2013年12月27日 寅次郎な日々561
山梨県北杜市
第8作「寅次郎恋歌」のラストシーン
そして第10作「寅次郎夢枕」の名シーンを行く

これを読まれているみなさんは昨年12月の三浦半島の三崎のレポートの事を
覚えていらっしゃるだろうか。
↓
2012年12月18日 寅次郎な日々 その536
大空小百合ちゃんと寅の出会いと別れ
三浦市三崎ロケ地全解明 後編&完結編
http://www.yoshikawatakaaki.com/lang-jap/torajironahibi29.htm#536
そしてちょうど1年後・・・
そう、第8作「寅次郎恋歌」のOPロケ地探索からちょうど1年、
今度は同じメンバーに調布の寅友「らびお」さんを加えた4人で
同じ第8作のラストシーンと第10作「夢枕」の数々の名シーンをめぐる旅に出かけたのだ。
今回のロケ地めぐりの関東連合は上にも書いたように
ちびとらさん
寅福さん
らびおさん
そして私
のカルテット
今回の最大の目的は
上にも書いた第8作「恋歌」のラストシーン
あの大空小百合ちゃんとの再会の場所。
山梨県北杜市西井出地区

早朝の6時に家を出発し7時半に合流したアタック隊4人は
午前9時59分
最終アタックの末
見事無酸素登頂に成功した。
北東の風 風速2メートル
曇りですがほんのと時たまみぞれ
しかし気持ちは爽快だった。
晴れたら甲斐駒ケ岳がはっきり見える。↓

今回は柿を持参した。
らびおさんに寅のポーズを真似して頂いた。↓


航空写真でも第8作のラストロケ地はしっかり映っている↓

航空写真では本編にでてきたあの農家の母屋はまだあったが
今年になって取り壊されたようだ。あのラストシーンでは3つの大きな山がポイントだった↓

ちびとらさんが昨年行った時の写真 この時はまだ母屋は建っていた。

2012年にはまだあの家はあった(ちびとらさん撮影)↓

1年経った今はもうない・・・


今回はあのラストシーンを再現するために柿を持ってきた。
やはりこの場所は柿があると絵になる。

午前9時59分 登頂直後の動画。
ベースキャンプで待機している京都の寅友であるカケちゃんに
無線で報告しているところ(*´∇`*)
http://youtu.be/FwNuvES_Jo0
これは柿を石碑に置いた後、
みなさんが撮影されているところ。
やはり柿があるとみなさん真剣になられる。(*´∇`*)
http://youtu.be/V_hwdE3VSm
こちらはその時の動画。
http://youtu.be/S5Qsv8jh99I
寅「おばあちゃん!行くよー!」
おばあちゃん「旅の人ー、これからどちらへ行きなさるな?」
寅「そうよなー、どこってこれからよ、
寒くなるから南の方へでも行くか、へへ気楽なもんよ!」
おばあちゃん「達者でな!」
寅「あいよ!」柿食べ食べ畦道を歩いていく。
寅が柿を置いた直後にトラックが走ってくるのだ。


晴れたらあの家の向こうに富士山が見える↓

寅を乗せた町田運輸のトラックは
柿を残したまま立ち去っていく。
八ヶ岳の見える風景はまったく八ヶ岳が見えないので
次回にしまして・・・
次は
明野町に入って行く。
この西井出地区から明野は意外に近いのだ。
車でたtった15分。
まずは明野町の北から攻めて行く。
名作第10作「夢枕」のラストの茶屋に!
しかし、途中
ちびとらさんは、道なき道を進まれ
あげくは行き止まり・・・(ノ_-;)ハア…
&
ユーターンも困難・・・(T_T)
という修行、難行も2度3度と繰り返されていったのだった。
ロケ地めぐり レジェンドの道は遠くい険しい(-_-)
で、紆余曲折の末
第10作「夢枕」のラスト
篠原商店にたどり着いた。 ほっ(*´∇`*)




第10作「夢枕」ラストシーン。
この篠原商店の向こうには「清水橋」はない。道があるだけだ。


篠原商店のあらゆるカットのアングルにこだわる。こういう短いカットも・・↓


http://youtu.be/b9gCgiT1388
ところで
田中絹代さんの旧家だけが
まだ未登頂だったわけだが
この篠崎商店さんのご主人とおばあちゃんが
ちびとらさんが一度行かれたとある家の写真を見て
その家が田中絹代さんの家のロケ地だと言われたのだ↓
篠崎さんインタビュー
http://youtu.be/VaNlQvZU6Fo
そして篠原商店をおいとますると・・・
ラストシーンの篠崎商店さんから車でほんのすぐのところに
寅と登が本をバイしていた神社があるのだ。
本編では大きく見えるが
じっさいはとても小さな神社。
この神社は天才小寅さんが日本で最初に
発見した場所だったのだ。

らびおさんは寅に扮してくださり
啖呵バイをしてくださった。

さすが半沢直樹リーガルハイ2にも出演された
最優秀エキストラ賞の方の演技は冴えてる(*´∇`*)


その後
この田中絹代さんと渥美さんが
伊賀の為三郎の墓を参るシーンの場所に行った。
これもまあ、車で5分くらいの場所。
このころになると、かなり雪が降ってきていたが、
私は思い切って寅の演技の再現を敢行した。
渥美さんになりきる Д (-人-)



そして、次のシーンに直行。
同じく車で5分。
このあと田中絹代さんと寅は別れていく。
悲しいシーンだ。
北杜市明野浅尾693付近




あの本編の柿の木は背が高くなり、今年も実っていた。


再現動画(*´∇`*)↓
http://youtu.be/pWcNw0CxXFk
寅はそのあと登と出会い
大はしゃぎの旅が始まるのだ。
ヴィヴァルディの四季の「秋」第3楽章が流れる。
実は田中絹代さんと寅が別れたあの四つ角から歩いて2分、
たった50メートルでこのお坊さんとすれ違う場所なのだ。
北杜市明野浅尾693付近


この住職さんは実際に近所の大福寺というお寺の住職さん。


さて
ここから約10分
このあとラストシーンの清水橋に向かうが
場所は分かっていたのだが
この時も・・細い道が続き、行き止まりが2度ほどあった(T_T)
でも、なんとか たどり着いた。
北杜市須玉町藤田付近

橋はすっかり変わってしまっていたが向こうに見える道と家々にその名残を感じる。



実はこの橋では
日本初登頂があった!(*´∇`*)
第10作の明野シーンでは実はラストの橋以外でも
もう1シーン中盤でなんと寅と登が橋を渡るシーンがあるのだ。
それがこのシーン。↓
お坊さんに道を聞いた直後のシーンだ。
ちびとらさんはずっとこの橋を探されてきた。
でも、私はこの橋はラストの清水橋との共通点がかなり多いので
同じ橋だと助言した。
そしてちびとらさんもご自分で橋脚や欄干、欄干のはじまり部分・・
を見比べた結果同じ橋だという結論に達したのだ。
そうなのだ。
あのラストの橋を渡る前にあの同じ橋を彼らは
すでに一度渡っているのだ。
そしてあの橋の場所は
登がラストで渡っていった側だった。
つまり1度目は渡り終わる場面で、
2度目は渡りはじめる場面で
なんと橋の同じ場所が使われたのだ。
同じ場所だと思わせないために
高台からの橋のだアップだけを撮る方法がとられたわけ。
それがこのカメラ位置。
日本初登頂の場所。
木が生い茂っているので少し位置を変えて撮影した。

比較的面影が残っているアングル↓


清水橋
丘の上からの撮影
未踏峰 初登頂 動画
12時54分
北東の風
みぞれ または 雪
かなりみぞれが降り続いて、ややきつくなってきた。
動画 http://youtu.be/nM3O4O6Bo2w

さていよいよロケ地も最も南のエリアグループ。
残り3箇所に向かう。
車で7〜8分ほど。
まずはなかなか面白いところにあるバス停。
寅と登がじゃれていた「大内バス停」
北杜市明野町小笠原



このシーンも寅と登が体を寄せ合ってふざけあってる楽しいシーン。
ヴィバルディの四季の「秋」第3楽章が流れ続けている。
バス停は現在手前の道横に移されてる。
雪の中
ちびとらさんが寅に
らびおさんが登になって空気イスを長い時間やってくれました。
ありがとうございます!

二人とも組んでる足が逆・・・・・……(-。-) ボソッ
このバス停跡はあの石組みがかもす不思議な魅力ゆえ、
みんなで集合写真(*´∇`*)

さていよいよ
あの田中絹代さんの旧家を確かめる時が来た。
篠原商店さんのご主人が
おっしゃった通りなら
一度そこまで行かれてたちびとらさんが
日本初登頂になる。
それと、その後にお聞きした
市会議員の篠原さんもそのような気がすると
おっしゃっていた。
もともとはかつてちびとらさんが
その市会議員の篠原さんから聞かれた情報だったのだ。
彼の家は実はあのお坊さんとすれ違う時に
最初に見えた大きな屋根の家だ。
さあどうなるか・・・
八代家の長屋門をみていただきたい。
かなり似てはいる。
だからこそ地元の人もここじゃないかって言うのだろう。
ただね、手前の畑の境目の石垣のあり方が違うのと
長屋門を新しくしたとは言え、
あまりにも変えすぎではないか・・・と思うのだ。
それと門の真ん中のサイズがかなり違う。
こう言う場合は「違う場所」ってことが圧倒的に多いのだ。
ちびとらさんは念のために観光化に電話された。
しかしそのようなロケがこの八代家で
行われた記録はないとのいことだった。

この八代家はもともと豪農で
江戸時代は代々、上手村の名主を勤めた旧家。
それでなんと
主屋・長屋門・文庫蔵・味噌蔵・穀蔵が
国の重要文化財文に指定されているのだ。
つまりこの長屋門も国の重文なのですね。
ということは大きく様変わりするほど改築はできないと思われる。
7割がたこの八代家が田中絹代さんのロケ地で
ある可能性は消えてしまった。

丸一日かけて明野エリアの聞き込みを続ければ
何か進展はある気がしますが
今回は時間が足らないので結論は次回に持ち越しと
いうことになった。
これだけはっきりした大きな長屋門が映っているのに
探せないのはとても残念だ。
いつの日かそう遠くない将来
快晴の日に山を撮りながら丸一日かけて聞きこんで
この旧家を捜しあてたい。
松竹の当事の文献をあたれば何か出てくる
可能性も少しある。
そしてこの日最後のロケ地めぐりは
このなんとも美しいシーン。↓

このシーンは実は日本で小寅さんだけが登頂している場所なのだ。
今回明野に行きたいとちびとらさんが柴又駅前の「かなん亭」で言った時、
僕はかなん亭ですぐに小寅さんに電話し、
この場所を詳しく教えていただいたのだ。
ここは誰も分からない場所だったので
小寅さんが場所を覚えていなければもうOUTだった。
この地図をクリックで大きく拡大して
ご覧ください↓
ここはストリートビューでもみれる。
左上の写真↓が小寅さんが
メールに添付してくださった写真。
山や丘の形が見事に一致する。↑
小寅さんのすばらしい直感が
見事に適合した奇跡の発見だった(*´∇`*)
まさにここ!!

そして実際にたどりついたのがここ↓
北杜市明野町三之蔵

最後に再度地図を貼っておこう。
この地図でまあまああのあたりはどこでも行ける。

で、3時50分頃でしたか・・・全ての予定を終了し
東京へ戻った。
途中で横浜ラーメンとモツミニ丼のセットを食べた。
らびおさんは名物の「ほうとう」。
4人で行ったので一人当たり3千円チョイ(*´∇`*)
無敗神話が崩れた関東連合・・
このリベンジははたしたい気がする。
重要でありかつ最難関の
田中絹代さんの旧家を捜したい。
I will be back