2018年6月7日掲載




86歳山田洋次監督 『男はつらいよのその後』の映画制作構想を語る




6月2日TBS 『サワコの朝』 での山田洋次監督の衝撃の構想発表、を掲載。







        













最初から最後まで全会話掲載





         





『サワコの朝』 での山田洋次監督の衝撃の構想発表。



一見普通のトーク番組に見えるが、
阿川佐和子さんのデリケートでシャープな突っ込みと
攻めと守りの上手な「間」が、山田監督のいくつかの貴重な発言を引き出していた。




『サワコの朝』は
TBS系列で2011年(平成23年)10月1日より毎週土曜日の7:30 - 8:00(JST)に放送されているトーク番組である。阿川佐和子の冠番組



阿川佐和子さん: 作家、阿川弘之さんの長女さん。タレント、作家。







BGMは

Doris Day の 『Tea for two』二人でお茶を。


「二人でお茶を」(ふたりでおちゃを、英語: Tea for Two)は、
1925年のヒットソングである。ヴィンセントユーマンスが
アーヴィングシーザーの台本に曲付けした
ミュージカル『ノーノーナネット』(英語: NoNoNanette)で使用された。
原作では、ヒロインのナネットが第2幕において、恋人役のトムと共に、
自分たちの将来を思い描いて歌う曲として扱われる。
1950年公開のミュージカル映画『二人でお茶を(英語版)』では
ドリスデイとゴードン・マックレー(英語版)がデュエットした。







和田誠のイラスト




阿川「おはようございます 阿川佐和子です。
   今日のゲストは日本映画の巨匠でございます



阿川「『わたくし、生まれは・・・』 もう懐かしくなっちゃいますけどね


阿川さん山田監督の紹介の部分で

男はつらいよでの寅の仁義を切るあの

「わたくし、生まれも育ちも・・・・」を

「わたくし、生まれは・・・」と言って「懐かしくなっちゃいますね」と
発言されていましたが、「生まれ」ではなく「生まれ」なのだ。
「は」と「も」くらいの差はどーーーでもいいじゃないかと思う人も多いだろうが
やはり「生まれも育ちも葛飾柴又です」を頭に入れていないのは丸分かりなので
私としては阿川さんに対してちょっとさみしい思いになってしまうのだ。

これは一般的な表層的トーク番組なので、
「は」でも「も」でも、どーーーでもいいんだけど、やはり意味がぜんぜん変わるのでどうでも良くはないのだ。
阿川佐和子さんは勘が良い人なのでちゃんと予習してほしかったとつい思ってしまった。




まあそれはさておき、再現を始めよう。




阿川「山田洋次監督においでいただいております



山田監督の登場。



(収録会場に観客がいるらしくて 拍手が聞こえる。)


阿川「ご無沙汰しております」

山田「しばらく」

阿川「お歳のことをうかがっていいのかどうかわからないですけど・・・86歳に・・・」

山田「・・・・うーん・・まあ、そのへんでしょう」

阿川「そのへん、はははは、もう、覚えとらん、はははは」



阿川「まだ1年に1本映画を撮ってらっしゃるそのペースを崩さないという」


山田「そうねえ、まあ、運がいいんでしょうねえ 今までそうやって作ってこれたっていうことはねえ」


阿川「運がいい?」

山田「ええ、ふふふ」


阿川「あ、 売れる映画にならなきゃ・・・仕事が来ないということでですか」

山田「ええ、そらそう、そらそうですよ、ええ」

阿川「こんどまた、ドラマもお作りになると聞いております。そのお話もいいですか」

山田「ええ、そうそうそう、TBSですねえ、あれもねえ」



(結局その6月25日放送のTBSのドラマ「あにいもうと」の話は尺の問題でカットされてしまっていた)



      


ここでフェィドアウトして


和田誠のイラストとアニメーション


     






     







     




     







BGMは Doris Day の 『Tea for two』二人でお茶を。


(Woo・・・ ah・・・) Oh honey

Picture you upon my knee,
Just tea for two and two for tea,
Just me for you
And you for me alone.

Nobody near us
To see us or hear us,
No friends or relations
On weekend vacations.
We won't have it known, dear,
That we own a telephone, dear;





再度BGM 『Tea for two』


Picture you upon my knee,
Just tea for two and two for tea,
Just me for you
And you for me alone.




椅子選びの儀式


阿川「まずは椅子を選んでいただきたいのですが、え」

山田「じゃあ、その正面にあるのを」


阿川「ですね」

山田「はい」

阿川「私もこちらの茶色が似合うんじゃないかと思いました」


阿川「茶色い椅子でお願いします」




二人とも座って



阿川「私たちにとってはやっぱり山田監督は男はつらいよの寅さんと・・・」

山田「うんうん」

阿川「それから…まあ、これは脚本のほうですが釣りバカ日誌とか・・・」

山田「そうねえ・・・」


 釣りバカ日誌は確かに集客のことがあるので山田監督は脚本に名前を貸して助言はしてはいるが
 実質他の方々が書いている。よりによってあの「釣りバカ日誌」を出されても嬉しくはないかもしれない。
 釣りバカ日誌は中身が薄く山田洋次の世界とはずれることは観ればすぐわかるのだが、まあ仕方ない。
 本当はそういうこともちゃんと予習してほしいとは思った


阿川「渥美さんが亡くなられてもう20年近く・・・なりますね」

山田「そうそう・・ええ」

(渥美さんが亡くなってから22年目に入る。20年近く・・・ではない。
そういうのも基本なのでなるべくなら予習してほしい)


阿川「もうそんなになるのかと思ってびっくりしたんですが・・」

山田「そうねえ、ええ、ええ」


阿川「何がこんなに人を惹きつけたのか、と」


山田「まあ僕もうまく言えないけれども・・・
   なんか、『自由』でいられるってことかなあ・・・


阿川「ええ」


山田「自由自在にふわふわふわふわと・・・
   それに対するこの、『憧れ』ですねえ


阿川「自由への憧れ・・・」


山田「そうです。風が、こう、こっちから吹いてれば、
   風の吹く方に行っちゃうとか、フフ、
   抵抗するのはいやだから。
   そんなバカなことが、寅だとなんか成立してるんですよね、現実に有り得ないことがね」

阿川「うん」


山田「だからまあ、映画観ながらあんなふうに生きられたらな、
    あんなふうに感じることができればなあ・・・
    ってことを、不自由に生きてる人たち、観客が憧れる、ということでしょうかねえ」


阿川「フフフ・・・・」





      




音楽を選ぶ儀式



【記憶の中で今もきらめく曲】



阿川「じゃ、まず2曲選んでいただいて・・・」


山田「フフフ、はあはあ うん」

阿川「今の記憶の中できらめいている曲はなんでしょう?」


山田「ええ、やっぱり映画音楽と言えば僕はすぐにニーノロータ。・・と言う人が頭に浮かぶし、
    世界中の監督がニーノロータと仕事したいと思う。そういう作曲家ですね」


(ニーノロータは、フェリーニ監督のほとんどの作品を担当。 ゴッドファーザー 愛のテーマでも有名)


     




トランペット演奏で「道」のメインテーマが流れている。



阿川「はあ・・・」

山田「一番最初に彼の音楽に接したのはフェリーニの『道』っていう映画ですね。
    僕まだ学生でしたねえ」

阿川「学生・・・」

山田「ええ、ええ」

阿川「1950年代ですか?」

山田「50年代の終わりです、ええ」

阿川「東大の学生でいらっした時に映画館に行って」

山田「ええ、観に行きましたね」


山田「こんな映画今までに観たこともない、
   しかも、なんか非常に残るっていうかな、胸にね」

山田「こんな映画あるんだな・・・と、思った。
    この映画の魅力の一つがあの主題曲でしたね」



山田「聴いているだけで涙が出てきてしまうこの音楽・・・」


     


阿川「道化になるんですね。
   ジェルソミーナは家が貧しいから旅芸人のところに売られて」

山田「売られちゃう、ええ、ええ、」

阿川「で、その厳しい親分と一緒にいろんな旅をしながら芸をして
    どっかで生活の楽しみを見出すという・・・・・」



映画の数々のシーンが映し出される



     



山田「彼女はフェリーニの奥さんになったんですよね、ええ」

 (これはジュリエッタ マシーナさんのこと。)



     





     



私が学生時代はまだ家庭用VHSが流布していなかったので
映画と言えば映画館でしか観れなかった。
早稲田通りにあったACTミニシアターに「道」を何度も何度も観に行った。
映画大好き青年たちにとって「道」は一つの羅針盤だった。

家庭用VHSが広まるのはそれからおおよそ3〜4年後のことだった。
皮肉にも学生時代数々の名画を家のVHSビデオではなく
映画館で観れたことは不幸中の幸いと言える。





阿川「監督ご自身は監督をなさるだけじゃなくて、脚本も」

山田「うん、うん」

阿川「オリジナルの脚本もお書きになるというところから・・・」

山田「うんうん」

阿川「基本的にはやっぱっり家族の物語を一貫してお作りになってらした」

山田「うんうん」

山田「まあ、そう、そうなっちゃってるってことですね、振り返ってみればね」

「阿川そうなっちゃってる・・・」

山田「ええ、別に家族を描こうとって決心してやってるわけじゃないんですけどね」

阿川「あ・・・そう・・ですか」

山田「むしろ、僕の若い時はホームドラマなんてバカにしてましたからねー。
   僕は松竹の大船撮影所で育ったんだけれども」

阿川「はい:」

山田「なんたってマエストロは小津安二郎でしょ」

阿川「はい」

山田「家族の物語、娘が嫁に行くなんて、そんな話を延々と撮っててね」

阿川「はい」

山田「なんだそんなものと思ってましたからね、ハハハ」



会場 笑い





      





阿川「そのころは、じゃあ、小津監督について・・・」

山田「あのころは、若い映画人はみんなそう思ってましたよ」

山田「退屈な映画だな・・・なんて」


山田「非常に保守的な映画だと思ってましたから、ハハハ」

阿川「ハハハハ」


山田「やっぱりイタリアンネオリアリズムとかね」

阿川「はい」

山田「あのそう言う映画じゃなきゃだめだとか、黒澤明じゃなきゃだめだとか思ってましたからね」

阿川「そうか=、黒澤明監督の影響は大きかったんですね」

山田「そうですね、だけど気が付いて見たら
    結局僕もホームドラマを作ってるっていうことになりましたね〜〜」

阿川「うーん」


山田「いわば、松竹という会社の社風みたいなもんかなあ・・・
    が、ホームドラマだから。
    ま、僕ら監督なるために脚本書かないといけないってんで、
    まあ、一生懸命脚本書いて会社に提出するんですけども」

阿川「ええ」


山田「ある時先輩の監督がね、「君な、どんな脚本書いても
   そりゃまあギャングもんでもやくざもんでも近未来ものでもいいんだけども、
   その脚本の根のところに家族関係をちゃんと置いとけよと
   親子なり夫婦なり、兄弟なり、そうするとね、脚本が落ち着くんだよ。
   って言うんですよね。


阿川「それは、松竹の先輩に言われたんですか」

山田「そう、言われたんです。
   それは非常に僕の中に残ってますね。」

阿川「はあ〜〜〜」



山田「そうすると、碇(いかり)がちゃんと岩を噛むようにね、落ち着くんだってね
   一番基本的なフレームっていうかな骨格っていうのかな、
   それが親子とか、夫婦、兄弟とかである必要があるっていうことですね、えー




阿川「はあーー」





          



     



阿川「山田さんはお父さんのお仕事の関係で満州で生まれられて
   それから東京大学法学部

山田「法学部・・・ハハハ」


(山田さんは確か大阪で生まれたはず、満州はその後だった。一事が万事なのできちんと予習してほしい)



阿川「どう考えてもお役人さんとか・・・」


山田「まあねえ、そういうコースですねえ」

阿川「ねえ、そういうふうに東大に入った時点では思ってらしたんですか?」

山田「いや、わかんなかったですね、どういうふうに、どういう人生を歩むのか
   ね 映画研究会みたいなとこいましたけども」




      






阿川「映画研究会に入られた」

山田「うんうん」

山田「でも、映画監督になりたいって、具体的に思ったことはないし」

阿川「うん」

山田「ただ、まあサラリーマンになるのは嫌だったから
    新聞社とか雑誌社とか、ま、ジャーナリズムですねえ。
    あるいは映画とか、そういう風のほうがいいなあ」っと

    そんなことで就職試験一生懸命受けたっていうことですよ〜〜」

阿川「うん」

山田「みんな片っ端から落っこちちゃって」

阿川「そうなんですか」

山田「そのころは、そうですよ、凄い就職難の時代でねえ」

阿川「はあ・・・」

山田「成績もひどく悪いから、君、一流企業は無理だよと、この成績じゃね」

阿川「あんまり大学では勉強しなかったとか?」

山田「ええ、まったく・・。ほとんど授業出てなかったんじゃないかな ハハハ」

阿川「フフフ・・・・」

山田「でも、四年近くなれば、就職しなければ食えないなあって思う。
    そういう不安っていうのはね、今でもね」

阿川「ええ」


山田「夢に見ますよ」

阿川「ハハハ」

山田「就職が決まらない、どーーしようという ハハハ」

阿川「フフフ、あ、そんなに恐怖だったんですか、フフフ」

山田「恐怖ですよ〜〜」

阿川「フフフ、若い頃のトラウマになって・・・」

山田「そうですねえ〜〜」

阿川「へえ


山田「それで、いろんなところ受けてるうちに松竹の助監督にひっかかって・・・」」

阿川「でも、映画がお好きだったんだからそれは」


山田「まあ、撮影所で働くなんてのはいいなあって思ってましたけども」

阿川「うん」



     



阿川「で、映画を作り始めて、近い世代の方に大島渚監督や篠田さん・・・」

山田「あの、日活では。。浦山さんとかねえ・・・、いますねえ」

阿川「仲はよかったんですか?」


山田「うん、あんまり 仲もよくないんじゃないかな、フフフ」

阿川「フフフ」

山田「大島君とか篠田さんたちがどんどん監督になって活躍するころ、僕はずっと遅れてましたから、
   僕は監督は無理だと思ってましたね。何十人もの大勢のスタッフをね、率いて、それから
   高名なスターとか俳優なんかをこう・・・厳しく指導してね、しかも時として怒ったりなんかしながら、
   しかも会社とは企画の問題でしょっちゅう政治的な問題で駆け引きをしなければいけないじゃないですか」

阿川「はあ〜〜〜〜〜〜〜」

山田「そんなのオレにはとっても無理だと思って、でも助監督のままじゃ家族を養えないし・・・」

阿川「もう、早く結婚なさってたんですね」

山田「そうですね、子供もできて・・・」

山田「脚本家になろうと思いましてね」

阿川「あ、ちょっと路線を変えて」

山田「そうそう」

阿川「ええ」


山田「脚本家ならひょっとしてなれるかもしれないと思って
   なんとかひょっとして食っていけるんじゃないかと思って、
   脚本家になるべく勉強してうちに、まあ・・・あいつは脚本が書けるから
   映画も撮れるんじゃないかってこことで」

阿川「うん」

山田「たまたまある企画を僕のとこへ『おまえ、あいつにやらせてみるか』まあそんなもんですね。
   期待されてるわけじゃないんですよ」

阿川「フフフ」


山田「撮ったのは、まあ、ちょっと短い映画でしたけどね『二階の他人』って」

阿川「『二階の他人』ですね、はい」

阿川「ええ、ええ」

山田「若夫婦が」

阿川「そうですそうです」

阿川「無理して家を作っちゃったもんだから、その二階を貸して、
その家賃収入でなんとか借金を返していこうとするという」

山田「そうそう」

山田「その貸し家人としょっちゅうトラブルをおこすというね」

阿川「変な店子ばっかり来るという、フフフ」

山田「そうそう」




阿川「初めて監督をやってみたら、あ、ちょっと面白いと思われたんですか?」

山田「うーん・・・面白いっていうかね〜〜
   まあ、たいした、あの〜〜、評判にもならなかったし、
   評判にならないって言うのはね、
   僕はこの年になると悪くなかったなと思いますよ」


頷く阿川さん


山田「第1作でね、凄い名声を得た監督って言うのはね、たくさんいますけども
   その後、何撮ってもね、第1作と比べられちゃうから・・・」

阿川「はあ〜〜〜〜〜、歌手でもそうですよね〜〜〜」

山田「歌手でもね、ええ」

阿川「ほんと大ヒットしたあとがつらいっておっしゃるから」

山田「何万枚かくらいヒットするのがちょうどいいんですよ」



阿川「ちょうどよかったんですね監督は そんなにヒットしなかった フフフ」

山田「そうですね、でも一生懸命作もう無我夢中で撮ってった絵でしたけどね。
   映画館に行って見てみたらね、」

阿川「はい」

山田「観客もそんなにいませんでしたけども、
    ・・こう、スクリーンにね僕が映ってるような気がしましたね」

阿川「自分自身が?」

山田「ええ、僕の後姿がね」

阿川「はあ・・・・」

山田「撮ったものが、なんだか僕の匂いがプンプンとしてくるっていいますかね、
   だから『ええ、映画ってそういうもんなんだなっていうことを暗闇の中で
   思ったもんなんですねえ〜〜



阿川「へえ〜〜〜〜〜〜」






阿川「そのあと監督として認められて・・・」

山田「まあなんとか細々とね」



阿川「ある時から『男はつらいよ』をお撮りになったっていう」

山田「ええ」


阿川「この映画を撮る、ということになったきっかけはなんだったんですか?」

山田「渥美清という・・・あの人はすでに大スターでしたから、コメディアンとして、
   (テレビで)主演のシリーズを作りたいという・・」


阿川「あ!それがまずありき はあ」

山田「そう、ありきです」


山田「それはもうフジテレビの連続テレビドラマとして、僕は本を書いて
   それがシリーズで26回か・・」

阿川「テレビが先だったんですね」

山田「先です ええ」

山田「はい」

阿川「そのフジテレビのテレビ版男はつらいよでは
   寅さん最後に死んんじゃうんでしたっけ」

山田「そうなんですよ

阿川「フフフ」



会場も笑い


山田「それが凄く評判が悪くって」

阿川「悪かった、フフ」

山田「ええ」


山田「観客がね、本当に非難が殺到して・・・」



阿川「なんで殺しちゃったんですか?」

山田「いや。。あの、だんだんどんどん視聴率が上がって行きましてね」

阿川「うん」

「殺さないと、もう1クールやってほしいって」


阿川「やりたくなかったんだ」


会場笑い



山田「だって13回でおしまいと思ったら もう一度続けてくれって
   で、26回・・・。
   で、また成績がよくなったんでね、
   どうも、もう一回やってくれって言われそうになったんでね、
   『いや、殺します』って言ってね」


会場 笑い


阿川「ええ! あ、そういう・・」

山田「で、奄美大島でハブに噛まれて死んじゃうというね」

阿川「ええ、フフフ」


山田「で、出演者もみんな反対するんですよ、フフフ、」

阿川「生き返らせてください。殺さないでくださいって」

山田「そうそう」


山田「長山藍子さんがさくらでしたけどね、
   泣きながらね、どうしてそんなことするんですか
   そんな芝居したくないなんて泣いちゃって・・・フフフ」



会場笑い



     





阿川「それはもう、山田監督は他のことやりたいから飽きちゃったって
    思われたんですか?」

山田「飽きたというわけじゃないんですけども
   とてももう・・・僕は自分の映画を作りたいし・・・」

阿川「脚本家よりも監督としていろんなことやりたいと・・」

山田「ええ、ええ」

山田「そしたら 終わってみたら、
    そんなふうにその、寅さんを愛してくれたんだな と」

阿川「ほ〜〜〜」


山田「作り手である僕は、その、勝手に殺しちゃいけないんだという
   もっと観る側の気持ちになって・・・
   あなたがた、こういう結末だったら納得してくれますね、
   という形で作らなきゃいけないんじゃないかと



阿川「フフフ」

山田「だから、もう一回ね映画で復活させようと」

阿川「あ!」

山田「そうすればね、その怒った人たちは勘弁してくれないかと。
   それで、映画にしたってわけですよ」





     






テレビドラマの第2クールの放送時にすでに映画の構想はスタッフも含めてしっかりあったに違いない。
そうでないと4月、5月からの俳優の確保や水元公園の桜を高羽さんのアシスタントだった長沼六郎さんに
テレビ版の最終回の数日後に撮影させに行かせないだろう。明らかに作る気持ちはすでに熟していたのだ。
テレビの最終回を見た視聴者に対するお詫びの気持ち以上に、もっと以前からすでに、
自分自身の演出で、この作品を一度は「映画」にしたいと虎視眈々と考えていたことは想像に難くない。






阿川「はじめて、寅さんと言うか 渥美さんと監督として関わられて・・・」

山田「もちろん・・あの、2日くらいゆっくり話しましたね」

阿川「うん」


これはテレビ版寅さんでの渥美さん最初の打ち合わせの時と混ざっているのだろう。
テレビ版の中でその設定のほとんどが決まってしまっていたわけだから




山田「それで渥美さんという人が僕にはよく理解できたような気がして
    この人ならばこういう役にしようと」

阿川「こういうセリフを言わせようとか」

山田「こんなキャラクターにしようと」

阿川「ええ」




     



山田「テキヤでフーテン暮らしで
   時々帰ってくると可愛い妹がいてというシュツエーションは彼と話しているうちに生まれたんですね、ええ」


阿川「そうなんですか、うーん
   最初の頃のあれは見事なテキヤゼリフというんですか」

山田「怖いようなね」

阿川「タッタタッタッタ!!ってもう〜〜立て板に水のごとく」

山田「あれはだって彼が少年時代から、憧れて、全部あれ、もういくらでも言えるんですから」

阿川「いくらでも言えるんですか!」

山田「そう、いくらでも言えるんですよ」

阿川「あれは必死に暗記したってんじゃないんですか」

山田「いえいえ、とんでもないとんでもない。僕が彼に聞いて僕が写してそれで台本にしたんですね」

阿川「ほ〜〜〜〜」

山田「大変な記憶力の持ち主ですからね」

阿川「じゃあ、セリフ覚えるのにも苦労なさらない」

山田「ええ、全部頭に入れちゃいますから、読まないです現場では台本を。
   それくらいの人ですからね」




阿川「確か第1作目だと思うんですけど、
   撮影を全部終えて、それからこれじゃ駄目だってもう一回全部撮り直させてくれって
   もう一度セットを組んでもらったっていう事件があったってうかがったんですが」

山田「あのね、第1作の時は、正直言って渥美さんと僕はあまりうまくいかなかったですね」




     





阿川「あ、そうなんですか!」

山田「やっぱりコメディアンって言うのはいろんなことを、面白いことをやって
    お客を笑わせるっていうことでしょ」

阿川「サービス精神旺盛」

山田「そうそう、だから非常にサービスをするんですまあ、アドリブが多いって言いますか
    だから僕はそれは違うと思うわけですよ。

山田「僕の表現の世界があるから、その通りやってほしいと、思って・・・」

   で、その、典型的なのは、その、今の撮り直したっていう場面ですけど、
   それはさくらがね、いろいろあって、大騒ぎを起こして結果として博と言う、
   前田吟君と結ばれるという場面なんだけど」


頷く阿川さん


山田「夜の、当事、とらやと言ったけども、まあ団子屋さんにさくらがはあはあ言いながら
   興奮して帰ってきて、突然『私博さんと結婚するわ、いいでしょ』、って
   いきなり言うんですよね。






      




山田「で、寅はびっくりして思わず、うんうんと言っちゃう。
   その頷くクローズアップがね〜、
   つまり、どーーーもうまくいかない
   ってのはね、いろんな芝居渥美さんするわけですよ。」


阿川「・・・・・」

山田「いや、そうじゃない
   呆然としてて、それからちょっと頷けばいいんだ」

   現場でどうしてもうまく行かなかったんで・・・」


阿川「ええ」


山田「まあ、それでもいいかと思って、一応OKにして」

阿川「OK出して」



山田「撮って全部繋いでみたら駄目なんですよねそれが、
   それで、どーーしても嫌でね、
   渥美さんにも頼んであのカットもう一回だけ撮らせてくれと


山田「渥美さんね、
    3秒か4秒じっとしててくれと・・・
    それから頷いてくれと」




     




山田「他のことはしないでいいんです』って言った」

阿川「静かにしててくれ」

山田「そう、『黙ってろ』」

阿川「ハハハ」

会場 笑い


山田「それから、頷いてくれ って」

山田「いろんなことしちゃうから、フフフ」

阿川「したくなるんですね」

山田「したくなるんですね、フフフ」


山田「そういうことがあって第2作をどうするかこうするかで
    結局続編を撮ることになったでしょ」


阿川「はい」


山田「また、渥美さんと勝負しなければいけないんだと思ってたら
   ガラ〜〜ッ!!っと渥美さんは違いましたね。
   僕と仕事するときはどうあればいいかということを彼はピタッ!!と
   わかったんですね」

阿川「はあ、へえ〜〜〜〜〜〜〜!」


山田「だからねとっても今度は気持ちよく、僕は・・・なんてこの人は頭の良い人だろうと思いましたね」






阿川「これが、まあほんとうに次々に、どんどんどんどん評判を呼んで、
    次も次もってなっていった時に、監督ご自身は」


山田「うん」


阿川「もう十分、もう。。。作らないって思われたことはなかったんですか?」

山田「それはね、森川さんが8、・・・9作目で亡くなったんですよね」(第8作がラスト)

阿川「おいちゃん役、」

山田「おいちゃん役のね」

山田「初代おいちゃん役をやってらっした森川さん」


山田「これがね、もうやめる時だと思いましたね」

阿川「はあ〜〜〜、なるほど」


山田「もうあんな名優は他にいないしね」



     



山田「やめるって言ったんですよ」

阿川「はい」



ちなみに当事のキネマ旬報や雑誌の記事でも
山田監督は森川さんが亡くなられたのでもうこのシリーズは作れませんね、と、何度かしゃべっている


山田「そしたらね、当事全国に独立の映画館主がたくさんいたんですよ。
   地方に。その興行主の組合があって、東京で組合の集まりを催して
   そこへ僕が呼ばれましてね、どうしても来てくれって、で、行ったら
   我々は、その、寅さんで飯を食ってるんだ。なんとか続けてくれっていうんですよ」


阿川「簡単にやめないでくれ」

山田「そうそう
   地方で一生懸命映画館を経営してる人たちの顔を見てますとね
   そうかあ、この人たちの向こうに大勢の観客がいるんだなって思いましてね」
   よし、じゃあやってみようかと、
   思って渥美さんにも相談しまして、
   渥美さんはそのころ乗ってましたからね、やりたかったんですね」


阿川「はあああ〜〜〜」

山田「やりましょう!っていうことになって」

阿川「へえええ〜〜〜」







阿川「その寅さんが終わって、ずいぶん経っていろんな・・・それこそミュージカルとか、
    いろんなものをお書きになってらっしゃいますけれども」

阿川「フフフ」

阿川「家族はつらいよ」

山田「うん」

阿川「男はつらいよ」が「家族はつらいよ」になりまして
   これは作ってていかがですか監督」


山田「自分の好きな楽団を持ってるコンダクターみたいなもんですよね。
   とても楽しいですね作っててね」

阿川「楽しいですか」


山田「うん」




阿川「監督について、
   どう思っているかというのを大変近しいかたに・・・」

山田「えええ?」

阿川「お話を伺っておりまして。」

山田「ほう」



     



阿川「妻よ、薔薇のように 家族はつらいよV 出演者
    まず蒼井優さんからね、  」


山田「ええ」

阿川「『山田洋次監督と仕事をして
   人柄や演出などどんな印象をもってらっしゃいますか?』ということに対して」


阿川「『山田監督のことをみんなが大好きで、
    でも、みんな怖がってもいる。
     それが面白いですよね。
     みんな尊敬をしているから怖いと思うこともある。
     でも、単純に怖いと言うこととなにか違う。
     ただただ、怖いわけではない。』」


阿川「怖いんですか?」

山田「いやああ〜〜、怖くなんかないですよ、ははは」

阿川「蒼井優さんに『ちがう!!』とか」

山田「そんなこと言いませんよ。
   彼女にはかなり優しいはずですけどね、ハハハ」

阿川「フフフ」



会場 笑い




阿川「妻夫木さんのお言葉です」

阿川「家族はつらいよV」で好きなシーン。または、山田監督らしいなと思う
    シーンはどれですか、という、ことに対して」


阿川「『僕が西村さんを』石村まさ彦さんね」

山田「うん」

阿川「『カフェで説得するシーンでのことなのですが 
   前日の夜に追加のセリフができて、その中に
   『史枝さんは、におうように美しくて』 というセリフがとても印象深かったです』」



    





山田「うん、ありましたね」

阿川「『『におうように』という表現に家族の歴史が見えたんです。
   そのセリフが言ってる時自然と涙があふれてきてしまって』」

山田「そうです」

阿川「『言葉にならない感情が湧き立ちました。
   それが家族なんだってとても感じた瞬間でした』」


山田「そう・・彼はポロポロ涙をこぼして、
   それが今度は西村君に影響を与えるんですね。
   相手の役者まで上手くさせるっていう力をね、
   俳優って言うのは持ってるっていうことですよね




     




阿川「はああああ」



山田「渥美さんとか倍賞千恵子さんっていうのはそうですね。
   相手の役者を上手くさせちゃうっていうのかな



山田「渥美さんの目を見てると自然にいい芝居ができるんじゃなかなみんな。
    出演者はね、目には本当にいろんな表情がありますからね



      




阿川「大きくないのにねえ・・・」


山田「そう、あんなちっちゃな目なのにねえ・・・」


阿川「ハハハ」


会場 笑い




山田「本当に、あの目が すーーーっと潤んだりするんですよね




阿川「はあ・・・・・・」




山田「もう、それだけで悲しくなってくるっていうかな・・・うーーん




阿川「・・・・・・・・・」







    「もう、それだけで悲しくなってくるっていうかな・・・うーーん」

    










2曲目の儀式


阿川「じゃあそろそろもう1曲選んでいただいて」



阿川「今心に響く曲」


山田「そう、まあ、久しぶりに僕も聴くんだけど
   やっぱり寅さんの主題歌かなあ・・・


阿川「ええ」

山田「直純さんの名曲ですね〜〜」

阿川「山本直純さんのね〜〜」

山田「ええ」


阿川「ほんとに、あの『タ〜〜〜〜〜〜♪』っていうのが始まると
    さ、始まるぞ!て」

山田「そう、小沢征爾さんが言ってましたね
    『ターー』だけでわかるんですよ寅さんって」
    あれはね、直純がいかに優れているかってことですよって」


阿川「はあああ〜〜」

阿川「他にあそこから始まる曲ってのは・・・」

山田「ないんです」

阿川「少ないんですね〜〜。そうなんですね〜〜」」



     





 あのイントロの部分だけは
 実は当事お弟子さんだった玉木宏樹さんが
 数十分ほどで作曲したことはあまり知られていない事実。
 以前玉木さんご自信のHPで読んだ記憶がある。バイオリニストでもあるので
 第2作で佐藤オリエさんが弦楽四重奏を演奏するシーンで、
 第一バイオリンを担当して弾いて映っているのが玉木さん。




      







歌が流れる



      




俺がいたんじゃお嫁にゃ行けぬ、
分かっちゃいるんだ妹よ、
いつかおまえのよろこぶような
偉い兄貴になりたくて、

奮闘努力の甲斐もなく、
今日も涙の、
今日も涙の陽が落ちる
陽が落ちる。






     
わかっちゃいるんだ妹よ〜〜

    






阿川「懐かしく思われますか」




山田「ねえ、懐かしいなあ」





ここから徐々に核心に・・・・・




阿川「あの、あるインタビューで監督が」

山田「うん」

阿川「今でも「男はつらいよ」の構成のアイデアが浮かんでくるとおっしゃってらっしゃったんですけど」

山田「そうなんですよ それで困るんですよ」

阿川「困る?」

山田「ええ、だけど渥美さんがいないから作れないでしょ」

阿川「うーーーん」

山田「
うわ〜〜、こんなの作りたいなと思うんですよ。
   で、団子屋さんの茶の間でねこんな会話をするんだってね、
   楽しくてしょうがないんだけども、
   でも、作れないんですよね・・・
   とても残念ですねえ〜〜・・・・・ ははははははは




     






BGMが流れて エンドロールが流れ始める




ここから1分間がいよいよ隠された本題!





阿川「なんか形変えて 続編とか そういう企画はないんですか?」


山田「それはちょっと無理でしょうねえ・・・・」


阿川「無理ですか?」



山田「
ただね、まだ、生きてる人が居ますからね たくさん


阿川「そう、ふふふふ」


阿川「倍賞千恵子さんもお元気です はい」

山田「前田吟さん」

阿川「前田吟さんもお元気」

山田「息子の・・・・」

阿川「吉岡君」

同時に
山田「吉岡君ねえ」


阿川「はい」



山田「
この人たちが今どうなってるかっていう・・ことと・・・ 


阿川「はい」



山田「
あの頃は、っていう

  50年前のフィルムが出てくるという、
  そういう壮大な映画もありえるなあと

  はははははははは





山田監督の口真似で

阿川「はははははは


阿川「
考えてらっしゃるじゃないですか!


山田「
いやいや


阿川「
今日はありがとうございました




       
       






以上です。





  遂に山田が秘密の大構想をTV地上波で明かした瞬間だった!


 山田監督の声のニュアンス的にはかなり本気ではないかと思えた構想だった。
 山田監督の中ではかなり現実味がおびはじめているのではないだろうか。
 もしそうだとしたら数年以内の早いうちのほうが良いと思う。




       







Doris Day 『Tea for two』 二人でお茶を

https://www.youtube.com/watch?v=y0zc7x434Aw





普段はこのようなトーク番組はさほど興味がないのだが
今回は山田監督が、「男はつらいよのその後に関する映画制作構想」を
ようやく言葉に出してしゃべったので記録に残そうと思ったのだ。