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(ご注意) このサイトの文章には物語のネタバレが含まれます。
まだ作品をご覧になっていない方は作品を見終わってからお読みください。
濱口國雄「便所掃除」松村達雄さんここにあり!(2010年8月20日)
第39作『寅次郎物語』 超簡単 ダイジェスト版(2010年8月10日)
第18作「純情詩集」オープニングの駅舎判明!(2010年7月30日)
マイケルが見下ろす江戸川、そして去りし夢(2010年7月21日)
「春の夢」ラストの天神社のこと(2010年7月11日)
岐阜県瑞浪市を走る黄色いペプシのトラック!(2010年7月1日)
すみれちゃんの高校と満男の高校は違う学校だった!(2010年6月28日)
兄と弟 二十億光年の孤独(2010年6月20日)
さくらとお千代さんが演じる蝶々夫人(2010年6月14日)
寅さん世界の柴又周辺マップ .柴又住民たちの家(2010年6月4日)
ご近所だった!さくらの家と京子さんのアパート(2010年6月2日)
第37作「幸福の青い鳥」 今回はちょっと長めのダイジェスト版(2010年5月27日)
ついに発見!健吾の働く看板屋とらくだ公園(2010年5月22日)
発見!リリーの母親の住む街(2010年5月12日)
山田監督の『ヨーイはい(2010年4月30日)
外国旅行に行った準レギュラー2人 (2010年4月25日)
白木蓮と青春の輝き(2010年4月18日)
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「メロン騒動」と「寅さんの子守唄」 『おとうと』からの副産物(2010年4月8日)
第36作『柴又より愛をこめて』 超簡単 ダイジェスト版(2010年3月31日)
第35作『寅次郎恋愛塾』 超簡単 ダイジェスト版(2010年3月19日)
第34作『寅次郎真実一路』 超簡単 ダイジェスト版(2010 年2月27日))
『お兄ちゃんとの再会』 長山藍子さん(2010年2月15日)
ついに発見! 神田神保町『大雅堂』(2010年2月5日)
もう一人の『さくら』 長山藍子さんの感覚 前編(2010年2月1日)
なぜか江戸幕末に詳しい寅(2010年1月28日)
長旅から帰って来た人には…。(2010年1月21日)
新年のご挨拶 寅次郎と雪のバス停(2010年1月2日)
寅とさくら 兄妹の青春(2009年12月28日)
男はつらいよの中の雪景色(2009年12月18日)
義母も使っていた「脳天ファイラー」(2009年12月10日)
新郎の名前を呼び間違えた夏子さん(2009年12月4日)
『男はつらいよ』と干し柿を作る日々(2009年11月14日)
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| お気楽コラム 【 寅次郎な日々 】 バックナンバー 濱口國雄「便所掃除」 松村達雄さんここにあり 2010年8月20日 寅次郎な日々 その451 この文書には本編のネタバレが含まれます。お気をつけ下さい。 いよいよ『越中八尾おわら風の盆』の前夜祭が始まった。 数日前からの準備。そして今日も忙しかった。 で、第26作「かもめ歌」の本編完全版がほとんど手付かず…(TT) なんとか8月中に前篇を更新しようと思っていたのだが案の定全くダメ。。。 ここから9月3日までの『おわら風の盆』期間中は作業はほとんどできないと思う。前篇アップは9月になりそう…。 実は密かに第41作「心の旅路」のダイジェスト版も進めているが、 こちらの方も8月末にアップできるかどうか微妙。 ということで、今日は、第26作「かもめ歌」の中で私が最も気に入っているシーンのひとつを紹介します。 そえはすみれちゃんと寅とが会話で絡んだシーンではない。 あ、もちろんすみれちゃんの入浴シーンでもない(^^;) それは、葛飾高校定時制(実際は南葛飾高校)の国語の授業で松村達雄さんが 国鉄職員の濱口國雄さんが作られた「便所掃除」という長い詩を全文朗読する場面だ。 なんとも美しい詩。 そしてこの時の松村さんはまさに当たり役。 松村達雄ここにあり!という感じで光輝いていた。 濱口國雄「便所掃除」。 扉をあけます 頭のしんまでくさくなります まともに見ることが出来ません 神経までしびれる悲しいよごしかたです 澄んだ夜明けの空気もくさくします 掃除がいっぺんにいやになります むかつくようなババ糞がかけてあります。 どうして落ち着いてしてくれないのでしょうか 尻の穴でも曲がっているのでしょう それともよっぽど慌てたのでしょう 唇をかみしめ戸のサンに足をかけます 静かに水を流します ババ糞におそるおそる箒をあてます ボトンボトン便坪に落ちます 乾いた糞はなかなか取れません タワシに砂をつけます 手をつき入れて磨きます 汚水が顔にかかります 唇にもつきます そんなことにかまっていられません ゴシゴシ美しくするのが目的です 朝風が壷から顔をなであげます 心も糞に慣れてきます 水を流します 雑巾で拭きます 金隠しのうらまで丁寧に拭きます もう一度水をかけます クレゾール液を撒きます 白い乳液から新鮮な一瞬が流れます 便所を美しくする娘は美しい子を産むと言っていた母を思い出します 僕は男です 美しい妻に会えるかもしれません こんな美しい詩は世界中探したってそうそうはない。 これが、私にとっての第26作のもうひとつのメイン。 ![]() ♪蛍こいこい 八尾の盆に 夜の流しの オワラ 道照らせ 「寅次郎な日々」全バックナンバーはこちらから
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| お気楽コラム 【 寅次郎な日々 】 たぶん…一週間に一度くらいアップかな… 第39作『寅次郎物語』 超簡単 ダイジェスト版 2010年8月10日 寅次郎な日々 その450 この文書には本編のネタバレが含まれます。お気をつけ下さい。
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| お気楽コラム 【 寅次郎な日々 】 たぶん…一週間に一度くらいアップかな… 第18作「純情詩集」オープニングの駅舎判明! 上田鉄道別所線 中塩田駅 2010年7月30日 寅次郎な日々 その449 この文書には本編のネタバレが含まれます。お気をつけ下さい。 このシリーズのロケ地探しで、どう考えてもあそこだなあ‥って思うし、他の人もそうだねたぶんと、 言ってもいるんだが、どうも最後の決め手が見つからずに何年もお蔵入り…。っていう場所がたくさんあるが その典型が今回紹介する信州 上田電鉄別所線の駅舎だ。 このシリーズで別所線は3駅も登場する。 ひとつは第18作「純情詩集」で、寅が無銭飲食で捕まり、さくらが半泣きで迎えに行き、 こけそうになっていた「別所温泉駅」 ![]() もうひとつは第35作「恋愛塾」のオープニングで谷よしのさんとの掛け合いがある「舞田駅」 ![]() しかし、実はもうひとつある。 同じく「純情詩集」で、オープニングで寅はいつものように夢から醒めるが、 それが別所線のある駅舎横の床屋なのである。 近所の家の妹がお兄ちゃんを「昼ごはんだよ」と呼んでいるあのシーンでだ↓ この映画のシーンで左端にギリギリ駅舎が見えるが↓、どうやら駅舎の玄関のほうではなく裏のほうだ。 ![]() どうもこの駅舎の形が「別所温泉駅」のスタイルに似ている感じがするのである。 「別所温泉駅」は、一番上の画像でも分かるように 屋根が腰折れになったきれいな「マンサード屋根」のスタイルでなかなかおしゃれな感じだ。 そもそも、この別所線は電車も「丸窓」を採用した「モハ5250 丸窓電車」で、なかなかおしゃれなのだ。 この電鉄の昔からのコンセプトは私のツボ。 丸窓はさくらが乗った時に映っていた。 ![]() で、話は戻って、第18作のオープニングのこの駅舎も なんか別所温泉駅舎同様「マンサード屋根」っぽいって前々から思っていた。 別所線の駅舎で当初マンサード屋根を採用したのは確か別所温泉駅と中塩田駅だけ。 中塩田駅のマンサード屋根の写真はいくつもあるが全て表側からのカッコいい写真ばかり。 そりゃそうだ、普通は駅舎の表の方が当然カッコいいのだから(^^;) 駅舎の表側は別所温泉駅舎と似ている。同じ頃にきっと建てたのだろう。 私は実は10年ほど前にこのあたりを一泊旅行で旅している。無言館と信濃デッサン館の2つの美術館が 旅のメインだったのだが、ついでに寅が旅をした場所をぐるっと別所温泉から塩田平そして前山寺と巡ってみた。 しかし、この「中塩田駅」のことは頭をよぎらなかったのだ。残念…。 とにかく映画では上の写真の通り駅舎の裏がスクリーン左隅に映っている。 だから裏側からの写真があれば第18作OPのあの床屋さんの空き地向こうに映っているのが 「中塩田駅舎」の裏手(別所温泉方向側)だとはっきり分かるのに…。 2005年当時インターネットで探しても本で探してもどこにも駅舎の裏手は載っていなかった。 と、思っていたのだが…、 昨日、ご家族でマニアックな冥府魔道のロケ地巡りをされている「ちびとらさん」との会話で この別所線の話題が出たことをきっかけにもう一度頑張っていろいろネットで探してみた。 なんと、数年のうちにいろんなサイトや撮影写真が誕生していたようで、 あっさり駅舎の裏手画像も見つかった(((^^)ゞ 見つかるときは見つかるんだね〜〜。 で、ちょっと拝借して…。すみませんm(__)m やはり写真で見る中塩田駅舎の裏の構造は 第18作のあの駅舎の裏と一緒だった! 壁から突き出たひさしの下のトタンや灰色の物入れもまだ健在。↓ ![]() 映画のアップ↓ ![]() その後...月日は流れ、ひさしの下のトタンは取り壊され、蔦が絡んできた頃。 この床屋さん、看板は「フジタ」と読める。今はもうないのかもしれない↓ ![]() ちなみに中塩田駅舎の表側は↓のようになっている。 別所温泉駅と同じくかっこいい。大正10年の建築。 2つの駅舎はおそらく時期に建られたと思われる。 2つともマンサード屋根の様式だ。 中塩田駅舎↓ ![]() 別所温泉駅舎↓ ![]() で、現在は別所温泉駅舎同様、ついに中塩田駅舎補修&化粧直しされて綺麗になっている↓ しかし、本音は補修される前にあの風雪にさらされた駅舎をスケッチしたかった!! ああ…無理だあ〜、そこまでの往復交通費が無かった……ガクッ 〇| ̄|_ 補修に対していろいろ思うところはあるがあのまま放置され、どんどん崩れていくよりずっとよかった。 ![]() おまけ(^^)↓ ちなみに別所線の中で近年新しく建てた駅舎もいくつかあるが、 上日原駅(うえだはらえき)舎はマンサード屋根の様式を小作りに可愛く再現している(^^) ![]() ダイジェスト版もたまには進めないといけないので次回のコラムは 第39作「寅次郎物語」本編の超簡単ダイジェスト版をアップします。 8月8日前後になると思います。 「寅次郎な日々」全バックナンバーはこちらから
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| お気楽コラム 【 寅次郎な日々 】 バックナンバー マイケルが見下ろす江戸川、そして去りし夢 第24作「寅次郎春の夢」 2010年7月21日 寅次郎な日々 その448 この文書には本編のネタバレが含まれます。お気をつけ下さい。 ようやく第24作「寅次郎春の夢」の本編完全版完結編作業が終わった。 この数カ月はいろいろ忙しくて大変だったが、なんとか終わってほっとしている。 予定より3ヶ月も遅れてしまった。 もう誰も待っていないとは思いますが、明日あたりにアップします。 ところで、この作品のラストで、失恋したマイケルがJAL機に搭乗し、アメリカへ帰って行くが その途中、なんと眼下に江戸川の流れが見えるのだ。 航路的にはあり得ないが、映画的にはこれでよし。 あの窓から見下ろした表情から万感の想いが溢れていた。 大の寅さんファンである浜松のKさんが詠まれた歌を思い出す。 『蝶々夫人は「春の夢」 見下ろす江戸川、去りし夢。』 で、今回、あのマイケルが見た眼下の風景は 実際はどのあたりなのかをちょっと確かめてみた。 まず状況はこうである。↓ アメリカ行きのJAL 機内
よかったねマイケル。 君の視野の中にさくらはいたよ。 そしてさくらも君の飛行機を見ていた。 Good luck Michael. ![]()
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| お気楽コラム 【 寅次郎な日々 】 バックナンバー 「春の夢」ラストの天神社のこと 第24作「寅次郎春の夢」 2010年7月11日 寅次郎な日々 その447 この文書には本編のネタバレが含まれます。お気をつけ下さい。 数日前から富山で別の展覧会を開いている。 あー、それゆえ、またしても第24作「春の夢」の本編完結編が停滞。 パソコンが長くいじれない。 それでも、なんとかやっとこさラストまで来ているのだが、ここで解決できない疑問が沸き起こった。 失恋の後、いつものようにラスト、寅は正月にバイをする。 そこへ初代ポンシュウ(小島三児さん)が合流。 奥さんに逃げられている父子を慰めようと思ったらなんと新しい奥さんがもういた、って言うオチ。 あのシーンは海の向こうに見える地形を考えると、 第16作「葛飾立志編」のラストの場所とほぼ同じ、静岡県沼津市西浦足保(あしぼ)だ。 「終」の文字が出るシーン。 遠く連絡船が見える伊豆の海 鷲頭山の勇姿を背景に江浦湾が映っている。 この見え方は確実に西浦足保の海。 ![]() グーグルアース↓で映画と同じ風景の見え方を確認。西浦足保地区だと断定。 ![]() 寅たちのバイはちょうどすぐ前の神社の初詣をねらってのものだったが、その神社の名前が わからないのである。 それと神社の写真画像が最後まで見つからない。 場所が分かっているのに名前がわからない…。 こういうことは稀にある。 赤丸で囲んだエリア↓が西浦足保地区の神社の長い階段と本殿 ![]() ↓の航空写真で俯瞰してみた。青で印をつけた部分が寅がバイをしていた場所。 赤丸が初詣で賑わう西浦足保(あしぼ)海辺の神社。 ![]() 寅が座る斜め前に神社の鳥居があり、長い階段がある。↓ → ![]() 神社の鳥居の方から見た寅の位置。↓ → ![]() のぼり旗に神社の名前が書かれているがイマイチ読み切れない。 まあ、実はそのまま「ある神社」ということにしてもいいのだが、 どうも後味が悪い。 さんざんいろいろな地図でも探し、ネットでも探したが、そんなに小さな神社でもないのに なぜか名前が出ていないのだ。 その時、神社のすぐ近くに「足保公民館」があることに気づいた。 サイトで調べると電話番号が載っている。 恥ずかしながら、すぐそばの神社の名前だから教えてくれるのではないだろうかと 思い、清水の舞台から飛び降りる気持ちで西浦足保公民館に電話をかけてみた。 ところが何度かけても誰も出ないのである。 後に分かったことだが、ここの公民館は普段は無人で、会合等がある時だけ開けるのだそうだ(TT) それで、もう乗りかかった船なので、恥でも何でもかいてやる…、と割り切り、ちょっと離れた場所にある 西浦の交番に電話をかけてみた。道を聞く人がいるくらいだから、名前を教えてくれるだろうと思ったのだ。 さすがに交番だけあってすぐに電話に出られた。神社名を知りたいことと、その知りたい理由を伝えたのだが、 なんとあの神社のことをご存知でない方だった。ああ。。。(TT) 4キロ以上離れているし、無人ぽい神社だし、わからないのかもしれない…。 向こうの方も申し訳なさそうに謝っておられた。 そのかわり、そういうことだったら西浦の「地区センター」に問い合わせることを巡査さんは勧めてくれた。 電話番号を聞き、今度こそはと、「地区センター」にかけて同じように恥ずかしながら事情を説明し、 尋ねてみたら、さすがにその神社があることはご存知だったが、 そこのスタッフさん全員が神社の名前はわからないということだった(TT) 地区センターから5キロほど離れているので超地元の人しかわからないのかもしれない。 それでも、「地区センター」のスタッフさんは足保のあのあたりに自分の知り合いがいるから 電話で聞いてみてあげると言って、わざわざ神社と同じ足保地区に住むご友人に電話してくださったのだ。 そして、ようやく神社の名前がわかった! 『天』という一文字の神社で『天神社(てんじんじゃ)』というらしい 丁寧にお礼を言って電話を切らせていただいた。 それと同時に、ネットで調べていた時に『神社庁』という組織の存在も知った。 で、恥じかきついでに、『静岡県神社庁』にダメ押しで電話で問い合せてみたところ、 沼津市西浦足保地区にはひとつだけ神社があり、 住所は『西浦足保4-2』名前は「天神社」だそうだ。 いよいよ安心して、お礼を言って電話を置いた。 これで確実。「天神社」 西浦足保4-2 そして、なんとなんと静岡の神社庁が持っているホームページを地道に細かく見ていくと、 一覧表の中にありました! ちゃんと西浦足保地区に「天神社」の文字が!あっちゃ〜〜〜(^^;)ゞ 電話で皆さんにご迷惑をおかけしてしまったことを深く反省するとともに、いつの日か必ずこの 「天神社」を訪問しようと心に誓ったのだった。 電話に出ていただいたみなさん、ご迷惑をおかけしました。ありがとうございました。 ちなみに、静岡県には「天神社」と呼ばれる神社は結構たくさんあってきちんと数えてはいないが 7〜8箇所存在していた。 神社の「写真」のほうはネット上では最後まで見つからずだった。これも実によくあること。 なにはともあれ、 24作「春の夢」の本編完全版完結編は今週末か来週初めにはなんとか今度こそアップしたい。 (もう二ヶ月以上こればっか…^^;)
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| お気楽コラム 【 寅次郎な日々 】 バックナンバー ロケ地発見!岐阜県瑞浪市を走る黄色いペプシのトラック! 第9作「柴又慕情」ラスト 2010年7月1日 寅次郎な日々 その446 この文書には本編のネタバレが含まれます。お気をつけ下さい。 現在展覧会中なのでなかなか第24作「春の夢」の本編完結編が終われない。 あと少しのところまで来ているのだが、なかなかパソコンの前に座れないのだ。 あと一週間ほどお待ちください。(そんなんことわらんでも、誰も待ってないって… ゞ(〜〜;)) ところで。。。 10日ほど前、久しぶりに岐阜の友人からメールがあった。 彼の名は加納さんと言ってバリ島旅行の常連さんだ。彼と知り合ったのもバリ島ウブド。 あれはまだ20世紀末の頃だ。 あの頃、…確か1997年頃だったか、私はパソコンをまだ使い切れていなかった。 教師時代は全ての試験をパソコンを使って書いていたが、それはパソコンをワープロ代わりに 使っていただけで、決してインターネットを使えていたわけではなかった。 そして20世紀末もうそろそろHPを立ち上げたいなと思っていた。 そこでバリでふとしたことから知り合った加納さんにパソコンの選び方及びインターネットの仕方を いろいろ教えてもらったのだ。 息子は当時まだ小学校に入ったばかりで、インターネットのことは私同様まだまだ未知の世界だったのだ。 次の年にWindows98が出るということで、一生懸命その仕組みと使用時の注意点を加納さんは教えてくれたのだった。 そして偶然にも彼もまた「男はつらいよ」の大ファンだった。 そして彼のお父さんが亡くなったのは渥美清さんが亡くなった年だったという因縁もある。 そういう強い縁で、その後も日本での展覧会の初日に来てくださったり、バリで再会したり、深いお付き合いを させていただいている。 初期のバリ日記にも何度か岐阜のKさんとして登場していただいている。 ここ数年お互いに忙しかったせいもあり、音信が途絶えがちになっていたが、上に書いたとおり 10日前にメールを下さった。 そこには驚くべきことが書かれてあったのだ。 彼は岐阜県瑞浪(みずなみ)市土岐町にずっと住んでいるのだが、先日のテレビ放送で「第9作柴又慕情」を観た時、 あのラストシーンの風景がどうも見覚えがあると思い、ビデオで確かめられたところ、 なんと!自分の近所の橋だったああ!!…ということらしい。 こんなことがあるんだな…、と今更ながらにメールを読んだ私も驚いたわけだ。 柴又慕情のラストといえば、ご存知、暑い中、背広を脱いだ寅が田舎の木造橋を渡り、 ![]() 川原で野○ソをしていた登と再会し(^^;)、 ![]() ペプシコーラのトラックに乗って走っていくあのシーンだ。 ![]() 半信半疑で驚きのメールを返信すると、今度は直接岐阜から電話がかかってきて、 なんとあのペプシコーラのトラックに乗って寅と登が去っていったラストの道は、彼がいつも車で通る近所の道だそうだ! あの川は瑞浪市を流れている美しい土岐川。その味わい深い木の橋は数年前の洪水で壊れてしまい、 少し下流に普通の橋が作り直されたそうだ。 恥ずかしい話だが、私はずっとあのラストの場所を、適当に静岡か山梨か福井かだと思っていた。 もちろんどの本にもどのサイトにもあの場所は書いていない。検索しても何も出てこない。 もう残るは、最後の手、松竹の当時のロケハンの方に恥を偲んで聞くしかなかったのだ。 でも、よくよく考えたら歌子ちゃんの新居があるのが『愛知県春日井市高蔵寺』だということは ラストの手紙の裏の住所で前々から分かっていた。寅は映画のラストで歌子ちゃんを訪ねていったが結局は会えなかった。 あのあと、ふらふらっと、多治見、土岐、そして瑞浪と焼き物の里を放浪していたのだろう。 ちなみに加納さんも若ころは焼き物(美濃焼)を長い間やっておられたのだ。 歌子ちゃんの手紙の住所「春日市高蔵寺」は、偶然にも加納さんのお母さんの妹さんがの住んでいる町だ。 ここにも加納さんは「寅さん」との縁を感じられている。 ![]() で、さっそく私は、長年のよしみで、厚かましくも彼に現地に行って写真を撮ってくれるように頼んだ。 彼はもちろん快く引き受けてくれて、さっそく翌日の時間が空いた時に、車で5〜7分ほどの 現場まで彼のパートナーの「ぽめさん」と一緒に調査をしてくださったのだ。 まず現場での聞き取り。…とはいえ、ご近所なので現場付近には当然何人か知り合いの人がいるらしく みなさん、この橋のところで「寅さんロケ」が行われたことをしっかり覚えていらっしゃって「証人」になって あげると加納さんに言ってくれたりしたそうだ。こういう時は地域共同体というのはありがたい(^^) この、元あった橋の袂の住所は 【岐阜県瑞浪市土岐町3006-3】(一般的には土岐町下沢地区) 加納さんが写真を撮っている間、私は地図や航空写真で彼が教えてくれた住所をさぐり、 元あった橋の目安をつけておいた。赤い丸が橋のあった土岐町下沢地区 ![]() 地図をもう少しアップにしてみる。 赤色の線が、今はなくなってしまった木造橋の場所。 青色の点は寅と登が北から来たペプシの車を止めた場所。↓ 一番下(南)の白色の橋は、元の位置から下流100メートルに新しく架けられた橋。 ![]() 航空写真の赤で四角く囲ったところが数年前まで橋のたもとがあった場所。 斜めに走っているのが中央本線の線路。 ![]() もうちょっとアップして、↓のオレンジ色の二本線が元橋が架かっていた場所だ。写真の下方面が下流 ![]() ![]() 上の映画キャプチャー画像を拡大してみる↓ ![]() そうこうしているうちに、翌日加納さんが現場で撮った画像を送ってきてくださった。↓ 下の写真は、加納さんが現場調査の一回目に撮ってくれた「高羽アングル」。 土壁の小屋がコンクリの車庫になったが、手前の家の母屋は当時の面影のまま。 ちょうど道が曲がっているカーブミラーのあたりに橋が架かっていた。 現在の新しい橋はこの下流100メートルに架かっている。 ![]() あの土壁の小屋は、なかなか趣があった。↓ 映画と同じアングルで撮ってもらった。 土壁の小屋は現在は車庫になっている。 橋はカーブミラーのあたりに架かっていた。 → ![]() 完全 【三菱】 飼料 石田水車 TEL 3○45 の看板 ![]() 加納さんは、この元小屋があった土地の持ち主さんにも画像を見せたところ、確かに昔はこの小屋を 使っていたことを確認された。加納さんはここの共同体の一員なので事は早く進むのだ。 そしていろいろ写真を撮ってきていただいたのだが、最も引いたラストの写真が高羽アングルとはちょっとずれるものだった。 人の好意を無にしてはいけないと自制しつつも、押えきれない「業」が湧いてきて、加納さんに無理を言って、 再度現場に行ってもらい、高羽アングルを撮ってきて欲しいとお願いした。(鬼ですーー;) 加納さんは私のマニアックな業に笑いながら、またもや映画と同じアングル撮影を快く引き受けてくださった。 それが↓の写真たちである。 ![]() 加納さんに、再度現場に行ってもらって、ちょっと高台に登っていただいて引いたショットを撮ってもらった写真。↓ あのラストシーンが、この風景の向こうに蘇る。(元の位置より100メートルほど下流に新しく架けられた水色の橋が見える) ![]() 元の橋の位置より100メートルほど下流に新しく架けられた橋↓ ![]() 高台と同時に川と同じ高さからも撮ってもらった。 こちらのほうがラストシーンの高羽アングルの高さにやや近いのかもしれない↓ 数年前までここに橋がかかっていた。 ![]() 加納さんは、映画と同じにするため、家の裏手を汽車が通るまで粘ろうとしてくれたが、 そういう時に限ってなかなか通ってくれなかったそうだ。 ![]() そして最後にちょっとサービスとして… 元の橋がもし今も健在で、寅が現在この橋を渡ったらこういうふうに見えるはず↓ という想像図を息子に頼んでちょろっと描き足してもらって画像の中にハメ込んでみた。 ![]() ↓ 寅が映画同様、背広を脱いでダボシャッツ姿で歩いている。 ![]() 同じく、もうひとつの高台からの写真にも息子が写真にイラストを挿入してくれた。 もちろん新しい下流の橋は消してある(^^)↓ 2010年、平成22年6月末、岐阜県瑞浪市土岐町下沢地区の古い木造橋を渡る寅。そして野○ソをする登の図↓ ![]() ↓ 寅が渡る橋の向こうに登の姿(^^;) ![]() 第9作のラスト付近、 失恋した寅は江戸川土手でさくらにこう聞かれる さくら「…やっぱり寂しいの?」 寅「なんで?どうしてオレが寂しいのよ…」 さくら「じゃぁ…、どうして旅に出ちゃうの?」 寅、ちょっと空の方を見て指を差す。 寅「ほら、見な、あんな雲になりてえんだよ」 さくらは手をかざして寅の指さした空を見るのだった。 その直後の歌子ちゃんの手紙と寅のこのラスト。 そういう意味で、この第9作「柴又慕情」のラストは私にとって 寅の「旅の姿」を再認識するという特別な意味を持っていたのだった。 感慨は深い。 加納さん、ぽめさん、2度の取材本当にありがとうございました。 お二人の未来に幸多からんことをお祈りいたします。 ちなみに加納さんは7月1日今朝、ぽめさんとお二人でバリ島に旅立たれました。 私とはすれ違いだったわけです。うーん、残念…。
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| お気楽コラム 【 寅次郎な日々 】 バックナンバー すみれちゃんの高校と満男の高校は違う学校だった! 2010年6月28日 寅次郎な日々 その445 この文書には本編のネタバレが含まれます。お気をつけ下さい。 私が敬愛する寅さんファンの第一人者寅福さんが、多忙なお仕事の中、
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| お気楽コラム 【 寅次郎な日々 】 バックナンバー 兄と弟 二十億光年の孤独 イカロス兄弟の別離 2010年6月20日 寅次郎な日々 その444 この文書には本編のネタバレが含まれます。お気をつけ下さい。
ところで、「イカロス」とは…。簡単に言うと、 この計画は、宇宙空間で帆を広げ、太陽の光を受けて推進力を得ること、
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| お気楽コラム 【 寅次郎な日々 】 バックナンバー さくらとお千代さんが演じる蝶々夫人 2010年6月14日 寅次郎な日々 その443 この文書には本編のネタバレが含まれます。お気をつけ下さい。 いやあ、何かと予期せぬ仕事が舞い込んだりして、ここんところなかなか時間が取れない。
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| お気楽コラム 【 寅次郎な日々 】 バックナンバー 保存版 寅さん世界の柴又周辺マップ 柴又の住人たちの家 2010年6月4日 寅次郎な日々 その442 この文書には本編のネタバレが含まれます。お気をつけ下さい。 ![]() 注意:上の地図上、幸子ちゃんの食堂近くから題経寺までの黄色い道路は帝釈天参道ではなく、 もっと大きな道(国道307号線)。間違いやすいので注意です。 ここ数日、せっかく柴又江戸川沿いロケの話題をしたので今回は【特別付録】をお付けしました↑ これで見ると分かるようにやはり山田監督は川のそばがお好きなようだ。 りつ子さんは江戸川ではないが中川のそば。 私も柴又に住めるなら、駅前や帝釈様の近くよりも江戸川土手沿いがいいなあ〜…、なんて思う。
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| お気楽コラム 【 寅次郎な日々 】 バックナンバー ご近所だった!さくらの家と京子さんのアパート 2010年6月2日 寅次郎な日々 その441 この文書には本編のネタバレが含まれます。お気をつけ下さい。
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| お気楽コラム 【 寅次郎な日々 】 バックナンバー 第37作「幸福の青い鳥」 今回はちょっと長めのダイジェスト版 2010年5月27日 寅次郎な日々 その440 この文書には本編のネタバレが含まれます。お気をつけ下さい。
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