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寅次郎な日々

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2006年5月分

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寅が食べた一番美味いもの(2006、5、31

英男君の描いた水彩画(2006、5、30)

踊り子さんと佐藤幸夫君の恋(2006、5、29)

不幸せな恋に生きる風子(2006,5,28)

人々に笑顔を与え続ける男(2006、5、27)

忘れ得ぬ思い出のロケ地(2006,5,26)

吉田義夫さんと岡本茉利さんの整理箱(2006,5,25)

タコ社長が愛するスルメ母ちゃん(2006,5,24)

「チャキチャキおばちゃん」と「ほんわかおばちゃん」(2006,5,23)

寅の前に立ちはだかる『社会の壁』(2006,5,22)

テキヤの憧れ『Mr.テキヤ』な寅次郎(2006,5,21)

隠密.源ちゃんグループの暗躍(2006,5,20)

浪花の恋の『山下運輸&松風荘』 推理日記 (2006,5,19)

豊饒な愛を注ぎ続ける御前様(2006,5,18)

私の好きな『寅の夢』 SFもの2篇(2006,5,17)

寅のちっちゃな武器 『手土産物語』そのC(2006,5,16)

寅のちっちゃな武器 『手土産物語』そのB(2006,5,15)

寅のちっちゃな武器 『手土産物語』そのA(2006,5,14)

寅のちっちゃな武器 『手土産物語』その@(2006,5,13)

寅の心を揺さぶるさくらの言葉(2006,5,12)

寅の選んだ浪花の街 『新世界物語』(2006,5,11)

体が丈夫なだけが取り得のはずが…(2006,5,10)

『自分の部屋がない寅、その行き着く先は…』(2006,5,9)

「忘れるっていうのはほんとにいいことだな…」(2006、5、8)

さくらから寅へ。 たった一度の手紙(2006、5、7)

『江戸川と桜並木』 寅が語るその原風景(2006,5,6)

思い出のバイネタとその周辺物語 そのA(2006,5,5)

思い出のバイネタとその周辺物語 その@(2006,5,4)

「生きること」を肯定する山田監督の気持ち(2006,5,3)

とらやのヨモギを江戸川べりで見つける楽しみ。(2006,5,2)

この人から逃げたい、『ちょっと危ない男たち』(2006,5,1)




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『寅次郎な日々』バックナンバー         






寅が食べた一番美味いもの  5月31日「寅次郎な日々」その191



寅は寅なりに食い物にうるさい。

今日、更新したばかりの第27作「浪花の恋の寅次郎」でも、ふみさんが一晩かけて煮込んだ
芋の味付けが口に合わないようだった。

おばちゃんがラーメンでも作ると言っても、自分の好きな日本食を細かいところまで
要求する始末。

第17作「寅次郎夕焼け小焼け」でも龍野で贅沢なものを食べた後遺症で、好物のおからも
「ウサギの餌じゃなかったっけ?」なんてやんちゃなことを言っていた。


横文字(外国)の食いもんは「ラーメン」と「歌子ちゃんのハンバーグ」以外は嫌い。

もちろん、おばちゃんの手料理はだいたいは好き。リリーの沖縄料理も好き。

でも、私の見る限り、寅がこのシリーズで一番おいしそうに食べていたのは、五島のおにぎりだ。



第35作「寅次郎恋愛塾」、五島の青砂ヶ浦で江上ハマさんが亡くなった後、墓の穴を
数時間かけてポンシュウと一緒に掘ってやるが(大きな穴を掘るというのはかなり疲れるのだ)

ヘトヘトに疲れた後、近所の人が作ってくれたおにぎりや漬物を食べる。二人とも実に
美味そうに食べていた。中身はおそらくただのおにぎりなのに、一生懸命
肉体を使った労働を
した後、緑が多い眺めのいい場所で風に吹かれながら食べたせいかも
しれない。




           




ポンシュウ「うめえなあ〜!」

寅「ああ、働いた後だからなあ」

寅「労働者ってのは毎日美味い飯食ってんのかもしんねえな、おい

漬けものも食べて


寅「美味いな、これもな、こりゃ美味い!」



食べ物というのは、一見素材と料理方法だと思われるかもしれないが、
食べる人の状況と周りの環境によってこそ大きく左右されるのである。


私の尊敬する知り合いの方は以前、お勧めの料理は?と人に聞かれて、
「腹が減っていればなんでも美味い」と言われた。なるほどである。
汗を散々流した後、野外で風に吹かれながら食べるおにぎりは美味しいのだ。

私も今のジャングルの中の敷地に引っ越してからは4年間毎食、外の東屋で
食事をしている。敷地は渓谷のてっぺんにあり、東屋は屋根と柱だけで壁はない。
と、いうことで、晴れた日も、霧の日も、満月の夜も、小雨の日も、雷雨の日も、
いつも外の東屋で食事をする。毎日トレッキング中のキャンプ状態だ。家の中より
やはり美味い。



寅のあの発言

「労働者ってのは毎日美味い飯食ってんのかもしんねえな」

という言葉は私の心の隅にいつもある。この言葉の持つ意味は食事のことを超えて全ての
ことに繋がっていく気がしている。もちろん労働者がどうのこうのって話しではない。

その時その時の体と心のあり方やバランスが、全ての『実感』『感慨』『幸福感』と
密接な関係があるのではないだろうか。



                 
 うめえなあ〜…

            



あ、番外編があった。


遠い昔、寒い雪の日に、お雪さんに出してもらった、

どんぶりに山盛りの飯と、
湯気の立った豚汁と、お新香…。

あれだけは、どんな食べ物よりも美味しかったに違いない。
さすがに、あれにはどんな食べ物も勝てない。




また明日。




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190


                          
『寅次郎な日々』バックナンバー






英男君の描いた水彩画  5月30日「寅次郎な日々」その190


「弟が幸せになりますように」

第27作「浪花の恋の寅次郎」で、ふみさんは生駒山「宝山寺」の境内で絵馬にそっと、
弟の幸せの願をこの言葉に託す。寅はその文字を見た時に、ふみさんの人生に何か辛い事情が
あることを察知する。



               




両親に恵まれなかったふみさん。それゆえ、たったひとりの弟とも離れ離れになってしまう。
その昔、いつも一緒だった弟の英男君のことを想いながらも後ろめたさで会えないふみさんに、
寅は背中を押すようにして会いに行かせる。その昔、散歩先生や夏子さんが、自分と産みの母親を
会わせてくれたように。



英男君は恋人の信子ちゃんにだけはお姉さんのふみさんのことを話していた。
自分を毎晩抱いて寝てくれたお母さんのように温かく懐かしい人。
会いたい会いたいと思い続けてきた十数年だったのであろう。

職場の名前を知っているふみさんは、踏ん切りさえつけば会いに行くことができたはずだが、
弟の人生の邪魔をしたくないばかりに、今日の今日まで会いにいけなかった。
自分のようなものが会うと迷惑なのではないかと思っていたのだ。


ほんのちょっと勇気を出して、もっと早くに会いに行けば、英男君の心が分かり、お互いの
絆の深さにあらためて気づくこともできたし、話もできたし、そのことで英男君の運命も
変わっていったかもしれない。
悔やんでも悔やみきれないやるせなさがふみさんの心に残っていった。



英男君のアパートには彼が作ったバルサ材で作った飛行機と、
水彩で描かれたであろう絵が壁に残されていた。





               





どうも私には印刷物には見えないのだ。印刷物は紙の端ぐるりを白枠で抜くことがほとんどだ。
紙の隅々まで描かれたあの絵はやはり直接紙に描いたようにみえる。

スクリーンの中で小さく映るだけだが、ふみさんが気づき、じっと見ていた。

絵をよく見ると絵の中に人が二人いる。一人はお姉さんのような若い女性。
もう一人はまだ子供のような少年。
少年は人形かぬいぐるみの様なものを抱いているようにも見える。
雨が降っているのだろうか。お姉さんが少年に明るい緑の傘を差しかけてあげているように見える。

たった二人っきりの姉弟、ふみさんと英男君。

英男君は、寅が言うように毎晩抱いて寝てくれたお姉さんのことを忘れた日はなかっただろう。

あの絵はひょっとして英男君がお姉さんのことを思い出しながら描いたものじゃないだろうか。
英男君は仕事から帰ったら、座敷にゴロっと寝転がって、体を休めている時に見れる眼の高さに絵を
貼っていたと私は勝手に思っている。

もし英男君のお姉さんとの思い出を描いたのだとすれば、この絵はふみさんの宝物だと思うのだが…。
ふみさんに持っていてもらいたい。






               





                    








あの絵はあの後どうなったんだろうか…。
今は、信子ちゃんが持っているのだろうか…。

私は、英男君のアパートをの荷物を全て片付けて引き払った後、しばらく経ってから信子ちゃんが
対馬のふみさんの自宅へ額をつけて送ってあげたような気がするのだが、どうだろうか。

英男君は短い24年の人生の中で、ふみさんの言うように、たくさんの職場の仲間の人がいてくれて、みんなで
心配してくれて、そして信子ちゃんという恋人までいた。そしてなによりもお姉さんはずっと毎日彼のことを
陰ながら心配してくれていたのだ。このことがほんとうに救いだと思う。





              




また明日。



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189


                          
『寅次郎な日々』バックナンバー          






踊り子さんと佐藤幸夫君の恋     5月29日「寅次郎な日々」その189


昨日は、風子の哀しい恋を書いたが、同じように哀しげで奇妙な恋なのに、そこに涼やかな風が
吹きぬける恋もある。

私がこのシリーズで忘れられないのは第14作「寅次郎子守唄」の呼子港での
ヌードダンサーと佐藤幸夫君の奇妙な恋だ。
『佐藤幸夫』って誰ですか?言われる方々も多いだろうが、あの赤ん坊を置き去りにして
逃げた月亭八方さんである。置手紙に『佐藤幸夫』と書いてあったので、佐藤幸夫君なのである(^^;)

この男、どうしょうもない野郎だ。奥さんの若い踊り子に子供を産ませるのはいいとして、
その若い踊り子に赤ん坊置いて逃げられてしまうのも、まあよくあることとして、その後がいけない。
どこの誰かわからん男(寅)に赤ん坊を託して、自分も逃げてしまう。
しかし、やはりそれでも親なのだろう、赤ん坊を引き取りに柴又までやって来る。

その時、男を叱咤し、たじろぐ男を引っ張って一緒にやって来たのが、あの春川ますみさん扮する『踊り子』である。

そう、寅とのしみじみとしたやり取りを呼子港で交わした、あの人生の機微を知り尽くした彼女だ。

彼女は自分も子供を亡くしてしまったことがあるので、二度とそのような不幸をおこしてはならないと、
男を引き連れて赤ん坊を引き取りに来たのである。
もちろん、赤ん坊は彼女が産んだのではないが、彼女の人の情というものがそうさせたのだと思う。

春川ますみさんは、同じような境遇の役を山田監督の『家族』という映画でも演じている。
赤ん坊を旅の途中の東京で亡くしてしまって、悲しみの底にある民子に、自分の赤ん坊も辛い運命の元に
亡くなったことを汽車の中で語る役だった。

踊り子は、さくらたちにこう言うのである。
『赤ん坊は、私が責任を持って育てます。自信もあります』と。彼女の子供ではないが、彼女は、そう言うのである。
『縁』というものを感じ、そして信じ、覚悟したのであろう。

この話はここで終わらないで、もう一ひねりある。


物語のラストで、赤ん坊が心配な寅はもう一度はるばる佐賀県の北の果て、呼子港まで、踊り子を訪ねて行く。

対岸からの渡し舟で偶然踊り子に出会う寅。

踊り子の背中には赤ん坊が。彼女はとても華やいでいた。

この瞬間になにも聞くまでもなく踊り子も赤ん坊も幸せなことがわかるのである。


あのダメオヤジの佐藤君と今ヌード小屋で一緒に働いているという。
男のことを寅に聞かれて、
小屋の呼び込みとかモギリとかさせちょるんよ。
つまり、ね!なんと言うか、ま、一緒に暮らしとるんさ
」とちょっと照れる。

なんだかんだといっても男女というのは分からないものである。上手くいかない時はどうやってもダメだし、
上手く行く時はどんな困難な状況でも、どんなに貧しくても上手くいく。

よかったよかった…、という結末だった。



あのシーンを再現しましょう。




佐賀県  呼子港

小さな渡し舟に乗りこんだたばかりの寅


遠くから、女の声

女「おじさ〜ん!待っちょってェ〜!」

女子供を抱っこしながら、走ってくる

女「待っちょって〜、待っちょって〜。ほっ、ほっ」と石段を降りてくる。

寅。振り返って、顔を見て驚き、立ち上がる。

女、ドンと飛び乗り、寅が支えてやる。

女「あ、すいません」

寅、手を持ってニコニコ笑いながら


寅「よお〜!」


女、寅を見て、…間があって

女「ああ〜!あんたじゃなかね!」

寅、満面の笑みで

寅「んん!」と頷く。




              





舟が動き始める。

船頭さんもなぜかニコニコ。

女、寅をシゲシゲ見て「わあ!」

二人とも笑いながら座る。

女「わざわざ来てくれたんね!?」

寅「ん!唐津まで来たんでね。赤ん坊のことも気になってたもんだから」


女「そう〜!」

寅「うん」

女「元気だよ、ほら、ここにいるばい、見てみんね」



寅、笑いながら赤ん坊の、ほっぺを指でさわる。


女「病気ひとつせんもん、ね!」と赤ん坊を見ながら笑う。
赤ん坊、笑っている。

女「
タケはいい子じゃけんね!」

赤ん坊、寅を見て笑っている。

女「ほ!ほ!ほ!」と言いながら赤ん坊をあやす。

寅、ほっとした顔で

寅「そうか…、元気だったか…」





                





ちょっと、まじめな顔になって、


寅「ところで、この子の父親どうしてるんだい今?」

女「フフ…いるばい、あそこに」

寅「え?」と振り向く。


女「小屋の呼び込みとかモギリとかさせちょるんよ。
 つまり、ね!なんと言うか、ま、一緒に暮らしとるんさ」


寅「そうかあ、それじゃ親子ともどもあんたの
世話になってるわけだ」と心から安堵。



女「フフ…」


寅「よかったよかった」



              



この時の春川さんの笑顔。
なんの『けれん』もない、そのままの笑顔に、何度救われてきたことか。
この笑顔を見たいために何度も「子守唄」を見てきた。


女「あ!お父ちゃんだ!お父ちゃーん!」

対岸に出てきた男、手を振っている。


女「お父ちゃーん!お客さんバイ!こん人こん人」と寅の肩をパンパン。

寅、遠く岸に立つ男の方を見ている


メインテーマが大きく流れる。


女「わかっちょるのかね?」と笑う。


寅、涼やかな顔で手を振る。



安堵の表情で遠く、対岸を見ている寅。

静かに寅たちの舟が近づいていく。

          


呼子の海と渡し舟が遠くに映る。



          




産みの母親には捨てられてしまったが、育ての母親の深い愛情を受けて育っていくこのこの赤ん坊の運命は、
なんだか幼い頃の寅の運命に似ているような気がしてくるのだった。







また明日。




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188


                          
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不幸せな恋に生きる風子     5月28日「寅次郎な日々」その188


さくらは第33作「夜霧にむせぶ寅次郎」でこんなことを言う。

「幸せな恋もあれば不幸せになる恋だってあるわけでしょ。
不幸せになることがわかっていながら、どうしょうもなかったのね、風子さんは…」

さくらがこのようなことを言うのはとても意外だったので、ドキッとして驚いたことを覚えている。

山田監督が第1作から描いてきた『恋』は、人を幸せにするものだった。
この第33作は題名の通り、ずっとまるで霧の中で物語が展開するようだった。
イメージとしては暗く、弾まない物語である。

唯一、あのあけみが鮮やかにスクリーンに初登場し、かき回したことが明るい光だったかなと思う(^^;)

この薄暗い霧のかかったような物語は、それゆえこのシリーズの中でもあまり人気がないと聞く。
私もこの第33作は1年にそんなにも見ない。

しかし、冒頭に書いたさくらの言葉はいつもなぜか胸に残っている。




                




実際の世の中にはさまざまな恋の形とその未来があり、当事者たちの喜びと哀しみも
も恋の数だけある。幸福にも不幸にもなる。他人がどうこう偉そうに口を挟める余地のない恋もある。
第18作「寅次郎純情詩集」の寅と綾さんの恋などはまさに、他人の入り込む余地のない運命の恋だった。


寅自身がする恋はこのように哀しい恋が実はたくさんある。しかし寅の恋は相手を不幸にしたことはない。
つまり、それまでこのシリーズには不幸な恋がなかったのである。
それゆえ、さくらのあの発言にはドキッとしたのだ。

風子はトニーに惹かれ、トニーのヤクザな生き方をなんとか変えたいと思う。寅やおいちゃんおばちゃんに
にどんなに止められたって、気持ちは変わらなかった風子。
しかし、結局、棲む世界が違うことを悟ったのか、トニーが寅の言うことを心に留めたのか、
真相は分からないが、風子はなぜかトニーのもとを去り、北海道に帰る。

まあ、そういうこともあるだろう。

しかしその後、風子は昔馴染みの真面目な明るい青年と突然結婚することになるが、
私は、最後の急展開のハッピーエンドは、この哀しい物語の作品を決して明るくはしていないとも思う。
その結婚に物語性がないからである。この作品が受け入れられにくいのは意外にこの部分にあるのかも
しれないと思うときもある。映画というものは恋や結婚を言葉で説明するものでなく、物語によって見せるものである。

人は喜びの中からも何かを掴み、学ぶし、哀しみの中からも人生を感じる。絶望の中からでさえ成長をする。
だから、不幸な恋も悲しい結末も、そこに『物語』があれば幸福な結末と同じくらい味わい深く感動がある。

私は風子とトニーの哀しい恋は嫌いじゃなかった。




               






また明日。



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人々に笑顔を与え続ける男  5月27日「寅次郎な日々」その187


今日5月27日朝私の住むバリ島から飛行機で1時間半のジャワ島中部で
マグニチュード(M)6・2の大地震が発生した。
政府の災害対策本部はさきほど深夜、ジョクジャカルタ特別州を中心に少なくとも
3068人の死亡が確認されたことを明らかにした。
インドネシアとしては昨年3月28日に
1700人以上が死亡したスマトラ島沖地震を上回る大惨事となってしまった。

バリ島は幸いにも地震はほとんどなく、津波もなかった。


現地からの情報によると、ジョクジャカルタ特別州では民家などが倒壊し、
多くの住民が逃げる間もなく壊れた建物の下敷きになったらしい。
震源地に比較的近い同州南部のバントゥル市では、大半の建物が全半壊したとの情報もある。
深夜になった現在も停電や断水が続き、病院は治療が十分にできていない状態。

私の仕事仲間にもジョクジャカルタに奥さんと子供さんを置いてバリに来ている人がいるが、
心配になり、午後に電話で安否を聞いてみたところ、物は壊れたが、みんな無事で、家もなんとか
無事だったそうだ。

とにかく亡くなられた方々のご冥福を祈るしかない。





スマトラ沖地震の時同様、私も宮嶋も、チャリティの展覧会があれば、すぐに参加するつもり。




             大統領も急きょ現地入りし、被災した人々を励ましていた。

               




そういえば…、

第48作「寅次郎紅の花」では、普段みんなに役立たず扱いされている寅が
被災地のみなさんの役に立っていた。


長田区、神戸パンの石倉さんの話では
支給品を配る時、『ばあさんが先だよ!』、と混乱を避けるために整理したり、

『市長、おまえ対処遅いんだよ!四角四面じゃ物事進まないんだよ!』
と、世の中の機微を誰よりも知る寅ならではの、活躍が光っていた。

博は、
「兄さんみたいな、既成の秩序もしくは価値観とは関係のない、メチャクチャな人がだよ、
ああいう非常事態では意外な力を発揮する」

と、寅の持つ『柔軟性のあるしなやかでパワフルな心』を評価していた。



             


この第48作に限らず寅はいままでに多くの人々を幸せにし、結びつかせもしてきた。
そのためには、そうとうの苦労も厭わないことは秀吉君との旅を見ても分かるとおり。

綾さんのこと…、そして秀吉君のこと、順子ちゃんのこと、花子のこと、あけみのこと、
ぼたんのこと、、ふみさんのこと…、歌子ちゃんのこと、ひとみちゃんのこと、リリーのこと、
すみれちゃんのこと、光枝さんのこと、…結局このように書いていくと男女を問わず
出会った人全部になっていく。これは凄いことだ。
そして何よりもこのシリーズを見ている私たちをも幸せに、そして優しい心にしてくれる。

御前様が言うように、私も、仏様が寅の形を借りて、この世の中の悲しみや苦しみを
和らげてくれているような気がしている。

人生の中で「与えること」を仏様から業のように背負わされた寅。財産も、権力も
何も持たない寅。しかし、人々が幸せになった時の柔らかな顔が見たくて、今日も旅を続け、
一期一会の出会いを繰り返しているのかもしれない。

彼は『旅人』を天職とする人なのだ。


私は今、綾さん亡き後、新潟の雪深い分校へ雅子先生に必死に会いに行った時のあの寅の笑顔と、
雅子先生のくしゃくしゃな笑顔を思い出していた。





今日は夕方から家の水道のパイプに付いているレバーがぶっ壊れて、夜も更けたさきほどようやく修理を終えた。
4時間もかかったああぁ…(TT)疲れた〜〜〜。

で、本日は、『バリ日記』と『寅次郎な日々』の折衷のようなコラムになってしまったが
御了承ください。



ゴ〜〜ン…






また明日。



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186


                          
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忘れ得ぬ思い出のロケ地  5月26日「寅次郎な日々」その186


このシリーズの大きな目玉の一つに思い出深いロケ地の魅力がある。
これは見る人の故郷であったり、自分が行ったことのある土地だったりすると
思い入れも一層強くなり、
その作品に思い入れが強く湧くのだ。
しかし、
なによりも出色の名シーンがそこに存在するゆえに思い出深くなることが
多いのだ。


私も今こうして思い出すと
忘れられない町が何箇所も出てくる。

ちょっと思い出すままに何箇所かちょろちょろと書いてみよう。






まず、今パッと個人的にすぐ思い出すのが



★北海道 小樽

第15作「寅次郎相合い傘」

兵頭パパにとっての大切な町小樽。初恋の人の面影が忘れられなくて、彼女を訪ねていく。
長い年月は二人の間に目に見えない溝を作り出してしまっていた。

最後の別れのひと言ふた言に、変わってしまったものと変わらない心が…。
この二つを同時に垣間見ることができたなんともやるせない名シーンで、これはほんとうに切なかった



そういえば、第5作「望郷篇」でも小樽を力強く機関車が走り、あの街の違った側面を見せていた。


第22作「噂の寅次郎」でもとらやを去った早苗さんが、従兄弟さんの高校教師を
追って、故郷の町『小樽』へ帰っていくのだった。あの、雪景色の小樽も実に情緒があった。






次にいつまでもずっと忘れられないのが



★山形県 寒河江

第16作「葛飾立志篇」

初恋の人、お雪さんの面影を追うように、みちのくを旅する寅。
彼女の墓に参るため、
最上川の渡し舟を使い、寒河江に入っていく。あのやさしい曲と
同時に寅が自分の心を静かに振り返り、内面に深く入り込んでいく心の旅が
垣間見れて、
見ている私も心が洗われるようだった。雰囲気のある慈恩寺
の石段も印象的だった。



         





また、行ってみたいと思うのが


★兵庫県 龍野

第17作「寅次郎夕焼け小焼け」

夕焼け小焼けの曲が流れるしっとりとした、いにしえの町龍野。
池ノ内青観と志乃さんの静かな夜と

寅とぼたんのはしゃいだ夜。

この見事なコントラストが印象深かった。


青観をいつまでも見送る少女のような志乃さんの後姿は
このシリーズでも出色の名シーンだ。




         





同じく行ってみたいのが


★岡山県 備中高梁

第8作「寅次郎恋歌」


寅と博の父親が備中高梁の町を歩くシーンがあるのだが、
いい雰囲気だ。
人もいいが、町もいい。

この地は、第32作「口笛を吹く寅次郎」でも使われた。蓮台寺(実際の名前は薬師院)のあり方と

そこから見える町並みが美しかった。


博の父親が住んでいた旧家も雰囲気がある。



 

思い出すたびに胸が熱くなるのが


★福岡県 秋月

第28作「寅次郎紙風船」


光枝さんと寅が淋しく歩く秋月城址近くの野鳥川沿いの小道
野鳥川にかかる秋月眼鏡橋も美しい。


余命いくばくもない常三郎の家に貼ってあった白秋の「帰去来」の詩に

私は激しく胸を打たれ、涙が出てきた思い出がある。




         





温かい気持ちになれたのが

★青森県西津軽郡鯵ヶ沢 驫木(とどろき)  

第7作「奮闘篇」


全てのマドンナの中で、最も心が美しく清らかな花子。
その花子の故郷津軽の鯵ヶ沢。驫木(とどろき)

さくらは、寅のことを追い、淋しいこの町にひとり降り立つ。

この地方の方々のなんともいえない語り(セリフ)も強烈に
私の心に残っている。素朴で力強く、実に味わい深い方々だった。

花子は田野沢小学校で福士先生の指導の下とても元気そうだった。
彼女は、東京より津軽が合っているよ、ほんと。





切なくて、辛かったのが

★島根県 津和野

第13作「寅次郎恋やつれ」


津和野の町で夫亡き後、悩みながら、迷いながら暮らしている歌子ちゃんは、
寅と再会し、硬くなっていた心が溶け出して思わず泣いてしまう。
しっとりと美しい津和野の町と歌子ちゃん、そして美しい『歌子のテーマ曲』が
見事にマッチ。

寅の乗ったバスを見送るりながら手を振る歌子ちゃんの姿が
脳裏から離れないで困っている。このシーンもこのシリーズの
中で出色の別れのシーンだ。





夢のように懐かしく思い出すのが

長野県 別所温泉

第18作「寅次郎純情詩集」



秋深い信濃路

夕焼けの塩田平を一人寂しく歩く寅。

ススキの穂が風に揺れる。
まるで桃源郷のような風景だった。
あの風景を見ているだけでなんだか優しい気持ちになれた。

上田電鉄別所線に乗ってそして別所温泉へ。

別所温泉での懐かしい坂東鶴八郎一座との再会と別れ。

何もかもが夢のように美しい日々だった。



          






静かな隠れた名シーンとして印象深い

★佐賀県 呼子

第14作「寅次郎子守唄」



佐賀県の北の端、呼子港で知り合ったヌード劇場のダンサーとの
味わい深い絶妙のやり取りが最高。今、思い出すだけでも胸が熱くなる。
渥美さんの春川さんを見つめる目が実に温かい。
同じ匂いを持つふたりは目だけで分かり合えるのだろう。

これだけリアリティがあるやり取りはこの長いシリーズの中でも
めったにお目にかかれない。




          





「ここで踊ってんのかい?」

踊り子「こんな景色のいいとこまで来て、
    暗かところで女の裸観てどこがよかすかねェ」


「フフ…別に裸を観るわけじゃねえよ。
  姐さんの芸を観に来たと思えば腹もたたねえだろう」


踊り子「フフ…兄さん、よかこと言ってくれるね」

「そうか」



アンパンを食べながら遠くを見つめる春川さんますみさんと渥美さん。
そしてラストで赤ん坊を背負って、渡し舟で寅と再会する時の
あの春川ますみさん。それらのやり取りがいつまでも心に残る呼子港
だった。






しかし、やっぱりなんといっても思い出深いのは


★北海道 網走

第11作「寅次郎忘れな草」


これは言うまでもなく、寅とリリーが運命の出会いをした場所である。

リリーは、この時、いつになくメランコリックな気分になり、
寅に自分の生活スタイルの脆弱さを吐露する。
寅はそれに深く同意しながらも、独特のユーモアで返し、リリーを
慰めるのである。ほんのつかの間の出会いと別れ。この短い時間が、
その後の彼らの人生を決定づけることになった。

運命の出会いというものはやはりあるのだ。



          




行くのかい?

リリーうん…

リリーじゃあ、また、どっかで会おう

ああ、日本のどっかでな!

リリーうん、じゃあね

うん!!

リリー、ふと足を止めて振り向いて


リリー
兄さん。…兄さん何て名前?

、ハッ、っとして少し照れて、でもちょっと粋に

え?…オレか!
  オレは葛飾柴又の車寅次郎って言うんだよ


リリー車寅次郎…。じゃ、寅さん…


うん


リリーフフ…、いい名前だね!フフ…と走って行く。





あ〜、またまた書き出したらキリがない。

ゴ〜〜ン…


で、今日はこの辺でお開きということで。




また明日。






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185


                          
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吉田義夫さんと岡本茉利さんの整理箱  5月25日「寅次郎な日々」その185


私たちにとって『男はつらいよ』といえば、もちろん渥美清さんと倍賞千恵子さん、
そしてとらやの面々&柴又の方々だろう。

実は、私はそれらとは別に、吉田義夫さんと岡田茉利さんが思い浮かぶ。
私の心の中では、吉田義夫さんは裏の主役の一人。岡本茉莉さんはもうひとりのマドンナ。
になってしまっている。

坂東鶴八郎と大空小百合ちゃんの4度の登場(8作.18作、20作、24作)は、
もちろん、吉田さんは中期の夢の中でも悪役もしくはさくらの親父さんの役で大活躍。
夢には欠かせない存在となった。岡本茉利さんも、夢や本編中で何度か別役で登場している。
今日は、自分の整理の意味もこめて下にお二人の登場作品を整理し、記します。





吉田義夫さん



第8作  「寅次郎恋歌」      四国 雨の日の 坂東鶴八郎座長 
                    ラストでも甲州路で再会  

第9作  「柴又慕情」       夢のシーン 昭和  悪徳借金取り

第10作 「寅次郎夢枕」     夢のシーン 昭和初期 地元の高利貸しの親分

第11作 「寅次郎忘れな草」   夢のシーン 江戸後期   柴又村の寅の父親

第12作 「私の寅さん」      夢のシーン 大正 柴又村 悪人の、だあ様

第13作 「寅次郎恋やつれ」   寅の横に座る電車の乗客



          



第15作 「寅次郎相合い傘」   夢のシーン 奴隷船の奴隷商人のボス

第16作 「葛飾立志篇」      夢のシーン 西部劇の中、悪人ガンマン

第18作 「寅次郎純情詩集」   夢のシーン 北アフリカにアラビアのトランスを
                    捕まえに来た男。

                    A信州別所温泉での坂東鶴八郎座長

                     『不如帰』の武夫役


第20作「寅次郎頑張れ!」    夢のシーン 大金持ちになったとらやの執事

                    Aラストで寅と軽四トラックで再会する坂東鶴八郎座長
                     『ああ無常 レ.ミゼラブル』のジャン.バルジャン役



               
お二人共演
          



第22作「噂の寅次郎」       夢のシーン  江戸時代 目の悪いさくらの親父さん。


第24作「寅次郎春の夢」     京都での坂東鶴八郎座長 『蝶々夫人』のピンカートン役



              
ピンカートンと蝶々夫人
          



第26作「寅次郎かもめ歌」    夢のシーン 天狗のタタリと偽ってさくらをせしめようと
                    する悪代官役。








岡本茉利さん



第8作  「寅次郎恋歌」         四国 雨の日の 坂東鶴八郎一座の花形 大空小百合
                        ラストでも甲州路で再会 



第16作「
葛飾立志篇」         ラストでの西伊豆の連絡船ガイド さん 


第17作「寅次郎夕焼け小焼け」    池ノ内青観の家のお手伝いさん(とし子さん)


第18作「寅次郎純情詩集」      夢のシーン 北アフリカのカスバの女性


                       A信州別所温泉での坂東鶴八郎一座大空小百合
                        『不如帰』の浪子役       



第19作「寅次郎と殿様」        大洲城での料理屋の店員(出前) ほんの一瞬だけ(^^;)


第20作「寅次郎頑張れ!」       夢のシーン 大金持ちになったとらやのお手伝いさん(なかなか可愛い)

                       Aラストで寅と軽四トラックで再会する坂東鶴八郎一座 大空小百合
                        『ああ無常 レ.ミゼラブル』の
コゼット役


               
ジャン.バルジャンとコゼット
           



第21作「寅次郎わが道をゆく」   肥後の田の原温泉に住む留吉の元彼女(春子) 「あんた何くれた!?」



第23作「翔んでる寅次郎」      
寅に便秘薬と水を渡した日下部医院の看護婦さん



           



第24作「寅次郎春の夢」     京都での坂東鶴八郎一座大空小百合『蝶々夫人』
                    の蝶々夫人役
                    「ミーバタフライ!ミーバタフライ!」






こうやって書いてみると、このシリーズ中期の最も油の乗っている頃に活躍されたお二人。
だから一層私にとって、このシリーズの『顔』になっているのだとあらためて自覚した次第。
もう少し長く、できれば晩年の作品まで出演して欲しかった…。





今もこうしていると第8作のあのラストシーンが蘇る。




秋深い甲州路



トラック荷台から大空小百合ちゃんが「あら!」

小百合「先生ー!!」


寅、よおく顔を見る。


小百合「先生!私です。いつか四国でお会いした小百合です!」

寅、気づいて「
あー!、小百合ちゃん!雨の降った日の!」

小百合満面の笑みで「
はい」





        



座長、助手席から降りてきて「これはこれは!」

寅「よおーっ!」

座長「
いつぞやのお情け深いお客様」


寅「いやぁ、座長さん、その後元気で。座員のみなさまも達者でいなさるかね」

座長「はい、お陰さまでこのとおり巡業を続けさせていただいております」

寅「そうかい…、よかったー…、本当によかった…」

座長「先生、お乗りになってください」

寅「いや、俺はここで…」

座長、座員一同「どうぞ、どうぞ!」

座長「むさ苦しいところではございますが、どうぞ!」

荷台に乗った寅。

若い座員が助手席に乗り、座長は寅と一緒に荷台に。

座長「今夜のお泊りはどちらへ」

寅「なに、
のむくまま気のむくまま気楽な旅でございますよ」

座長「今夜は是非私どもと同じ町にお泊りになりお泊りくださいまして、
   私どものお芝居を楽しんでいただきまして」


寅「あー!、それは結構ですね、
結構毛だらけ猫灰だらけ、お尻の周りはなんとかだらけ!

一同どっと笑う「ハハハハ!!」



          
                 


寅「いやー、どちらも御陽気な方ばかりでようござんすな!」

寅たちを乗せたトラックが田舎道を走っていく。


遠くに
富士山が見え、空は
日本晴れ




また明日。




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タコ社長が愛するスルメ母ちゃん  5月24日「寅次郎な日々」その184


タコ社長が奥さんと結婚したのはいつかはっきりは知らないが、昭和21年以前だと思われる。

なぜならタコ社長が奥さんと昭和21年に「朝日印刷(第4作までは共栄印刷)」を設立したと第47作「拝啓車寅次郎様」
で言っていた。ということはその時点でタコ社長はもう結婚し大人だったということになる。大正時代末の生まれ
かもしれない。寅は、第26作の入学願書によると昭和15年生まれということなのでタコ社長との年齢差はだいたい
15歳以上は離れているということになるのかも。

ところで、
タコ社長はこのシリーズで、寅、さくら、博、おばちゃん、と並び全作品出演の『皆勤賞!』である。しかしあれだけ社長が
頻繁に顔をとらやの茶の間に出しているにも関わらず、タコ社長の奥さん(水木涼子さん)は、茶の間には一度たりとも
入ってこない。あのあけみの結婚式の日でさえ、父親のたこ社長だけがとらやの茶の間であけみの「お別れの挨拶」を
聞いていた。普通ああいう場ではお母さんも呼ぶだろう、あけみ(−−;)

だからと言って全くスクリーンに出ないかと言えば、そうでもない。奥さんは5回スクリーンに出てくるのだ。


ちょっと書いてみると、

★第1作でタコ社長と一緒にさくらと博の仲人をしている。長いセリフもしゃべってた。

★第2作「続男はつらいよ」でも実は登場しているのである。散歩先生の葬式の時に博の横にちゃんと座っていた。
 セリフがないので目立たないが。

★第6作「純情篇」では、唯一社長の自宅の茶の間が映るが奥さんもしっかり寅に博の
 独立を思いとどまるように頼んでいた。この時もかなりの長ゼリフだった。



             



★第13作「寅次郎恋やつれ」でも実は社長の奥さんは登場する。なんと寅の夢の中に出て来るのだ。
 寅が嫁さんを連れてくる夢なのだが、その時に花嫁さんの横に仲人としてくっついているのが社長の奥さんなのだ。
 これもセリフはないもののしっかり映っていた。




            




★そして例の、第33作「夜霧にむせぶ寅次郎」のあけみの結婚式。仏式のあけみは帝釈天参道を題経寺に
 向かって歩いているのだが、その時社長と一緒に奥さんもしっかり映る。セリフも一言あった。




            



それ以外でも、タコ社長に隠れて、九州を行商で歩いているようだ。第4作「新男はつらいよ」のラストで
汽車に乗る寅の真横の座席で大声で笑っていた。寅は気づいていないようだった(^^;)
また、第17作「寅次郎夕焼け小焼け」で、龍野の老舗旅館『梅玉旅館』の仲居さんをしていた。
このように、タコ社長の工場が苦しいのでいろいろアルバイトをこっそりしているのかもしれない(^^;)
(と、いうのは冗談で、水木涼子さんが別人役で出演されているということです、ハイ)

この奥さんは、寅に「スルメ」なんて言われて、「タコがスルメを愛している」とからかわれていたが、

寅もまったく口が悪すぎるよ(^^;)

まあ、もっとも、第23作「翔んでる寅次郎」によると社長は奥さんの妹とお見合いをし、それ以来一度も
会わないで、結婚を決め、結婚式当日は鼻の低いお姉さんのほうが来た。あちょー(><;)
それが今の奥さんらしい(^^;)ある意味凄い話…。つまりそれでもタコ社長は我慢して結婚したということ。
なんせ仲人に借金があったから断れなかったそうだ。これもまた凄い話(^^;)

その話しの直後、遠くから奥さんの声「父ちゃん、早くお風呂入ってよ!」
タコ社長応えて「はいはい!愛してるよ!」だって(^^)

でも、第7作「奮闘篇」では、おばちゃんが寅に、「社長は昔、バーの女の子と恋仲になっておかみさんを
泣かしていた」ってもらしていたので、実はこの夫婦にもいろいろな物語があったのだろう。


水木涼子さんは、『東京物語』や『家族』、『砂の器』などにも出演されていた。



また明日。






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183


                          
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「チャキチャキおばちゃん」と「ほんわかおばちゃん」
  5月23日「寅次郎な日々」その183



初期の頃のおばちゃんはなかなか激しい気質だ。動きも激しく、髪を振り乱して寅に対してもどなったり、厳しい。
第1作では、おいちゃんのおかぶを取って「出て行っとくれ!」と髪を振り乱しながら寅に言い切っていた。
第5作「望郷篇」ではおいちゃんとのひそひそ話の中で「これで出てってくれるんだったらそのほうがありがたいよねえ」
なんて言ってしまって
甥のやんちゃに手を焼いている叔母さんって感じだった。
舎弟の登にもそのへんのところをちゃんと寅は見破られていた。



                 



そして中期以降の作品ではこのような生々しさは徐々に消えていく。

ちょうど、寅への呼び名が
「寅さん」から「寅ちゃん」に変わっていった頃、おばちゃんの気質が柔らかくなっていった
ような気がしている。とらやのほかのメンバーの変化と比較してもおばちゃんの変化は若干目立つのだ。良く言うと寅への
愛情がまろやかになり、実の親子のようになり、それゆえ『親バカ』の要素が強くなっていったと言える。とらや=おばちゃんの
ほのぼの、というイメージになっていった。

しかし、これはある意味、寅との緊張感が弱まり、愛憎の振幅が小さくなった分、予定調和が増し、生々しいリアリティが薄れた
とも言える。この映画は肉親の愛と憎の物語でもあり、庶民の愚かさと気高さの物語でもあり、定住者とフーテンのすれ違いと
ふれあいの物語でもある。このように両極の感覚が引き裂かれるように緊張しながらも時として融合し、お互いを認め合うその
瞬間がたまらなく面白く、深みがある。

人の棲む世の中というものは、大なり小なりこのように振幅の激しいものなのであろう。

しかし、晩年の作品がほのぼの予定調和だけしているかといえば、そうでもない。
第38作「知床慕情」では、第1作に次いで、おばちゃんが切れるのである。
そう、例の寅の手伝い騒動である。なにもやる気のない寅は挙句の果てに、店をほったらかして、悪友たちを引き連れて
ビールを飲みに行く始末。夜になっても帰ってこない寅に、遂に切れるのである。

「さくらちゃん、鍵閉めちゃいな、あの男が帰って来たって入れちゃやんないんだから!
ギュッと閉めちゃうんだよ!」
と、かなり真剣に怒っている。


そして、遂に、

「やめよう!、さくらちゃん、店やめよう、つくづく嫌になっちゃったよ、
私ね、この店みんな売っぱらっちゃてね、おいちゃんと二人で小さいアパートに住むよ、そうしよう!
だって…、バカバカしくなっちゃったんだよ!私たちが一生懸命働いたって肝心の跡取りがあのざまじゃない!
ウエエエエン!」とチャルメラ泣き(^^;)



                    
  うっぱらちゃってね!
                 



しかし、こんなにきつく寅をなじっているにもかかわらず、なぜかそれでも、どうしょうもない道楽息子に母親が怒り心頭している
という感じになっていく。ある種の『深い絆の安定感」がこの頃には存在してくるのだ。もちろん、おばちゃんは寅と血はつながっていないが、
シリーズが長くなってくると、公私ともども母親のような気持ちにもなってきたのだと思う。もちろん脚本もそのように書いてあるのだろうが
、三崎千恵子さん自身も、だんだんそうなって行ったのが、見ているとヒシヒシ伝わってくる。

第5作ころまでのおばちゃんは、もう少し突き放して寅を「厄介者」と見ている側面があった。見方を変えると、それだけこの頃の寅は
手がつけられない暴れん坊だったとも言える。そして、さすがに満男シリーズあたりからは、おばちゃんはお年になったこともあって、
ますます柔らかな雰囲気になっていったのだ。このころのおばちゃんが言う「寅ちゃん」という言葉のニュアンスは、まろやかで温かい。

このシリーズの作品の変化と進化は、寅のキャラクターの変化と進化だけでなくおばちゃんのキャラクター変化と進化そのものでもある。

それぞれの作品に、それぞれの良さ。

初期の振幅の激しい目が覚めるようなリアリティのあるやり取りのおばちゃんは文句なしに魅力的だし、かといって、ほのぼのと
ゆったりとしたおばちゃんも味わい深く捨てがたく、しみじみいいもんだ。


人の人生の道のりもきっとそういうものなのだと思う。





また明日。





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寅の前に立ちはだかる『社会の壁』  5月22日「寅次郎な日々」その182


寅は、自分の好きなように生きてきた。風の向くまま気の向くままその日その日を生きている。
しかし、そんな寅でも『社会』というものを感じざるを得ない時もある。アウトサイダーゆえに壁に
阻まれることもあるのである。このシリーズは社会派映画の匂いが少ないので、あまりそのような場面は
出てこないが、それでも私が思い出すだけでもいくつかある。

最も印象深かったのは、第26作「寅次郎かもめ歌」で、寅がすみれちゃんの通う定時制高校に入学しようと
したことが分かったシーンだ。
定時制高校は博が言うように、テストの成績などで人間を評価しない。「学びたい」という欲求さえあれば、
学ぶチャンスを与えてくれるところが最大の長所。

しかし、寅は「葛飾商業」という中学校を3年で中退している。つまり卒業していないのではじかれてしまったのだ。

まずは夜間中学校に行けばいいんじゃないの、と言えばそれまでだが、やはり「行政の取り決め」といのは寅の
気持ちに寄り添うことはしないのである。いやまったく当たり前といえば当たり前なんだけれど、やはり淋しい…。
さくらはそのことを聞いて涙ぐんでいた。




               




もう一つ見ていて悔しかったのは、第28作「寅次郎紙風船」 光枝さんと所帯を持つために真面目に働こうとして
『日の丸物産』の面接を受ける。面接は盛り上がったのだが、経歴が悪かったのか、背広ネクタイに雪駄履きという
奇妙な格好が影響したのか、結果は『不採用』 これがある意味社会というものなのだろう。おいちゃんは不採用の
紙を投げ捨てていた。分かるなああの気持ち。


第2作「続男はつらいよ」では手錠をかけられ、第18作「寅次郎純情詩集」では警察に一晩留め置かれた。
そしてどちらの時も、さくらのような身元引受人がいて、はじめて釈放となる。世の中はこのように当たり前だが、
厳しいのである。


健康保険にも加入していないので、いったん病気をしてしまったら大変。このシリーズの中では、博たちによって
そのことが何度か語られるだけだが、実際は、病院によっては保険証がなければ治療さえ困難な場合もある。
病院側もいろいろややこしいので嫌がるのだ。もちろん、治療費は全額自分持ち。

年金にも入っていないので、体が言うことを利かなくなった晩年は悲惨である。

それは第5作「望郷篇」でさくらが寅に説教した通りだ。



池ノ内青観は「寅次郎君は旅か…」と言い、
浜田ふみさんは「自由でいいね、魚みたいに…」と言い、
泉ちゃんの叔母さんの寿子さんは「わー、私もそげん旅がしてみたかー」と言い、
兵頭パパは「いいですねえ…鳥は自由で」と羨ましがる。
そして満男も寅のことを、「うらやましいなあ…伯父さんはそういう生き方を否定したんだろ」と言う。


さくら曰く「
何言ってんの?伯父さんは否定したんじゃなくて、
     否定されたのよ世の中に!あんたもそうなりたいの

 

さくらの言うことは必ずしも正しく無いが、確かに頷かざるを得ない部分がこの社会にはある。血を分けた息子である
満男には寅の人生の裏も表も両方知らせないといけないのである。

古今東西、社会は人々に『秩序』を求める。その社会の秩序は当然『最大公約数の共同幻想に基づいた価値観』の
もとに構成されていく。いい悪いではなく、それが『集団』というものであり『社会』というものなのだろう。




空を飛ぶ鳥は一見自由に見えても、常に天敵を怖れ、体力を使い、あれはあれで、
空飛んでいる時も、いろいろ大変なのだ。

寅もこれはこれでその大きな代償を払いながら大変な人生を歩んでいるにちがいない。


自由な一人旅がそのまま日常になってしまった男の侘しさと辛さを
兵頭パパも満男も遂に知ることはないだろう…。




                 







また明日。





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『寅次郎な日々』バックナンバー






テキヤの憧れ『Mr.テキヤ』な寅次郎  『寅次郎な日々』バックナンバー  5月21日「寅次郎な日々」その181


寅は、自分の好きなように生きてきた。社会に属さないで、家も家族も持たないで、税金も払わないで、
ほとんどアウトサイダー、アウトローの人生と言っていいだろう。

そんな寅がフーテン暮らしを続けるためにはテキヤ稼業がよく合っているのだろう。フラフラ風に
まかせて全国どこにでも行く。実際のテキヤさん(露天商)は、仕入れや、その土地での親分への挨拶、
決算、などで相当忙しいのだが、そこのところは寅の場合、まれに見る人に親しまれるキャラクターとテキヤと
しての高い販売能力の力で乗り切っている。

今更新している第27作「浪花の恋の寅次郎」などでも人もまばらな離島に平気で洋服を持って行き、
売っている。あんなところでバイしてもそんなに売れるとも思えないが、どこから一体仕入れているのだろう。
時々凄い田舎でバイをしているが、あれは売れるのだろうか。ああいう田舎はネタを借り受ける親分の場所から、
あきらかに遠いと思われる。やはりどう考えてもバイは街中か大きな縁日がいいと思うのだが…。

そして時には、かなりかさばる物も売っている。お風呂の道具や、額付きの絵、大きなぬいぐるみ。瀬戸物などは
相当重いし、割れる。古本も利潤が薄いわりにかさばる。

第12作「私の寅さん」で阿蘇の河口付近で虎の絵をバイしていたが、いくら観光客が来るとはいえ、ちょっと
無理があるとも言える。

第8作「寅次郎恋歌」では、さばき切れなかった古本を、あのいつものカバンに入れていたが、あれもちょと
無理がある。ドラえもんのポケットじゃあるまいしバイネタがあんなカバンに入りきるとも思えない(^^;)


第33作「夜霧にむせぶ寅次郎」では寅は自分の部屋にさばき切れなかったオルゴールが入ったダンボール箱を
3箱も置いていた。ポンシュウと一緒だったので彼ら関係の車で移動するのかもしれない。このダンボールはある意味
リアルな寅の旅先を、垣間見た気がして安心したものである。しかし、だいたいは一人旅で、かつそんな時でも
大型のネタも少なくない。そうなるとあのネタはどうやって持ってくるのだろう。そしてさばき残りはどうやってその
土地の親分に返すのだろうか。若い衆が夕方遅くに車で取りに来てくれるのかもしれない。

一般的にはテキヤの方々は問屋さんなどで、半端もんや安い物を仕入れるが、寅がそんな先行投資できるわけが
ないので、その土地の親分にお願いして、流れてきた品物を借りてくるのであろう。それも生もの、腐りやすいもの
でなく、生活用品などが中心。そうとう顔が利かないとこうならないようだ。また、高市(タカマチ)と言われる大きな
祭りや縁日などにかかることができるのも、テキヤの中では世話人の信用をしっかり得ている証拠である。
それも誰かにたぶん車で現地まで運ばせて…。ある意味これは相当の『顔』だ。
それがある地域限定でなく、全国レベルだからまったく凄い。


             
さばき切れなかったバイネタの箱が見える珍しいシーン
               




そういう意味では仲間のポンシュウあたりもなかなかのものである。


一般的にテキヤの皆さんはどこかの組織に所属しているものだが、寅は若い頃に「北海道の政吉親分」「京都の政吉親分」
などにしっかり道筋をつけてもらって、あとは専属の親分を持たないで、ひたすらキャラクターの良さと啖呵バイの鮮やかさで
全国のテキヤ仲間から一目置かれる人間になったのだと思う。第1作で月島あたりの親分のところで仁義を切る場面が
あるが、あのように過剰なほど礼儀正しくけじめをつけ、あとはあの独自の義理人情を重んずるキャラクターと売り上げの
高さと口跡の良さ、姿かたちのカッコよさで信用を勝ち取るのであろう。




                 



そして、なによりも鮮やかな『啖呵バイ』による『芸能の高み』を極めた寅が、テキヤ仲間たちにとってはちょっと憧れの
『Mr.テキヤ』なのかもしれない。

だからこそ、普通のテキヤでは絶対に考えられない無担保、先行投資無しで商売を続けられるのである。つまりいきなりぶらりと
アポ無しでやって来てその土地土地の親分からすぐ安直にネタを借りれる「奇跡のテキヤ.夢のテキヤ」になれたんだと思う。


おいちゃんは、『遊び人』『ふらふら野良犬みたい』『ペテン師みたい』などと酷い比喩をして、情けなさそうな顔で寅にいつも
説教をしているが、寅という男はとらやの人々が思っている以上にそうとう懐の深い人間であることは間違いないのである。

まあ、おいちゃんたちには、解剖学者の養老孟司さんが言うところの『バカの壁』がそびえ立っているので、いつまでたっても
寅のことを一人前扱いはしないのである。人が心から信じ込んでいる共同幻想というものは、よほどのことがないと打ち破れない
のものらしい。


寅は人々が思っているほどはくだらない人間じゃないし、

博は人々が思ってるほど立派な人間でもない。



ま、そういうことだ。



明日はその『アウトサイダー』のマイナス面を書こうかな…。




チャンチャン





また明日。








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180


                          
『寅次郎な日々』バックナンバー






隠密.源ちゃんグループの暗躍  5月20日「寅次郎な日々」その180


その底しれぬ光ファイバーパワー



先日の御前様のことを書いた時に源ちゃんの情報伝達能力のことに触れたが、実際源ちゃんの動きは素早い。
そして時として彼の仲間たちの連係プレイも凄いものがある。


たとえば、第6作「純情篇」では源ちゃんのその能力の一端をさくらが垣間見てしまう。

夕子さんに目がハートの寅を茶化して、源ちゃんが柴又界隈の人たちに吹聴しているのある。

講談ふうに、

「♪寝ては夢〜、起きてはうつつ〜幻のぉ〜、
♪さてこの寅さんの幸せがいつまで
続くことでしょうかぁー!!」

みんなでハハハハハと笑っている。

さくら、呆然…。


このように源ちゃんはある程度人を集めて、面白おかしく伝えるという方法をとるらしい。


               
      いつまで続くでしょうか〜
                



ただし、緊急に伝えたい場合は、グループのネットワークを利用して、光ファイバー並みのすばしっこさで参道を駆け巡るのだ。



第31作「旅と女と寅次郎」で『京はるみ』がとらやに来た時などは、源ちゃんや備後屋タコ社長の活躍であっという間に
とらやの庭に大勢の参道の人たちが溢れんばかりに入ってきて京はるみコンサートが開かれていた。




そしてそのようなネットワークの動きが解き明かされる貴重なシーンがあるのでちょろっと紹介しよう。

第37作「幸福の青い鳥」である。

@美保ちゃんが柴又駅前の『上海軒』に勤めたことが、たまたま客として入った備後屋たちに知られる。
寅が紹介したと聞いて、すぐに過去のデーターに照らし合わせて全てを一瞬に把握。

まず、リーダー格の備後屋が、一緒に来た参道の若い衆に伝達を指示。




              



A若い衆、参道中ごろの店屋の別の若い衆に伝達。

「おい!ニュース、ニュース!上海軒に寅さんの
恋人がいるぞ!」恋人と決めつけ(^^)



B次の若い衆も走る。




             



そして題経寺境内にいるグループの要である源ちゃんへ伝達。




Cそのあとは源ちゃんもどんどん参道の各店に息を切らせて全力疾走しながら伝えていく。
勢い余ってとらやにまで入り込み、「聞いたか!兄貴!寅の恋人がな!…」と寅本人に伝えていた。
凄い人だ源ちゃんは(^^;)




             




と、いうわけで、極めて短い時間に一人が二人、二人が四人、四人が八人と、どんどん増えてあっという間に
上海軒の麺の在庫を切らせるくらい長い行列を作らせてしまうのだ。備後屋たちが食事をして出てきた時点で、
麺が品切れになっていたので、約30分〜約40分くらいの間に店満員&ここまで行列ができたことになる。
源ちゃんはラーメン食べれなかった(TT)よって源ちゃんの後ろの人々も全部食べれませんでした。


備後屋曰く「
お釣りもらった時、手触っちゃったよ、ハハハ!だめだこりゃ(^^;)



             
            




よくよく考えてみれば、これは凄いことだ。強烈なパワー。彼らのパワーは今後の柴又商店街繁栄の
救世主にもなるかもしれない。


もちろんここで大事なのは、どんな内容でもいいわけではなく、ある特殊な条件下でのみ、そのパワーが

生かされるのだ。つまり
『寅の恋人』とのコラボレーションが絶対条件ということなのだ。

まあ、あれだけ次から次へと半年に一度の割合で寅関係の「マドンナ」、それもすげ〜美人が柴又へ
現われれば、みんな嬉しいし、パワーもでるよねえ。

普通あり得ねえ〜!(^^)



チャンチャン





また明日。







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『寅次郎な日々』バックナンバー






浪花の恋の『山下運輸&松風荘』 推理日記   5月19日「寅次郎な日々」その179


   ― 安治川とともに生きた英男君 ―



昨日、少しまとまった時間ができたので第27作「浪花の恋の寅次郎」の2回目の更新作業を開始したのだが、
石切さんや生駒山中腹の宝山寺は親が住んでいる大阪市鶴見区からもさほど遠くないので、懐かしく思い出し
ながら書いていたのだが、ふみさんの弟さんの英男君が勤めていた大阪港近くの『山下運輸』がどのへんに
あるのかイマイチ特定できないのである。

ヤフーの電話帳サイトで調べてみると『山下運輸』という名前の会社はは確かにあった。大阪市大正区あたりに
あるらしい。この会社でいいのか分からないので一応地図で調べて資料を保存して置く。

まず寅たちが乗ったタクシーが行く道路の標識が『神戸.九条」と書いてあるので、大阪港のそばの九条あたりかなと
一応思いながら見ていくと、運転手さんが降りて道を聞きにいくシーンで『
オレンジ色の大阪環状線』が走っている。
川がその下を流れている。何川だろうか?新淀川、安治川、六軒屋川、尻無川、木津川のどれかだろう。
その鉄橋のそばに
丸いタンクが見える。タクシーが山下運輸の倉庫に止まった時にも向こうにちらっとタンクが見える。
発電所かガス関係かだと思う。


            
大阪環状線と2本の高い煙突そして山下運輸の大きなトラック

                





大正区ということなので、木津川なのだろうか?


山下運輸のトラックが何度かスクリーンに映っているので、実在の会社であることは間違いない。


寅たちが事務所に向かう時も事務所の階段を上がっていく時にも
川に架かる大きな橋が見える。

環状線の鉄橋のそば、事務所のすぐネキ(すぐそば)に川に架かる大きな橋。
川は明らかに運河っぽい。
しかし、いくら探しても大正区の山下運輸の近くでそのような場所がなかなか見つからない。

タクシーから降りた後の背後にある丸いタンクとエンジ色の巨大な建物と大きな赤と白の縞になった煙突。
これは、相当大掛かりな施設だ。


                   
川向こうに大きな発電所と高い煙突

                 





あの映画から25年も経っているのでひょっとしたら、山下運輸はある場所から引っ越して、今の大正区に来たのかも
しれない。この辺は当然貸し倉庫や貸事務所なので十分ありうることである。

そこでもう一度スクリーンを見てみると、寅たちが事務所に上がっていく少し前に、倉庫の外壁に貼ってある『
細長い緑色
をした住所の標識の
下半分』が一瞬僅かに見える。ストップモーションにして9倍拡大して見てみると『○○六丁目2』と
なっている。

また、事務所の階段の下にある『
山下運輸の看板』『明るい心に安全運転』『みんなの笑顔で生きがいのある職場』
『山下運輸株式会社』という大きな文字の下のほうによく見ると『
小さく住所』が書いてある。
ほとんどぼけていて読めないが、これも9倍に拡大とシャープ化をして、なんとか『
大阪市港区○○六丁目
までは解読できた。そうなのだ!山下運輸は、当時は大正区でなく
港区にあったのだ!

それで、もう一度今度は
港区の地図を見てみると安治川があり、河口付近で大阪環状線が鉄橋を渡って
いる!
そしてそのすぐそばに、『関西電力春日出発電所の丸い燃料タンクがたくさんある!あの巨大なエンジ色の
建物も白赤の煙突も必殺航空写真で確かめると写っていた。

そして寅たちが事務所の階段を上がっていく時のあの大きな橋は『
第2阪神国道(国道43号線)が走る
「安治川大橋」
』だった。

この地区の住所は『
波除(なみよけ)』。もう一度山下運輸の看板を最大限拡大してよく見てみると、そういえば
○○の最初の文字は『
』という字だ!!右の方はちょっと読めないがおそらく『除』という字なのは間違いない。
そうなると正式住所は先ほどの六丁目2と合体させて、『
大阪市港区波除6丁目2番地』となる。



                     
看板の下の方に小さく住所が!

                  






地図で早速見てみると、今はもう別の会社になってはいたが、全ての地形と、大阪環状線の鉄橋、安治川大橋、発電所、
はあの位置関係でピッタリ!

あの英男君の山下運輸は大阪港の安治川河口沿い、安治川大橋のネキ(すぐそば)に
あったのだ。




安治川
といえば宮本輝さん原作、小栗康平監督の『泥の河』を思い出す。あの舞台は河口ではなく、もう少し上流の
中ノ島付近のちょっと下流だと記憶している。そういえば『泥の河』は先日亡くなられた田村高廣さんが出演されていた。
あの方の代表作の一つだと思う。


実は、安治川は見れば分かるが人工の川である。貞享元年(一六八四年)、幕府から淀川治水の命を受けた河村瑞賢は
上流まで歩いて流れの状況を調査。河口に新しい川を開削して水の流れをよくし、氾濫による被害をなくそうとした。
この新川は、これ以降淀川の水を海に直接導くバイパスの役割を果たしたのだ。


もちろん、水害対策だけが目的ではなかった。大坂が全国の物流の拠点として繁栄する原動力となったのも、この川のおかげ。
大坂と江戸を往復する菱垣廻船が安治川を往来し、市中の市場と直結した。「出船千艘、入船千艘」といわれ、水の都、八百八橋
大阪の繁栄の中心を担ったのである。

天保二年(一八三一年)には安治川の浚渫「大川浚え」が行われた。川底から汲み上げられた土砂は河口に積み上げられ、
小さな山がつく