モネの一生一品 『死の床のカミーユ』
東京駅近く、
地下を通れば雨にぬれずにたどり着ける
『アーティゾン美術館』でモネ展
『クロードモネ 風景への問いかけ』
が始まりました。

毎年毎年これでもかこれでもかとモネ展かもしくはゴッホ展が開催されていますよね。日本人はこの2人の絵描きが三度の飯より好きなんですねー。
あ、そのモネの周辺の人たちもあいかわらずの人気です。猫も杓子も「印象派」ですものね。
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もともとは、この東京駅近くのビルは、あの有名なブリジストン美術館でした。
数年間建て替え工事をし、このたびようやく
生まれ変わって展示面積は昔のブリジストン美術館の2倍!
モネはもう日本ではゴッホと並んで一番人気ですので
毎年に近いくらいしつこくモネ展が開催されているんですが、今回は特別どんなことをしても観たい1枚があります。
僕の大学時代に5年間芸術学の講義で学んだ恩師の坂崎乙郎先生が、膨大な作品モネの中で一番は睡蓮でも風景でもなく、
愛妻の死の直後を早描きで描いた「死の床のカミーユ」1879年が一番好きだと言われていたのです。
「死の床のカミ−ユ」1879年の作品。

当時、比類なき技量があるにもかかわらず、冷遇の時代を生きなければならなかったモネにとって
妻のカミーユの愛情はなにものにもかえがたいものがあったのです。
しかしその妻が32歳の若さで2人の子供を残してこの世を去ってしまいます。悲しみにくれながら、モネは死の直後の彼女の顔を描くのでした。
制作中にふと我に返った彼は、
こんな時にさえ絵を描いてしまう絵描きとしての業に自らおののき、自分に絶望しましたが、
しかしその絵には人間の尊厳が、共に生きてきた軌跡が、覚醒された意識の中で見事にそのタッチに表現されていました。
恩師、坂崎乙郎先生の影響もありますが、僕個人も学生時代から、
この「死の床のカミーユ」こそが間違いなくモネの最高傑作だと思っていました。睡蓮でも風景でもなくこの絵「死の床のカミーユ」です。
僕の若き日パリのオルセーでこの絵を観て胸に来るものがありました。
モネの画家人生の真骨頂がここにあります。
「私は鳥が歌うように絵を描きたい」といったモネの言葉を、僕は、このプライベートな絵「死の床のカミーユ」に出会うことによって、
ようやく少しだけわかってきた気がしたものでした。
そういえば日本の画家、熊谷守一も息子の陽が死んだとき、枕もとで息子を一気に描いた絵がありましたね。
熊谷守一もモネと同じで絵を描いている自分に愕然として30分でやめてしまった。と本に書いてありました。
倉敷の大原美術館にある「陽の死んだ日」です。
僕は機会があるごとにこの「陽の死んだ日」も何度も観ました。タッチがすべて生きている本当に凄い絵です。
モネの「死の床のカミーユ」も
熊谷守一の「陽の死んだ日」も
この作品が彼らの「一生一品」だと私は思っています。
聞いた話によると今回のモネ展では「死の床のカミーユ」はカタログの中には入っていますが、今回の絵葉書になっていないし
ホームページにも表立っては載せられていません・・・。
やはり日本人はモネの睡蓮や風景画が大好きですからね。
https://youtu.be/Eix1fkJyu0E?si=HUoTwItVuM13nDA9

モネ展が開催されている大きなビル『アーティゾン美術館』の真隣に
さらに大きくそびえる「TODA ビルディング」のTODA HALL & CONFERENCE TOKYO
にて息子宮嶋龍太郎の参加する文化庁主催の展覧会も9日間開催されるのです。
文化庁メディア芸術クリエイター育成支援事業
成果発表展示イベント
[創作支援作家] あいうえお順
泉田 剛, 伊藤 道史, 小野 龍一, 岸 裕真, 木戸 龍介, 小宮 知久, すずえり(鈴木 英倫子),
鉄崎 凌大, 西原 美彩, 葉山 賢英, HIHAHEHO Studio(代表:mgr allergen0024), 冬木 遼太郎, まちだ
リな,
眞鍋 美祈, 宮嶋 龍太郎, 山中 千尋
無料
2月28日(土)ー 3月8日(日)
11時〜18時(最終入場17時30分)
ということで3月初旬に
モネの「死の床のカミーユ」のついでに
龍太郎のピンスクリーンメイキング映像発表にもちょろっと立ち寄ろうと思っています。
★国産次世代ピンスクリーンの開発とアニメーション制作
宮嶋 龍太郎
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