2026年1月6日掲載

号外! 第17作男はつらいよ 寅次郎夕やけ小焼け



池ノ内青観の初恋の人 志乃さんの苗字は『脇野』だった。




     




     








第17作男はつらいよ 寅次郎夕やけ小焼け



青観の初恋の人志乃さん。

若き日に龍野を離れ,
その後、資産家の奥さんと結婚し、日本画壇の最高峰に上りつめた青観ですが
志乃さんのことは忘れたことがないようでした。
志乃さんはもちろん青観を忘れずにひとり身を通してきました。


    



今も龍野に住んでいる
志乃さんは苗字が出てきませんが

ロケ撮影時 玄関先に木の表札が一部映ります。

DVDやサブスクのハイビジョンでは苗字が半分しか見えない&ボケ気味ゆえに
解読、判読できなかったのですが



     DVDやサブスクのHDリマスター版では↓のように少しぼやけるし、
     表札の文字も上が多めに切られているゆえに判読できない。
     



Blu-rayで昨晩もう一度見てみると
表札のもう少し上まで見えてかつ、ボケていない!
それゆえに
脇野』という表札に見えました。
間違いないですね。

★脇野志乃さん

なんですかね

ブルーレイは2025年に購入していろいろ見ていたのに、その志乃さんの表札の解明のことはすっかり
忘れてしまっていました。(反省)

今回久しぶりにブルーレイで『寅次郎夕焼け小焼け』を観まして…
「あ、そういえば!あの表札」と、思い出したわけです。




     ブルーレイではしっかり『脇野』と判読できる。
     




でも、『の』が姓名でダブるのでなんだかぎこちないです。

この家は実は、大山さんというお花やお茶をされていた方がご家族と一緒にお住まいだったことは、
下↓↓に再度記しました2023年のお嬢様への僕の電話インタビューでわかっています。




2023年5月本編完全版に掲載
↓↓

2023年5月 播州龍野にて

K新聞記者のNさんのご紹介で、
青観が訪ねた志乃さんの家に実際にお住まいだった方にお電話でお話を伺うことができました。

青観の初恋の女性である志乃さんの家は、お屋敷が並ぶ下霞城の龍野公園のすぐ下手にありますが
1976年当時お住まいだった斎藤さん(84歳)を紹介していただきお話が聞けました。
彼女のお母さんは大山さんとおっしゃいましてお花やお茶をたしなむ文化人だったようです。
(大山さんと言う方がお住まいだったことは10年ほど前に私の取材ですでに判明していました。)

彼女が36〜37歳頃の1976年に山田組スタッフがまず使わせてほしいと来られて
撮影当日は山田監督などが玄関先に来られ1時間半くらい撮影されて帰られたようです。
ロケ自体は玄関先とあがりかまちでの撮影だけゆえに時間も長くかからなかったもようです。

宇野重吉、岡田喜子、榊原るみさんたちだけは
スタッフたちの準備が終わるまで家の中の座敷で待機していたそうです。

ものすごいギャラリーで家の裏庭やカメラに映らない場所には何十人という近所の人たちが
集まってきていたそうです。

山田監督とはあまり会えなかったそうで
撮影中は家の後ろの方でみんなで声を出さないように静かにしていたのだそうです


色紙など持っていなかったのでサインをもらう機会を失ったことがとても残念だとおっしゃっていました

下霞城というお屋敷の多い地区で古い土塀があって古い格子戸があったのが選ばれた理由だそうです

現在はもちろんお住まいはもう更地になり
青空駐車場になっています。

お屋敷の前の基礎の石垣や大きな石だけが残っています。


     
    


    


    同じ場所は20年以上前から青空駐車場になっています。道境に2023年まではこのように大きな石やわずかに基礎の石垣が残っていました。
    




     2025年には道境の細い溝に敷いていた石が無くなり、セメントに変わりました。
    









なので

この『脇野』という表札は
山田組が付けたと思われます。

それでも……

脇野志乃は
字面は格好良いですが
発音は『の』が2回あるのでやや変ではあります。

もしかしたら

大山さんのお花の時の名前なのかも……

もしくは大山さんの
先代さんの(前の住人の)お名前の表札がなにかのご事情により
そのまま掛かっていたなのかも


いずれにしても

本編で映っているわけですから
姓名が『脇野志乃さん』というのは
かなり有力ですね。


脇坂は江戸時代のこの龍野の殿様の苗字。

市役所の係長の脇田はその殿様の子孫。

そういう流れで『脇』という文字を使ったのかもしれませんね。


それでは

最後に、第17作本編での青観と志乃さんのシーンを掲載します。
この作品の奥行を味わってください。↓







本編の志乃さんの出演シーン抜粋





龍野の古い家並みが続く道



青観、自分の母校の小学校を見ている。


武家屋敷跡(今は聖ヨセフ 龍野教会というカトリック教会)を
見て廻っている青観。

純和風のカトリック教会なんてカッコいいね。
藩主脇坂公の屋敷がそのままカトリック教会になっている。


      



志乃の自宅 

古い趣のある屋敷の中を覗きこんでいる青観


門から入って玄関に行く。


2枚の板に書かれた文字が見える。茶道と華道の先生


青観「ごめんください


お手伝いさん(お弟子さん)はーい

お手伝いさん玄関に座ってお辞儀

来客にいきなり正座して応対するなんて礼儀正しい〜!
いまどき絶対いないよ、こんなお手伝いさん。



な、なんと彼女は、第7作のマドンナ、
花子ちゃんを演じた榊原るみさん!!
ノンクレジットで友情出演!!



青観「
お志乃さん、ご在宅ですか


お手伝いさん「はい


青観「池ノ内と申しますが


お手伝いさん「はい



     



お手伝いさん「先生、池ノ内様とおっしゃる方がみえてますけど」。

志乃「はい


この、戸惑いのない「はい」は、まるで青観が訪ねて来ることが
うすうす予感できていたようだった。

この志乃さんは何十年も青観に会っていないにもかかわらず、
青観の気持ちが見えているのかもしれない。
私は、この「はい」に青観と志乃さんの運命的な繋がりの深さを感じ、
彼女の隠された情念をも感じてしまった。



しばらくして、志乃が現れる。


顔が華やいで、懐かしさを隠しきれない志乃。


志乃、上がり口に座る。


青観「わかりますか…


     


志乃「和夫さんでしょう?


     


青観「ええ


青観の本名は「和夫」なんだ…。


志乃「お見えになっとることは聞いとりました。

  どうぞ




青観「あ、じゃ…




と入り、靴を脱ぐ。


志乃、立ち上がり、障子に少し隠れて青観を待っている。





そして時間は経ち





あれから、随分長い時間が経っているので、
おそらく、軽い食事が出されて、その後と思われる。


お手伝いさん「
先生、お先に失礼します


志乃「
あ、ご苦労さん



お茶の用意をしている志乃。



青観「僕の絵をたまには見ますか


志乃「
へえ、

  去年京都で個展をなさいました時
  観に行きました



お茶を出す。


青観「
…そうですか


青観「
確かあの中にも、

 あなたを描いた絵があったはずだが…




       



志乃「へえ、気がついておりました


  下を向いて、少し頬を赤らめ照れる。


青観「……


     



青観は、志乃さんを想いながら1枚の絵を描いたのだ。
もう何十年も会っていなくても、その想いは絵に託されている。
これ以上の愛の告白はあるだろうか。

その絵を見れば、絵描きがどのような思いで、その絵を
描いたかが分かる。

志乃さんは、その絵を京都で見た時、
きっと救われた思いがしたのではないだろうか。



どこからか、琴の音が聴こえてくる。



庭を眺めながら…



青観「…静かだな




        





志乃「でもねえ、

  あんまり静かなんも、

 一人暮らしには寂しゅうて、フフ…





志乃さんは独りを通してきたんだ…



           







                       




青観「お志乃さん


と志乃の方へ座りなおす。



志乃「



青観「申し訳ない…


と、頭を下げる。




                    




志乃「どないして?






                         





青観「僕は、あなたの人生に責任がある






                       

                       






志乃、少し微笑んで



志乃「和夫さん、

  昔とちっとも変わらしまへんな、

  その言い方


                      


青観「いや、しかし…


  僕は後悔してるんだ






その言葉に対し、僅かに志乃の目の力がきつくなる。



                青観のその言葉にシリアスな目をする志乃。緊張感のあるカット

                

                       




志乃「…じゃあ、仮にですよ、

   あなたがもう一つの生き方をなすっとったら、


     ちっとも後悔しなかったと


   言きれますか?






                        





青観「……






                        
                       






  志乃「私、このごろよく思うの、

  人生には後悔はつきものなんじゃなかしらって、




  あーすりゃよかったなあ、

  という後悔と、




           




  もう一つは…、


  …どうしてあんなことしてしまったんだろう…、

   という後悔…









                      










青観を静かに見つめる志乃







                      








青観「……






下を向いて、涙を潤ませている青観。





                      







ふたり、だまって庭を見る。






                       




志乃、もう一度青観をそっと見つめ、
場をずらし、横で
お茶の用意をする。






青観は黙って庭を見ている。






静かに流れていく時間








ふたりには、いったいどのような
青春の物語があったのだろうか、

青観の一元的な人生の考え方を瞬時に見抜き、
相対的に言い換えて彼の迷いを救った志乃。
しかし、それは青観の人生の業をも同時に
言い当ててしまう、諸刃の剣でもあった。

ある意味優しさと厳しさが同居した、彼女の人生を
全て統合したエネルギーの強い言葉だった。

彼女は結婚をせず、静かに故郷で暮らしている…。
彼女は自分の人生に腹をくくっている。背筋がピンと
伸びているのだ。青観は彼女のその生きざまに、
心底救われた夜だったのかもしれない。

しかし…、彼女はほんとうに自分の人生に
迷いがないのだろうか…。

ともあれ、私は、バリ島時代、
第17作のこの志乃さんの言葉によって蘇生し、
東京に引っ越した後も含め、
この二十数年間を生き延びてきた気がする。


役者はその演技に生き様が出る。これは私の確信だが、
そのことを見事に私の目の前に突きつけてくれたのが
第15作「寅次郎相合い傘」の時の寅のアリアを語る渥美清さんの
姿かたちであり、そしてこの第17作「寅次郎夕焼け小焼け」で
人生の二つの後悔を語る岡田嘉子さんのあのお姿だ。

役者とは、この世界の成り立ちを
その姿そのもので語ることが出来る芸術家なのだと
いまさらながらに思い知らされた。






それにしても「私の〜ラバさーん」と青観と志乃の静かな夜のコントラストは
実に上手かった。桜井センリさん、ご苦労様です(^^;)






追記2023年5月



2023年5月 播州龍野にて

K新聞記者のNさんのご紹介で、
青観が訪ねた志乃さんの家に実際にお住まいだった方にお電話でお話を伺うことができました。

青観の初恋の女性である志乃さんの家は、お屋敷が並ぶ下霞城の龍野公園のすぐ下手にありますが
1976年当時お住まいだった斎藤さん(84歳)を紹介していただきお話が聞けました。
彼女のお母さんは大山さんとおっしゃいましてお花やお茶をたしなむ文化人だったようです。
(大山さんと言う方がお住まいだったことは10年ほど前に私の取材ですでに判明していました。)

彼女が36〜37歳頃の1976年に山田組スタッフがまず使わせてほしいと来られて
撮影当日は山田監督などが玄関先に来られ1時間半くらい撮影されて帰られたようです。
ロケ自体は玄関先とあがりかまちでの撮影だけゆえに時間も長くかからなかったもようです。

宇野重吉、岡田喜子、榊原るみさんたちだけは
スタッフたちの準備が終わるまで家の中の座敷で待機していたそうです。

ものすごいギャラリーで家の裏庭やカメラに映らない場所には何十人という近所の人たちが
集まってきていたそうです。

山田監督とはあまり会えなかったそうで
撮影中は家の後ろの方でみんなで声を出さないように静かにしていたのだそうです


色紙など持っていなかったのでサインをもらう機会を失ったことがとても残念だとおっしゃっていました

下霞城というお屋敷の多い地区で古い土塀があって古い格子戸があったのが選ばれた理由だそうです

現在はもちろんお住まいはもう更地になり
青空駐車場になっています。

お屋敷の前の基礎の石垣や大きな石だけが残っています。




物語は進んで


青観が龍野を去る日


車はスピードを出して走っていく。

青観、前方を見て顔色が変わる。



                       



志乃が見送りに道に出ている。



                     
                        




志乃は車が通り過ぎる瞬間に後部座席の青観を見る。




         志乃はここで青観を見つけ、必死でその姿を追う
                      


志乃を見つめたまま小さく頭をさげる。


    
画像の偶然で青観の横に志乃が寄り添うような…
        
          

なんとも穏やかないい顔。



                       




志乃はひたすら
青観を見つめながら頭を下げる。





        
                       



見る見る志乃の姿が遠ざかっていく。


         



もう見えなくなるその刹那

志乃、手をそっと上げ、小さくふる。


まるで青春の日の少女のように…


         
    


↓この画像の瞬間志乃さんの手がそっとふられる。
青観は確かにその行為を認識できる位置に
あったことがこの下の画像で分かる。
志乃さんがそっとふった手は青観に確かに届いたのだ。


   
この小さな画像では分かりにくいがこの時正に志乃は手をふった。
      青観は確かにそれを認識できている。


   
          
         
       

スピードを出して走る車の窓から
小さくなっていく志乃の姿を
いつまでも見つめ続ける青観。



遠く離れて行く車をいつまでも
背伸びをして見送る志乃。



近所の人が挨拶をする


志乃それに答える。


                      



そしてまた、遠くを見つめ、


車が小さく消えていった先を見送る志乃






             もう車はほとんど見えない。それでも志乃さんは見送る。
        




志乃さんはいったい何時間あの場所で青観を待っていたのであろうか…。



                       

こんなひそやかで美しく昇華された愛の交流のシーンは
このシリーズで、この場面を置いて他にない。

昨晩、あんなに気丈夫に青観に自分の
人生観を語った志乃さん。

しかし、それでも、もう一目、もう一目でいいから
彼のあの姿を、彼のあの表情を、あの目を、
胸に焼き付けたかったのであろう。

もう2度と会うことはない二人なのかもしれない。

青春の哀しい思い出が長い歳月を経た後にほんの一瞬
彼女の前に蘇り、初夏の風とともに過ぎ去っていった。

志乃さんにとって、昨日と今朝の出来事は一生の出来事
だったのかもしれない。


青観の人生はいずれ終わりを告げる。

彼女の人生もいつの日か終わるのだ。


それでも彼が渾身の想いで彼女を描いた絵は残る。
青春の想いの全てを込めて描いたその絵は
何百年も残っていくのだ。

ここにこのふたりの救いがあると思いたい。


そのことは、
人生の全てを絵に賭けてしまった孤独な青観の、
生きた確かな証であり、

そこに絵を描く人間としての冥利がある。