号外!!

先日10月24日にお亡くなりになられた八千草薫さんを偲び
男はつらいよ第10作「男はつらいよ 寅次郎夢枕」の名シーンを掲載いたします。



    





昨日10月28日八千草さんがお亡くなりになられたことが公表され、
その夕方、私が「男はつらいよ おかえり寅さん」を観に行った六本木の東京国際映画祭の舞台挨拶でも
山田監督が八千草さんのことを短く語られていた。


山田監督は「先ほど聞いたばかりで、とても驚いています。僕ら世代の日本人にとっては、
若い頃から憧れであり続ける方でした 」
「47年前の美しい八千草さんのクローズアップも入っていますから、それを通して、お別れを言ってください」と
観客に呼びかけられていた。



この「男はつらいよ おかえり寅さん」の中で八千草さんは2回も登場した!




八千草薫さんといえば、実は映画よりも私にとってはテレビドラマ。
吉永小百合さんは映画の中で輝いたが、八千草薫さんはテレビドラマの中で輝いていた。
倉本さんの脚本や、向田さんの脚本で見事に揺れ動く女性を演じ切っていた。
しかし、私にとっては山田太一さんの作品での八千草さんがベストだ。

「岸辺のアルバム」
「シャツの店」

この2作品が私にとっての八千草さんの最優秀主演女優賞だ。



     




この長い寅さんシリーズで、それはもう美しい女優さんがたくさん出演された。

一番華やいだのは「柴又慕情」の吉永小百合さん。
一番色っぽかったのは「噂の寅次郎」の大原麗子さん。
一番の美貌だったのは「浪花の恋の寅次郎」の松坂慶子さん。
そして一番可憐だったのは八千草薫さんだった。

八千草さんはもちろん美しい。透き通るような美しさがあるが、しかしやはり彼女は可憐なのである。
少女のような真っ正直な可憐さがいつまでも残っている。
この「寅次郎夢枕」で彼女が演じた「志村千代」も大人の女性の美しさと言うよりは
少女の可憐さと真正直さを残した役だった。
寅のことを昔ながらに「寅ちゃん」と呼び、寅に直球で愛の告白をしたお千代坊に
私たちはそれこそ虜(とりこ)になってしまったのだ。




     










  運命の亀戸天神での告白                 シリーズ初の得恋的失恋





第8作「寅次郎恋歌」で全力疾走を見せた山田監督は、第9作「柴又慕情」で大スター吉永小百合を起用することによって
その加速度を緩めることなくここまでやってきた。そして遂にこの第10作で寅の恋は新たな方向を向きはじめる。
つまり、マドンナに「一緒に暮らしてもいい」と言われるに至るのである。それもあの美しい!八千草薫さんに!
こうなるとその加速度は緩まるはずもない。

初期の寅の無様なふられ方からすると、天と地の差だ。ある意味で得恋という「禁じ手」を使ったこの作品は、
それゆえにシリーズ屈指の名場面を作り上げることにもなる。そして皮肉にも、あんなに結婚願望がある寅が、
実はギリギリでは結婚というものから逃げていることが露出してしまう最初の作品でもある。
つまり、寅にとって『得恋』することは、すなわち『失恋』にそのまま繋がってしまう、という永遠の悲しみが、
はからずも露出したとも言える。

このあと、「寅次郎忘れな草」「寅次郎相合い傘」「寅次郎ハイビスカスの花」のリリーを初め、
「寅次郎夕焼け小焼け」のぼたん、「浪花の恋の寅次郎」のふみさん、「寅次郎あじさいの恋」のかがりさん、
「口笛を吹く寅次郎」の朋子さん、「知床慕情」のりん子さん、と本気で寅を男性として愛する女性が登場してくる。

しかし、リリーは別にしてもこの作品のお千代さんほどはっきりと面と向かって本人に、そしてとらやの面々に
自分の心を告白した人はいない。なんて潔い人なんだろう。一見おっとりして引っ込み思案にみえるが、
お千代さんは自分の気持ちをはっきり と相手に伝える強さを持っている。全48作中でもリリーに匹敵するくらいの
魅力あるマドンナだ。『千代のテーマ』も美しい曲だ。これも『リリーのテーマ』や『歌子のテーマ』に匹敵する名曲!

 あの運命の冬の亀戸天神でお千代さんが寅に自分の気持ちを告げた時、
男はつらいよの次のステージへの新しい扉が大きく開かれたのだ。
 そして寅を愛するその気持ちは第11作「忘れな草」のリリーへと受け継がれていくのである。
やはりこの第10作は「珠玉の名作」だ。
 
 それにしても八千草さんは美しい。もう文句なく美しい。後に山田太一さんの「岸辺のアルバム」「シャツの店」などでも
輝いていたが、この「寅次郎夢枕」でも清楚な美しさが光っていた。






お千代さんが語る寅

寅の幼い頃をよく知っていて、寅の気質のある側面を理解していた幼馴染のお千代さんは、その言葉もとても印象的だった。


千代「そんなことないわよ、本当に助かってるのよ。照れ屋なのよ、
   あなたのお兄さんは。小さい時からそうだったわ。人が見てるといじめたり、
   悪口を言ったりするけど、二人っきりになるととっても親切よ。
   さくらちゃんだってそうでしょ」


寅「よくおまえたちからかわれて泣いて帰ってきたじゃねえか!へへへハハッハ!」
千代「そのたびに、寅ちゃん棒切れ持って飛び出してったのよね」


千代「私ね、寅ちゃんと一緒にいるとなんだか気持ちがホッとするの。
   寅ちゃんと話をしてると、ああ、私は生きているんだなぁーって、
   そんな楽しい気持ちになるの。
   寅ちゃんとなら一緒に暮らしてもいいって、今、フッとそう思ったんだけど…」



             



リリーも第15作「相合い傘」でさくらたちの質問に対して「いいわよ、私のような女でよかったら」と言い、
「お兄ちゃんと結婚してもいいってこと?」念を押すさくらに対して凄く真面目な表情で「そう」と話す。
これもまぎれもないリリーの愛の告白と結婚への同意だが、やはり、その時は寅は不在であり、
寅に面と向かって告白はしていない。


第25作「ハイビスカスの花」でも沖縄の下宿先で、リリーは、寅に告白めいた言葉を言っているが、
寅がすぐ分かるくらいにはっきりは言い切っていない。だから全48作中、結婚をしたいという真剣な
自分の気持ちを寅にそのままストレートに伝えたのはこの第10作の千代さんを置いて他にはない。
この真っ正直な気持ちが私は大好きだ。

寅は、愚かで堪え性のない人間だが、人の心を優しくする何かを持っているようだ。
そのような数々の人々のそのような言葉を聞くにつけ、幼少期や少年期の寅の人格形成に
大きく関わったであろうさくらのお母さんの人間性をいつも想像している。このことはあまり
誰も言わないが、寅のあの優しさは、さくらとのやり取りの中で育っていったということもあるが、
それよりもっと前、彼の幼少期が最も大きく影響しているのは間違いないのだから。



優しさの背後に潜むエゴ


この一連のシーンの考察で、巷では、『結局寅は、こんなダメな自分が一緒になっても、千代さんを
幸せにしてやれないことを、うすうす知っているから、敵前逃亡したのだ。』という意見があるが、
それはたった一面の真理でしかすぎず、もう一面では、この寅の行為は、寅の強烈なエゴイズムの
表れだといえる。

どんなにくだらないと思われている人間でも、一人の人を愛し、人生を共にすることは出来る。そもそも、
どんな人も大して立派でなんかない。みんな欠点だらけで、その日常はくだらないことばかり考えている。
寅は私に言わせれば、そのへんのお兄ちゃんたちより無欲で心優しい人である。

つまり、結婚という行為は「資格」や「人格」が必要なのではなく「覚悟」や「決意」が必要なのであろう。
寅の恋愛は、純粋で濁りが無いが、しかし、それは、あくまでも相手に憧れて、相手のためになることをして
あげているうちだけが楽しいのであり、そこから発展する「結婚」という、相手と共にリアルな日常とその背後に
ある複雑な人生を見つめながら何十年も歩むような行為はできないのである。
いや、愛する人のそんなリアルな日常を寅は知りたくないのだ、と言ってもいいのかもしれない。
良い悪いの問題でも人格の問題でもない。そういう寅という人間がいるということだ。それ以上でもそれ以下でもない。

第10作以降、自分さえその気になれば、結婚はできたはずだ。しかしそれ以降も結局寅は「夢枕」同様またまた
『逃げる』のである。この寅の気質はこの後も、数々のマドンナに愛されながらも変わることなく、第48作「紅の花」
ラスト、リリーからの手紙の内容で分かるように最後の最後まで引きずっていくことになる。
渥美清さんの言葉を借りれば、「結局、寅はてめえが一番かわいいんでしょうね」ということにもなる。


しかし、皮肉にも、誰のためでもなく、ひょうひょうと生き、その時その時の出会いの中で相手に愛されながら、
短い愛情を花開かせていった車寅次郎を、多くの国民は大いに支持をし、『寅さん』はリアルでヤクザなフーテンから
愉快で人情味のあるヒーローとして完成されていくのである。

その萌芽が先日書いた第8作「寅次郎恋歌」であり、
第9作「柴又慕情」でさらにその色は濃くなり、この第10作「夢枕」で遂に完全に変身したのである。
もちろん寅次郎の恋愛とは別の次元で、さくらとの不変の兄妹愛が全編を通して底に流れていて、この長い長い物語を
土台で完璧に支えていたのは言うまでもない。


あの運命の冬の亀戸天神でお千代さんが寅に自分の気持ちを目を見つめながら告げた時、またもや、早くも
男はつらいよの次のステージへの新しい扉が大きく開かれたのだ。そして寅を愛するその気持ちは第11作「忘れな草」の
リリーへと受け継がれていくのである。





それでは本編の亀戸天神シーンをご覧ください↓






本編




ラスト付近



お千代さんと寅の別れの亀戸天神↓↓



亀戸天神


寅とお千代さんが並んで歩いている。



「亀戸天神」は、都内でも有名な藤の花の名所だ。
天神という名のとおり祭神は菅原道真。
有名な学問の神様だ。この亀戸天神は、
その名の通り池に無数の亀が生息しているらしい。
その池に掛かっているのが太鼓橋というアーチ状の橋。
この橋を渡ってお千代さんと寅が歩いているのである。
境内には紅白の梅の木も約300本植えられている。
「藤」で有名な場所だが、この映画の時期は年の瀬なので
藤棚があるのみ。お千代さんの告白はこの藤棚のそばで撮影された。


寅「♪歩みののろい毛が生えた、どうして…

↑童謡「うさぎとかめ」『♪もしもし亀よ〜』の替え歌
それにしても今回は童謡が多く使われた。



千代「
寅ちゃん…

寅「
なんだ。…」「♪どうしてそんなに毛が生えた〜

歌の種類選べよな寅(−−;)


千代「
用があるってなんのこと?


寅「
うん…



                    


 
千代「
歌ばかり歌ってないで話してよ

寅「
どうも、言いにくいんだよな、これが…なぁ…

千代「
でも、ご飯食べて、お茶飲んで、
   かれこれ
4時間も経ってるのよ

寅「
そんなに経っちゃった?
 じゃあ、めんどくさいから今日は打ち切りにして帰るか


千代「
そんな…、せっかくお店を休みにして出てきたのに…」

お千代さん、わざわざ美容院休んで
寅の誘いについて来たのか…、
お千代さんなりにかなり気合が入っていると感じた。



寅「
うん…そうか…。あーなんてったらいいのかなあ…

お千代さん、ため息

遠くからなぜかあの、上にも書いた山本リンダの『どうにもとまらない』が聞こえてくる。
年末の商店街の有線か何か、という設定かもしれないが、この場面ではちょっと無理がある。


寅「
えー…、おおかた察しはついているだろう。
 お千代坊は勘がいいから、え?



千代「
それは、まあ…なんとなく


お千代さん、ちょっと微笑み、はにかむ。


寅「
あ、それだよ、それでいいんだよ…。
 なんだ4時間もかかってくたびれちゃったよ



お千代さん、クスッっと笑いながら、橋の手すりを手でなぞり、
寅に求婚された嬉しさを表していた。


                   


寅、しゃがんで手すりに両腕を掛けながら

まあ、お千代坊もさ、
 いつまで一人でいられるわけでもないんだし、
 あんまりパッとした相手でもないんだけどさ、
 このあたりで手を打ったほうが
 いいんじゃねえかな…どうかね



と、お千代さんを見る。


お千代さん、微笑んで、下を向きながら

千代うん…


寅「
いや、いやだったらいやでいいんだよ、
 こういうことは…、いやかい?


↑寅、ほんとは心のどこかで「いや」と言って欲しい。




千代「
ううん…嫌じゃないわ…

寅「
じゃ、いいのかい?


千代「
フフ…、ずいぶん乱暴なプロポーズね。寅ちゃん

寅「
しかたがねえや、おれこういうこと苦手だしさ
←寅、まだ気づかない。


微笑んで、フッ、っと息を吐く千代。



寅「
じゃ、いいんだな


お千代さん、微笑みながら、
小さくもう一度うなづく。


ここまでのお千代さんは幸せだった




                   



寅、少し寂しそうに、


寅「
決まったようなもんだ。よし!
そうとなりゃ、
あいつ
電話で知らせてやろうか。
嬉しくなって気が狂っちゃうんじゃないかな?
赤電話どこかな?



っと腹巻から小銭を探す。


千代「
…?…寅ちゃん

寅「
なんだい?

千代「
あいつって誰のこと?

寅「
決まってるじゃないか、うちの2階のインテリだよ

千代「
岡倉先生!!?

寅「
そうだよ

お千代さん、失意の微笑みを寅に向け、


千代「
あ、フフ…私、勘違いしていた…と、寅を見る。


寅、「
勘違いって、誰と?まだ気づいていない。


お千代さん、寅から目をそらし、下を向き、


千代寅ちゃんと…




                    



寅、ビクッっと小さな目を大きくして、
あまりのショックに肩をガクッ!っと落とし、
しばらく何も言えない。



お千代さん、
後ろを向いて、向こうの手すりのところに行き、
自分のありのままの気持ちを寅に伝える。

千代「
私ね、寅ちゃんと一緒にいると
  なんだか気持ちがホッとするの。
  寅ちゃんと話をしてると、
  ああ、私は生きているんだなぁーって、
  そんな楽しい気持ちになるの。
  寅ちゃんとなら一緒に暮らしてもいいって、
  今、フッとそう思ったんだけど…


っと遠くを見る。


寅、すごく動揺し、肩をガタガタさせ、
唾を飲み込み、飲み込み、


寅「
ジョ…ジョージャンじゃないよ。
 そんなこと言われたら誰だって
 ビックリしちゃうよ。ハハハ…




お千代さん、寅の方に向きなおして
首をしっかり横に振りながら、
はっきりと
冗談じゃないわと言い、
真剣に寅を見つめる。



      


千代のテーマ美しく大きく流れていく


この「冗談じゃないわ」という言葉こそが
 お千代さんが自分の気持ちを真剣に
 寅に告白した、大事な発言である。



リリーも第15作「相合い傘」でさくらたちの質問に対して
「いいわよ、私のような女でよかったら」と言い、
「お兄ちゃんと結婚してもいいってこと?」念を押すさくらに
対して凄く真面目な表情で「そう」と話す。
これもまぎれもないリリーの愛の告白と結婚への同意だが、
やはり、その時は寅は不在であり、寅に面と向かって告白は
していない。第25作「ハイビスカスの花」でも沖縄の下宿先で、
リリーは、寅に告白めいた言葉を言っているが、
寅がすぐ分かるくらいにはっきりは言い切っていない。
だから全48作中、結婚をしたいという真剣な自分の
気持ちを寅にそのままストレート
に伝えたのはこの第10作のお千代さんを置いて他にはない。
この真っ正直な気持ちが私は大好きだ。




寅、お千代さんの視線に耐えられなくて
後ろずさりしながら目を上に上げることが
できないまま、橋の手すりに背中をもたれてしまう。
嬉しい以上に動揺してしまって
いる。(渥美さんの名演技が冴えていた)


            



お千代さんは、寅のこのような態度を見て、
幼馴染み以上の自分への特別の
気持ちが無いのだ、と、
勘違いしてしまったのかもしれない。
寅をこれ以上萎縮させてはいけない、
という気持ちで




寅を見つめ、                

下を向き考え小さく息をはき、

そしてうって変わって、
にこやかに             





嘘よ、フフ、やっぱり冗談よ
と、笑って言ってしまう。


あ〜!!!残念だァー!!!(T T)


寅、安堵感で溢れた顔になり、
ペタッっと尻餅をついてしまう。


寅「
そうだろ!冗談に決まってるよ!ハァー…


お千代さん、失恋の気持ちを隠しながら、


千代「
じゃ、そろそろ帰りましょうか…

寅、しゃがんだまま、お千代さんの方を見ないで

そうね、帰ろうか

千代、ゆっくり先に歩きながら

千代買物があるから、寄り道するわ…


寅、しゃがんだまま、まだ、
お千代さんを見ないで


寅「
うん!

寅、両手で顔や目を擦って
ハァーッと息をはく。

遠ざかるお千代さん。

お千代さん、
もう一度だけ振り返り寅を見る。


寅は相変わらず、お千代さんを見ないで、
下を向いて大きなため息をついている。

お千代さん、ゆっくりずっと遠ざかっていく。



          


お千代さんは最後にもう一度寅の方を見る。
なぜならば、寅に呼び止めて欲しいからだ。
そしてもう一度寅の気持ちを確かめたいと
思ったに違いない。
その一分の望みも絶たれたのを観て、
なんとも切なく、やるせない気持ちになった。

この場面を見るたびにそのまま、
スクリーンの中に飛び込んでいって、
寅の手を引いて、
『お千代さんともう一度話をしろ!』と言いたくなる。


この一連のシーンの考察で、
巷では、『結局寅は、こんなダメな自分が一緒になっても、
お千代さんを幸せにしてやれないことを、
うすうす知っているから、敵前逃亡したのだ。』という意見があるが、
それはたった一面の真理でしかすぎず、
もう一面では、この寅の行為は、寅の強烈なエゴイズムの
表れだといえる。

どんなにくだらないと思われている人間でも、
一人の人を愛し、人生を共にすることは出来る。
そもそも、どんな人も大して立派でなんかない。
みんな欠点だらけで、その日常はくだらないことばかり
考えている。寅は私に言わせれば、無欲で心優しい人である。

つまり、結婚という行為は「資格」や「人格」が必要なのではなく
「覚悟」や「決意」が必要なのであろう。寅の恋愛は、
純粋で濁りが無いが、しかし、それは、あくまでも相手に憧れて、
相手のためになることをしてあげているうちが楽しいのであり、
そこから発展する「結婚」という、相手と共にリアルな日常と
その背後にある複雑な人生を見つめながら何十年も歩むような
行為はできないのである。

いや、愛する人のそんなリアルな日常を寅は知りたくないのだ。
と言ってもいいのかもしれない。
良い悪いの問題でも人格の問題でもない。
そういう人間がいるということだ。それ以上でもそれ以下でもない。

寅は見合いをしたこともあるし、
第5作に代表されるように、何度も真剣に結婚を考えたことがあるが、
それはあくまでも願望や推測の状況時のことであり、
決定的に相手からの告白があり結婚が決まりそうになった
第10作「夢枕」、第15作「相合い傘」第25作「ハイビスカスの花」では、
やはり踏み切れずに、マドンナに少し悲しい思いをさせる。
まったくもって罪な男なのだ。
また、第29作「あじさいの恋」
第32作「口笛を吹く寅次郎」第38作「知床慕情」あたり
でもその気になれば、結婚はできたはずだ。
しかし結局寅は「夢枕」同様またまた『逃げる』のである。

この寅の気質はこの後も、数々のマドンナに
愛されながらも変わることなく、第48作「紅の花」ラスト、
リリーからの手紙の内容で分かるように最後の最後まで引きずって
いくことになる。
渥美清さんの言葉を借りれば、
「結局、寅はてめえが一番かわいいんでしょうね」という
ことにもなる。

しかし、皮肉にも、誰のためでもなく、ひょうひょうと生き、
その時その時の出会いの中で相手に愛されながら、
短い愛情を花開かせていった車寅次郎を、多くの国民は
大いに支持をし、『寅さん』はリアルでヤクザなフーテンから
愉快で人情味のあるヒーローに変身していくのである。

その萌芽が第8作「寅次郎恋歌」であり、
第9作「柴又慕情」でさらにその色は濃くなり、
この第10作「夢枕」で遂に完全に変身したのである。

もちろん寅次郎の恋愛とは別の次元で、
さくらとの不変の兄妹愛が全編を通して底に
流れていて、この長い長い物語を土台で完璧に
支えていたのは言うまでもない。




以上です。




「寅次郎夢枕」亀戸天神の名シーンを紹介いたしました。


八千草薫さんのご冥福をこころよりお祈りいたします。





なお、昨日、東京国際映画祭で鑑賞しました「男はつらいよ おかえり寅さん」の
感想は1週間後のバリ島に出発します11月6日の直前、11月4日ごろにアップするつもりです。
映画の具体的な内容に触れる部分がありますゆえ、この映画を観ていない人は
観てから後に感想を読まれるほうが良いとは思います。