透明な哀しみの中に棲む人 「花にたとえりゃ薄紫のコスモスよ…」
第22作「噂の寅次郎」 の水野早苗さん と 第34作「寅次郎真実一路」の富永ふじ子さん

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「噂の寅次郎」では、愛が冷めた夫と別れて自立するべくとらやで働くことになった早苗さん。
彼女は飛びっきりの美人。そして心が離れてしまって別居しているのだからちょっと暗い。
っていうか元々気質的に生真面目故にかなんだか暗い所がある人。
早苗さんは別居中の夫と正式に離婚した日に、今まで頑張って耐えていた緊張の糸が切れ、
遂に、とらやの二階、さくらの目の前で泣き崩れてしまうのです。
別れたらどんなにかせいせいすると思っていたのに、
いざ別れるとなるとこれからの人生になんの展望もないことに気づいてしまったのです。
一方、「寅次郎真実一路」では、大手証券マンで多忙ゆえにノイローゼの夫富永健吉が失踪して、不安と絶望の涙に暮れるふじ子さん。
このふじ子さん自体もなんだかちょっと明るくはない。
証券会社で猛烈に働きまくり、その心を癒すために遠くても美しい牛久沼の自然の中の家を選び
牛久沼を見ながら故郷鹿児島を毎日思い出し続けている彼の深い孤独が配偶者のふじ子さんにも伝染してなんだか同じように淋しそうでした。
マドンナ役の大原麗子さんは、そのようなメランコリックな表情を背負わせたら右に出る人がいませんでしたね。
真実諦めただひとり
真実一路の旅をゆ
真実諦めただひとり
真実一路の旅をゆく
真実一路の旅なれど
真実鈴ふり思ひだす
第34作『真実一路』で、ふじ子さんの家にかかっていた北原白秋の「巡礼」の詩です。
人妻に恋をしてしまった寅の深い悩みと潔い決別を表している詩だと言えます。
白秋もこの詩の時は道ならぬ恋に悩まされていたのでした。
実は大原麗子さんは大きな病を持っていたのでした。
闘病は実は二十歳の頃からで、「噂の寅次郎」の数年前にも
長く入院していたって「噂の寅次郎」封切り直前のインタビューで告白していたことを思い出しました。
あんなに美しく元気そうなのに実は長い長い闘病があったのです。
雑誌に載った「噂の寅次郎」CM

「昭和50年に、ギラン.バレー症候群という病気にかかりまして、
7ヶ月間の入院生活を送りました。
昔は死んでしまう病気だったらしいですけど、
私は手と足が麻痺してしまったんです。
その時、今までの自分の人生とか、色々と反省もしまして、
もし治ったらこういう人間になりたいとか
ああいうことをやりたいとか考えていました。
そのときはとても辛かったのですが、
今振り返ってみると、病気したことが自分のためになったと思いますね。
自分を見つめることが出来ましたから」
若い頃からのこの病気が彼女のあの空気を作り上げてきたのかもしれませんね。
晩年の大原麗子さんは独身で一人暮らしで
孤独の中にいたようです。
未来の最晩年の彼女の絶対的な孤独が予感できるようなそんな空気でした。
雑誌に載った「噂の寅次郎」撮影
どこまでも透き通るように美しく、
あのハスキーな甘い声と共に
どこかさびしげで悲しげな透明感のある早苗さんでありふじ子さんでしたね。

夫が都心の猛烈サラリーマンであったために、孤独の中で遠く牛久沼で生きてきたふじ子さん。
そのような孤独の空気の中で生きていた富永ふじ子さんにも桃源郷のような時期が最後訪れるのです。
夫の憲吉が失踪から自力で戻り、上司の温情で解雇をなんとか免れ、
東京の本社から土浦営業所勤務となり、ようやく牛久沼の自然の中で落ち着いた生活が訪れたのです。
休日に沼の釣り場で釣りを楽しむ富永さんご家族
牛久沼の桃源郷。
このふじ子さん同様
孤独な女優大原麗子さんのプライベートでも、
こんな至福の日々がリアルな生活のどこかで密かに存在したのだと思いたい僕でした。
でも、彼女はもういない。
大原麗子さんは美しい人だった。私は掛け値なしにファンでした。
寅の言葉じゃないけれど
「花にたとえりゃ薄紫のコスモスよ…」

