第47作 はつらいよ拝啓車寅次郎様


   
    


(本編完全版) 


1994年12月24日年 公開
101分
217万6000人動員
配収15億5000万円









渥美さんの背中で見せる作品群 PART5



寅が満男に託した「愛」と「恋」に関する2つの言葉






ある違った「愛情」のかたちを提示した作品。


体が辛そうだった第46作「寅次郎の縁談」からさらに1年が経過し、
1994年、秋、渥美さんの病気はより一層重くなり、演技が出来ない状態で、
ほぼドクターストップの状態だったそうだが、それでも全国のファンや松竹の願いは大きく
渥美さんはこの役を降りることが許されない状況だったのだ。

山田監督ももちろん、うすうす渥美さんの体がもう撮影に耐えれないことは知っていたが
脚本を工夫し、満男にシフトを大きく移すことでなんとかあと1作品あと1作品と
無理に無理を重ねて作り上げていったのだった。

そんな時、未だ撮影中の10月に高羽哲夫撮影監督が入院し、亡くなられてしまったのだ。
高羽さんは松竹に入社したあと、「馬鹿まるだし」に始まり、ひたすら山田監督と一緒に映画制作を行った
山田組一筋の人生だったと言える。

このように、大事な撮影監督がいなくなり、主人公も演技が出来ないほど重病になり
もうこのシリーズの終焉が誰の目にも見えてきた日没前の薄暗い夕闇のキャッチボールの
ような心細くせつない気持ちが物語の中にも入り込んできて、どことなく物悲しい運びとなっている。

山本直純さんが作られた「典子のテーマ曲」も
その物語に寄り添うようにこのシリーズで最も悲しみの色に覆われている。


寅は今回は人妻に惚れる。
それも完全な人妻である。
別居でもなく、夫が蒸発したわけでもない。
中学1年生くらいの子供もしっかりいる家庭の奥さんなのである。

とは言っても、第34作「真実一路」のような本気の恋でもなく、
そもそも典子さんと会っていたのはたかだか2日間なのだ。
それも最初の日はお昼に怪我をしてから午後にようやく
民宿で話をしはじめているので、実質1日半。

物語自体も最初こそ怪我を助けていろいろ世話をしていたが
まあそのあとは、長浜の満男の物語の隙間で典子さんと湖畔で
語り合うくらいでさして物語があるわけではない。

もうきわめて淡白なのだ。
渥美さんの体調がのっぴきならないところまできているのでこのあたりの動きが限界とも言えよう。


    



典子さんは人の奥さんだ。

ただまあ、第42作「ぼくの伯父さん」での奥村寿子さんも
夫とさほど仲むつまじいとは思えなかった。
なにも手に職がない寿子さんは、あの感覚が干からびた夫から
逃れる力も持ってないので受身的に夫婦を続けていたわけであるが
この宮典子さんもやはり手に職がない普通の主婦ゆえに
夫とはすでに心がほとんど通っていなくても、子供の存在もあるのか
やはりひそかに我慢して暮らしているわけである。


そうよ・・・愛していないのよ・・・」ってつい言ってしまう淋しさを持っているのだ。


だからこそ、寅へも馴れ馴れしくくっついてくるわけだ。


    



しかし、後日・・・

典子さんのその後の人生が心配になって
鎌倉の彼女の家まで満男を従えて見に行った寅は、
なんとかもう一度家族で健気に生きて行こうとしている彼女に「夫婦のあるひとつの在り方」を見て、
このような愛のあり方もあるのだと悟るのだった。

これは第6作「純情編」の夕子さんが陥っていた「未来のない夫婦生活」と違い
宮典子さんは子供にも救われているのだろうが、夫もギリギリでは彼女に対して
まだ心が残っているのだろう。


演出的には
日曜日にゴルフをキャンセルして鎌倉から遠く奥琵琶湖まで迎えに来るくらいの
気持ちは夫にも残っている・・・ということなんだろう。


    




そして鎌倉に戻った後の、
さわやかな彼女の笑顔に、寅はそのような「努力する愛」を感じ、安堵もするのだった。


    



寅は満男にこう言う。

もうすっかり元気になってるんだ。
笑ったりなんかして。

なあ満男、夫婦になって長い間一緒に暮らしてらあ
そらいろんなことあるだろうけどさ、
お互い相手を好きになろうと一生懸命思っていれば
必ずなんとかなるもんなんだよ。そうは思わねえか





惚れたはれたではなく
地道で意識的な努力によって絆が維持される、
そういう愛情というものを表現した珍しい作品だとも言える。
いかにも晩期の大河ドラマのエピローグ的、黄昏的物語の色合いだ。







■ 満男に対して晩年の寅が残す「恋」に関する明確な言葉


満男は今回も泉ちゃんとは違う時空で滋賀県長浜の菜穂ちゃんに出会う。
可愛く勝気な菜穂ちゃんに典型的な「ツンデレ」のパターンが進行して行く。


   


二人はうまくいっていたのだが、菜穂ちゃんの兄の勇み足から
ちょっとしたすれ違いが生じ、菜穂ちゃんとは疎遠になってしまう。
満男はまたもや心が傷つき、もう恋なんかしたくないと江ノ電の鎌倉高校前駅ホームで
寅に自分の気持ちを吐露してしまう。

そんな満男を寅は珍しく、きつく叱るのだ。


満男!ちょっとここへ来て座れ。
くたびれたなんてことはな、何十辺も失恋した男の言う言葉なんだよ。
お前はまだ若いじゃないか、えー。

燃えるような恋をしろ、
大声出して、のた打ち回るような、
恥ずかしくて、死んじゃいたいような恋をするんだよ!
ホッとしたなんて情けないこと言うなバカヤロ!
淋しいよオレは




この長いシリーズの寅から満男へのはなむけの言葉と言えよう。

そう言えばはるか昔
かがりさんのデートに付き合ってその帰りの電車で寅の涙を見てしまった満男。
その後も次々に満男は寅の恋愛の目撃者になって行くのだ。

奇しくもかがりさんの時と同じ「江の電」江ノ島エリア。


そして江ノ電が来て
寅は反省している満男を励まし、去っていく。

もう元気でもない渥美さんが午後の柔らかな空気の中電車に乗ってにこやかに去って行く。

これが今生の別れかもしれないと観客になんとなく思わせてしまう
微笑むその向こうに哀しみのオーラがあの渥美さんには漂っていた。


   



寅の方は常に「失恋」や「敵前逃亡」が宿命付けられているが
満男の方はこの作品では菜穂ちゃんとのハッピーエンド的な再会(和解)が待っているのである。

まあ、それにしても、前作、琴島の亜矢ちゃんは満男の等身大のカップルだったが
泉ちゃんにしても菜穂ちゃんにしてもちょっと地味な満男には可憐過ぎるのではないか。^^;

ま、いっか^^;観客動員大事ですからね。ビジネスビジネス((^^;



    




そして大団円の満男は幸福な気持ちでラストでこう結ぶ。


『拝啓車寅次郎様、
 伯父さん、僕は近頃伯父さんに似てきたと言われます。
 言う人は悪口のつもりなんだけど、僕にはそれは悪口には聞こえないのです。

 伯父さんは他人の悲しみや淋しさやが、よく理解できる人間なんだ。
 その点において、僕は伯父さんを認めているからです』





ただし、一話完結なので
次ぎの作品でその後の菜穂ちゃんとの展開があるかどうかは
この公開時では常に未定だったのである。

実際山田監督は次の第48作で菜穂ちゃんと満男を結婚間際まで
行かせようとするのだが・・・
後藤久美子さんの事務所から、もう一度出演してみたいというアプローチがあったらしく
それまでの満男との歴史(第42作〜45作)にスタッフさんたちは負けてしまったようだった。

私は泉ちゃんより菜穂ちゃんとの顛末を見たかった。


地味でどんくさい満男には、亜矢ちゃん>菜穂ちゃん>泉ちゃん がお似合いだと思う。









■ 寅が回想する「さくらのお母さん」


この「拝啓車寅次郎様」はもうひとつ大事な忘れられないシーンがある。



満男は、前作でようやくすったもんだの就職活動の末に小さな浅草の靴屋さんに
就職したがそこでもなんだかしっくりきていないようなのである。

どうやら、仕事が楽しくないらしいのだ。

悩む満男。


そんな時寅が帰ってきて
仕事の奥深さを実演で教えるシーンがある。

とらやの居間に置いてある「消しゴム付き鉛筆」を
知らない間に満男に売りつけてしまうという「技」を鮮やかに見せるのだ。

私は以前からずっと、寅のことを考える時、「さくらのお母さん」のこともよく考える。
意外にこのことは、このシリーズを考察していく上で大事なのだ。
なぜならば、寅やさくらの幼少期の人格形成に大きな影響を及ぼした人物だからだ。

寅を育てたのはお菊さんではもちろんなく、そして意外におばちゃんでもなく、
さくらのお母さんだったからだ。

おいちゃんやおばちゃんは第1作をはじめ、何作かの作品で寅やさくらの
父親である車平造のエピソードをよく話題に出したが、さくらのお母さんのエピソードは
ほとんど一度も話題に出てこない。私は寅の人格の優しい部分はさくらのお母さんの心なのだと
思っている。

彼女の写真は第1作に僅かに出てくるものの、なんと名前すら分からない。おそらくおいちゃんや
おばちゃんの印象を弱くしないための演出なのだろうが、さくらのお母さんが小さな寅を育てたのは
間違いのない事実である。




      




しかし、それでもさくらのお母さんと寅のやり取りを垣間見ることが出来るシーンが2ヶ所ある。


ひとつは第39作「寅次郎物語」で、寅の夢の中にお母さんが出てくるのである。
例の如く父親に折檻される寅を、身を挺して止めに入り、寅をかばうのである。
ただ、ここでは障子越しのシルエットではあるが、お母さんの優しさが伺い知れる。

「オレを育ててくれた優しいおふくろ」と寅はその夢の中でもそう言って回想している。

もう一つはこの第47作「拝啓車寅次郎様」である。寅が茶の間で鉛筆を満男に売るために
自分の幼少期の母親の思い出を話す場面がある。

鉛筆を売るためのその場限りの適当な作り話とは思えない、しみじみとした情感溢れる語り
だったので、私は、あれはほんとうにあった、さくらのお母さんとの思い出なのではないだろうか…、と
密かに思っている。



本編ではこうである↓

「おばちゃん、オレはこの鉛筆のことを見ると
おふくろのことを思い出してしょうがないんだ。

不器用だったからねオレは。鉛筆も満足に削れなかった。

夜おふくろが削ってくれたんだ。
ちょうどこのへんに火鉢があってな、
その前にきちんとおふくろが坐ってさ。
白い手で肥後守を持ってスイスイスイスイ削ってくれるんだ。
その削りカスが火鉢の中に入ってプーンといい香りがしてな…。

綺麗に削ってくれたその鉛筆で
オレは落書きばっかりして勉強一つもしなかったもんね。
でも、これくらい短くなるとな、そのぶんだけ頭が良くなった気がしたもんだった…」


   



寅は「さくらのお母さん」に、わけ隔てなく、愛情深く育てられたのではないか、と近頃は
そう思うようになった。

寅とさくらに共通したあの底抜けの優しさは、おいちゃんでもおばちゃんでもなく、
父の平造でもなく、「さくらのお母さん」からの影響が大きいのではないだろうか。






谷よしのさんへの渥美さんのねぎらい


そしてこの作品で私がしみじみ一番良いシーンだと思ったのが


宮典子さんと寅が2泊世話になった奥琵琶湖菅浦地区の民宿「栄次郎」のおばあちゃんに
最後「心付け」を渡すシーンだ。


谷よしのさんはこのシリーズでずっと渥美さんと会話で絡んでいた。
レギュラー女優さん以外で、あれだけ渥美さんとやり取りした女優さんは谷さんだけ。
この長いシリーズの36作品に出演し、
そのほとんどを渥美さんと絡んだ谷さんへの
最後の渥美さんからのねぎらいの言葉だったのだと思う。

山田演出はこういうところが秀逸。
世界でも類まれな掬い取りなのだ。


地味で目立ってはいけない立場の谷さん。

出演作品は36作品にも。
そのほとんどが渥美さんとの絡みがある。

どれだけ出演しても主役やゲストを
引き立てないといけない宿命・・・。
主人公たちの陰でひっそりと生きてきた谷さん。

そんな谷さんを渥美さんは
ずっとずっとじっくり見ていたと思う。





    






     



ばあちゃん世話になったね。

 これ少ないけど・・・

 どうもありがとうよ




手でそっと拝む渥美さん。


    





谷さんに敬意をこめて
谷さんの芝居のじゃまをしないように
すっと顔を隠すし、自分の方付けをする仕草の渥美さん。



目をつぶって心付けを受け取り
そっと拝む谷さん。

谷さん一世一代の芝居でした。





    





あの菅浦のおばあちゃんは
セリフなしだからこそ
渥美さんと谷さんの最後の感謝の交換が
成立したのだ。

いかにも谷さんらしい素晴らしい「おばあちゃん」。
あのおばあちゃんは絶対に三崎さんじゃ出来ない
杉山とく子さんもできない。

あれはまさに谷さんの真骨頂だった。


見事なラスト谷よしのさん。











それでは以下に本編をお楽しみください。







今回は「序章」なので
プロローグからタイトルイン直後の数分までの本編を紹介しよう。







まずは松竹富士山






    







新潟県上越市 高田駅そば  


雁木通り商店街を歩く寅。






    地図のピンク丸
    







    高田駅そば 雁木のある通りのロケ詳細地図  オレンジ矢印は寅の向いている方向。


    





広告看板

かしわや雑貨店

南光舎


中屋末吉鋸店 大工道具専門店


    地図の青丸
    




大山レコード店の前で歌を歌っている「小林さち子」という演歌歌手。

大山薬局を撮影のために「レコード店」にした。


   
地図の水色丸
   



♪白い吐息が行きかう中で〜

 何故か人目を避けてます。
 あなた淋しくないですか
 二度と会えぬとわかっていても
 あなたの笑顔が浮かびます。
 あれから一年たちま〜〜し〜〜た〜〜〜。



    





「あれから一年たちました」を歌っている。



作詞 いではく  作曲三条ひろし  唄小林幸子
1993年12月



秋に 別れの 木枯し 吹いて
燃えた 紅色 消して ゆく
あなた淋しくないですか
人のぬくもり恋しい季節
別れたあの日も寒い朝
あれから一年たちました。

街に粉雪ちらちら舞って
人はコートの襟立てる
あなた淋しくないですか
いつも心に吹いてる風が
あなたのせいだと知りました。
あれから一年たった今。

白い吐息が行きかう中で
何故か人目を避けてます。
あなた淋しくないですか
二度と会えぬとわかっていても
あなたの笑顔が浮かびます。
あれから一年たちました。




    
地図の黄色丸
    



    




この大山レコード店は本当は大山薬局^^;
急遽撮影のために変更^^



歌が終わって・・・

さっと見物客が去って行く。

誰も買わない。


マネージャー君もため息。



哀しげなテーマ曲が流れる。



o( _ _ )o ショボーンとしながらも
慣れてしまっているのか粛々と
道に落ちているチラシを拾う小林幸子。



これは山田監督がこだわったシーンである。


売れていない歌手はこのような辛い目にあっても
日常になっているのでさほど落ち込む仕草は見せずに
しょんぼりしながらも坦々と行動するのだ。


ちなみにチラシは見物客はとりあえず家までは持って帰るとは思う。
その場で捨てるのはあり得ない。

うらぶれた雰囲気を出したいのだろうが
日本人は本人の目の前でそういうものを道に捨てたりはしない。

まあ、平積みしてあったのが風で飛んだのだろう。・・・ということにする^^;




   
 地図の赤丸
    






     雁木のある通りのロケ詳細地図 オレンジ矢印は寅の向いている方向。

    







哀しげなテーマ曲が流れ続けている。




高田駅前郵便局







    





    
現在は雁木様式のアーケードの中に入っている。

    






寅がとらやにハガキを書いている。



〒125

東京都葛飾区柴又七ー七ー三

車竜造 様
   皆々様




    


年金受け取り 郵便局 のシールが扉に貼ってある。


「高行潔志」の書がかかっている。


受付「田中さん」

客「はい」


受付「お待たせしました」


そこへ

小林幸子が切手を買いに来る。



小林幸子「
50円切って10枚ください

受付「はい、500円いただきます」

小林幸子「はい

と小銭入れの中を探す。


500円玉を置いて

10枚つづりの切手をもらう


受付「ありがとうございました」



    





小林幸子は 寅の横で絵葉書に切手を貼り始める。


最初の1枚は舌で切手をなめて貼る。


    


2枚目からは寅の前にあったスポンジでぬらして貼ろうとする。


小林幸子「ちょっとすいません」と



スポンジを取る。





ふと顔を見合わせる二人。


にこっと笑う寅。



    



お辞儀をする小林幸子

また切手を貼りだす。


寅「
さっき、歌ってた歌い手さんだね

はっとする小林幸子。


あまり仕事がうまくいってなかったので
バツが悪そうに


小林幸子「
はい


と頷き、すぐさま また坦々と切手を貼る。



寅「
あんたの歌とっても良かったよ


小林幸子、はっとして


少しだけ顔がほころび


小林幸子「ありがとうございます



    






寅はこの売れない演歌歌手に



寅「オレは仕事柄人相を見るのだが」と言い



    




寅「
目と目の間の「印堂」っていうか、
  とってもいい良い輝きがあるんだねえあんた ねえ
」。



    



寅「
大器晩成だな。
  これから良いことがいっぱいあるよ。
  希望捨てずに頑張んなよ



と励ますのである。





    



小林幸子「は、はい


寅「うん


にこっと笑って去って行く。


その去り行く背中に


小林幸子「ありがとうございました


寅入り口付近に置いてあったかばんを持って


寅「ああ、それじゃな




   




小林幸子「はい



その背中を目で追う小林幸子



   





で、ハガキを郵便局に忘れた寅を追いかけ



小林幸子「
先生!このハガキ



と手で持って見せる。



    



寅「
ああ〜〜

  うっかりしてた。
  すまねえ、そこのポストにな、
  
ポトン といれてやってくんねえか


小林幸子「
ポトン?


寅「
ああと頷く。



寅の代わりにポストに入れてやる小林幸子。


    




寅、手を上げて



寅「ありがとよ



籠行商おばあちゃん、信号待ちしながら、
コントのスタンバイ OK の雰囲気ばんばん。




笑って郵便局に戻っていく小林幸子





後ろ向きながら歩いていたので
籠の行商のおばあちゃんと
ぶつかってしまう。




寅「
あああああ


籠が落ちて散らばる。

あわてた寅、おばあちゃんの頭に籠を被せる^^;

前をよく見ていなかった寅がおばあちゃんとミニコント^^;




    



清酒越の白鴈 

高速バス

グリーンツアー

タクシーのりば






三味線

ペケペンペン・・・・・







タイトル イン





はつらいよ拝啓車寅次郎様





   






場所は今度は春日山 山麓





越後 春日山神社


上越市大豆


謙信公祭が開催されている。



   






春日山神社


山形県米沢市の上杉神社より分霊され、謙信公を祭神に祀った神社。

明治34(1901)年に、童話作家・小川未明の父・小川澄晴によって創建された。
日本近代郵便の父・前島密も援助したらしい

直線的でがっしりとした神明造の社殿は見応えがあり、
境内に隣接する春日山神社記念館には、
謙信公の遺品・資料などが展示されている。

また、小川未明の『雲のごとく』の詩が刻まれた石碑や、
童話をモチーフにした石像なども見ることができる。





謙信公祭(けんしんこうさい)は、
1926年(大正15年)9月13日、当時の高田市、直江津市、春日村(いずれも現在の新潟県上越市)の
各青年団の主催により始められた、
戦国時代の名将上杉謙信公の遺徳を偲んで開催されている祭である。

かつては地元の住民が中心となって参加する「地域の祭」であったが、
2007年(平成19年)のNHK大河ドラマ「風林火山」放送に伴い、
ドラマの上杉謙信公役であったGACKTが祭の謙信公役として参加して以来、
戦国ファンを中心に全国から注目される祭と様変わりし、
上越市を全国に発信する大イベントとして大きく成長した。
近年は、毎年8月の中旬から下旬に、上越市春日地区全域で開催されている。



    



     
このような催事に変化して来ている。

     




上杉謙信(長尾景虎)


上杉謙信は亨禄3年(1530年、室町時代)、越後守護代の長尾為景の末子として生まれた。
幼名は虎千代。7歳の時に曹洞宗の林泉寺に預けられ、厳しく文武の道や「第一義」の教えを受け、
このことが後に「義に篤い」と言われる上杉謙信の素地となったものと考えられている。

14歳で元服、
長尾景虎と名乗り、兄晴景が病弱であったため19歳で越後守護代になった。
当時内乱が後を絶たなかった越後を22歳の若さで平定。
永禄4年(1561年)関東管領職の上杉憲政からその職と上杉姓を譲られる。
(謙信の名を称するのは元亀元年(1570年)頃)

内乱や一向一揆の鎮圧、関東の北条氏康や甲斐の武田信玄と敵対し、
生涯に渡りその戦の回数は70回以上。村上義清や関東管領の上杉憲政など頼ってきた武将も多く、
私利私欲による戦はなかったといわれている。

戦場では自ら駆け回って采配を振るい、
負けたのは2回のみ。武勇戦略に非常に優れた戦国時代きっての名将だった。

戦の旗印は「毘」と「龍」。この「毘」はもちろん毘沙門天。
謙信は真言密教の北方を守護する軍神・毘沙門天を篤く信仰し、
春日山城に毘沙門堂を造り、毎日ここに籠っていたといわれる。
毘沙門天の生まれ変わりとも言われ、
謙信自身もそう信じ込み「我を毘沙門天と思え」の言葉が残されている。
その為、戦場に「毘」の文字の旗が翻ると大いに士気が上がった。

当時から「義に篤い武将」で知られていた上杉謙信。
「敵に塩を送る」という有名な言葉があるが、
これは武田信玄が駿河の今川氏真に塩を止められた際、上杉謙信が塩を送ったことから生まれた言葉。
(甲斐は山国なので塩が採れなかった)

また武田信玄が死に際し跡継ぎの勝頼に「上杉謙信は義理堅い武将なので、
人に頼られれば決して見捨てることはしない。自分の死後は謙信を頼れ」と遺言したという話も残されているほど。

天正6年(1578年)、関東への出兵(一説には京への上洛)を前に倒れ、49歳の生涯を閉じた。








易本をバイしている寅。



全作品を通してこの「易本」のバイは一番多い。


   




鎧武者たちが階段を上がってきて、手相を見てもらっている。


手相を見てもらったら、
手相の鑑定代として一般的には「易本」を買うのがマナーとなっている。


   




鎧武者たちは手相を見てもらったのに易本を買わないで行ってしまう。


   




鎧武者たちは追いかけてきたサブと揉める。


   




そこへ謙信公が上がってきて!!


   





御裁きが下されるというコント。

   





みんなで 大笑いand大団円

   



謙信公の銅像が映って 監督 山田洋次のクレジット


   









東京  葛飾区  柴又  江戸川土手



実際はロケ地としては


江戸川区北小岩4丁目40 付近



     ここ数作品毎回ジョギングしている博

     



     この階段はラストで満男が上がり下りする階段

     



     諏訪家が見えてくる。

     



     最後柔軟体操をする博。

     






諏訪家 二階




満男は「光陽商事」という浅草の小さな靴会社に就職している。




鏡を見ながらネクタイを締めている満男


     

     






戸を開けた音



博の声「ただいま


博の声「いつまでも暑いな今年は


さくらの声「ほんとねえ




諏訪家 台所




博「なんだ?このハガキは



表は長浜の曳山が映っている。


博「長浜の曳山祭りか・・・


さくら「満男の友達じゃない?
   へったな字書いて



博「ふふ。『前略 元気か
 折り入っておまえに相談がある。
 10月2,3のお祭りに遊びに来い、大歓迎する』





     




朝食内容


スクランブルエッグ
ウインナ
ハム 
プチトマト

サラダボール
牛乳

トースト

レギュラーコーヒー



アップで見てみると素直なわかりやすい字。

ぜんぜん下手な字じゃないよさくら。
どちらかというと整ってる方だよ。

これで下手な字っていうのは可哀想だよ。



      




満男を階段下で呼ぶさくら


さくら「満男!はやくしなさい!会社に遅れるわよ!


トースト用の食パンを入れるさくら


     


満男、下りてくる。


満男「εε(・_・)ゞオッス!


さくら「おはよ


満男さくらに食費代を渡す。


満男「夕べ渡すの忘れてた、今月分の食・費えらい!(^_^)


さくら「どうもありがと」と両手で受け取りお辞儀。




     



博「絵ハガキ

とハガキを渡す。


満男 牛乳を飲む。

博「誰からだ?

満男「大学の先輩だよ・・・『相談がある』 なんだろ?

さくら「長浜でなにしてるの?その人

満男「親父の跡継ぎだよ。
   造り酒屋だか醤油屋だか・・・。
   大きな旧家で、
   親父さんは郵便局長かなんかやってる・・
   要するにぼんぼんなんだよ



卵を少しだけ食べている満男。


博「いいじゃないか。たまには気晴らしにお祭りにでも
  行って来いよ



満男「気になんなあ・・・相談って


ハガキを置いて


満男「ごちそうさま





     




     朝日新聞朝刊1面
     北朝鮮の政治家、金 正日(キム・ジョンイル)の記事が一面に出ている。

    



金 正日は、北朝鮮の政治家、軍人。
北朝鮮を建国した金日成の長男であり、
同国の最高指導者の地位を父より継承した
権力継承後、死去するまで朝鮮労働党中央委員会総書記、
朝鮮民主主義人民共和国国防委員会委員長、
朝鮮人民軍最高司令官、
朝鮮労働党中央軍事委員会委員長を務めた。



さくら「また食べないの〜〜

満男「食えないよ〜〜〜


さくら「今夜も遅いの?



玄関に行きながら


満男「あったまに来ちゃうよ〜〜。
   三日連ちゃんの残業だもんなあ〜〜
   もうふらっふらだよ〜〜〜



博「何言ってるんだ、
  学生時代は毎晩遅くまで遊んでいたくせに」
  残業くらい我慢してやれ



満男玄関で靴を履きながら


満男「かなわねえなあ〜〜〜、
   親父が専務と同じようなことを言うんじゃ〜〜




さくら、玄関で


さくら「いってらっしゃい



満男戸を閉めながら


満男「いってきます



    




ゴルフセットがある。

博はゴルフやるんだね。


    



そういえば

泉ママも第44作では玄関に大きなゴルフセットがあった。
ゴルフ道具持ってゴルフやって、たくさんの高価な服持ってて・・・
一人娘は勉強できるのに
短大を諦めないといけない・・・やるせないですね。
お母さん、少しは娘に投資しろよ。



    






話は戻って





歩きながらスーツを着る満男。


    







第1作で赤ん坊だった満男は、
いよいよついに社会人になった。

博は満員の通勤電車に乗ることもなく
自転車で工場まで通えるが、
満男は学生時代同様
毎朝、高砂乗り換え押上通過の都営浅草線で
満員電車に揺られなければならない。
満員電車のストレスと言うのは凄いのだが
博はそれはわからないだろうなあ。



   









次回に続く




次回は2月中旬ごろになります。

たぶん・・・・・……(-。-) ボソッ