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   保存版 【寅さん世界の柴又周辺マップ】 柴又の住人たちの家





    


    


    



ここ数日、せっかく柴又江戸川沿いロケの話題をしたので今回は【特別付録】をお付けしました↑
これで見ると分かるようにやはり山田監督は川のそばがお好きなようだ。
りつ子さんは江戸川ではないが中川のそば。

私も柴又に住めるなら、駅前や帝釈様の近くよりも江戸川土手沿いがいいなあ〜…、なんて思う。





それでは地図の北から順番に『ストリートビュー』で追いながら、
簡単な説明をしよう。

なお、それぞれの番地の数字は途中までしか書きませんのでご理解下さい








まずは地図の一番北 【東金町】




【さくらの二番目の家】

葛飾区東金町6丁目 葛西神社裏交差点近く。



これは一番目の家が北総線の高架計画にひかかってしまったので
ロケ地を引っ越した結果、なんと北にある常磐線を越えてしまったのだ。
おまけに台所のあり方が見ての通り左右逆。
でも、大船セットでもきちんと台所は逆にしていたのは偉い。(あたりまえか^^;)



        



で、ここに落ち着くかと思いきや…、数年で隣の空き地で建築工事が始まって、またもやロケ地探しの旅に(TT)
五十嵐啓司さんはじめロケハンの方々本当にご苦労様です。



ストリートビューで見てみると現在はこのようになっている↓
二番目のさくらの家は一応まだ健在。隣に家が建っている。







          





        




博はこの横の道を、息子はバイク、親父は自転車か…。
とつぶやいてあの坂を登っていったっけなあ〜。
(それもあれはさくらの自転車)

        





さくらの二番目の家


地図で見たとおり、まずはさくらの二番目の家(一軒家)だ。

これは一番目の家が総武線の高架計画にひかかってしまったので
泣き泣きロケ地を探し、引っ越した結果、なんと北にある常磐線を越えてしまったのだ。

おまけに台所のあり方が見ての通り左右逆。




       



     




     




     



この坂道を満男(バイク)や博(自転車)が上がっていったのだ。

     




      反対側からの構図

     


     隣の家の駐車場も今も同じ。

     




で、ようやくここに落ち着くかと思いきや…、
数年で隣の空き地(土手側)で建築工事が始まって、ロケがしにくくなった。
ああ…またもやロケ地探しの旅に(TT)
このあとの3番目の家ははかなり遠くなってしまうのだった。
五十嵐啓司さんはじめロケハンの方々本当にご苦労様です。







その近くにあるのが


【坪内散歩先生の家】

葛飾区東金町6丁目9 付近 (二番目のさくらの家と同じ6丁目)


ここは小寅さんと並ぶあのロケ探しの達人『寅福さん』が見つけられた場所。
意外に上に書いたさくらの二番目の家からすぐ。
さくらの家が葛西神社の裏側なら、散歩先生の家は葛西神社の表側。



第2作で寅がさくらと題経寺前で別れたあと、土手沿いに金町の方へ歩き、常磐線をくぐり、
葛西神社前を左折し、↓



       




現在は寅の歩いていた道はこうなっている。↓鉄橋の見え方は同じ。

まさか、このあと数カ月後にこの道にお葬式の車がずらっと並ぶとは夢にも思わなかった寅だった



       





同じ道に葬式の車が並び、おいちゃんや寅も乗る。


       





左下の方から子どもたちの英語による歌が聴こえてくるのに反応していた寅だった。


       





で、葛西神社前の左の道を下っていくとすぐに散歩先生の家の塀のドアがある。
つまり散歩先生の家は葛西神社の前なのだ。



       






で、現在はこのような家になっている。


葛西神社側から見た現在の散歩先生の家↓向こうに鉄橋が見える。
たぶん藤村医師がここで開業しているのかもしれない。
横の道が寅が下りていった坂。



       





散歩先生の家


さくらの2番目の家を後にして、土手下をぶらぶら歩いていくと10分もたたないうちに
右折の道があり、そこを葛西神社のほうへ歩くとすぐに散歩先生への道がある。

     



     




現在の家の裏手が坪内散歩先生の家の玄関だった。

息子がなぜこのように手を上げて踊っているかというと↓第2作の源ちゃんの踊りからきているらしい。


     



うなぎが釣れた後の、この源ちゃんの万歳「♪おかあさ〜〜〜ん」↓を表現しているのだそうだ(^^;)

     



当時も家の玄関外から葛西神社の大きな木と鳥居が見える。

     





     



現在の同じ位置から見た葛西神社。鳥居も大きな木も今もなお健在。↓

     








   2025年12月 再訪


      5回目の再訪 2025年12月5日
     








      5回目の再訪 2025年12月5日
     




 
     5回目の再訪 2025年12月5日
     










再訪地江戸川   散歩先生の懇願  江戸川で天然のうなぎ釣り



   2025年12月6日
   






     2025年12月5日
    





      2025年12月5日
      





     2025年12月5日
         







散歩先生自宅 再訪




      2025年12月5日
      







      2025年12月5日
     









【柳りつ子さんの家】

葛飾区新宿2丁目3 付近




今度は、寅が散歩先生の家に行くまでに渡った国道6号線をずっと西に、
つまり亀有の方角に歩いて40分ほど行くと柳りつ子さんの家がある。
まず、
中川に架かる中川大橋のたもとを右に曲がる。そしてしばらく歩いて右側に見えるのが柳邸だ。
これも
寅福さんが現地に足を運んで悪戦苦闘の末に最初に見つけられた場所だ。




          
寅たちの後ろに中川大橋が見える。

     



     このような門が今も残るのかなと期待していたのだが…

     



現在の柳邸赤い屋根の家がりつ子さんの家だった場所。
さすがに建て替えていた。残念。



    
     




【柴又日記】 そのJ りつ子さんとすみれちゃんのロケ地


2011年1月17日  寅次郎な日々 その476

この文書には本編のネタバレが含まれます。お気をつけ下さい。


ちょっと富山に帰省してました(^^;)ヾ



これもアップが後先になったが、
以前から』ぜひ行きたかった場所に第12作の柳りつ子さんの家がある。
そしてそのすぐ近くに第26作の水島すみれちゃんが働いていたあのセブンイレブンがある。
そしてそのまた近所にすみれちゃんが通っていた定時制高校もあるのだ。映画では葛飾高校となっていたが
ロケは南葛飾高校で行われた。ちなみに満男が通う高校も葛飾高校となっていたが、満男の時のロケは
南葛飾高校から程近い葛飾野高校で行われた。

これらのロケ地は柴又の近所という設定どおり、しばまたから自転車で20分くらいの場所にある。

りつ子さんの家もすみれちゃんのコンビ二も、お馴染み寅仲間の
寅福さんとああでもないこうでもないと
ネットで探したあげく、最後に寅福さんが実際の地道な現地調査によって見つけられた場所だ。
寅福さんはすでに現地調査を以前に終えられている。

寅福さんのサイト『「男はつらいよ 飛耳長目録』はこちらから。


で、今回ようやく私も、それらのロケ地を自転車でたどることができたのだ。




       






まず、柴又から自転車で新宿(にいじゅく)の方向に漕いで行く。

中川大橋が見えてきたら、その手前だ。(一番下の地図参照)



今はあとかたもなく変わってしまっている。わずかにこの坂道だけが当時を物語っている。

        




実はこれは『裏門』だったらしい。

        




息子は果物籠を持つ源ちゃんを演じている。↓

        





       






家から中川大橋を渡った川のほとり。
りつ子さんがスケッチをし、寅がそばでまとわりついていた場所。向こう岸の風景に面影が残る。



       




りつ子さんの描いていたあたりに白鷺がたたずんでいた。

       




      





りつ子さんがフランスパンを買った(代金を払ったのは寅)「星野パン(ベーカリー)」は今もある。

      


      








2025年12月13日 再訪 再調査



























































一方中川大橋を渡ってそのままずっと歩いていくと、さほど遠くない距離に第26作「かもめ歌」で、
あの、すみれちゃんが昼間働いていた『セブンイレブン』跡がある。

今はもうまったく違う店になっている。

セブンイレブンのオーナーさんは今もこの2階部分にお住まいだと言うこと。

(地図参照)



       




当時さくらは「コンビ二」とは言わずに「スーパー」と呼んでいた。


       





その跡地から、信号を2つ超えて、ちょっと道を入るとそのオーナーさんが新しく移転した店があった。


       




長くこのお店にお勤めの方に、ロケ時のスナップ写真の数々を見せていただいた。↓
その中の一枚。
伊藤蘭さんの手前横にいらっしゃるのがオーナーの奥様。


       






ところで…


この第26作で、頻繁にスクリーンに映る橋がある。
物語上その橋はすみれちゃんが通う高校のそば
という設定なのだが…。

つまり、中川に架かる橋と観客には思わせて・・・
実はこの細い川は【綾瀬川】なのだ。



       



すみれちゃんも寅もさくらも渡っていたその橋(五兵衛橋)は、実は高校のそばにはない。
そしてセブンイレブンのそばでもなかったのだ。
これも寅福さんが解明され、現地調査もされている。

あの川は中川ではなくなんと綾瀬川なのである。

すみれちゃんの高校からこの
五兵衛橋まで、自転車でもかなり時間がかかる。

なぜ南葛飾高校そばの中川でなくやや遠い綾瀬川をロケ地に選んだのか?

ロケハンのスタッフさんたちが、このひなびた川の雰囲気を当時気に入って、高校から自転車で30分もかかる
この「
綾瀬駅」近くを選んだのだろう。

橋の向こうに今も白い『都立江北高校』が同じ姿で見える。

(地図参照)

映画でも何度もすみれちゃんはこの五兵衛橋を渡り、向こうに都立江北高校が映る。
寅とすみれちゃんがこの橋で話し込むシーンでも向こうに都立江北高校が映っているのである。
おそらく葛飾高校(ロケとしては南葛飾高校)に見立てているのであろう。
だからこそあの都立江北高校が川向こうに見えるこの橋を何度もカメラは映しているのであろう。



       





       






あの五兵衛橋は、今は少し高くなり、自転車も通れる歩道橋と連結されている。


       




橋から反対方向を眺めると、東京スカイツリーも間近に見える。


       





五兵衛橋のほとり、すみれちゃんが恋人の貞男とここで落ち合う。
すみれちゃんが歩いて来た後ろに見えた道沿いの『細く白い二階建てビル』は今も残る。



       




       






すみれちゃんは『葛飾高校』の定時制に入学するが、実際には葛飾高校は存在しない。
柴又から自転車で通える距離で、定時制のあるのは当時『
南葛飾高校』だった。
と、いうことですみれちゃんの高校ロケはこの『南葛飾高校』で行われた。(地図参照)


       




       





一方満男もその後にすみれちゃんと同じ『葛飾高校』に入学するが、ロケの学校はなぜか違う。
なぜ違ったのかは不明。南葛飾高校のちょっと北、自転車で5分ほどの場所に『葛飾野高校』があるが、
そこが第39作「寅次郎物語」のロケ地として使われた。

(地図参照)


      




      




当時の正面玄関は今も健在。


      





      






第42作「ぼくの伯父さん」でもこの高校のグラウンドはブラバン時代の回想シーンとして登場。


       




      





これらは全て柴又から自転車で回れる距離にあるが、すみれちゃんの綾瀬川に架かる五兵衛橋だけは、ちょっと時間がかかる。
当時は綾瀬川に首都高速はなかったが現在は首都高速が川に沿って走っている。
五兵衛橋も撮影当時の橋は取り壊され、階段を上っていく高度のある橋に変わっている。


      




用事で富山に帰省していました。
また今日から柴又日記をちょくちょくアップしていきます。



ではまた次回。







そのA


次の日は、「野道」のちょうど間反対の場所。

柴又駅の向こう側、踏切を渡ってすぐの店「
さくら」へ行って来た。

柴又には「さくら」が3つ4つあるのだが、この「さくら」は
元『
上海軒』があった場所にできたあの「さくら」。

筑豊から出てきた美保さんが、寅たちの協力によって勤めはじめるのが、
この上海軒。オヤジさんは桜井センリさん。


        



その上海軒にはついに一度も行けなかったので、
「さくら」には今度こそはと早めに行った。

「さくら」は実は夜は居酒屋さんだが、昼間はランチが出る。

入るとここもまた店内はさほど広くはない。

テーブル席が3つと小さなカウンター。
テーブルは靴を脱いで掘りごたつ風に椅子に座る。



なんでも「さくら」の女将さんによれば、
上海軒のご主人はご病気になられてやむなく店を閉じられたらしい。
第37作であんなにしっかりマドンナが勤める店としてロケされたのに…行けばよかったあ〜。


         




ランチタイムで混んでいたので
食事を注文しに女将さんの娘さんにその由来のお話だけお聞きした。

彼女によると

女将さんからくるイメージ.。

飼っている犬の名前が「さくら」という名前。

寅さん映画のさくらからも拝借。

この3つの理由で「さくら」という名前をつけたそうだ。




↓の写真向うに写っているのが女将さんで、手前が娘さん。


       




私の行った日のランチは2種類あって、
私は「さば味噌定食(800円.コーヒー込み)を頼んだ。
さばがほくほくしておいしかった。
サラダも品のいいものだった。


       





で、食後に小さなコーヒーがつく。


       


800円はランチとしては毎週いける値段ではないが、2週間に一度くらいなら行ってもいいかな。




ではまた次回。







寂しい思いをしながらそのまま江戸川駅の方向に歩いていく。


だいたい10分ちょっと歩くと土手沿いにお墓が見えてくる。



そのお墓のすぐ向こうに
早苗さんのアパートが見えてくる。



       




寅はお巡りさんに案内されて、写真左の道からやってくる。↓

    




そしてこの階段を上った端の部屋が早苗さんが住んでいたアパート。
このアパートに彼女はいったい何ヶ月住んだのだろうか?

寅が旅立って、しばらくして年末に早苗さんは小樽へ帰ってしまった可能性がある。
もちろん、荷物の整理やなんかでしばらくはまた上京してこのアパートで暮らしたのだろうけど…。

    



映画の中では「いずみ荘」

    



早苗さんがいた部屋は今もどなたかが住んでいた。
その方はここに早苗さんが一時期住んでいたことを知っているのだろうか。
その早苗さんを演じられた大原麗子さんはこの世界にもういない。


    





そして早苗さんのアパートから同じく10分ほどで、さくらたちの最後の家、
つまり
さくらの四番目の家が見えてくる。

こちらの家はまったく今も同じ雰囲気のまま。


この家から就職に苦しむ満男が家出をしたり、第48作でさくらと博の最後の背中が撮影されるのだ。


    



このシリーズの最後のさくらと博の背中。
午後の暖かな光の中でキラキラ輝いていた。

    



家の前の階段をかけ上がれば、菜穂さんが歩いてきた日もあった。

    



今も川向こうの風景はそんなに変わっていない。

    



    

菜穂ちゃんに会って、喜びながら、階段を下りて来る満男。

    



同じ階段を息子が再現。

    




土手からジョギングして下りていく博。

    



息子がまたもや再現。

     



    


そうこうしtているうちに日は暮れていった。
このあたりの土手からはかなりはっきりスカイツリーが見える。

     


















【幸子ちゃんが住み込みで働く『ふるさと亭』】

葛飾区柴又7丁目3  付近


で、次は柴又に戻って、お馴染みふるさと亭、ローク、アイリスというとらや周辺地区。
これはみなさんもうご存知。まず駅を降りて、参道までの道に『かなん亭』がある。
『ゑびすやさん』の少し手前。
ここが幸子ちゃんの働く『ふるさと亭』秋田の叔父さんが持っている。


ここはいまさら言うまでもない。
柴又駅のすぐ近くなので映画とストーリートビューでドーンと見てもらおう。




     



現在の『かなん亭』はいろいろなものを売店方式でも売っている。
真向かいは相変わらず富士見屋米店。


     


注意:上の地図上、幸子ちゃんの食堂近くの黄色い道路は帝釈天参道ではなく、
    もっと大きな道(国道307号線)なので間違いやすいので注意です。












【志村千代さんの美容院 アイリス】

葛飾区柴又7丁目6付近


そして参道をとらやのほうに進んでいくと、とらやを越えてすぐ斜め向かいのあたりに
お千代さんの経営する美容院『アイリス』があった。


シリーズ途中までなんとか存在したのだが今はまったく別の店になってしまっている。
映画でとらやのちょっとご近所に店があるって設定だったが、ほんとうは斜め向かい。すぐそこ。
あまりにも近いので遠いことにしていたみたい(^^;)



                             寅の背中に立花屋さんの名前が見える
             




第18作でとらやの前が映るが↓、もろ斜め向かいにアイリスがある。アイリスの真向かいは『立花屋』さん

        




今も立花屋さんは残っているのでその真向かいとなると今は漬物屋さんかな…。


      











【六波羅貴子さんの喫茶店ローク】

葛飾区柴又7丁目5 付近

そして、あの貴子さんのいるロークである。

これはもう有名。



なんせ第5作の頃にはもうあの位置に存在し、
そのあとも第31作までは確実に営業していた。





   第5作で開店間もないローク。寅の向こうですでに営業。

     




    第5作とテントのレタリング配置を変える。
    【R】をセンターに配置。
    第8作ではまだまだピカピカ。貴子さんが中にいる。

    





   第31作、これを最後にロークは無くなってしまう。

    




     現在は親戚の方がうなぎ屋さんをされている。

    







菜花


追記2014年春

新しくロークの土手寄り、川陣の道を挟んで横にロケ地発見!


軽食 菜花(なばな)



         
このロークからまっすぐ土手に進んで100メートル。
川甚と道を挟んで真横。

第1作と第4作のOPで登場した「
飯塚さんの茶店」がある。屋号は「桶屋」さん。
現在は飯塚さんの茶店(食堂)はビルになり「
菜花」と言う名前のカフェ&軽食になっている。



  第1作のOPで飯塚さんの茶店(屋号は桶屋)が映り、飯塚さんの先代の女将さんがおでんを盛り付けている様子が映る。

    





     今度は第4作でも同じアングルで飯塚さんの茶店(屋号は「桶屋」)が映る。今度は冬なので甘酒を売っている。

    




      第4作本編で外から飯塚さんの茶店 (屋号は「桶屋」)  が映る。

    





そして現在・・・





      現在の「菜花」の店の前から見た江戸川土手


     





     菜花のご主人はかつて40年以上前、あの映画で女将さんが立っていた場所を教えてくださいました。
     当時は一車線で道が細く、歩道もなく、店自体はもっと前に出ていたそうです。

     





 飯塚さんのお母さんが立っているこの茶店の中が、上の写真の赤丸の中。階段はちょうど現在の看板の場所。

        






上にすでに書いてきたように、
現在の飯塚さんの茶店「桶屋」は「
菜花」という軽食&カフェになっている。
一緒に映っている飯塚さんのご主人はこの菜花のオーナーさんでありこの飯塚ビルのオーナーさんでもある。
奥さんが食事メニューを担当されて二人三脚で経営されている。
このご主人こそあの第1作と第4作に映っている女将さんの息子さんなのだ。

本編と同じアングルから写真を撮ってもらった。
窓の向こうに昔と変わらない江戸川土手が見えている。

私は今年の春以来、柴又に滞在中は1週間に一度は通っている。



      





     





     






      階段があった場所は現在看板が立っている↓ 映画と同じアングル!(*^▽^*)

      






       外から見たらこうなる。 軽食「菜花」は飯塚さんのビルの1階にある。

       この店の
けんちんうどんは野菜たっぷりでうまい!私は常連なのでもう10回は食べている。
       コーヒーも豆にこだわってかなり本格的。それでいてなんと200円!
       カキ氷も200円。それぞれの値段はかなりお得感がある。


     









      第4作本編で外から当時の飯塚さんの茶店「桶屋」が映る。

    






      本編↑と同じアングルから見た現在の飯塚さんのビル。一階に「菜花」がある。


     







         遠く曲がり角から見た「菜花」のある飯塚ビル

      
     








     ロークから歩いて3分。土手のすぐ下、川甚のビルと道を挟んで向かいに飯塚ビルがあり「菜花」がある。


     












【さくらの潜水艦アパート】

葛飾区柴又4丁目6付近




今度はちょっと柴又駅に戻って、
線路沿いに高砂の方にやや南下。


線路沿いに歩いていくとさくらの潜水艦アパートがある。

第1作から第25作「寅次郎ハイビスカス」まで
住み続けたあのアパート。



寅があまりにも狭いので潜水艦みたいなアパートと名付けたのだ。

とは言っても実はこのアパートもなんども名前が変わっている。

おそらく設定としては引越していない。
初期の頃は設定がはっきりしないで右往左往するのはよくあること。
でも一応変化を書いておきましょう。



このアパートは名前を3度変えている。



最初の名前は第4作「新男はつらいよ」で登場する【
江戸川荘


       





2番目の名前は第5作「望郷篇」で登場する【コーポ江戸川


      




3番目は第20作「寅次郎頑張れ!」から登場する
こいわ荘


      



このアパートはやはり狭いし、大家さんがうるさいので
第9作「柴又慕情」で引っ越そうとするのだが、
そのことで寅と喧嘩したり、資金不足などがあったのか、
結局は第25作「寅次郎ハイビスカスの花」までこのアパートに住み続けた。

そして、おいちゃんの店を担保に入れて銀行から借りたり、
タコ社長に保証人になってもらったりして長期ローンを組み
ようやく、第26作「寅次郎かもめ歌」から2階建ての家に引っ越したのだ。

小寅さんの詳細なレポートが印象的だった。


現在はこのような家になっている。
さくらのアパートの横に建っていた角のアパートは今でも健在。
さくらのアパート『こいわ荘』だった場所はその右横の白い家。




      




下の2枚↓を見て分かる通りさくらのアパートの隣角の建物は今でも建て替えずに健在↓


         



     
アパートから南、高砂方面に歩いて行く寅。
     
おいおい、そっちは柴又駅じゃないよ、逆だろ ゞ(^^;)                 
今はこういなっている↓  


      



それにしても、この潜水艦アパートに住んでいる長い年月、
さくらはこのアパートから自転車でとらやに向かうが、なぜか江戸川土手経由なのだ。
一体何が彼女をそんなに遠回りにさせているのか?これは永遠の謎である(((^^;)









さて。。。


話はころっと変わって、↓


さくらの潜水艦アパート



先日さくらの潜水艦アパートに行ってみた。
さくらのアパート跡訪問を先日もしてみた。このアパート跡地訪問は柴又に住んでからもう3回目だ。
なんせ駅から徒歩5分なので買い物ついでに立ち寄れるのだ。
昼二回、夜一回。

皆さんご存知のように、
第25作までずっとさくらは博と満男とともにあの潜水艦アパートに住んでいる。
第1作から第25作「寅次郎ハイビスカス」まで住み続けたあのアパート。
前期の名作のなかのさくらは全部あのアパートで生活しているのだ。
名作の中にあのアパートあり!。

で、さくらの潜水艦アパートは以前紹介した通り↓



葛飾区柴又4丁目6付近


にある。



柴又駅から線路沿いに高砂方面に歩いていくと、
途中で左に回らなくてはならない道があり
そこを回ってまた線路に近づくともうすぐ、さくらの「潜水艦アパート」がある。





寅があまりにも狭いので【潜水艦】みたいなアパートと名付けたのだ。

とは言っても実はこのアパートも何度も名前が変わっている。

おそらく設定としては引越していない。
初期の頃は設定がはっきりしないで右往左往するのはよくあること。
でも一応変化を書いておきましょう。



このアパートは名前を3度変えている。



最初の名前は第4作「新男はつらいよ」で登場する【江戸川荘


       





2番目の名前は第5作「望郷篇」で登場する【コーポ江戸川


      




3番目は第20作「寅次郎頑張れ!」から登場する
こいわ荘
ロケ的には2番目と3番目は同じ位置にある!


    




つまり、さくらのアパートは第5作からあの位置でロケが行われている。

このアパートはやはり狭いし、大家さんがうるさいので
第9作「柴又慕情」で引っ越そう(自分の家を建てる)とするのだが、
そのことで寅と喧嘩もした。結局資金不足などがあったのか、うやむやになってしまう。
で、その後もずっと、第25作「寅次郎ハイビスカスの花」まで辛抱してこのアパートに住み続けた。

そして、おいちゃんの店を担保に入れて銀行から借りたり、
タコ社長に保証人になってもらったりして長期ローンを組み
ようやく、第26作「寅次郎かもめ歌」から2階建ての家に引っ越したのだ。



    まず第5作でこのような形でロケされている↓この時は「コーポ江戸川」

    


      
同じく第5作では夜のシーンもロケされた。

    




    で、40年!経った今は線路方向はこういう風景。

    


   


     さくらのアパートがあった位置には個人の家が建っていた。

     




それにしても、この潜水艦アパートに住んでいる長い年月、
さくらはこのアパートから自転車でとらやに向かうが、なぜか江戸川土手経由なのだ。
一体何が彼女をそんなに遠回りにさせているのか?これは永遠の謎である(((^^;)





      第5作。このころは隣のアパートはまだ無い。

      





      第13作「恋やつれ」では最初で最後の「全貌」が映る。線路側にはこの頃でもまだ別のアパートが建っていない。

      





       第20作で階段が表から見える。

      



      第5作とまったく同じことがわかる。

      
    




    となりのアパートがすでにこの第20作の時には画像のように↓建築されていた。

    
実はこの隣のアパートこそが「本家 こいわ荘」なのだ。
    今も「こいわ荘」と書かれた小さな看板を塀に貼り付けている。


      




       第20作からお目見えした「本家こいわ荘」の全貌はこうなっている↓

      




      線路向こうの家並みはやはり変わっているが、手前の「本家こいわ荘」だけは変わらない。

     




    第21作「わが道をゆく」では、この隣の「本家こいわ荘」の階段がしっかり見える。
   
     





    この「本家こいわ荘」はこのように今も階段もブロック塀の穴模様もあのころとまったく同じ。よく持ってるな〜。

     




     線路沿いのブロック塀にはちゃんと「
こいわ荘」って書いてある(^^)
     この適当でけれんのない書き方がいいねえ〜。

     




    線和沿いの「本家こいわ荘」からかつてのさくらの「こいわ荘」方向をみるとこうなる。
    本家の隣の少し引っ込んだ白い家がさくらの「こいわ荘」の位置。

     



      引いて捕らえると、あの第13作のカメラ位置に近くなる。

     





     




で、 夜も一応行ってみた。



     同じく夜のロケ地めぐりでは、今はこうなる。

    



      逆から見るとこう。

    



           第20作でも夜のロケが行われている

      










第20作の別れのシーンのアングルも再現してみた。



         アパートの前の線路沿いの道も取材。

             



       一応、カメラアングルをそのまま再現してみた

     




       アパートから南、高砂方面に歩いて行く寅。
       おいおい、そっちは柴又駅じゃないよ、逆だろ ゞ(^^;)


     




      一応電車通過まで待って上のシーンと同じ状況を再現してみた。

     



     



             もしあの別れが夜ならこうなる。

     



とまあ、「さくらのアパート」ロケ地めぐりでした。










【高井めぐみさんの英語塾】

葛飾区柴又6丁目34付近


そのあとずっと江戸川に戻ってさくらの一番目の一軒家の近くにめぐみさんの英語塾がある。
つまり圭子さんめぐみさん母娘が住む借家だ。


江戸川土手のあの大きな階段はかなり目立つのですぐわかる。



       




  で、現在は下↓のようになっている。めぐみさんの家はもう英語塾はしていないようだ。
  結婚して別の土地に住んでいるのだろう(^^;)




      



                                                少し当時の雰囲気を残している。


      
 






    



今も当時とほぼ同じ感じだ。

    




向こうには江戸川土手への大きな階段があった↓

      




当時と比べてこの階段もそんなに変わってはいない。手すりがついて安全になった。

   


このあと、土手沿いに逆に帝釈天に近づいていくと、「寅さん記念館」がある。










【さくらの一番目の家】

葛飾区柴又5丁目37〜38付近

【柳生綾さん雅子さんの家】も、このあたり。



そのめぐみさんの英語塾からちょっと送電線に近づくと、もうさくらの一軒目の家だ。


この青いトタン屋根の一戸建住宅は、
第26作「寅次郎かもめ歌」から第40作「寅次郎サラダ記念日」まで、ずっと住み続けたのだった。
ほんとここには数々の思い出がある。名場面も少なくない。


ちょうど雅子さんが題経寺から見える『送電線の真下』だと寅に言っていた。
あのあたりから見える大きな送電線はここだけ。
もうさくらが家を手に入れた頃は、柳生さんの家ではなくなってしまっていたが(TT)




     




はじめて寅に家を見せるさくら。寅は家がちょっと小さいので戸惑いぎみ。

   



  あけみも2階の窓から寅を想っていた。

   




  身の丈に合った最もさくらたちの家らしい家だったともいえる。

   




  これは第31作での夜の野外ロケ。これはとても珍しい。そして寅が旅立つ名シーンでもあった。

   




   
雨も降り、それゆえのせつないドラマもありました。

   





で、現在の同じアングルから見たさくらの家の場所。
ちょうど現在の
北総線の高架の下あたりかな…(TT)




        




これは土手の方角から逆に見たさくらの家の場所。送電線の左向こう側。
北総線高架の下あたり。  右の写真は航空写真。赤丸のあたり。


        






さくらの一番目の家


さくらの一軒家(1番目)はかつては送電線の下にあった。

     





     




寅が最初にさくらの家を見るのがこの位置↓

     




現在の同じ位置。もうずいぶん前に高架になってしまった…。↓

     




     



息子が立っているあたりがさくらの家があった場所だと思われる。

     





夜も散歩。

夜はさすがに風が冷たい。



第31作「旅と女と寅次郎」ではさくらの家の前で夜のロケも行われた。
私は、このシーンが好きで、第31作と言えばいつもなにげない別れのシーンをひそかに思い出す。

     



現在は、上のシーンの夜はこうなっている。もうすっかり変わって当時の面影はない↓

     





寅を追いかけるさくらと博

     




夜の風景はこうなっている↓

     




寅は柴又駅のほうへ歩いていくのだった。

    




あの寅の歩いていった道の夜は現在こうなっている。↓

    






この続きはまた2日後あたりに。

1ヶ月ほど
【柴又日記】なるものをちょろちょろアップしていきます。



ではまた明後日。











【さくらの三番目の家】


江戸川区北小岩7丁目30 付近


はそのまま江戸川を下ってきた小岩の方まで土手下を20分ほど散歩がてらに歩いていくと
柴又5丁目→東金町6丁目→と移動してきたさくらの家の三番目の家が見えてくる。

第43作「寅次郎の休日」〜第45作「寅次郎の青春」まで使った家だ。

ここも短いながらもいろんな思い出に溢れている。





    




    




    
  満男のへルメットから泉ちゃんが見える。


    




  そして、博が自転車をこぎ、ジョギングをし、泉ちゃんが立っていた道の現在

  あの家はずいぶん前に無くなってしまっていた。今はこう↓




   





   








   







土手に上がってみるとこんな感じ。

   
















【水野早苗さんのアパート】


江戸川区北小岩7丁目27 付近


そのままさくらの家から川を下っていくと、
ほんの7分〜8分であの美しすぎるマドンナ水野早苗さんのアパートが現れる。
ほとんど当時の雰囲気を残したまま佇んでいる。



       





       





       









      




      








      




      





実際のアパートの名前は『いずみ荘』とは違っていた。
早苗さんは今、どこにいるのだろうか。
あの肇さんという従兄妹さんとあの後結婚したとは私はなぜか思えない。
けれど、このアパートはすぐに引越したであろうことは想像できる。

あの引越しの時点で、彼女はここからとらやに通おうとしていたのである。
さくらは第22作時は、まだ潜水艦アパート在住なので江戸川土手には来ていない。

アパート階段の向こうは真正寺のお墓である。




       










       


         








【さくらの四番目の家】


江戸川区北小岩4丁目40 付近


さて、早苗さんの家から先日『寅次郎な日々』にアップしたさくらの四番目の家である。
もうこの辺まで来ると、完全に柴又からは遠く『小岩』エリアである。
諏訪家はどこにあるの?ってマドンナあたりから聞かれたら柴又ではなく小岩って答えないと
いけないエリア。

そういえば、リリーも一時、小岩に住んでいたっけな。
博とリリーが久しぶりにであったのも小岩駅前だったっけ。
まあ、でも江戸川土手沿いなので柴又と同じ風なんだよね、うん。




              
博が毎日ジョギングしていた。

        



       




          
現在の諏訪家。まだまだ健在である。

       




       









この場所はさくらと博のシリーズ最後の姿が撮られた場所でもある↓


       










【木谷京子さんのアパート】


江戸川区北小岩4丁目37 付近





訂正 2021年1月29日


号外!2021年2月2日
 
新事実判明!
第14作「寅次郎子守唄」
木谷京子さんのアパートは
長年思っていた場所のさらに2軒隣だった!
http://www.yoshikawatakaaki.com/lang-jap/kitani1.html






2010年の調査で、てっきり二軒隣のアパートだと思っていたら、

2020年、長年の友人の
Tさんの実地調査によってこのアパートの可能性が強くなったのだ。
撮影当事からすでに40数年経ってアパートの階段部分が壁で囲われていたゆえに
私は2010年当時は気づかなかった。いかにも10年前にめぼしをつけたアパートの方が
京子さんのアパートの名残を見せていたのでついついそっちだと思っていたのだ。





















まず、京子さんは京成 江戸川駅で下りて江戸川の方へ歩いていく。↓



      





下の航空写真で分かるように江戸川駅から江戸川土手はすぐそばだ。


      




で、京子さんは江戸川土手沿いのアパートに到着


      




母親の木谷はなさんから届いた小包に住所が書いてあるが、
こういうのは例のごとく、当然スタッフはわからないように本当の場所とはずらしてある。



江戸川区北小岩四の十三の六

木谷京子  様

と一応なって入るが…


「ちびとら」さんは、それでも住所に書かれてあった場所を歩いて調べてみられた。
案の定江戸川土手の方向ではなかったそうで、やはりこの住所はダミーだったそうだ。



       





その時位置確認の唯一の決め手となったのが
↓のアパートの向こうに見える江戸川河川敷と川そして赤い突起物があるビルだ。

「ちびとらさん」は、このビルが1972年かに施工した「市川国府台マンション」であることを確かめられ、
間違いなくこの作品に映っているのはそのマンションだと確信された。



              




あとはビルの見え方を考えてピンポイントで絞られたのだ。

先日のTさんの時にも書いたが、彼らロケ探しの達人たちは自分の足で目的地を探される。
実際に江戸川駅から歩かれて現地でキャプチャー画像と見比べながら調査され、
じっくり楽しみながら自分の足で地面を踏みしめて汗をかいて風を受けて絞っていかれるのがなんともカッコいいわけだ。





結論としては、京子さんはあのアパートの二階の角部屋あたりに住んでいたと思われる。

一応、伝家の宝刀20世紀1997年の航空写真で見てみたがすでにこの新しいアパートは
1997年時点で建っていた。


京子さんのアパートは『江戸川区北小岩4丁目37付近』

京成江戸川駅から徒歩で5分もかからない鉄橋の近くの場所だった。



ちなみについでに川向こうの赤い屋根の市川国府台マンションにもストリートビューで行ってみた。
結構大きなマンションで、横が国府台神社だった。



       








水色のアパートだと思っていたのだが、2021年1月の
寅友ちびとらさんの再調査により、二軒隣の黄色丸のマンションだと判明した。

私もちびとらさんからの連絡を受け、現地に自転車で向かい、この黄色い印のマンションの3階の通路から撮影すると
当事のアパート時代の名残がしっかり見えたのだった。


      










以上です。

今回は大きな更新でした。






       

       






【柴又日記】 そのK信吾のらくだ公園と創美社ロケ地めぐり


2011年1月20日  寅次郎な日々 その477


この文書には本編のネタバレが含まれます。お気をつけ下さい。



まずはいきなりこの動画をご覧ください。

健吾がハーモニカを吹いていた
らくだ公園(正式名称【川端南児童遊園】)に行った時のものです。↓


       


      




と、いうことで、すみれちゃんのロケ地をめぐったその次の日は
第37作で健吾が働く創美社とハーモニカを吹いていたらくだ公園をめぐってみた。


これはもともと私が、以前のコラム(
2010年5月22日 寅次郎な日々 その439
でグーグルのストリートビューを使ってなんとか発見した一連の場所だ↓

2010年5月22日 寅次郎な日々439 『ついに発見!健吾の働く看板屋とらくだ公園』
http://www.yoshikawatakaaki.com/lang-jap/torajironahibi25.html#439





それで、せっかく東京に滞在しているのだから
ちょっと距離はあったが30分ほどかかって実際に自転車で柴又からはるばる入ってみたわけだ。

下の地図のようにまず美穂さんは新小岩の南口で気分が悪くなり、ガード下でチンピラに絡まれ、
健吾に助けられ、一目散に平和通を北西へ走っていくわけです。
で中川に架かる平和橋を渡ってすぐの健吾が住みこみで働く『創美社』の二階で一晩過ごすんですね。
その後、いろいろあって、もう一度健吾を訪ねていくんですが、健吾は展覧会に落ちてしまって
公園でハーモニカを吹いてたたずんでいる…、とまあこういうわけです。


     





まずは、美保さんが夕飯を食べに入った新小岩南口の韓国料理が集まっている店がたくさんある一番街。


      




      




次に駅南口の歩道橋近く。いつも交通量が多い。

    




    




映画でも新小岩駅へのバスが通っていた。

     


     




歩道橋の道を逆に撮影するとこうなる。
このコーナーも映画で映っていた。

     



     




そして、美保さんがチンピラに絡まれるガード下。
今も面影がある。


     



     



で、チンピラがお礼参りに来る前に、必死で平和通りをグーッと赤い線の通りに北上し↓、
平和橋を渡って、その角にある『創美社』にたどり着くのだった。


再度地図で見てみる。

     






まず、「創美社」があった現場についてびっくり、
「創美社」の跡地にはどでかいマンションが聳えていた。
創美社はもうずいぶん前になくなってはいたが、
数年前まで、あそこは駐車場だった。
そしてストリートビューで見るとなにやら工事が行われつつある感じではあったのだ。

     




5年ほど前の航空写真ではこのように駐車場だった。

     




2年ほど前のストリートビューでは何か建つ気配はあったが、まだ工事中だった。

     




美保さんが渡ってくる「平和橋」は歩道のタイルは新しくなっているが、おおよそ今も面影が残る。

     



     




橋を渡ったすぐの場所の今と映画当時↓

     



     



まあ時代の流れだから仕方がないな…、と自分に言い聞かせながら
健吾がいつも黄昏ている『 らくだ公園 正式名称は【川端南児童遊園】 』に行ってみる。

創美社の社長が美保さんに教えたのとは逆の方角にらくだ公園はあった。
そしてさらに美保さん自身も創美社とは逆の方向から歩いてくるのだった。
ま、映画だからしょうがないでしょう(^^;)

地図の青い線が美保さんがたどったらくだ公園までの道のり。
わざわざ回り道をしているのがわかる。


      



最後に、一番上で、見ていただいたあの動画にあった公園である↓

『らくだ公園【川端南児童遊園】』は葛飾区東立石1丁目22番地

今もモニュメント兼乗り物のらくだとペリカンは健在だった!

水のみ場も健在!

しかし、ベンチが新しく色を塗られていた。(行政としては当然のメンテナンス
^^;

      



      




数年前のストリートビューでは映画撮影当時のベンチのまま残っていた。吸殻入れもそのままあった↓

      



      



     




ワイドで撮影してみた

      




私も健吾の座っていたベンチに座ってみる。この位置で健吾は寂しくハーモニカを吹いていた。

      





『水のみ場』は今も当時のまま、水ももちろん出る。
子供のころこういうのひとつあると砂遊びで手が汚れたときなんかほんと助かった。

      




      





らくだはあの当時のままの色、顔は涼しげな顔。

      





このようにして遊ぶのです(^^;)↓

      




公園の隅には鳥居が建っている。

      




美保さんが歩いてきた道

      




行く川の流れは絶えずしてしかも元の水にあらず…

      




      




柴又に帰るべく自転車を漕ぎ始めるとちょうど創美社跡に建ったマンションの横に
夕日のもと逆光で東京スカイツリーが聳え建っているのが見えた。

時代は変わったことをまざまざと実感させられた瞬間だった。

      




ではまた次回。






2019年、リリーのアパートは少しずれた場所だと判明。
ttps://goo.gl/maps/RZML1fMVBR46pLgu8








★発見!リリーの母親の住む街
発見と詳細説明
(2010年5月12日)





https://maps.app.goo.gl/3DPezLe8dENN6zWh6






https://maps.app.goo.gl/6b8HX5p7kaKCFZtw5





https://maps.app.goo.gl/xphi7H3at74KiMCw9








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【 寅次郎な日々 】カテゴリー別バックナンバー【2005年11月〜2009年11月14日までの分】
寅次郎 さくら 名脇役たち タコ社長 満男 シリーズの流れ おいちゃん、おばちゃん 源ちゃん
とらや ロケ地探訪 山田洋次 各作品紹介 山田洋次以外の映画 メイキング映像
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