Miyajima Noriko







「知らぬ風」 藤原新也さんのtalk2005/12/13(Tue)


『他者の意識なくして己の存在の美のみで他者の心とつながる。
 ここには究極の慈悲というものがあるように思う

 そのような風、あるいは枯葉にあやかりたいものだ。 』


藤原さんが風や枯葉を見て過ごした時間が届いたような気がしました。



(2005.12.17 )





「見つづける」ということ


旅や日々の生活の中にある普遍的な美しさを見つづけると同時に、
世の中の深層を、
トーク、文章、写真、絵で表現しつづけていらっしゃいます。
時代は、藤原新也さんの視線をそこから解放させてはくれないようです。


藤原新也さんのオフィシャル・ウェブサイト
fujiwara shinya official site



(2005.12.10)





『メメント・モリ』と出合う


藤原新也さんの作品と私が出合ったのは、
坂崎乙郎さんが講義で『メメント・モリ』を紹介されたときです。

あの言葉は短いけれども人の心を刺す。

坂崎さんは『メメント・モリを気に入って持っていらっしゃって、
ゴーギャンのタヒチ滞在について話されているときに
藤原さんの写真集のことを思い出されたようでした。


(2005.12)





〈下記の掲載について藤原新也さんより了承をいただきました。 〉


(2005.11)






背後にある言葉


    
藤原新也さんの問いかけ



ここ数年、南の島に住んでいる。去年も秋に帰国した。 
留守にしていた家に帰り、ふと郵便受けを見ると、 
藤原新也さんの展覧会のご案内が届いていた。  


昔、俳句のような絵と言われたことと、 
作品集の中で「木を運ぶ」という絵を選んでくださったことを憶えている。
 

あまり積極的に作品を発表して来なかったのは、 
ただ単に私が怠惰だっただけ、なのだろうが、 
藤原さんのこの言葉も影響しているような気がする。 


「絵なんて発表しなくてもいいのかもしれない。 
 子供は絵を描いてそれで終わりなのだから。」 

それもそうだな、と思った。 

だからといって、私がまったく発表しなかったかというとそうでもなく、 
家の近くにあるギャラリーからグループ展のお誘いがあったときには、 
お断りせずに参加させていただいた。この点は他力本願だった。

何かをするにしても、 
背後に
そんな思い(言葉)があるのとないのとでは、 
作品や仕事のあり方に違いがあると思っている。 

誰の人生にも流れがある。 
流れ出してしまた理由も在る。 
稀に流れを止める人もいて、 
それは、その人にとって「止める」ことが流れだったのだろうか、 
今の私にはわかりそうにない。


家の近くのギャラリーはYAYASAN (NPOみたいなもの) なので子供の絵のコーナーもある。 
「あなたの絵を買った人は、後日、子供の絵も2枚買って行った。」 
と、スタッフから告げられたときはさすがに苦笑してしまったが、 
子供の絵にはなかなか勝てないので、 
ここは「誇り」に思うことにした。
 
ギャラリーでもない町の郵便局にも作品集を置いている。 
いずれも、見も知らない方が購入してくださっている。 
ただそこに絵があって出会った、ということなのだろう。 
絵を見せるというこちらの意識も必要ない。 
その人はその絵と縁があったのだと思う。

またいつかそのことについてわかることがあるかも知れない。 
そのときは、またここに書いてみようと思う。
 


藤原さんはどこか表現者であることを越えて、 
たとえば「木を運ぶ」という絵の中の木を運んでいる人になりたそうだった。 

時間がゆるせば、そんな風景の中に居る人のような気がする。 






木を運ぶ [carrying a tree]  Miyajima Noriko 




post office in Ubud
(2005.5)


fujiwara

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