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お気楽コラム


寅次郎な日々

バックナンバー2006年1月分
その49〜その79まで


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『おばあちゃん』番外編(2006,1,31)

『おばあちゃん』列伝(2006,1,30)

望郷の念未だ止まず(2006,1,29)

さくらとおいちゃんの紙風船(2006,1,28)

愛子の笑顔と涙(2006,1,27)

ゴージャスなとらやの面々(2006,1,26)

おいちゃんおばちゃんのラブロマンス(2006、1、25)

寅のもうひとつの天職(2006,1,24)

予想を裏切る爽やかなラストシーン(2006、1、23)

風に揺れる洗濯物(2006,1,22)

「山が蒼くなったな…」 『幸福の黄色いハンカチ』のナベさん(2006,1,21)

絶望の淵で未来を照らす船酔い男 『家族』(2006,1,20)

長山藍子さんが語る『お兄ちゃん』(2006,1,19)

終わりなき映画の中で生きる(2006,1,18)

待ち続けたリリー(2006,1,17) 

渥美さんと寅次郎(2006、1、16)

忘れ得ぬ『故郷』の松下さん(2006、1、15)         

山田監督の感覚と反射神経(2006,1,14)

幻のメイキングフィルム『フーテンの寅さん誕生』その9(2006,1,13)

幻のメイキングフィルム『フーテンの寅さん誕生』その8(2006、1、12) 

幻のメイキングフィルム『フーテンの寅さん誕生』その7(2006,1,11)

幻のメイキングフィルム『フーテンの寅さん誕生』その6(2006,1,10)

幻のメイキングフィルム『フーテンの寅さん誕生』その5(2006,1,9)

幻のメイキングフィルム『フーテンの寅さん誕生』その4(2006,1、8)

幻のメイキングフィルム『フーテンの寅さん誕生』その3
(2006、1、7)


幻のメイキングフィルム『フーテンの寅さん誕生』その2
(2006、1、6)

幻のメイキングフィルム『フーテンの寅さん誕生』 その1(2006、1、5)

幸福な犬『トラ』(2006、1、4)

ああ…さくらの髪型(2006、1、3)

思い出の正月雪景色(2006、1、2)

忘れ得ぬとらやの正月(2006、1、1)



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79



                          
『寅次郎な日々』バックナンバー








『おばあちゃん』番外編      1月31日「寅次郎な日々」その79



昨日は谷よしのさん、北林谷栄さん、浦辺粂子さん、
杉山とく子さん、鈴木光枝さん、秋田の民夫のおばあちゃん、
を紹介したが、おそらく、民夫のおばあちゃんは役者さんではないのだろう。
地元の方の特別出演。これは強い!。さすがにどの役者さんでもかなわない。

そう言う意味で、このシリーズで印象深い地元のおばあちゃんをまた
思い出した。

第7作「奮闘篇」の鯵ヶ沢の花子の自宅のおばあちゃんだ。あの言葉、姿、あんな
強烈なリアリティは役者さんでは出せない。




          




もうひとつ、最後の第48作「寅次郎紅の花」で泉ちゃんが結婚式をする時の
津山の家のおばあちゃん。とにかく元気なおばあちゃんで、スタッフの話によると、
ロケに使った家の隣に住むおばあちゃんだそうだ。あまりにパワーがあるので
特別に出てもらったらしい(^^;)




          



これを書いていて、ふと先日インドネシアで見たチャン.イーモウ監督の
「単騎千里を走る」のことを、思い出した。物語のほとんどを占める中国ロケで、
高倉健さん以外は全て地元の人々を使っている。もちろん映画なんか出たことの
ない一般の人々だ。

これがすごくいいのである。言葉が全く通じない健さんの強烈な孤独とその後の
精神の昇華が、地元の人々との生の交流の中で、味わい深く、そして雄大に
描かれていた。開けっぴろげで心豊かな人々の前で健さんは、何度も心を柔らかく
していたのがヒシヒシとスクリーンから伝わってきた。健さんはあのロケをしながら
明らかに感動していたと思う。そういう目をしていた。
チャン.イーモウ監督の懐は深い。





また明日







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78



                          
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『おばあちゃん』列伝      1月30日「寅次郎な日々」その78




いつだったか、このコラムで、谷よしのさん特集をした時に、
第47作「拝啓車寅次郎様」で、谷さん扮する琵琶湖湖畔の民宿の
おばあちゃんが、このシリーズで一番おばあちゃんらしい
おばあちゃんだった、と書いたが、他の作品でも谷さんに匹敵する
おばあちゃんらしいおばあちゃんが何人か登場する。

お菊さんを演じたミヤコ蝶々さんは、お年だが、おばあちゃんと言うよりは
お母さんなので除外。


で、結局、第31作「旅と女と寅次郎」で、佐渡の吾作という民宿の
おばあちゃんを演じた北林谷栄さんを思い出す。あのおばあちゃんは
よかった。自然な演技とはああいう演技を言うんだとつくづく感じた。
「阿弥陀堂だより」の時の北林さんもよかった。あのような姿のあり方は
彼女以外では今の役者さんは誰も出来ないだろう。



           



それ以外では、今回完結したばかりの、第18作「寅次郎純情詩集」
での浦辺粂子さん。あのひと癖ある婆やさんも彼女しか出来ない技だ。



技有り!、という意味では、杉山とく子さん。第44作「寅次郎の告白」に
出てくる鳥取の駄菓子屋のおばあちゃんである。
淋しい泉ちゃんの心を察知し、夕飯を食べさせてやる眼力のあるおばあちゃん。
寅とのやり取りも絶品だ。杉山さんならではのおちゃめなおばあちゃんだった。



            




それ以外では、第40作「寅次郎サラダ記念日」での小諸のおばあちゃん、
鈴木光枝さんも、なんともいえない柔らかな、静かな日常に根ざした物腰が、
リアリティを感じさせ、印象的だった。


なお、第35作「寅次郎恋愛塾」の中で出てくる、
民夫の秋田の実家のおばあちゃんは、一言もしゃべらないが、変に凄みが
あったことを付け足しておこう。超番外編としての輝きはこの人だろう(^^;)
一度ご覧あれ。





また明日







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77



                          
『寅次郎な日々』バックナンバー
        









望郷の念未だ止まず          1月29日「寅次郎な日々」その77




2日前から書いている第28作「寅次郎紙風船」は地味な作品で
世間での評価もさほど高くないようだ。しかし、私にとってはなにかと気にかかる
作品なのである。

余命が残り少ないカラスの常こと、常三郎を見舞いに行った寅は、
その秋月の自宅の壁に北原白秋の「帰去来」の詩の張り紙を見つける。

そこには20年以上も帰りたくても帰れない人生を背負った
白秋の切実な望郷の念に託した常三郎の故郷への想いが溢れていた。



帰去来

山門は我が産土、雲騰る南風のまほら、飛ばまし、今一度。

筑紫よかく呼ばへば、恋ほしよ潮の落差、火照沁む夕日の潟。

盲ふるに、早やもこの眼、見ざらむ、また葦かび、籠飼や水かげろふ。

帰らなむ、いざ鵲、かの空や櫨のたむろ、待つらむぞ今一度。

故郷やそのかの子ら、皆老いて遠きに、何ぞ寄る童ごころ。




           




山門柳河は私の生まれ育った故郷、

雲は湧き、南風がここちよく吹く

まほろばの地だ。

ああ、最後に今一度、

あの地へ飛んで帰りたい。

筑紫よ、

この名をよべば、干満の差が激しい、

炎のような
夕映え有明の海を思い浮かべるのだ。

私の目は冒され、水辺の葦や、籠飼や、そして水かげろうも、

もう見ることはできない。

それでもいい。 帰りたい。

鵲が空に舞い、そして櫨の木が待っているあの地へ。

故郷やそのころ一緒に遊んだ子らたちも老いてしまった。

長い歳月故郷に帰らず、疎遠のままであったのに、

子供のようにこんなに思いを馳せるのはどうしたわけであろうか。 



これは白秋の気持ちであり、常三郎の気持ちであり、そして
漂白の旅を続ける寅の気持ちでもあるのだ。
そして、16年も日本を遠くはなれ暮らしている私自身の気持ちでもある。


実は、この白秋の帰去来の詩は、山田監督のお父様が、晩年、
病気で臥せっていた寝室にそっと貼られていたものだそうだ。
お父様が亡くなられて、後片付けをしている時に、初めて、山田さんは
その詩が書かれた紙に気づかれ、さすがにこの時ばかりは涙を流されたと聞く。

第28作「紙風船」は何かが隠されている気がする。




               




また明日


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76



                          
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さくらとおいちゃんの紙風船          1月28日「寅次郎な日々」その76




昨日、愛子のことを書く時に、思い出したのがこの作品の
さくらとおいちゃんの紙風船ラリーだ。

寅は満男の土産として紙風船をもって帰ってくるのだが、
現代っ子の満男は気に入らない。
それをさとられないようにさくらとおいちゃんで
「こうやって遊ぶんだよ」なんてわざとらしく取り繕うシーン。



         




この時のさくらの紙風船つきがとても可愛い。(^^;)ゞ

まずさくらがソロで10回手でつく。
そのあと
タコ社長が「薬屋の広告か?安く上げたな」
何て言ったもんだから、
おいちゃんも一緒に取り繕うはめに。
「こういうのをほんとのおもちゃと言うんだよ、懐かしいなああ〜〜〜」(^^;)
おばちゃん援護射撃 「楽しいねえ〜」(−−;)

で、おいちゃんさくらとラリーし始める。
「ほい」 「はい」

満男「こんだけ?」

おいちゃん、すかさずラリーしながらも、
満男の頭をぺチッ!と叩き、また紙風船をつく、という
D難度の技を披露(^^)

よく見てないと見逃すほどに速い!



         
 風船をついた瞬間に満男の頭をぺチ
         



さくらも紙風船をラリーしながら同時に
「お兄ちゃんお茶にする?」
と、寅に聞く。
しかも笑顔を絶やさないで。
これもD難度の技(^^)

結局9回連続のラリーに成功!

しかし、バカにしていた満男もソロで
そのあと10回も手でついて遊んでいた。

やっぱり子供なんだね(^^)

もちろん寅。それは全て見抜いてしまう。

寅「わたくし、これで失礼します」(^^;)




チャンチャン。



また明日






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75



                          
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愛子の笑顔と涙           1月27日「寅次郎な日々」その75


第28作「寅次郎紙風船」の愛子は18歳の家出娘。
彼女のキャラは凄い。すさまじいと言ってもいいだろう(^^;)

とにかく寅と一緒に相部屋で寝ようとするのだから。前代未聞である。
寅とのやりとりがもう絶妙である。笑いが止まらない。


愛子「何考えてんの今?
寅「ねえちゃんと同じことだよ」
愛子「いやらしい!」
愛子「あ。。。いや、アハハハ!!キャハハ!!」

第6作「純情篇」のアレンジギャグだが、愛子が
演じると一段と滅茶苦茶になる。
足をバタバタさせもう暴れ放題だ。

テキヤの商売も結構上手。サクラもバッチリこなす。
船越パパやリリーも顔負けの名サクラだ。



         


もう、思ったことなんでも言う。
「でもさ…あの人人妻でしょう…、不倫の恋じゃない、そういうのは」

       


テキヤ仲間の常三郎の余命がいくばくも無いことを知った寅は
落ち込んでしまうが、そんな寅の心を笑って吹き飛ばしてしまうのも
明るい愛子だ。

愛子「何考えてんの?」
寅「人の一生についてよ…」
愛子「ブハッ!…ククク!」
寅「なんだ、可笑しいか?…」
愛子「ハハハ!ガラじゃないわよ、ムツゴロウが眠ってるような顔して、ハハハ!」
寅「ハハハ、ねえちゃん、今夜は飲むか!」



そんな愛子も、淋しい心を持っている。
家では誰も相手をしてくれないのだ。
頼りの腹違いの兄は遠洋漁業でずっといない。


その遠洋漁業の腹違いの兄貴がとらやに愛子を連れ戻しにきて店で大喧嘩。

そして大泣き

兄貴「愛子、なんでオレの気持ちわかんないんだよ!」

愛子「だって、兄ちゃん…家にいないじゃないか…いつもォ…ウエエエエン!!」

幼いころのさくらの気持ちを代弁するような愛子の言葉だった。




           




ラストで寅は愛子に会いに行く。


兄貴の遠洋漁業の出港に立会い、
寅「酒もするなー!博打もするなー!可愛い妹が待ってるぞー!」
愛子「ハハハ!」
愛子「兄ちゃーん!、お兄ちーゃん!!」と笑いながらも別れの涙を流す愛子。


愛子はさくらで、さくらは愛子なのだ。




           





ちなみに、愛子のこの黄緑花柄ハンテンは、第24作のさくら、第26作のすみれちゃん、第34作の寅、
にも同じものが使われている。第37作でも満男の部屋の椅子にかけてあった。なんと5作品で別々に
使われている!人気者のハンテンだ。


   
         第24作」         第26作     
  第34作
                 





チャンチャン。



また明日


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74



                          
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ゴージャスなとらやの面々      1月26日「寅次郎な日々」その74




さくらが、夢の中でいろいろカッコいい役をしているのに
おばちゃんは、あまりさせてもらえない。
そういえば博やおいちゃんなんかも同じ。タコ社長にいたっては
タコの役までしていた(TT)


しかし、たった一度、彼らが華やいだ一瞬があった。

もちろん『夢』ではあるが、第20作「寅次郎頑張れ!」で
社長の仕事が大成功し、みんな成金になるのである。

いかにものカッコ(^^;)、とはいえ、たまにはこういうのもしたいんじゃないかな。
満男まで、どこかのぼっちゃん小学校の制服を着ていた。


さくらは、さすがに綺麗…。うっとり( ̄ー ̄)


          
           




おばちゃんは特にゴージャス。

ご存知のようにおばちゃんは第4作「新男はつらいよ」で派手なハワイ行きの
服を披露した時も観客はどよめいていたが、それ以来の快挙である(^^;)



           




寅はもちろん、自分の思い描いているとらやがあとかたもなく
消えたことにショックを受けて慌てふためくのだった。

でも、夢だから、大丈夫(^^)

    


ちなみに寅もさくら同様、さすがに主役ゆえに、なんだかんだといっても
夢の中ではカッコいい役が多い。

ダントツ渋いのが、第15作「寅次郎相合い傘」のキャプテンタイガー、
第16作「葛飾立志篇」のタイガーキッド、そして第18作「寅次郎純情詩集」の
アラビアのトランスだ。そのほかまだまだ盛りだくさんだが、そのことはまた後日。



チャンチャン。



また明日

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73



                          
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おいちゃんおばちゃんのラブロマンス       1月25日「寅次郎な日々」その73






このふたりはもう出来てた。


二人で浅草でデートした。

帰り道に雨が降ってきちゃった。

駒形橋の袂に親戚のおじさんの家があり、

そこで雨宿りをした。

いつまでたっても雨が止まない。

おじさん「もうしょうがないからおまえたちここへ泊まっていきなよ」

おばちゃん「いいえ、私達まだ結婚前だから…」


粋なおじさんの計らいで

若い二人は二階の座敷で二人っきり。

雨がザーって降って

雷が突然ゴロゴロ!
    
おばちゃんキャー怖い〜〜!!

あの太った体でもってカマキリみたいな
おいちゃんに「キャ〜〜〜!!」って抱きついちゃった。



第32作でおばちゃんは寅のこの発言に対して口からでまかせだよ。
って言ってたが、まんざら嘘でもなさそうな雰囲気だった。




それから数十年経った1983年に同じように雷が鳴って
同じように全体重乗っけてキャーー!!

しかしその時のおいちゃんの反応は


「 やめろ、気持ち悪い 」 (^^;)




              
キャー                       やめろ、気持ち悪い
             




三崎さん、こらえてください。演出ですから…(TT)



また明日

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72



                          
『寅次郎な日々』バックナンバー            








寅のもうひとつの天職         1月24日「寅次郎な日々」その72






寅の生業は「テキヤ」である。時々「行商」とか「露天商」とも言われる。
おいちゃんやおばちゃんは、あまりいい顔はしないが、なんだかんだ言っても
これは寅の天職である。実に巧い。

特に啖呵バイの口上の口跡のよさは天下一だ。
お客さんの心を掴むのも実に巧み。


それ以外の職業も出来ないわけではないが、根気が無いので、
いわゆる毎日働くと言うような正業というものにつけないのである。

それでも、時として、その旅先で、目の醒めるような活躍を垣間見ることが出来る。

第3作「フーテンの寅」の番頭さん。第5作「望郷篇」の豆腐屋さん、などである。

なかでも、第32作「口笛を吹く寅次郎」での臨時の「お坊さん」役はそれはたいしたものであった。
みんなの心をぐいっと惹き付けるのだ。(^^)





               





結局、寅は人と話す仕事が向いているのだろう。お坊さんというのは人に物を売る仕事ではない。
人が話しに耳を傾ければ、それで成功だとも言える。いわゆる『法話』は寅の得意技なのだ。
もちろん歴史も仏教も何も知らないし、お経もほとんど読めないので、全部自己流ではあるが、
笑いながらも、人々は寅の話しに感動するのではないだろうか。

寅は人生の達人だ。お坊さんというのは人生の達人でなければ務まらない。



                   
 さくらに合図する寅
               




しかし、その後が悪かった。

朋子さんと婿養子結婚したいばかりに、本格的にお坊さんの修行を御前様に
申し出て、たった3日で逃げ出してしまったのだ。

結局、寅は瞬間的にいい仕事はできても、継続的にはできないのだろう。



怒ってとらやにやって来た御前様は「煩悩が背広を着て歩いているような男」「3日間で逃げ出すしまつ」と
寅を批判する。

おいちゃんそれを聞いて余計なことを言ってしまう。


3日坊主とはこのことですね


御前様怒り爆発!

みんなで反省…m(
 _ _ ;)m




                   
冗談を言ってる場合ですか!
               
          




やっぱ、寅ってテキヤしかだめかなあ〜…


明日はおいちゃんとおばちゃんのラブロマンスでも書こうかな…(^^;)



また明日

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71



『寅次郎な日々』バックナンバー           







予想を裏切る爽やかなラストシーン          1月23日「寅次郎な日々」その71




このシリーズのラストはいつも意外性を帯びている。
代表的なものとしては、第25作「寅次郎ハイビスカスの花」などが上げられる。

今回もそうくるかな…、と見せておいて、全く違う方向に展開をするラストシーンがよくある。
そのパターンで一番意外性を持ったラストが待っている作品が第13作「寅次郎恋やつれ」の
ラストシーンである。


マドンナの歌子ちゃんが大島の藤倉学園と言う養護施設に働きに行った後、歌子ちゃんは
この物語のラスト付近でとらやに暑中見舞いを出す。そしてそのハガキの最後に、

『寅さんがひょっこりこの島に訪ねて来てくれる気がします。ああ、本当に来てくれないかなあ』
と結んでいるのである。

そしてすぐ、カットが変わって、寅が生コンの車に乗せてもらって、ある海岸で降りるシーンが映る。


いよいよラストである。





              





ここで観客の誰もが、ここは伊豆の大島で、歌子ちゃんの職場の近くに寅が訪ねてきたと思い込むのである。

海岸を眺めながら、寅は伸びをする。

ああ、やっぱり、伊豆の大島で歌子ちゃんと最後に再会だ!と思っていると、寅が呼びかけ、
そして向こうから手を振ったのはなんとあの温泉津の絹代さんだったのだ。

寅は大島の歌子ちゃんでなく、山陰の温泉津の絹代さんに会いにきたのだった。





              





絹代さんは寅を、頼りがいのある優しい人だと今でも思っている。
恩人として好感を持っている。そうでないと寅にあのような手紙は
出さない。その絹代の心が寅には嬉しかったのだろう。

惚れたハレタ、振った振られた、でなくても、自分のことを思っていてくれる人が
いるということが寅にはたまらなく嬉しいのだ。そしてあの温泉津の日々の何もかもが
懐かしく、またやってきたのだろう。

それは、青森での花子ちゃんとの再会にも言えるし、対馬でのおふみさんとの再会にも言える。
今、更新中の「純情詩集」の雅子さんとの再会にも当てはまる。



寅の愛情と言うものは究極的にはそういうところに行き着くような気がする。
惚れているから会いに行く、振られたから会わない。というようなものではない。

寅がラストで絹代さんの方を訪問したことは、私にとって、このシリーズを理解するうえで
とても大事な出来事だった気がする。


寅はやっぱり人というものが好きなのだ。


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風に揺れる洗濯物                 1月22日「寅次郎な日々」その70






「男はつらいよ」の忘れがたいシーンと言えば、寅とさくらの別れのシーンをはじめ、
マドンナとの別れや、再会などが頭をよぎるが、時として、どうでもいいような実にさりげない
場面が、いつまでも頭から離れないこともある。

それが、第32作「口笛を吹く寅次郎」のラストシーンだ。

因島大橋工事現場で働く子連れのレオナルド熊さんが、職場で知り合った再婚相手のあき竹城さんを
偶然再会した寅に紹介するのだが、
このあき竹城さんの楽天性が鮮やかである。



            




彼女は第26作「寅次郎かもめ歌」でも物語のラストを明るく締めくくってくれるが、ひとつの
物語のラストを鮮やかなハッピーエンドに変えてくれるスケールの大きな役者さんである。

やはり、ハッピーエンドの女神は、あき竹城さん、そして第14作の春川ますみさんだ。

この映画のなんともいえない奥ゆかしい深みは、このような本物の役者さんがさりげなく
しめるべきところでしめていると言う点にも現れている。山田洋次監督はこのような役者さんの
力を引き出させるのが実に巧いのだ。

そしてラスト、あき竹城さんは叫ぶ

「あれー!!洗濯物とぉり込むの忘れたよぉ〜!」



そしてラストに映る風に揺れる3人家族の洗濯物。


あの風景の中にこの映画の核心がある。





            








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69



                          
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「山が蒼くなったな…」 『幸福の黄色いハンカチ』のナベさん      1月21日「寅次郎な日々」その69






渥美さんの短い出演が物語りに大きく影響を及ぼしている作品の最右翼が
『故郷』の松下さんなら、もう一つの峰は『幸福の黄色いハンカチ』のナベさん
こと渡辺係長だ。北海道 上川郡 新得町の新得(しんとく)警察署刑事係の係長
である。高倉健さんが扮する網走刑務所を出所したばかりの勇作が無免許運転で
再度しょっぴかれた時、勇作の昔の事件に絡んでいたナベさんが、助けるのだ。


もうだめだ。もう一度、刑務所行きか…。という時に、あの、渥美さんの顔がドーン!
と出てきて

「おう!島じゃないか!」

と来る(^^)



         




私たち映画を観ている観客は、この時点で、もう勇作が助かることを覚るのである。
渥美さんとはそういうオーラを持った人なのだ。あの時の勇作を見た渥美さんの目は
キラキラして、見ている私たちの心を一気に開放してくれたのである。


地獄に仏と言う言葉があるが、正にこの時のナベさんは勇作にとって地獄に仏だった。

ナベさんは勇作の奥さんの光枝さんのことも昔にすでに知ってくれているのである。
これも嬉しい。勇作のことをよく分かってくれているのが短い言葉の端々に現われていた。 


そして警察署を出る時も、さりげなく勇作を励ます。


「まあ、あれだな、辛いこともあるんだろうけれども、辛抱してやれや。えー、
一生懸命辛抱してやってりゃあ、きっといいこともあるよ…」

「なんか困ったことあったら、いつでも来いや」




         




ナベさんが警察署のドアを開け、勇作と一緒に外に出た時、
午後の爽やかな風が吹いていた。

ナベさんはこう言うのである。


「お、山が蒼くなったな」


勇作の未来を照らしてくれる一筋の光のような美しい言葉だった。



この映画の、

欽也と朱美
「勇さん、行こうや、夕張」
「行こう」

のセリフとともに、

あのナベさんの「お、山が蒼くなったな」という言葉は生涯忘れはしないだろう。

  

          





また明日(^^)










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68


                          
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絶望の淵で未来を照らす船酔い男 『家族』        1月20日「寅次郎な日々」その68




先日、渥美さんのもう一つの側面が現れていた『故郷』の松下さんの話を書いた。
主人公の民子たちの心を優しく見守っている感じが実に良く出ていて見事な冴えだった。

精一と民子と言う名前は1970年制作の『家族』でも使われている。この『家族』という映画も『故郷』と
同じく時代の波に翻弄されながらも、力強く生き抜くある家族の物語である。長崎の仁王島から北海道の
中標津までの3000キロを走ったロードムービーの広がりとドキュメンタリータッチの手法が見事に
成功し、多くの人々の共感を呼んだ映画である。




              





この映画の中で民子の赤ん坊の早苗が東京で亡くなってしまう、という大きな悲劇が起こってしまい、
一家は茫然自失のまま、魂の抜け殻のような気持ちで青森まで行き、青函連絡船に乗るのである。
その時に、ほんのひと時出くわし、短い会話を交わすのが渥美さん扮する、『船酔い男』である。



彼はちょっととぼけた味でうろうろする。現実に打ちのめされている民子たちや観客を和ませてくれる。
ただいるだけで和むのである。ああいう役をさせると実に渥美さんは天才的に巧い。




               このカットから少し民子は明るくなっていく
              

            


函館に着いた精一は悲嘆に暮れる民子にピンクのコートを買ってやる。民子はそれを見て僅かに、心が潤うのである。
そんな時に、あの、船酔い男に再び出会う。彼はすっかり元気になりラーメンをもりもり食いながら民子に微笑みかける
のである。ほとんどセリフがない場面であるが、あの時の渥美さんの笑顔を見ていると
なぜか遠くにある民子たちの
明るい未来を予想してしまうのである。


役者というものはすごいもんだと、あの船酔い男を見て唸ってしまった。彼の静かな存在感はあの映画では
とても重要だった気がする。人が持つ『楽天性』というのは結構伝染するものなのだ。




また明日(^^)




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『寅次郎な日々』バックナンバー






長山藍子さんが語る『お兄ちゃん』      1月19日「寅次郎な日々」その67



浅丘さんの言葉


もう私ねえ寅さんを愛してたんですよ、ほんとに。
もう、山田さんに最後の時にお願いしたんです。
結婚させてくださいって、お願いしたんですけど、
…まだ50作品まで御撮りになりたかったのね…。

それでもねえ、寅さんがねえ、渥美さんが、
あの…僕いつどうなるかわからないからリリーさんと
結婚させて欲しいなってお友達におっしゃっていたことが
あるんですって…。だからそれ聞いて、
私、凄く嬉しかった…。愛し合っていたの私たち




            



渥美さんも、寅とリリーを一緒にさせたいと願っていたなんて、浅丘さんの話を聞いて、初めて知った。
こんな嬉しくて切ない話はない。リリーは本当に寅が好きだったし、寅も、最後はリリーしかいないんだと、
しみじみ思える話だった。






長山藍子さんの思い出


映画になる前に、テレビでやってたんですね、その時私はさくらをやらしていただいてたんですね。
で、テレビでは、あの、えっと、…たくさんの方が見てくださったみたいなんですけど、
ま、映画で、あの…お兄ちゃんが蘇るってことで、すごく嬉しいなあ〜って思ってたんですね。
そしたら、あの〜第5話ですね、「望郷篇」で、あの、マドンナでお声をかけていただいて、
またあの〜…とらやのみんなと会えるし、お兄ちゃんとも会えるし、あ、すっごく嬉しかったです。はい。

ライティングとかを直してる時間ってありますよね、で、そういう時に、やっぱり前にテレビの
男はつらいよをやってらっしゃる、どうだ?元気でやってる?おいちゃ〜ん!とか言ってね、
う〜んてつってねなんとかかんとか、二人で小さい声であのいろんなお話をしていた私語を。
そん時に渥美さんが、葦をぴゅっと、セットの中の葦を、取ってね、二人でこうやってあの…
川の水をこういう風にしながらお話してたんですよ。普通のお話を…。
そしたらそれを監督が見てらしたんですね。『今みたいにやってェ…』っとおっしゃって、
『え?』『その葦ね、捨てないでそのままやって…』っておっしゃって、それで二人で何か心の
通い合ったよな、通い合わないよな…フフ、とてもね、あの…素敵なシーンになりました。満月…でね。

お兄ちゃんのそばに…今度はちょっとマドンナとしていられたことが嬉しかったです…はい




            


この長山さんの言葉にはジーンと来ました。久しぶりにテレビで兄妹を演じた二人が映画で共演し、
心を通わせたなんとも温かい気持ちになれるエピソードだ。
             


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66



                          
『寅次郎な日々』バックナンバー








終わりなき映画の中で生きる      1月18日「寅次郎な日々」その66



倍賞千恵子さんの感慨


「26年間ずっと、男はつらいよ…という仕事を通じて、来ているんですけれども…。
あのー…、お兄ちゃんの渥美さん、それから…私の夫の博さんの前田吟さん、
それから、おいちゃん、おばちゃん、社長さん、私たち全部が、スタッフも
含めてなんですけど、なんか終わりのない、長い長い1本の映画を撮り続けている
っていうか、男はつらいよを通じてその中で生きている…っていう気がしています」




                




「音楽ダビングが終わって仕上げの一週間を残すのみとなります。
私たちくるまやのレギュラーたちも散っていきます。また来年…。
私たちが会うのは1年に1回。お互いに親しいのですが、普段はあまり会いません。
そのことが毎回の新鮮さと緊張感を保たせているのだと私は思っています」




倍賞さんが語ってくれた、彼らの付き合いの仕方は私にはとても意外だった。
馴れ合いや、倦怠を避けるために年に一度だけお互いが集まる。
とらやの面々の集中力はこういうところからも窺い知ることが出来るのだ。







山田監督が晩年の渥美さんを語る



「まあ一言で言えば天才ですからねえ、あのひとは、僕らの想像を
はるかに越えたあの…脳細胞の働きをしている人じゃないのかな、
だから、あの、こんどの映画なんかね、やはり、あの、渥美さんが歳とってくるとね、
少しづつこう本来の渥美さんの賢い表情がチラッチラッっと見えてきちゃうのね。

20年前、あるいはこの映画が始まった26ぐらい年前、の渥美さんてのはね、
若さでもって懸命に本来の頭の良さを
その隠してたんだなってことがね、わかるね」




                
               



また明日






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『寅次郎な日々』バックナンバー 
          
  





待ち続けたリリー    − 15年という歳月 −      1月17日「寅次郎な日々」その65


私は『寅次郎ハイビスカスの花』以来15年待ち続けた。マドンナの発表があるたびに今度は
リリーか。今度こそリリーか、もうさすがにリリーだろう、と願って祈って、天を仰いでいた。
私だけでなく、おそらくは山田組にとっても本当に待ち焦がれた最愛のマドンナだったのだ。
          
しかし山田監督が四たびリリーを呼ぶにはどうしても15年という気の遠くなるような歳月が
必要だったのであろう。タイミングというものはそういうものだとも思う。


浅丘さんは、この15年という歳月をこう語っている。

「ほんとに15年経ったんですよねえ〜」

「このお話があったときに、なんか3本目のハイビスカスで終わっておきたいなって
思いと、あー、嬉しい、ほんとは私待ってたの!と言う思いと両方だったんですが、
でも。。。お互いにみんな15年歳をとっているわけですから、それなりの寅さんや
さくらさんやとらやのみなさんや、そして…リリーさんが、15年経ってどうなったんだろう
っていう…、そういうあたしたちがあってもいいんじゃないかなっていうことで、
あの…お引き受けさせていただいたんですけれども、
あー、この組に帰ってきたんだ、っていう気がして凄く嬉しかったです」




              



「その山田さんについても全然お変わりになってらっしゃらないし、
あの〜相変わらずのエネルギーと言うかバイタイティーと言うか、粘り強さと言うか、
あー…そう言うのは本当にちっともお変わりになってらっしゃい…から、
それをずっとやってらしたと言う事は、すごいことだなあって事を
本当にしみじみ感じましたけど」




                   

                 


浅丘さんの「あー嬉しい!本当は私待っていたの!」は真実の言葉だった。
浅丘さんは待っていた。私には分かるのだ。彼女の気持ちはずっとスタンバイしていた。

最後の作品が浅丘さんで、リリーで本当によかったと心から今でもそう思う。
浅丘さんは、山田監督に対して相変わらずのエネルギーって言ってたけど、あの作品で、
浅丘さんこそが、物語に、そしてスタッフ、キャストたちに息吹を与えていたエネルギーの
源だったような気がするのは私だけだろうか。






三崎千恵子さんにとっての『おばちゃん』


「『おばちゃん、おばちゃんは、この中で生活してってくれればいいんだよ』って
こぉ〜んな難しいことはないです!いつもその言葉がね、耳の中にね、
残っているんですね。男はつらいよの芝居の中では、あの…実際にそこで生活して
いることをどう表現することのほうが凄く大変なんですよね

                 



                  




リアリティを求め続けた山田監督の感覚の核心に触れた三崎さんの言葉だった。
この簡単な言葉の持つ意味は実は深い。

               




また明日









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渥美さんと寅次郎       1月16日「寅次郎な日々」その64



おいちゃん役を演じている下條正巳さんが、インタビューで渥美さんの
演技を語っていた。


渥美ちゃんはねえ、どんな長いシーンでも、つまり、セリフをちゃーんと、
渥美ちゃんとしてではなくて、寅次郎としてセリフを入れてきてる。
セリフは寅として入ってるから、どんなアドリブでも役者渥美ちゃんと
出るんじゃなくて、寅としてのアドリブが、パッパッパッとこう、出てくる…つまり、
渥美ちゃんが役者として、こお〜…考えたんじゃなくて、寅として考えてる、
もう寅に、変な言い方だけど、寅になってセットに入ってくる。
これは非常にうらやましいし、そういう役者になりたいなあ…と、思いますねえ」



生涯を役者に賭けた下條さんならではの洞察力だ。言葉に力がある。納得。



          








一つの映画を作り続けるということ



山田監督へのインタビューから





             




映画の歴史が百年でねえ、来年。…で、寅さんの歴史は26年って事は
ちょうど映画の歴史の四分の一を、ま、僕達は…一つの映画、を作り続けてきたということになる。

第一作第二作のころを見ると…渥美さんたちも若かったし、僕自身もね、
あ〜、今じゃとてもあんな撮り方できないなあ、と言う若いと撮り方をしてるんだけども。
…こんだけ長い間続けてき…来れた事をね、そのように歳をとってきてしまった事を、
あるいはそう言う様に歳を、俳優さんたちも、こう、年老いて来たことを、むしろ…あの…
なんて言うかなあこう、自慢していいんじゃないかと。あのー。思いますねえ…。

思い切ってシチュエーション変えちゃったほうがいいんじゃないかと言うことを随分当時会社で
言われたりしたんだけどもね。

あの…いやこれはあんまり変えないのが特徴なんだと、キャスティングもほとんど変わらない…
葛飾柴又に寅さんの故郷があってそのダンゴ屋に時々フラッって、ふらっと帰ってると言う形とが
とんでもない美人に恋をしちゃ、ふられるというパターンはね…あの、変えない方がいい、
その変えないことがこの作品を長続きさせる事なんだろうと、と言うふうに…まあ、決心して、
ずーっと、その形を、まあ追ってきてることがね、今振り返ってみると、あの、良かったんだろうと、
…思います」


「変わらない」、ということへのこだわりを語った、歳月というものを感じさせる重い言葉だった。






『懐かしき町』を作り続けるということ


高羽撮影監督の最後の語り




               





いつもできれば同じような懐かしい世界がそこに繰り広げられると、ということを
維持しようと、いうのが大体の大きな作戦と言ってもいいんですね。
現実は.。この25年間と言うのは大変に変化したわけですけど、柴又の帝釈天の
通りなんかはそうは変わらない、昔ながらのいつもの世界で平和な下町、人情の濃い
下町がそこにはあるんだと、いうふうになるべく撮りたい、と思ってやってきたわけです。

で、実際は街灯が新しく出来たり、舗装道路になったり、建物もドンドン新しくなっていく、
そうするとはじまったころの昔ながらの古い下町の風景っていうのはだんだん現実には
減っているわけですけどなるべくそんな風に感じないように撮っていこう。
ありのままに撮るということよりも、だんだん、夢を追ってというか、想像を加えて
あるイメージに、みんなの考えるような懐かしい世界に近いような具合に撮っていこうと
というふうな選別作業が行われると、そういうことがありますね







また明日〜(^^)




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『寅次郎な日々』バックナンバー            







忘れ得ぬ『故郷』の松下さん         1月15日「寅次郎な日々」その63






山田映画の渥美清さんといえば『寅さん』だが、私にはもうひとつどうしても
忘れられない役がある。

1972年に公開された「故郷」と言う映画で、倉橋島の民子たちの家にいつも残り物の魚を
持ってきてくれる魚の行商を営む松下商会の松下さんだ。


これこそ渥美さんそのものだ!と心の中で私は叫んでいた。



                  



渥美さん扮する松下さんは松下商会を持っている。

松下商会と言っても一人で軽四トラックを運転し、島から島へ魚を売り歩いている
しがない魚屋さんだ。

そんなに商売熱心でもない飄々とした風貌がなんとも見ていて
心地よく、そのへんが寅次郎とダブるのだ。


松下さんは朝鮮半島から終戦後引き揚げて来たのだが、
両親は引き揚げの動乱時に死んでしまった。
その後、理由はわからないが結婚した奥さんも死んだらしい。
とても悲しい運命を背負った天涯孤独の人生なのかもしれない。

寅から『とらや』も『さくら』も取り除いてしまったら松下さんに
なるのではないか。そんなことを見ていて思ってしまった。

放浪の果てに瀬戸内海に住み着いた松下さんはこの島のことをこう言う。

「しかしあれだよね、私も方々行ったけどこんないいとこってないよね。」

しかし、それとは逆に精一たちは島を離れることを決意する。

精一が遂に石船を止めて島を離れ、呉の工場で働くと
松下さんに伝えた時に、ポツリポツリと語るあの言葉が忘れられない。



             




松下「そうか…それじゃあんた船長さんじゃなくなるんだ…
    船長さんじゃなくなって、労働者になっちまうんだ」


精一「船長も労働者も大して変わりはせんわいの」
 
 
松下「いやー、違う、そりゃ大違いだ」


精一「どこが…?」


松下「第一給料が違う…。船長の方がずっと安い


精一「…」


松下「それと…、労働が違う…。船長の方がずっと辛い


精一「フハハハハハ、フフ」


松下「でも、まあ、船長さんはやっぱり船長さんだよね、うん…


精一「……」


松下「朝から晩まで一生懸命働いて、なにひとつ悪いこと
   しないのにどうしてかねえ〜…どうして先祖代々住み着いた
   あんなきれいな村を出ていかなきゃいけないのかねえ…ええ?




            





私は普段から、『とらや』という温かい心の置き所を持っている寅が羨ましくて
しょうがなかった。だからリリーの心がよく分かるのだ。

松下さんにも、リリー同様その心の置き所が無い。


風邪をこじらせても、誰も知らないで、アンパンだけを食べて何日も
過ごしている。



私にとってあの映画は精一と民子と仙造の物語であると同時に
自由気ままでそしてとても孤独な松下さんの物語でもあるのだ。




ある日、松下さんは海の見える高台で、ひとり、遠くを見つめながらパンとコーヒー牛乳で
食事を取っていた。食べ終わった松下さんは、立ち上がって、ゆっくりと歩きながら、

「♪濡れた翼の〜銀の色〜…」っと、「浜千鳥」を歌う。

あの歌声を聴いていたらなぜだか胸が締め付けられるように熱くなってしまった。



あれは松下さんの歌なのかもしれない。



             




青い月夜の    はまべには
親をさがして    なく鳥が
波の国から    うまれでる
ぬれたつばさの    銀の色



夜鳴く鳥の    かなしさは
親をたずねて    海越えて
月夜の国へ    きえてゆく
銀のつばさの    浜千鳥








あ、時間だ〜…。日付が変わる〜ゥ 今日はここまで



また明日〜(^^)




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『寅次郎な日々』バックナンバー            







山田監督の感覚と反射神経          1月14日「寅次郎な日々」その62




第34作「寅次郎真実一路」脚本作成中に受けたインタビューで
      この当時の心境をこう語っている。




赤坂の旅館で脚本を作成


山田監督


一番、辛い、辛い仕事…だなあ脚本書くっていうのはねえ…。
毎回だから、こういう風にして仕事を始める時は…つまり、高い山にこれから登ろうという、
麓、一合目あたりからって感じでね、
てっぺんを見るとなんがかとても気が遠くなってしまうから、あまりてっぺん見ないように…、
足の先だけを見て歩かなきゃいけないと…、そういう感じねえ〜…。
上見ても怖いし、下見ても怖いしという、段階にこれからなっていくんですよ





                






山田監督の感覚のほとばしりと反射神経。




山田監督は綿密な脚本と打ち合わせのもとに制作を進めていくが、時としてここだという時には、
すべてを取りやめて、新しい映像やセリフに突如として変更することも多いと聞く。


ここでは、第34作の帝釈天参道ロケで、テスト中ひとりのおばあさんがとてもいい感じで立っていたことを
見逃さないでいきなりぶっつけ本番に突入したエピソードの瞬間を書き写してみる。




監督「無し!」

スタッフ「無しだって」

監督「無し!そいつも無し!!」

監督いきなり

監督「用意!」

スタッフ「テスト!!」

監督「本番!本番!!ぶっつけでいくよ!」