのロケ地をめぐることになっている。

「どこをめぐっていいかまったくわからなくなった。
見当がつかないんです」・・・。とは、絶対に言えない。



もうこうなったら片道切符の
玉砕作戦しか頭に浮かんで来ない。

「捜査」の基本である「聞きこみ」。



この方法は、私はどーもいつまでたっても苦手で、
人見知りで・・ほんとうにつらい。

しかし、Y.Iさんに、当日運転していただいてお付き合いしていただいて
つまらない思いはさせられませんので
ある程度の目安はつかんでおかにゃあ
私は彼の前で腹切らないといけなくなる。


聞き込み5件しました!


映画のキャプチャー画像を見せながら出聞き込みの結果


■このエリアではない、
 どちらかというと反対側(北のほう)じゃないか 3件

■このエリアのような気がする 2件


あ〜〜〜〜地元の人でさえ「このエリア」だと
言ってしまう人がいるほど
島の形が似ているのだ。

もちろんこれはもう「島」ではないことが
わかっているのだけれどもね。
島は牛久沼ではこれだけだから。

逆のエリア(つまり北側)だと言った人も
具体的にどのあたりかは誰も言えないし・・・


ましてやふじ子さんの自転車農道は皆目分からないし・・





庄兵衛新田町はこの地図↓のようになっている。このどこかにあるはずなんだが・・・

    






この時点で2時半すぎ。

日没までもう2時間を切ったのだ。

農道はともかく
せめてこの牛久沼の釣り場だけでもわかりたい・・

絶対確実なのは
■このエリアではない事、
■似た景色がこの島以外に全く見当らないので
 ここからはかなり遠いエリアだということ。

それでも、僕に出きる事といえばもうひたすら
「聞き込み」しかないわけだ・・・

つらい 引っ込みじあんなので 
ほんとうに1回1回がきつい。
まあ、みなさん、とても親切ではあったが・・

もう今日は本当に駄目かも知れないなあ・・
こんなこと初めてだ。
と思いながら、「佐貫駅」に近づきながらの「聞き込み」をまた続けた。

もうずいぶん沼でも佐貫駅に近いところまで歩いてきた。

大きなリフトを十数台置いてある、土地開拓っていうか土建関係の会社があった。
土地開発なんかしてたら結構詳しいかな・・
と僅かな望みを抱いて中に歩いて行った。
ちょうど休憩している20歳代の若者3人組に寅さんのロケがあったことと、
キャプチャー画像を見せた。


みなさん大原麗子さんが映画「男はつらいよ」でこのあたりで
自転車走ってたって聞いて
「へ〜〜〜!そうなんだ〜〜!寅さんのロケがあったのか〜」って驚いておられた^^

最初見てくれた息子くらいに若い男性は、

はっきり「ここじゃないですね、これ。もっと北ですよと当たり前のように言った。

今までの中で一番明確な答え方だったので、この時点で
このロケは沼の北のほうだと確信した。


「もう少し具体的にわからないでしょうか」と、くいついていったら
もう一人の若者がそのキャプチャー画像をおもむろに手にとって
すぐに反応された。


あ、ここ行ったことありますよって言ったのだ。

それも指差したのがな、なんと
自転車の農道のキャプチャー
の方

だった!!

ええ!この農道ご存知なんですか!?

うん、ここ釣りに行ったことあるから

ええ!!じゃあ、この大原麗子さんが
自転車漕いでいる農道とこっちの釣り場は
本当に繋がってるんですか


そう、この道をまっすぐそのまま
 沼方向に行ったらここに出る


このタイヤのある釣り場にですか!

あ〜・・、この釣り場はもうないですねえ〜、
昔はあったのかもしれないけれど、
ずいぶん前からもうないですね


そ、それは・・どこ・・地名わかりますか!?

あのあたりは沼を開拓して住宅がちょっとできて行ったから
新地町』って言ってるところですよ」

新地町ですか!」メモメモ φ(・・。)

地図を見せながら 

「どのあたりですか!?」

その若者は、大体の所ながらも

まあ、たぶん・・・このあたりで釣りしたかなあ・・
あのあたり結構釣りする場所ですから


アバウトに指差されたのがココらへん↓



     



なるほど、じゃあ島じゃないんですよね、この細い森は

ああ、これね、角度によってこういうふうに見えるんです、
ちょっと陸が沼に突き出ているだけなんだけど


ありがとうございました!『新地町』へ今から行きます!
バスはありますよね

3人一斉に「バス? ないない

「えええ!!どうして?」

「行けば分かるけど何もないところだからバスもこっちとは繋がってないっすよ。
ここからだと佐貫駅まで戻ってタクシーか、歩くか ですね」

もう一人の青年が「歩けないでしょ、この距離ちょっと」

「歩いたらどれくらいでしょうか?」

「うーん、50分はかかるな、これ」

他の青年が「1時間くらいじゃないの」

僕は、「じゃあ僕ちょっと小走りで行きますから
    それだったら30分くらいですかね


青年達「まあ、走ればねえ・・・でも遠いですよ」

「がんばります!」

と言って 青年達にお礼を言って一路北へ小走りで向かいました。


これが知らない土地だからさすがにきついんですわ・・・

この時点で3時ちょうど。

日が森に落ちるまであと1時間半!

もうあの青年のまっすぐな目を信じよう。
あれは本当にこの場所を知っている目だった!

走れメロス!!

 


ほとんど誰も歩いてない道を延々と小走り・・・( p_q)

もうね、夕暮れとの競争。

これが7月頃だったら日が沈むのは7時前だから余裕です。

しかし、今のこの季節は4時20分くらいで、
もうロケ地が探せなくなる。
そして写真も撮れなくなる。

2時間半以上も違うんです。

最後の数キロが遠い遠い もうぜえぜえ・・・。

で、ようやく40分かけて
庄兵衛新田の飛び地にあるあやめ園まで来た。
全然30分じゃ無理だった。



かっぱの大きな銅像がある橋を渡って

この中の島のようになっている開拓の町「新地町」に入った。

キャプチャー画像を見ながらいろいろ探すが
なかなかあのような細長い岬のように
見える位置には出くわさない。

まあ、とりあえず、沼のところまで歩きました。
端の方に歩いていくともう3時45分過ぎ
だんだん太陽の光が弱くなっていくのがわかる。

ちょっとあせってきた〜〜〜。

人歩いてねえ〜〜〜〜〜〜〜〜〜

どこだどこだどこだ〜〜〜。



端のそのまた端、
沼の所まで来た。

目の前にこの風景がドーン!!


うわ!!!

これひょっとして!!

先端部分がかなり似てるやン!!




     
   



      



沼の周りずっと歩いて

もうこれ以上歩けない端っこがここ。



これは似てる!!いやもうたぶんココ!


     



     




奇跡的に散歩のおじさんが通った!

このへんから駅までバスなんかないよ。
牛久駅まで歩いたら45分かかるよ。
早く暗くなる前に行かなきゃあぶないよ


って助言してくれた。

「あのー、30年近く前このあたりで
大原麗子さんが来られたの
覚えていらっしゃいますか?」

「あー、そうそう、来たってねえ、
聞いたことあるわ、その話、
このあたりのどっこかで映画撮ったって」

僕は心の中で「よっしゃああああ!!!!」

なんかここの確率かなり高いぞ!



でも、もう太陽が落ちる!!



    




取材の限界が来た。


     



どうやって帰ればいいのかわからない・・・


誰か〜〜〜〜。



あの、散歩のおじさんの助言どおり
あまり暗くなってから歩いていったら危険なので
急いで河童の橋まで戻り、牛久駅まで歩いていった。


     



それでも途中で夜のように暗くなり、
心細く駅はまだかと、歩き続けたのだった。





そして・・・


この2日後




12月15日 午前11時
コレクターのY. I さんと再確認しにこの地を再訪。


今度はわざわざ森の里団地から
細い道を通って
ここに来てみた。
森の里からのふじ子さんの自転車ルートをだどりたかったのだ。↓



     




で、曇り空の下、現地に着いて
いろいろ最終チェックした時に

次々に事実が分かっていった。






セメント隔壁(かくへき)の曲がり角は・・・

曲がり角・・この当たり端っこだから・・・・



おおおお! 
これかもしれない!!

大昔はこの場所から小川が流れていたのかも。



       





       




ということは

もしここだとすれば
高羽さんはもっとずっと水辺に入って
あの葦の水のあるあたりから
当事釣り場があったところを
側面からのアングルを狙ったのかもしれない。




ということは

ということは


ここから直角に
村の方へ進んで行く
農道があるのだ。

それがふじ子さんの自転車ロード
名づけて「ふじ子ロード」
ヽ(´〜`; ォィォィ


あったあああああああ!!!
これか!
似てるぞこれは!




    

    




    



道向こうの家も
きわめて似ているものが
数軒ある!!
丘の上の杉のうねりも
似ている!

ここだ!!

間違いない。




ふじ子さんの自転車農道から沼を映し出したシーンもあるから
それも撮ってみた。


   



28年前と道はほとんど変わっていない!


逆から見たらまったく同じ。今でも残ってるこの沼への道・・・


    



        


ふじ子さん、
幸せそうだったなあ・・・



     



Y.Iさんはふじ子さんの息子さんの真似をしてくださっている。
バックに見える森は、あの釣り場から見えていた細長い森で、
画像で見えているのも映画とほぼ同じ場所。


     






米倉 斉加年さんの真似をして手を上げてくださるY.Iさん。

    
    




   








で、話は戻って


さきほどの沼との間にあるセメントの
隔壁(かくへき)という構造物が撮影当時は
直角なのに今は広がっているが

元々の場所
をY.Iさんが言いあてられたのだ。


つまり元々 はもっと中で直角にセメントは
曲がっていたのだ。

つぎはぎ部分が今でもはっきり目立っている。

これは大きな前進だった。



   


     



その発見の瞬間の動画もあります↓


http://youtu.be/FBAqYKJ7lUc




航空写真で見るとココの位置↓
がふじ子さんの自転車農道。
ピンク
が釣り場付近。

行く時は車か、もしくは複数で行って
タクシーをシェアするかしかない。
タクシー代は佐貫駅からでも
牛久駅からでも片道大体1800円だそうだ。



     




あの木の杭が出ている
あたりに
釣り場が2つあって、
タイヤがくくりつけてあったのだろう。




     




さきほどは、沼の水や葦が生い茂っているため、大体のところを撮ったが、

その程度の写真は角度的にやや手ぬるいとY.Iさんがおっしゃるので
Y.Iさんと二人で、まず竹棒やタイヤを置いてその上に
アクロバティックに乗って撮ってみた。



     





動画
http://youtu.be/deDDvnwpXrc







徹底的にこだわる今後のロケ地めぐりの方々のために
遠くから釣り用のスノコを2人で20メートルくらい
移動させてみた。
そのスノコを葦の上に置いて撮ってみた。

水はそのまま入ると膝くらいまである。

葦が下敷きになっているのでスノコはかろうじて沈まない。
これのほうが棒やタイヤよりも安定しているし、遠くまで行ける^^




      




私のこだわりに、呆れながらも、かなり積極的に手伝ってくださるY.Iさん。^^;

     






動画
http://youtu.be/DY-sicfC21I



                 

あの美しいふじ子さん
幸せそうな富永さん家族美しい牛久沼

この3つの要素が同時に見れる
まさに第34作の名シーン。
みなさんここは行かなきゃ!。




いろいろ二人で工夫して
ついにアングル的にもパーフエクト!

初登頂!!




       
       





       






最後に、ふじ子さんのように自転車に乗りたくなった。
ということで・・・

自転車に乗るふりをしています^^;ヾ ↓

       



初登頂!!


この病的なまでの膨大なエネルギーと執念を
人類に役に立つことに使って欲しい
と笑いながらもY.Iさんに叱咤激励されました(((((^^;



動画  雑談入りです。

http://youtu.be/QvIht11M7IQ






     
セルフタイマーで記念写真。


     




ちょうど1時間半くらい取材したりお昼を食べたりしていると
小雨が降って来たので、
まあこのへんで切りあげましょうということで
車を止めてあった所まで戻ってなにげなくその前の民家を
見たら、なにやら喫茶店もしている民家だった。





こんな田舎で喫茶店がなぜあるのだ??

お客が入るのか??

好奇心も手伝って二人して入ってみました。

お店の名前は「爛 (木編に可)
らんか」と言って
なんと喫茶室の向こうに囲碁を打つテーブルが30個ほども並んでいました。

中国の故事で「囲碁」のことをそう呼ぶのだそうだ。


囲碁クラブのお店だったんですね。オーナーのご主人が教えていらっしゃるらしい。
もうそれは、かなりの腕前だそうです。


奥様が自分で作られる手作りのゆずケーキはこんな田舎でなぜと思うくらいの
クオリティでした。おいしかったです。

何よりも驚いたのが、こんな田舎の喫茶店に「
ギャラリー」が併設されていることだった。
今はさほど使っていないけど、
昔は知り合いの方々が展覧会をして、お客さんを遠くから連れてきたりしていたらしうい。
奥様も書道と水墨を書かれるが、かなり上手い。びっくりした。
上手いだけではない。絵としてなかなかいいのだ。
こんな牛久沼の誰も来ない喫茶店で、こんな本格的な絵に出会えるとは・・・。

この牛久沼にアトリエを持っていた
小川芋銭の影響がある絵だ。



    これは「らんか」のオーナーの奥様がミョウガを描いた水墨画。


    




      「らんか」のオーナーご夫婦と私。

      



そして、ケーキやコーヒーをいただきながらおもむろに
「ロケ地」のことを話しましたら
しっかり大原麗子さんが来られたことを覚えていらっしゃった。
28年前はまだ「ふじ子さんの自転車ロード」は竹やぶが生えてなくて
ずっと葦だったそうです。小川か何かがまだ流れてたのかな。


そしてあの釣り場の住所のことだが
衝撃的なことがわかった。

住所についての衝撃の事実。

ほとんど地元の人でも知らないそうだ。

郵便屋さんだけは知っている^^;




動画
http://youtu.be/d6N3KbI5gsk





住所についての結論


あの釣り場やふじ子さんの自転車農道は
龍ヶ崎市庄兵衛新田町。

田んぼから土手を上がった所の家々はほとんどが
牛久市新地町。


田んぼの稲荷川寄りに昔から建っていた3軒の家だけが
牛久市の庄兵衛新田町。

稲荷川の畔にあるあやめ園付近と沼に近い所は
牛久市の庄兵衛新田町。

この新地町の住宅が建っていなくて
田んぼだけの沼に面した細長い部分は
全て龍ヶ崎市の庄兵衛新田町。

また、つくば市にも沼を灌漑によって埋めて
田んぼにしたところがあるがその一部は
つくば市の庄兵衛新田町。

あの島があるあたりいったいは
龍ヶ崎市の庄兵衛新田町

庄兵衛新田はこのように3つの市に
またがっているんだそうです。

基本的に、牛久沼の沼自体と沼と接する田園はほとんどが
龍ヶ崎の庄兵衛新田だと覚えておけばいい。

だから、僕らが訪ねたロケ地は
正式には龍ヶ崎市の庄兵衛新田だったわけだ。

でもね、人に言ったら、そこらじゅうに同じ住所が飛び地のように
細長く続いているのでもうわからなくなってしまうらしい。


だからあのロケ地は
牛久市新地町の南の先にある
龍ヶ崎市の庄兵衛新田

と覚えればいいのかもしれない。


だから2日前のあの青年は「新地町」って言ってくれたんだね。



あのあたりのことを知らない人に
あのロケ地を説明する時は

新地町の南の先、
沼に面した場所

とシンプルに言うのが
一番いいかも^^;


これだと迷わないですもんね。

あの場所に行ければいいわけですからね。


ちなみに
ふじ子さんの
自転車農道から
一番近い家の住所は

牛久市新地町25



このあと、僕らは「らんか」をおいとまし、

雨の振る中、牛久城址跡と画家小川芋銭のアトリエを訪問し
牛久沼に別れを告げたのだった。




       小川芋銭のアトリエに飾られていた日本画。これもなかなかいい絵。

     





     黄色いじゅうたん

     






2日前に、私が下見で地獄を見て駆けずり回った
かいがあったというものだ。

私とY.Iさんは、やや寒かったものの
大いに満足した1日だった。





     













ポストカード



2012年12月13日  10月に開催した展覧会の絵、人気ベスト8を
            
ポストカードにしてみました。


220グラム コート紙   

裏に 作者名 タイトル HPのURL、電話番号


実際のポストカードはもっとハーフトーンがきれいに渋めに出ています。

      




8枚組み1セット 1,000円 です。


展覧会期間中以外でのお申し込みはこのHPのメールでも結構です。
お振込みされたというメールと同日に送ります。
(お振込み料と送料(200円)はお客様持ちです)

2セット注文された場合も送料は変わらず合計200円で結構です。

3セット注文された場合は送料無料プラス ハガキサイズの直筆ラフスケッチ(額入り)進呈です。




10月の展覧会において
了承してくださった150人の方に
展覧会の絵の中からお好きな絵を3枚〜5枚記入していただきました。

その結果は以下のとおりです。↓

その統計からこのポストカード制作となったわけです。




     
鴨の通る道 第1位

     






     
「踊りの前」 第2位

     






     バリスを踊るT第3位  

     






(バリスを踊るUも第4位でしたが、同じモチーフなのでひとつに絞りました)






     旅立ちの朝 第5位

     






     今朝の秋eri 第6位

     






     
五月の剣岳 第7位

     






     菜の花の見える風景・筑波山 第8位

     






     雨の旅立ち 第9位

     




以上です。


















tokyoukazoku

2012年12月3日  山田監督の「東京家族」に私が映っていました。


先日、神保町の「一橋ホール」に「東京家族」の試写会を観に行ってきた。
もちろん映画を観たかったのと上映前の山田監督のトークも見たかった。
が、それ以上に実は私が本編に映っているかどうか確かめるためだ。


家族の心のひだを丁寧に救い取った美しく透明感のある映画だった。
僕は「母べえ」や「おとうと」よりこの作品が「自然」で好き。
押し付けがましくなく、それでいて私の心をそっと洗ってくれた映画だった。

ところで、どのあたりで私がスクリーンに映っているかというと、


この作品の前半部分で柴又参道がちょっとだけ映る。
二男を演じる妻夫木君がお父さんとお母さんを柴又帝釈天参道の川千家に連れて行き、
うな重の竹を食べるのだ。

柴又ロケはそれだけ。

うな重を食べる直前に、妻夫木君が川千家の入り口の参道で
仕事の電話を携帯を使って10秒ほどしゃべってるシーンが
あるのだが
そのシーンの後半のほうで3秒間妻夫木君の向こうの方で私が映っている。


後日、私が自分で撮った同じ場所の風景に
イラストをはめ込んでみた。こんな感じ。↓


    


電話の前半は、妻夫木君の背後にエキストラの若いカップルが歩いていて
最初の5秒はずっとそのカップルが映っている。
妻夫木君が電話を切るあたりからそのカップルが動いて、その向こうにいた私が3秒映る。。
ちょうど小さな湯飲みに入れたてのお茶を飲んでいるところだった。
薄い紫のシャツを着て、横顔と上半身が映っている。

人物比率はこの画像のような感じ。こんなもん。

この店は実は私のマンションの1階にある。


その時私は何をしているかというと
小さな湯呑でお茶を試飲しているのだ^^;ヾ

なんでそんなことをしているのかと言うと
ちょうどお茶葉が切れたので、私のマンション1階の
参道に面した店(もんでん さん)にいつものお茶っ葉を
買いに行ったのだ。

そうしたらなんと店の近くが何かの撮影の真っ最中でびっくりした。

「東京家族」だったんですね〜〜。

まあ、でも山田監督は参道の人たちを邪険にしないので
僕は粛々とお茶を選ぶためにいつものように試飲しているうちに
「本番」がはじまり映ってしまったというわけだ。^^;

3秒は短くない、3秒って結構長い。


電話している妻夫木君に焦点が合っているので
私やその向こうの帝釈天二天門はややボケがちにはなっているが
まあなんとか映っている情報を知ってる人は
私だと分かるかも知れない。

だからなんだというわけではないが・・・^^;

まあ、嬉しいなあって((((((((((^^;)





これは、参道で携帯電話で話し終わった直後
川千家に入って行った妻夫木君をNHKカメラが撮った映像です。

この映像↓は「東京家族」のメイキングをNHKが番組にした物。
(寅友のカケちゃんに以前コピーしておくっていただいたものです)



     



僕が3秒映っているのはこのシーンの直前、

カメラが参道から電話している妻夫木君越に
正面に二天門と左に川千家と
右に「もんでん」さん(お茶売っている店)を
撮っている時だった。

後にも先にも柴又の外での映像は
その私が映っている参道の10秒だけだ。
そのあとはなが〜〜〜く
川千家のうな重(竹)食べながらお父さんが
説教し続けるシーン。

この川千家の店内シーンはオールロケ。凄い!

そして驚くべきことに
参道シーンと川千家シーンは別の日に撮影している!

なぜわかるかというとこの妻夫木君が店に入ってくるシーンは
なんとお茶を売ってる目の前のあの
「もんでん」さんのシャッターが
閉まってるからだ!
↑の画像でも見えるでしょ、シャッター閉まってるのが。
本編ではあそこの参道で
僕が入れたてのお茶を試飲してる。
だから参道と店内は別の日。

僕がお茶を飲んでいるシーンを撮られたあの日は
夕方までずっと「もんでん」さんは開いていた。
だからロケは2回柴又に来てることがわかる。



あの日、参道の人から聞いたことだが、
川千家店内ロケのほうが先にやったらしい。
で、外の参道や二天門も入れたくなって
後日もう一度ロケをしに来たんじゃないか・・・。

この、私が映った日は、江戸川土手でも俳優さんに芝居をしてもらっていろいろ撮影したらしい。
でも江戸川土手は全部オミット(T T)。 本編で使われることはなかった。
この土手から、このまま河川敷に降りていくと矢切の渡しにたどり着く。↓このシーンはオミット

     




結局、私が映ってたあの参道シーンだけ本編採用となった。
なんだかやっぱりうれしいな。
未来永劫自分の53歳の映像が山田洋次作品に
小さくではあるけど残っていくのは嬉しい。








2012年11月6日  
ルーベンスここにありき。 


Portrait of Clala Serena Rubens



私は絵の好き嫌いが激しく、たいていの絵はさほど好きではない。
だから東京で数々の展覧会がひっきりなしに開催されているが、
展覧会は多くて1ヶ月に一度ほどしか行かない。

もっとも、画集は学生時代に無茶集めしたのでいやというほど持っている。

しかし展覧会も、一度その絵が気に入ったとなったら何度も行く。
昨年の国立西洋美術館で開かれた「レンブラント展」では私が大好きな
「ヘンドリッキェの肖像」が来ていたので3度もあの絵だけを観に上野まで行った。


で、今回は、「リヒテンシュタイン侯爵家のコレクション」の中に傑作がある。


    


スイスとオーストリアの狭間に位置する小国リヒテンシュタイン。この国はある意味
古くからの美術収蔵によりその地位を与えられ、プライドを保ってきたのだ。
第2次世界大戦の際、戦火を逃れるべく本国にしまわれて長い歳月、
絵が外に運ばれることは無かった。

しかし21世紀になってからようやく絵が動きだしたのだ。


     





下の絵を観ていただきたい。↓私はこの小さな絵を観に行った。

この絵は 1616年 脂の乗りきったルーベンス39歳の作品。

最初の妻の娘 「
クララ.セレーナ.ルーベンスの肖像
彼女が5歳の時の肖像画だ。
しかし彼女はこの7年後に12歳で亡くなってしまう。

ルーベンスはこのクララちゃんを目の前にして絵好きの画人として絵を「描いた」のがわかる絵。
天才とは言え、ほとんどのルーベンスの歴史画や群像は大工房での「製作」であり、
それは生業でもあり、なによりも出世の道具でもあったわけだ。
ルーベンスのそのような大作の数々には私はさほど強い感動はない。

しかし、そんなルーベンスも、やはり家族を私的に観る時は
「画人」になり「描く」という原点に戻るのだ。

娘のキラキラ輝く瞳や笑い顔を見てほとばしる感動があったのだろう。
見開かれた無垢な瞳、生命観にあふれる頬、幼くかわいい口元、ダイナミックな髪の流れ。
当時のヨーロッパ最高の手と眼を持った公的な画家が、
本当に一個人として感動したらこのような絵が生まれる。

ひとつひとつのタッチを愛しむように、そして自信を持って素早く置いて行った、まぎれもない「傑作」だ。
「力作」「大作」ばかりの彼の人生の中でこの、
板で裏打ちした37 ×27cm.の小さなカンヴァスに描かれた小品は
あきらかに彼の「別腹」の作品だと言える。
フランドルの偉大な画家ルーべンスは父親でもあったのだ。

そういえばレンブラントもヘンドリッキェとの間に生まれたティトスを描いた作品は
傑作が驚くほど多い。




ポスターでは↓このように黒くつぶれている陰の部分が
本物を会場で観ると美しいグレーの中間色で描かれていて
絶妙のハーモニーを出している。素晴らしきグレー。
これは実物でしかわからない。

ルーベンスのグレーは凄い。




                       クララ.セレーナ.ルーベンスの肖像

     






                  昨年の「レンブラント展」での「ヘンドリッキェの肖像」

     






会場

2012年10月31日  ご高覧いただいた方々の展覧会のスナップ写真

2週間の間、大勢の方々が来られた。、
知人友人の中で印象深かった方々も多くおられた。
寅さん記念館のお客さんたちもそれこそ何百人も観てくださったが
写真を撮れなかった、撮り忘れた方々がほとんど。
特に同時にお客さんがダブってしまった場合はよく写真を撮るのを忘れた。

4枚の絵を買っていただいた
それぞれのコレクターさんたちをはじめとして
友人知人仲間関係者の中から写真を撮ることができた方々のスナップを紹介しますね。


いろんな諸事情により今回もお名前や関係は省略し、
すべてお写真だけを掲載させていただくことをご了承ください。






           




            




         




           




           




          




          




         



        
          




         




         




         




         




     




    




                   




                 




                   




     




       




                




             




               




    




    

       


               




     




             




       




             




           




                



                




     




    




     




    




    




    



                



               





   




    




    

  


     




    




     



      


  

      





      




            




              




              




          


         




      




     




     




     





     



     




       




   




           




     




                    






                 






楽しい時間をすごさせていただきました。
皆さん本当にありがとうございました。












2012年10月29日  ご来場 ありがとうございました。

一昨日で展覧会が終わりました。
毎日毎日が楽しかったです。

多くの方々に来ていただき感謝です。
ほんとうにありがとうございました。

コレクターさんたち、昔からの友人、知人、恩人、教え子たち、
寅さん仲間、葛飾の仲間たち、美術関係者さん、
絵を描く仲間たち、造形作家さんたち、などなど、

早ければ明後日の夜にでもみなさんのお写真をアップいたします。

また、私とはそれまでご縁が無かった
寅さん記念館にたまたま来られ、
初めてお会いするお客さんたちも
実に多くご高覧くださり感謝しております。

人数が多いですので、写真をアップする方々は
コレクターさんはもちろんですが、それ以外では、
友人、知人、絵や寅さんや葛飾の仲間たち、作家たち、
および美術関係者に限らせていただく事をお許しくださいませ。
また、一人ひとり紹介しながらのアップは今回はちょっと無理なので
一編に写真だけで紹介させていただきます。

中身の濃い2週間ではあったが
それでも、平日の午前中や雨の平日などは、会場でさらっと水彩画を描いて
友人や仲間たちに差し上げたりしていた。




その中で2枚ほど紹介しよう。



     
雪の金町取水塔

     





     
雪の帝釈天 二天門

       
     









2012年10月17日  展覧会 会場風景

会期も三分の一を過ぎました。
友人知人、コレクターさん、美術仲間、寅友などもたくさん来られますが、
さすが寅さん記念館ですね。来場者が多い。
記念館のお客さんも絵が好きな方々はしっかりじっくり見られます。


友人知人など関係者で会場に来られた方々の様子は
28日以降にまとめてどーっとスナップ風にアップいたします。
ただしダイジェストです。全員はさすがに無理です。ご了承ください^^;



     



     








2012年10月11日   拝啓 坂崎乙郎様  そして 25歳の君へ





拝啓 坂崎乙郎様


坂崎先生本当に長らくご無沙汰しています。

かつて、5年間芸術学を教えていただきました坂崎先生と
永久のお別れをしましてから早いものでもう27年になります。
坂崎先生には結局絵を見ていただかないままのお別れとなりました。
また、それ以前になによりも私にはお見せできるべき作品群がありませんでした。
でも、そんなことよりも、坂崎先生のあのお声やあの表情、あの筆圧を
二度とこの世では感じれないことが辛くてせつなくて悲しみにくれる日々でした。

私はその後、31歳の折、絵に専念するために職を断ち、背水の陣で異国での制作に入りましたが、
歳月だけが無駄に過ぎ去って行き、
その間も何十回と展覧会を開催してはきましたが、
どこかでしがらみが見え隠れする納得がいかない未熟で脆弱な部分がありました。

そして52歳の今、このたびようやく
坂崎先生に少しはお見せ出来る展覧会を開くことが出来たかもしれません。
今回の作品群は歴史の淘汰に少しは耐えれるのではないか・・・、と、
不遜な考えがふと浮かんでしまったりもしております。
しかし、私個人の感覚だけではなんとも心もとなく
そのような自信は生まれては娑婆の雑音の中で泡のように消えていくという繰り返しです。

そんなこともありまして今回思い切って坂崎先生に観ていただいて、
ご感想をお聞きしたいと思うようになりました。
僭越なことは十分に承知していますが展覧会のご案内を初めてさせていただきます。

今回展示しますのは、数年以内の仕事のものを中心に、ほぼここ10年の仕事です。

その節目の発表の場所が、かつて開催しました銀座の画廊でもなく、
坂崎先生が何度か勧めてくださった新宿の紀伊国屋画廊でもなく、
本来画廊でもなんでもない葛飾柴又の「寅さん記念館」だというのが、
寅さん好きで、いわゆる画壇にも属さない風来坊の私らしく自分でも少し可笑しいです。
記念館の館長さんはじめ葛飾区の友人のみなさんが応援してくださってこの企画展が実現しました。

じっくり静かに観ていただくために
どなたも来られないような小雨の平日の午後にでもお越しいただければと思います。




秋深まる柴又帝釈天前にて    吉川孝昭  拝










前略  25歳の君へ。


お元気ですか。

25歳の君はあの前年に「Yの肖像」を描きあげましたね。
そしてこの年に「筆を持てる自画像」も制作しました。
伸び盛り、やんちゃ盛りゆえに痛烈で歯に衣着せぬ批評をし続けていた君に
見せるべき、応えるべき揺るがしがたい造形がなかなかできなくて
ずいぶん長い歳月遠い異国の果てで苦しみ抜きましたが、
ここ10年、少し吹っ切れて来た感があります。

こうして今、壁面にこの10年の足跡を並べてみますと
「ちょっとは大丈夫」なんじゃないかと思えてきました。

なにが「大丈夫」なのかはなかなか言葉にはだせませんが、
とにかく観に来てください。

ただし、銀座の画廊ではありませんよ。
葛飾柴又江戸川のほとりにたたずむ「寅さん記念館」です。

君が住んでいた豊島区千早町からはちょっと遠いけれど
あの映画が好きな君だから柴又への道のりは決して苦痛ではないでしょう。

君のその強すぎる危険な眼光に、その苦悩に、その感覚に
真正面から対峙し、
真摯に応えうる造形が、一つのタッチが、この壁面に存在することを祈って
27年後の私は、初めて展覧会の案内状を君に出させていただきます。

またスペインからもうすぐ帰ってくる紀子さんにもこう伝えてください――
葛飾柴又は涼しい風の吹く美しいところです。
江戸川がたゆたゆと流れ、帝釈天の木々が美しく色づき始めています。

私の絵だけでなく、
君たち二人にこの風景をこそ見せたい。

来てください、柴又へ。

私はここにいます。


吉川孝昭 様
宮嶋紀子 様




江戸川土手の見えるベランダにて   吉川孝昭  拝









吉川孝昭展 2012年10月13日(土)ー28日(日)
午前9時−午後5時 寅さん記念館 休憩室

休館日第3火曜日:10月16日(火)のみ

なお、10月13日(土)は13時半〜14時半まで「葛飾の昔ばなし紙芝居」が展覧会会場で行われますので、この1時間だけ絵画が鑑賞しにくい状況があります。
13日(土)にお越しになる方は13時半〜14時半を避けてお越しください。


10月23日(火)午後には「かつしかFM]の生放送でのインタビューを含めた展覧会紹介があります。








2012年10月6日  柴又界隈の掲示板に貼っていただいているようです。感謝!


10月23日(火)午後には「かつしかFM]の生放送でのインタビューを含めた展覧会紹介があります。



寅さん記念館のスタッフのみなさんありがとうございます。
柴又駅と参道帝釈天前の掲示板コーナーにポスターを貼っていただいているそうで、感謝しております。





柴又駅の改札口出てすぐの葛飾区の掲示板









帝釈天参道、帝釈天前の掲示板↓赤丸で囲った部分。


    







     






     




     






吉川孝昭展 2012年10月13日(土)ー28日(日)
9時−17時 寅さん記念館 休憩室

休館日第3火曜日:10月16日(火)のみ

なお、10月13日(土)は13時半〜14時半まで「葛飾の昔ばなし紙芝居」が展覧会会場で行われますので、この1時間だけ絵画が鑑賞しにくい状況があります。
13日(土)にお越しになる方は13時半〜14時半を避けてお越しください。











2012年9月26日  「第3回つくば寅さん研究会」にお招きいただきました。 




ゆっくりゆっくり寅さん記念館での展覧会(10月13日ー28日
 ただし10月16日のみ休館 )が近づいて来ている。
それゆえに1週間だけ東京に戻って準備をしている。

葛飾区の広報や寅さん記念館のHPにもお知らせを載せていただいている。

http://www.katsushika-kanko.com/tora/news/post-271/





      








       




前回の「寅さん記念館」での展覧会は小品がほとんどだったが、
今回の展示は近作も含めた未発表作品が15枚ほどあるのと、比較的大きな作品も数点あるのが特徴。

この東京滞在中、
ちょうど運よくつくばでの「
第3回寅さん研究会」が盛大に開かれるというので、
私もお招きにあずかり、つくばに伺った。
つくば在住の方たちや関東に住んでいらっしゃる寅さんファンが集まって懇親会を開くのだ。
そしてみなさんの行きつけのお店で、楽しくも充実した3時間を過ごさせていただいた。

この会には私のパトロンであるY.I さんをはじめ大切なコレクターさんやお客さんたちも参加され、
大きなスクリーンを利用しながら、寅さん名場面集(吉川編集)を堪能したり、みんなで解説したり、
はたまた今年の越中八尾の「風の盆」訪問動画を面白く拝見させていただいたり、
大いに話題がミックスされ、頭をフル稼働させながらもリラックスさせていただいた。

みなさん、本当に人間の幅がある方たちばかりで勉強になるし、それゆえに実に楽しい。
そしてなによりも気心が知れた人たちなので、
普段は重度の隠れ人見知りの私も、なんとか気持ちを柔らかくすることができるのだ。

本当にお別れが名残り惜しいと思う夜だった・・・



     



吉川孝昭展 2012年10月13日(土)ー28日(日)9時−17時 寅さん記念館 休憩室
休館日第3火曜日:10月16日(火)のみ
なお、10月13日(土)は13時半〜14時半まで「葛飾の昔ばなし紙芝居」が展覧会会場で行われますので、この1時間だけ絵画が鑑賞しにくい状況があります。
13日(土)にお越しになる方は13時半〜14時半を避けてお越しください。









2012年9月6日  風の盆展覧会にサプライズゲスト現る。


怒涛の「風の盆」本番3日間が終わり、ほっとしている。

しかしまたすぐ金沢郊外で大きな展覧会があるため、まったく休みなしで動いてもいる。


今回は展覧会中の9月1日に東京や龍ヶ崎やつくばや首都圏から私の絵のコレクターさんたちが夜、車で走り抜けて
この山深い絵中八尾に一堂にやってきてくださったのだ。

もちろん「風の盆」を見に来られたのだが、私にも会いに来てくださったのだ。

もうひたすら感激!

油彩画や染織品を買ってくださり恐縮です。

みなさん本当にありがとうございました。




        











2012年9月1日  秋の『寅さん記念館』個展パンフレットができて来ました。



ちょうど昨日8月31日、
「寅さん記念館」で秋に開催する私の個展のパンフレットが届いた。

全12ページ。A5サイズ。フルカラー



       
表紙↓

       





       
裏表紙↓

       




      
 2ページ目と3ページ目↓

       



それ以外の4ページ目から11ページ目は
会場でパンフレットをもれなくお渡しいたしますのでその際にご覧ください^^ヾ
葛飾柴又の風景も数枚展示します。

出品予定は、
油彩約15作品
水彩約10作品

また、10月初旬に日記にお知らせを書きます。


吉川孝昭展  ー遠い旅の空からー

葛飾柴又『寅さん記念館』休憩室

10月13日(土)−28日(日)

9時から17時まで





                                 

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