2026年6月12日

ふたりの覚悟  風の丘に立つ島崎真知子先生





     











第36作「柴又より愛をこめて」

式根島で長い間先生を続けている島崎真知子先生。
いろいろな人生経験を経て、今寅という人物を見ている。
彼女の眼は優しいが鋭い。



大浦海岸


毎年6月後半にスイムとランの競技アクアスロンが開かれるのがここ。


真知子先生は遥か向こうの海を見ながら自分の心の奥を寅に吐露する。



       



真知子「ここ、私が島で一番好きなとこ」



寅「なるほど、こりゃいいとこだ」

真知子「淋しくなるといつもここに来るの」



       



寅不思議に思って

寅「先生みたいな人でも
 そんな淋しいなんて思うことあんのかね
」

真知子「フフ…そりゃ、ありますよ」

寅「はあー…」

真知子さんは言う

真知子「二十四の女先生に憧れてあんなふうになりたいと思って
    学校出てまっすぐこの島に来たの。
    十五年前。
    この島はまだ水道もなくてとっても不便だったけど、
    でも子供や若者はたくさんいたし、
    私はとっても大事にされて、
    そりゃあ張り合いのある毎日だったのよ。

     でも…、ふと気がついてみると
     私ももう若いとはいえない年になってしまった。
     この先どうなるのかしら…、
     このままばあちゃんになってしまうのかしら…。
     そんなこと思ったりするとね…
」



       




その真知子先生の言葉を受けて、

寅も延々と続く一人旅の中の夕暮れ時のわびしさ悲しさを
正直に真知子さんに告白するのだった。

寅「
よーくわかりますよ・・・
 まあ、たとえば田舎の町を旅しているとしますか・・・。
 西の空がこう、真っ赤に焼けてね、
 お寺の鐘がゴーーン。
 前掛けかけたおっかさんが
 『いつまで遊んでるんだよ。ご飯だよー』ってね。
 
 そうすると子供たちが、
 『さよならさんかくまたきてしかく♪』
 自分たちの家へ帰って行っちゃうんですよね。

 あとにはだーれもいねえ・・・

 そんな景色を見てますとね、
 妙に寂しい気持ちになったりしましてね
」


   



真知子「寅さん…。もしかしたら独身じゃない?」



       



寅「えへへ、まあ、お恥ずかしながら」

真知子「やっぱり…
」


寅「あ、そういうのって分かるのですか」


真知子さん頷いて

真知子「首筋のあたりがね、
   どこか涼しげなの
   生活の垢が付いてないっていうのかしら
」



        

   

このシリーズの中で寅を独身だと見抜いたのは
後にも先にも真知子さんだけ。
深い洞察力を持っている人だ。


寅はちゃかしておどけ、笑ってしまう真知子さん。


財産を持たず、地位も持たず、しがらみも無く、
フーテン暮らしを続ける寅。
行き着くところは悲惨でみじめな末路が待っていることは
百も承知しているが、それでも自分の美学に従う寅。

人生に保険をかけない、その潔い生き様が
真知子先生の琴線に触れたのだろう。



     



男はつらいよのもう一つの魅力が
この寅の野垂れ死に覚悟の潔さにある。

東京から遠く離れた厳しい環境の式根島で子供たちの
ために強い気持ちで15年も生きてきた真知子先生にしか
分からない『人を見る眼』というものは確かにあるのだ。

離島の先生とフーテンの寅。

この一見生きる道がかけ離れた二人には
ある共通した『孤独を伴った覚悟』が存在する。
痩せても枯れても辛くても自分の道があるのだ。

バリ島で20年以上もの間、未来への展望も持たずに、
野垂れ死にを思いながら、孤独の中で絵の制作をして生きてきた私には
あの孤島の丘に立つ真知子先生の気持ちが分かる気がするのだ。