バリ島.吉川孝昭のギャラリー内
お気楽コラム
寅次郎な日々
バックナンバー2006年1月分
その49〜その79まで
ほぼ毎日更新
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『おばあちゃん』番外編(2006,1,31)
『おばあちゃん』列伝(2006,1,30)
望郷の念未だ止まず(2006,1,29)
さくらとおいちゃんの紙風船(2006,1,28)
愛子の笑顔と涙(2006,1,27)
ゴージャスなとらやの面々(2006,1,26)
おいちゃんおばちゃんのラブロマンス(2006、1、25)
寅のもうひとつの天職(2006,1,24)
予想を裏切る爽やかなラストシーン(2006、1、23)
風に揺れる洗濯物(2006,1,22)
「山が蒼くなったな…」 『幸福の黄色いハンカチ』のナベさん(2006,1,21)
絶望の淵で未来を照らす船酔い男 『家族』(2006,1,20)
長山藍子さんが語る『お兄ちゃん』(2006,1,19)
終わりなき映画の中で生きる(2006,1,18)
待ち続けたリリー(2006,1,17)
渥美さんと寅次郎(2006、1、16)
忘れ得ぬ『故郷』の松下さん(2006、1、15)
山田監督の感覚と反射神経(2006,1,14)
幻のメイキングフィルム『フーテンの寅さん誕生』その9(2006,1,13)
幻のメイキングフィルム『フーテンの寅さん誕生』その8(2006、1、12)
幻のメイキングフィルム『フーテンの寅さん誕生』その7(2006,1,11)
幻のメイキングフィルム『フーテンの寅さん誕生』その6(2006,1,10)
幻のメイキングフィルム『フーテンの寅さん誕生』その5(2006,1,9)
幻のメイキングフィルム『フーテンの寅さん誕生』その4(2006,1、8)
幻のメイキングフィルム『フーテンの寅さん誕生』その3(2006、1、7)
幻のメイキングフィルム『フーテンの寅さん誕生』その2(2006、1、6)
幻のメイキングフィルム『フーテンの寅さん誕生』 その1(2006、1、5)
幸福な犬『トラ』(2006、1、4)
ああ…さくらの髪型(2006、1、3)
思い出の正月雪景色(2006、1、2)
忘れ得ぬとらやの正月(2006、1、1)
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『寅次郎な日々』バックナンバー
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明日はおいちゃんとおばちゃんのラブロマンスでも書こうかな…(^^;)
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『寅次郎な日々』バックナンバー 風に揺れる洗濯物 1月22日「寅次郎な日々」その70
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『寅次郎な日々』バックナンバー 「山が蒼くなったな…」 『幸福の黄色いハンカチ』のナベさん 1月21日「寅次郎な日々」その69
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『寅次郎な日々』バックナンバー 絶望の淵で未来を照らす船酔い男 『家族』 1月20日「寅次郎な日々」その68 先日、渥美さんのもう一つの側面が現れていた『故郷』の松下さんの話を書いた。 主人公の民子たちの心を優しく見守っている感じが実に良く出ていて見事な冴えだった。 精一と民子と言う名前は1970年制作の『家族』でも使われている。この『家族』という映画も『故郷』と 同じく時代の波に翻弄されながらも、力強く生き抜くある家族の物語である。長崎の仁王島から北海道の 中標津までの3000キロを走ったロードムービーの広がりとドキュメンタリータッチの手法が見事に 成功し、多くの人々の共感を呼んだ映画である。 ![]() この映画の中で民子の赤ん坊の早苗が東京で亡くなってしまう、という大きな悲劇が起こってしまい、 一家は茫然自失のまま、魂の抜け殻のような気持ちで青森まで行き、青函連絡船に乗るのである。 その時に、ほんのひと時出くわし、短い会話を交わすのが渥美さん扮する、『船酔い男』である。 彼はちょっととぼけた味でうろうろする。現実に打ちのめされている民子たちや観客を和ませてくれる。 ただいるだけで和むのである。ああいう役をさせると実に渥美さんは天才的に巧い。 このカットから少し民子は明るくなっていく ![]()
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『寅次郎な日々』バックナンバー 長山藍子さんが語る『お兄ちゃん』 1月19日「寅次郎な日々」その67 浅丘さんの言葉 「もう私ねえ寅さんを愛してたんですよ、ほんとに。 もう、山田さんに最後の時にお願いしたんです。 結婚させてくださいって、お願いしたんですけど、 …まだ50作品まで御撮りになりたかったのね…。 それでもねえ、寅さんがねえ、渥美さんが、 あの…僕いつどうなるかわからないからリリーさんと 結婚させて欲しいなってお友達におっしゃっていたことが あるんですって…。だからそれ聞いて、 私、凄く嬉しかった…。愛し合っていたの私たち」 ![]() 渥美さんも、寅とリリーを一緒にさせたいと願っていたなんて、浅丘さんの話を聞いて、初めて知った。 こんな嬉しくて切ない話はない。リリーは本当に寅が好きだったし、寅も、最後はリリーしかいないんだと、 しみじみ思える話だった。 長山藍子さんの思い出 「映画になる前に、テレビでやってたんですね、その時私はさくらをやらしていただいてたんですね。 で、テレビでは、あの、えっと、…たくさんの方が見てくださったみたいなんですけど、 ま、映画で、あの…お兄ちゃんが蘇るってことで、すごく嬉しいなあ〜って思ってたんですね。 そしたら、あの〜第5話ですね、「望郷篇」で、あの、マドンナでお声をかけていただいて、 またあの〜…とらやのみんなと会えるし、お兄ちゃんとも会えるし、あ、すっごく嬉しかったです。はい。 ライティングとかを直してる時間ってありますよね、で、そういう時に、やっぱり前にテレビの 男はつらいよをやってらっしゃる、どうだ?元気でやってる?おいちゃ〜ん!とか言ってね、 う〜んてつってねなんとかかんとか、二人で小さい声であのいろんなお話をしていた私語を。 そん時に渥美さんが、葦をぴゅっと、セットの中の葦を、取ってね、二人でこうやってあの… 川の水をこういう風にしながらお話してたんですよ。普通のお話を…。 そしたらそれを監督が見てらしたんですね。『今みたいにやってェ…』っとおっしゃって、 『え?』『その葦ね、捨てないでそのままやって…』っておっしゃって、それで二人で何か心の 通い合ったよな、通い合わないよな…フフ、とてもね、あの…素敵なシーンになりました。満月…でね。 お兄ちゃんのそばに…今度はちょっとマドンナとしていられたことが嬉しかったです…はい」 ![]() この長山さんの言葉にはジーンと来ました。久しぶりにテレビで兄妹を演じた二人が映画で共演し、 心を通わせたなんとも温かい気持ちになれるエピソードだ。 このページの上に戻る 最新のコラムはこちら
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『寅次郎な日々』バックナンバー 終わりなき映画の中で生きる 1月18日「寅次郎な日々」その66 倍賞千恵子さんの感慨 「26年間ずっと、男はつらいよ…という仕事を通じて、来ているんですけれども…。 あのー…、お兄ちゃんの渥美さん、それから…私の夫の博さんの前田吟さん、 それから、おいちゃん、おばちゃん、社長さん、私たち全部が、スタッフも 含めてなんですけど、なんか終わりのない、長い長い1本の映画を撮り続けている っていうか、男はつらいよを通じてその中で生きている…っていう気がしています」 ![]() 「音楽ダビングが終わって仕上げの一週間を残すのみとなります。 私たちくるまやのレギュラーたちも散っていきます。また来年…。 私たちが会うのは1年に1回。お互いに親しいのですが、普段はあまり会いません。 そのことが毎回の新鮮さと緊張感を保たせているのだと私は思っています」 倍賞さんが語ってくれた、彼らの付き合いの仕方は私にはとても意外だった。 馴れ合いや、倦怠を避けるために年に一度だけお互いが集まる。 とらやの面々の集中力はこういうところからも窺い知ることが出来るのだ。 山田監督が晩年の渥美さんを語る 「まあ一言で言えば天才ですからねえ、あのひとは、僕らの想像を はるかに越えたあの…脳細胞の働きをしている人じゃないのかな、 だから、あの、こんどの映画なんかね、やはり、あの、渥美さんが歳とってくるとね、 少しづつこう本来の渥美さんの賢い表情がチラッチラッっと見えてきちゃうのね。 20年前、あるいはこの映画が始まった26ぐらい年前、の渥美さんてのはね、 若さでもって懸命に本来の頭の良さをその隠してたんだなってことがね、わかるね」 ![]() また明日
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『寅次郎な日々』バックナンバー 待ち続けたリリー − 15年という歳月 − 1月17日「寅次郎な日々」その65
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『寅次郎な日々』バックナンバー 渥美さんと寅次郎 1月16日「寅次郎な日々」その64 おいちゃん役を演じている下條正巳さんが、インタビューで渥美さんの 演技を語っていた。 「渥美ちゃんはねえ、どんな長いシーンでも、つまり、セリフをちゃーんと、 渥美ちゃんとしてではなくて、寅次郎としてセリフを入れてきてる。 セリフは寅として入ってるから、どんなアドリブでも役者渥美ちゃんと 出るんじゃなくて、寅としてのアドリブが、パッパッパッとこう、出てくる…つまり、 渥美ちゃんが役者として、こお〜…考えたんじゃなくて、寅として考えてる、 もう寅に、変な言い方だけど、寅になってセットに入ってくる。 これは非常にうらやましいし、そういう役者になりたいなあ…と、思いますねえ」 生涯を役者に賭けた下條さんならではの洞察力だ。言葉に力がある。納得。 ![]() 一つの映画を作り続けるということ 山田監督へのインタビューから ![]() 「映画の歴史が百年でねえ、来年。…で、寅さんの歴史は26年って事は ちょうど映画の歴史の四分の一を、ま、僕達は…一つの映画、を作り続けてきたということになる。 第一作第二作のころを見ると…渥美さんたちも若かったし、僕自身もね、 あ〜、今じゃとてもあんな撮り方できないなあ、と言う若いと撮り方をしてるんだけども。 …こんだけ長い間続けてき…来れた事をね、そのように歳をとってきてしまった事を、 あるいはそう言う様に歳を、俳優さんたちも、こう、年老いて来たことを、むしろ…あの… なんて言うかなあこう、自慢していいんじゃないかと。あのー。思いますねえ…。 思い切ってシチュエーション変えちゃったほうがいいんじゃないかと言うことを随分当時会社で 言われたりしたんだけどもね。 あの…いやこれはあんまり変えないのが特徴なんだと、キャスティングもほとんど変わらない… 葛飾柴又に寅さんの故郷があってそのダンゴ屋に時々フラッって、ふらっと帰ってると言う形とが とんでもない美人に恋をしちゃ、ふられるというパターンはね…あの、変えない方がいい、 その変えないことがこの作品を長続きさせる事なんだろうと、と言うふうに…まあ、決心して、 ずーっと、その形を、まあ追ってきてることがね、今振り返ってみると、あの、良かったんだろうと、 …思います」 「変わらない」、ということへのこだわりを語った、歳月というものを感じさせる重い言葉だった。 『懐かしき町』を作り続けるということ 高羽撮影監督の最後の語り ![]() 「いつもできれば同じような懐かしい世界がそこに繰り広げられると、ということを 維持しようと、いうのが大体の大きな作戦と言ってもいいんですね。 現実は.。この25年間と言うのは大変に変化したわけですけど、柴又の帝釈天の 通りなんかはそうは変わらない、昔ながらのいつもの世界で平和な下町、人情の濃い 下町がそこにはあるんだと、いうふうになるべく撮りたい、と思ってやってきたわけです。 で、実際は街灯が新しく出来たり、舗装道路になったり、建物もドンドン新しくなっていく、 そうするとはじまったころの昔ながらの古い下町の風景っていうのはだんだん現実には 減っているわけですけどなるべくそんな風に感じないように撮っていこう。 ありのままに撮るということよりも、だんだん、夢を追ってというか、想像を加えて あるイメージに、みんなの考えるような懐かしい世界に近いような具合に撮っていこうと というふうな選別作業が行われると、そういうことがありますね」
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『寅次郎な日々』バックナンバー 忘れ得ぬ『故郷』の松下さん 1月15日「寅次郎な日々」その63
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『寅次郎な日々』バックナンバー 山田監督の感覚と反射神経 1月14日「寅次郎な日々」その62
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