吉 川 孝 昭 の ギャラリー




           レンブラントのこと  






            2002年5月6日
 

            レンブラント、その最後の年


            昨日知り合いのギャラリーのオーナーが私の絵を見て、「あなたの絵はレンブラントの趣がある。」と言った。
            もう随分昔からこのことはいろいろな人に言われてきた。確かにそのとおりだと自分でも思う。もちろん質は違う!
            私にとって絵の母親がゴッホなら、父親はレンブラントである。ゴッホと同じく、ヨーロッパ中のレンブラントを見て
            きた。学生時代には何度か模写をし、その魂の在りかを探った。人物画を描く時必ずレンブラントの絵が頭の隅に
            あった。それは40歳を過ぎた今でも変わることはない。それが見る人をして「レンブラントのような」と思わせるの
            であろう。才能の違い!や時代を度外視して、どれほど彼の精神性の高い人物画に憧れてきたか。あのゴッホも
            レンブラントを崇拝していた。彼はレンブラントの大作「ユダヤの花嫁」を見たとき、あまりの感動に、魂を奪われ
            何時間も立ちつくし、そのあげく「もうあと1週間この絵を見続けることができるなら10年命が縮んでもいい。」と
            言ったのだ。現代に生きる画家で、嘘でもこれだけのことを言い切れる人がいるだろうか。この言葉だけとっても、
            ゴッホがいかに絵画に人生を懸けていたかが分かる。

            レンブラントとゴッホは同じオランダの生まれであるだけでなく、ある重要な共通点がある。それは自画像が
            多いこと。身近な人を繰り返し描いたこと。そしてそれぞれの晩年に傑作を多く残したこと。言い換えれば、
            絵画の質が晩年になるほど高くなっていく。このような画家は数が少ない。そして2人とも最後の年に最も
            花を咲かせている。日本人の洋画家などほとんどその晩年にむけて下降の一途を辿る人ばかりだ。ひどい場合
            は若い頃の出世作のコピーを晩年まで永遠にするという悲惨な状況も決して少なくない。そのような人たちは絵
            を描いているのではなく絵でお金を稼いでいるだけで、そこに新鮮な「絵心」は存在しない。ゴッホは37歳でこの
            世を去っているので晩年という言い方は似合わないが、レンブラントは63歳で逝っているのでその晩年に才能が
            最も開花したことは驚きである。彼の精神の何がそうさせたのだろうか。

            レンブラント.ハンメルスゾーン.ファン.レインはゴッホより約260年早い1606年オランダ西部のレイデンで製粉
            業を営む家に9人兄弟の8人目として生まれた。日本は江戸幕府の初期である。若い頃からその卓越した技量で
            地位を瞬く間に築いていき、その前半生は栄光の連続であり、その上裕福な家の娘サスキアと結婚し幸福が続い
            ていくがこの時期までの彼の作品で私の心をしっかりつかむ作品はない。しかしサスキアが病死したあと彼の人生
            の歯車は狂っていく。いろいろな問題が次から次へと起こり、裁判沙汰もあり遂には破産してしまうのである。この
            40歳前後の4〜5年のレンブラントの作品はあまりない。このことからもいかに彼が絵以外のことで忙しく、そして
            精神が不安定だったかが想像できる。
            そのようなレンブラントを画家としてもう一度再起させたのは、家政婦としてそして息子のティトゥスの乳母として、
            彼の所へやってきたヘンドリッキェだった。彼女は派手好きで浪費癖のあるサスキアと違って、穏やかで繊細な
            心遣いでレンブラントの傷んでしまった心を慰め続けたと思われる。それは彼が描いたヘンドリッキェの肖像を
            見ればよくわかる。ひとタッチひとタッチが対象への慈しみと愛情に満ち溢れていて、全て傑作になっている。それ
            はサスキアを描いた絵と比べてもよく分かる。そしてヘンドリッキェ以外にもうひとり彼がこよなく愛した人物がいる。
            それは4人の子供のうち、たったひとりだけ無事成長した息子のティトゥスだ。レンブラントはティトゥスの肖像も小さ
            い頃から何度も描いているがこれまたほとんど傑作である。レンブラントといえば、群像の画家と言われるが、とんでも
            ない。彼の本領は自分の愛した家族の肖像であり自画像なのだ。そこに私が彼を20年以上追い求めている大きな
            理由もある。彼は自分の気持ちや人生を全て個人的なモチーフに託した人で、当時の職業画家としてはきわめて珍
            しい絵画姿勢である。ゴッホの時代や今であれば身近な人々を個人的に描くのは当たり前だが、17世紀のヨーロッ
            パで、注文品でもない自分の家族の肖像や自画像を頻繁に繰り返して描くということはほとんどなかったと思われる。
            ほとんどの画家は得意の分野を持っていて、風景なら風景だけ、歴史画なら歴史画だけというふうに完全分業をし
            ていた時代だったのである。しかしレンブラントは何でも描いた。ありとあらゆるものを描いた。そして最高の傑作は
            決まって家族をモチーフとしたものと自画像だったのだ。

            しかしまたも不幸が彼を襲う。最愛の人ヘンドリッキェが1663年38歳の若さで世を去ってしまう。レンブラント57歳
            の時である。そして5年後の1668年愛しい息子のティトゥスも結婚してわずか半年で亡くなってしまったのである。
            レンブラント62歳の時である。こうしてレンブラントは生涯に一度も体験したことのないような決定的な絶対的孤独の
            中で生きていかなくてはならなくなったのだ。ティトゥスの死後約一年でレンブラントは静かに63年の生涯を終えたの
            である。

            自分の愛しい人々、最も大切に思っていた人々が全ていなくなってから自分がこの世を去るまでの1年。この1年に
            レンブラントは自画像を描いている。全ての虚飾とナルシズムと気負いを排し、諦観とあるがままの今の全てを描きき
            った見事な絵である。彼の全生涯の最高傑作であり、ヨーロッパ絵画史上の最高傑作だと思われる。全てを失い、
            全てを諦め、体も弱り、絶望の淵にあって彼が到達した境地はわれわれは言葉では到底理解できないであろう。
            しかしわれわれはあの自画像を見ることによって言葉をはるかに超えた彼の精神の到達点を全身で感じることが
            できるのである。そういう意味では絵画というのは本当に偉大だ。
  
            ロンドンナショナルギャラリーにあるこの自画像が
            上野の西洋美術館に来た時、私はそれこそまわりの友人があきれるくらい何度も見に行った。あの絵だけを見に
            いったのである。一緒に来ていた何百枚もの他の画家の絵はさっと見ただけ。それほどにもあの自画像を見ること
            は集中力を必要とした。おそらくこの絵が、人間が行き着くことのできる、ある一つの極だということは当時の20代
            前半の私にもそれなりに分かっていた。だからあんなにも通ったのだろう。
            あの時私は坂崎乙郎先生がおっしゃっていた「絵とは人生である」という言葉をあの自画像を見ながら何度も
            かみしめていたことを思い出す。
         





   下の左端は1663年制作の「ティトゥスの肖像」真中は1653年頃制作の「読書をするティトゥス」右端は1655年制作の「水浴の若い女性」
   モデルはヘンドリッキェ。2枚のティトゥスは父親の深い愛情と鋭敏な観察眼を感じる。右端の絵のタッチはレンブラントの独壇場で、
   これだけのしっかりと思い切ったタッチでこれだけ臨場感溢れる女性のみずみずしさを、水の静けさと水温を、そして絵画空間を表現できる人
   は西洋では後にも先にもレンブラントだけだと思う。すばらしい天才性を感じざるを得ない。


                   






    左端は1656年頃制作の「窓辺のヘンドリッキェ」真中は1665年頃制作の「ユダヤの花嫁」男性モデルはティトゥス。
    右端は1654年制作「ダビデ王の手紙を持つバテシバ」モデルはへンドリッキェ。
    へンドリッキェやティトゥスをモデルにしたこれらの絵はタッチひとつひとつがほんとうに愛情と確信に満ち溢れている。お仕事のタッチは
    ひとつも見当たらない。特に「ユダヤの花嫁」は私もゴッホと同じように長い間この絵の前に立ちつくしてしまった。身震いがするほどの
    精神性とタッチの力強さ。美しいマチエール。4つの手のなんと言う豊かな表情。リズム感。
    この絵も人類の偉大な財産のひとつであることは間違いない。
    
           






         左の絵は1661年制作「聖パウロに扮した自画像」右の絵は1654年頃制作「へンドリッキェ.ストッフェルズ」
         この自画像はとても美しい色合いでタッチも力強くレンブラントのデッサン力の底力を見せつけられる思いである。
         なんという豊かなそして自然な表情なんだろう。右のヘンドリッキェは、レンブラントがいかに彼女を愛していたかが
         最もうかがい知ることができる傑作である。この2枚だけ見ても、経済状態は最悪でもレンブラントの絵画制作は晩年
         充実していたことがはっきり見える。意識は極めて覚醒していたのだ。

                                             





      1669年制作「自画像」。テクニックをはるかに超えたある精神が描かせたとしか言いようのない、「人間」というものを描ききった
      西洋絵画史上最高の傑作のひとつだと思う。
      私達にできることはただひたすらこの絵を視ること。視続けることだけだ。この年レンブラントはこの世を去る。


                                    




以上バリ日記より抜粋




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